森秀行

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森秀行
横手特別パドック(2024年7月14日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大阪市東住吉区
生年月日 (1959-03-12) 1959年3月12日(66歳)
所属団体 日本中央競馬会
初免許年 1993年(同年開業)
経歴
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森 秀行(もり ひでゆき、1959年3月12日[1] - )は、日本中央競馬会 (JRA) 栗東トレーニングセンター所属の調教師。

戸山為夫厩舎の調教助手を経て、1993年より厩舎を開業。1990年代半ばより盛んとなった日本馬の国外遠征を牽引した調教師のひとりであり[2]、1995年にはフジヤマケンザンが香港国際カップに優勝し、日本馬36年ぶりの国外重賞勝利を達成。1998年にはシーキングザパールがフランスのモーリス・ド・ゲスト賞に優勝し、日本調教馬として初めてヨーロッパG1競走制覇を達成した。また1999年から2000年にはアグネスワールドがフランスのアベイ・ド・ロンシャン賞とイギリスのジュライカップに優勝している。ほか日本国内でレガシーワールドによるジャパンカップ(1993年)、エアシャカールによる皐月賞と菊花賞(2000年)、キャプテントゥーレによる皐月賞(2008年)制覇がある。受賞歴はJRA賞優秀技術調教師3回、同最多勝利調教師2回、同最高勝率調教師1回。

経歴

生い立ち

1959年、大阪府大阪市東住吉区に生まれる[3]。実家は印刷所を営んでいたが、のち経営不振となり両親が離婚[3]。大阪電気通信大学高校に進学した森は、在学中から様々なアルバイトを経験した[3]。このころスポーツ新聞の記事で競走馬の調教師の羽振りの良さを知り、高校卒業後、雑誌に掲載されていた優駿牧場の研修生募集広告に応じて北海道へ移り、同場の牧夫となった[3]。1年半勤務したのち、日本最大の牧場である社台ファームの千歳分場に移る[3]。社台ファームでは「馬で得た資金を馬だけに再投資すること」を学んだとしている[3]。

社台ファーム勤務中に日本中央競馬会の調教助手試験に合格し、1981年春より栗東トレーニングセンター所属・戸山為夫厩舎の一員となった[3]。戸山は管理馬に対するハードトレーニングで知られ、また坂路調教をいち早く取り入れた調教師でもあった[3]。戸山は森に対し「先駆者になれ、パイオニアになれ、ただし、パイオニアは失敗したら必ず叩かれる。そのことだけは覚悟しろ」と再三言い含められていたという[4]。なお、1992年には坂路調教で厳しく鍛えられたミホノブルボンが皐月賞と東京優駿(日本ダービー)を制覇。森は同馬について、戸山の「ノウハウへの信念と、並外れた情熱から誕生した」と評している[3]。

調教師時代

1993年3月、通算5度目の受験で調教師免許を取得[4]。同年5月に師の戸山が肝不全で死去し、鶴留明雄厩舎への臨時転厩を経て、9月より戸山の管理馬を引き継ぐ形で厩舎を開業した[5]。11月には旧戸山厩舎所属のレガシーワールドでジャパンカップを制覇。開業から2カ月でGI競走初勝利を挙げた[6]。

戸山厩舎から馬を引き継いだ際には、合理性の重視により旧関係者との軋轢も生んだ。故障休養中のミホノブルボンについて「走るか走らないか分からない馬を預かるわけにはいきません」と引き継ぎを拒否したと伝えられ[7][注釈 1]、また、引き継いだ各馬からは、いずれも戸山が重用してきた弟子であり、森のかつての同僚である小島貞博、小谷内秀夫を降板させた[8]。この降板劇は情実を重んじる関係者から批判を集め[3]、戸山の妻もまた「森が自分で入れた馬については、誰を乗せようと文句を言う筋合いはありません。でも、レガシーワールドについても、フジヤマケンザン、ドージマムテキにしても、みんな戸山が連れてきた馬です。従来通り、小島や小谷内を乗せて欲しかった」と不満を吐露している[8]。こうした声に対し森は「僕がそうしたのは、馬はあくまで馬主のものだということ。調教師のものじゃないんです。馬が僕のところへきたのも馬主の意志だし、違う騎手に乗せてくれとも馬主から言われた。僕はそれに従ったまでです」と反論している[3]。

2年目の1994年には管理馬房数の3倍に当たる年間30勝を挙げ[3]、勝率では1割9分2厘を記録しJRA賞最高勝率調教師と同優秀技術調教師の2部門を受賞した[9]。重賞勝利はひとつのみだったが、勝利を求めてどこへでも馬を送り込む積極性は新しい調教師像として注目された[9]。この年12月にはフジヤマケンザンを香港国際カップへ出走させ[10]、国外遠征の第一歩を踏み出している。翌1995年5月には、「勇気ある挑戦」あるいは「無謀」と賛否両論のなかアメリカのケンタッキーダービーへスキーキャプテンを出走させた[6](結果は14着[10])。12月にはフジヤマケンザンが前年敗れた香港国際カップに優勝し、日本馬として36年ぶりの国外重賞、国際グレード競走としては初めての勝利を挙げた[11]。森は「自分にとっても、日本の競馬界にとっても意義深い勝利だったと思う」「これからもどんどん出ていきますよ」と語った[11]。

1997年には佐々木晶三厩舎から移籍してきたシーキングザパールでNHKマイルカップを制し、中央のGI競走で2勝目を挙げる。同馬は翌1998年8月にフランスのG1競走モーリス・ド・ゲスト賞に出走。逃げきりでこれを制し、日本調教馬として初のヨーロッパG1競走制覇を成し遂げた。栗東と似た調教コースを備えるイギリスのニューマーケットで調整してからフランス入りさせるという独自の調整を行っての勝利であった[12]。この勝利はフランスのみならずイギリスの競馬紙でも「日本の牝馬が歴史を作る」と大きく報じられた[13]。さらにこの翌週には森と同じく意欲的に国外遠征を行っていた藤沢和雄厩舎のタイキシャトルが、フランスのG1競走ジャック・ル・マロワ賞に優勝。両馬を取材していた作家・谷川直子はのちに「日本の海外遠征史に残るゴールデンウィーク、黄金の8日間であった」とこれを評している[14]。

1999年にはアグネスワールドがフランスのアベイ・ド・ロンシャン賞を制覇[15]。さらに2000年にはイギリスのジュライカップにも優勝し、日本馬としてイギリスのG1競走を初制覇した[16]。森厩舎のこれまでの遠征では、旧戸山厩舎の最後の1頭であったドージマムテキが常に帯同しており、同馬もまた「陰の功労馬」という存在であった[17]。また、2000年には日本国内でもエアシャカールが皐月賞と菊花賞に優勝し、森にクラシックタイトルをもたらした。

2001年にはノボトゥルーでフェブラリーステークス、ノボジャックで地方交流GIとして新設されたJBCスプリントに優勝。年間では中央54勝・地方16勝の計70勝を挙げてJRA賞最多勝利調教師および優秀技術調教師を7年ぶりに受賞した[18]。スターキングマンで地方交流GI・東京大賞典を制した2003年にはJRA賞優秀技術調教師賞を、2006年には年間63勝(中央48勝・地方15勝)の成績で最多勝利調教師および優秀技術調教師となった。2008年にはかつての管理馬エアトゥーレの仔・キャプテントゥーレで皐月賞に優勝し、7年ぶりのJRAGI(JpnI)勝利を挙げた[19]。

2018年の弥生賞では未出走馬であったヘヴィータンクを出走させた。結果は10頭立て9着のアサクサポイントからおよそ20秒7差離された殿負けであった。結局この一戦のみでヘヴィータンクは引退したが、この常識破りの挑戦は物議を醸した[注釈 2]。

2019年には条件クラスの身であったユウチェンジをカタールのG2アイリッシュサラブレッドマーケティングカップへ遠征させ9着。このレースは日本調教馬初のカタール遠征であった。この際、ホッカイドウ競馬所属の阿部龍を遠征に帯同・起用した[注釈 3]。

さらに同年11月には未勝利戦を勝ち上がったばかりの2歳馬・フルフラットでアメリカの2歳G1ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルに出走(5着)。このレースは日本馬初の海外2歳G1出走であった。

2020年には2月のサウジカップデーでフルフラットがサンバサウジダービーカップで優勝し、サウジアラビアでの日本馬初勝利を挙げた。マテラスカイが出走したサウジアカップ(サウジアスプリント)は惜しくも2着だった。

さらに翌2021年のサウジダービーにもピンクカメハメハで参戦し、2年連続の優勝を果たした[20]。なお、マテラスカイも2年連続でスプリント(リヤドダートスプリントとして開催)に出走しており、2年連続の2着だった[21]。

人物

中央、地方、国外を問わず、機会のあるレースには積極的に出走させる調教師である。開業当初から、「ゆくゆくは関東へ行くような気軽な感覚で遠征をしてみたい」と意欲を語り、香港で勝利を挙げた頃には「中央競馬の枠組みの中で戦っている限り、それは定められた総賞金というひとつの山を何百人かの調教師で奪い合っているにすぎない。しかしその枠組みから外に飛び出していけば、"山"はひとつではない。力さえあれば賞金の上限はそれこそ無限に近くなる」と、賞金という面から捉えた国際化論を唱えた[11]。またシーキングザパールでモーリス・ド・ゲスト賞を制したときには「自分は調教師だし、調教を軽視するわけじゃないけど、いくら調教のレベルが素晴らしくても、未勝利馬ばかり集められたらどうにもならない。だから、いかにいい馬をもらえるか。そうするためには馬主さんへのアピールが必要になってくる。勝ち鞍をあげてアピールするか、賞金を上げてアピールするか。僕は賞金でアピールしたいし、もう一つ、海外のGIに勝ってアピールしたかった」と語っている[22]。また自著の中では、英仏での勝利によりシャトル種牡馬としての需要も生まれたアグネスワールドを例に引き、「アグネスワールドクラスの馬になったら、調教師は種馬としての評価を上げることを考えなければならない」、「もちろん、馬主のなかには海外遠征を嫌がる人もいる。海外に行ったら、調教師だけでなく、馬主だって赤字になる。でも、種牡馬としての価値が上がったら一番得をするのは馬主なのだ。それを考えたら、私はどんどん海外に行くべきだと思う」との持論を述べている[23]。

また前段で森が語った賞金の「山」は日本国内の地方競馬も指したものであり[11]、こちらにおいてもGIを含む数々の勝利を挙げ、2011年には中央競馬所属の調教師としては空前の記録とみられる通算150勝を達成[24]、2017年には通算200勝を達成している(2020年3月2日現在で224勝)。

1999年秋、担当厩務員制度を廃止し、スタッフ全員で全ての馬の面倒を見る(進上金は均等に分配する)方式を導入した。馬房を効率的に回転させるとともに、スタッフに有給休暇をとらせる、調教助手の待遇をよくするなどの労働環境を改善する目的もあった。森は「牧場では全員で全ての馬の面倒を見るのが当たり前である」としている[25]。

GIを制した管理馬の中でシーキングザパール、アグネスワールド、エアシャカールの主戦騎手を務めた武豊は、森について「『騎手よりも調教師のほうが上の立場』などと考える人ではありません。調教師と騎手は上下の関係ではなく、横並び。チームとして勝利を目指そうと考えてくれる調教師です」と評している[26]。そのため騎手の意見も非常に良く聞き、特にシーキングザパールでのフランス遠征の際には武のほうがフランスでの経験があるということで「フランス競馬は合うと思うか」「ドーヴィルの馬場はどんな感じか」など普段以上に森から事細かな質問を多くされたと述べている[26]。アグネスワールドでのヨーロッパ遠征が決定した経緯についても、武が「アグネスワールドはスピードがありすぎるから日本でGIを勝てないという感じがありました。スピードがありすぎるためコーナーワークがあまり上手ではなく、日本の1200メートル戦だと半分くらいはカーブを曲がっている感じになります」と伝えたところ、森は「(直線だけのGIがある海外に)行きましょうか?」と答えたため遠征が決まったと述べている[27]。同馬がアベイ・ド・ロンシャン賞を制して帰国後にCBC賞を勝利した後にスプリンターズステークス、高松宮記念を2、3着とそれぞれ惜敗した後に武が「やはりコーナリングがあまりうまくない」と語ると、森はすぐさま同馬のイギリス遠征を決定した[28]。

かつて、海外で母馬が22歳と高齢出産の仔馬を5,000万円で購入しないかと打診を受けたことがあったが断った。その馬がのちに英ダービー馬となるニューアプローチだった[29]。この経験から母馬が高齢でも仔馬さえ丈夫なら問題ないと考え、後年、母馬が25歳の時の仔であったサウジダービー馬・ピンクカメハメハを引き受けることとなった[29]。

2021年2月、サイバーエージェント代表取締役の藤田晋と武豊との会食の場へ、森が馬主申請書を持参したことが後押しとなって藤田晋の馬主としてのキャリアがスタートした[30]。その翌3月には、藤田は森の薦めによってアメリカのトレーニングセールで2歳馬を4頭購入している[30]。そのうちの1頭であるデュガは森厩舎に預けられ、8月14日の小倉・フェニックス賞で藤田の所有馬として初出走を果たしている(結果は3着)[31]。またその4頭の中でも当時のレートで約2900万円と比較的安価で落札されたジャングロは、ニュージーランドトロフィー(G2)に出走し、藤田の所有馬として初の重賞制覇をもたらした。

成績

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走1993年9月25日4回中山5日9R芙蓉ステークスミツルマサル14頭59着
初勝利1993年10月24日4回東京6日9Rプラタナス賞ミツルマサル11頭81着
重賞初出走1993年9月26日1回中山7日11Rセントライト記念シュアリーウィン12頭109着
重賞・GI初勝利1993年11月28日5回東京8日10Rジャパンカップレガシーワールド16頭61着
GI初出走1993年10月31日4回東京8日10R天皇賞(秋)フジヤマケンザン17頭109着
年開催勝利出走勝率重賞勝利管理馬(勝利競走)
1993年中央5勝32回.156レガシーワールド(ジャパンカップ)
1994年中央30勝156回.192インターシュプール(新潟記念)
地方0勝1回.000
国外0勝1回[10].000
計30勝158回.190
1995年中央36勝182回.198スキーキャプテン(きさらぎ賞)
フジヤマケンザン(中山記念、七夕賞)
ドージマムテキ(京王杯オータムハンデキャップ)
タニノクリエイト(神戸新聞杯)
サンデーウェル(セントライト記念)
地方0勝7回.000
国外1勝5回[10].200フジヤマケンザン(香港国際カップ[10][注釈 4])
計37勝194回.190
1996年中央12勝171回.070フジヤマケンザン(金鯱賞)
地方4勝26回.000
国外0勝2回.000
計16勝199回.080
1997年中央26勝181回.144シーキングザパール(フラワーカップ、ニュージーランドトロフィー4歳ステークス、NHKマイルカップ)
アグネスワールド(函館3歳ステークス)
地方5勝24回.208アグネスワールド(全日本3歳優駿[32])
国外---
計31勝202回.153
1998年中央23勝187回.123シーキングザパール(シルクロードステークス)
地方5勝21回.238キングオブサンデー(北海道3歳優駿[33])
国外1勝2回.500シーキングザパール(モーリス・ド・ゲスト賞[10])
計29勝213回.136
1999年中央19勝187回.102アグネスワールド(CBC賞)
地方12勝30回.400スノーエンデバー(群馬記念[34]、佐賀記念[35]、ブリーダーズゴールドカップ[36]、日本テレビ盃[37]、さくらんぼ記念[38])
国外2勝6回.500アグネスワールド(アベイ・ド・ロンシャン賞[10])
計33勝223回.148
2000年中央22勝213回.103エアシャカール(皐月賞、菊花賞)
地方8勝38回.211
国外1勝6回.167アグネスワールド(ジュライカップ[10])
計31勝257回.121
2001年中央54勝294回.184ノボトゥルー(根岸ステークス、フェブラリーステークス)
エアトゥーレ(阪神牝馬ステークス)
地方16勝33回.485ノボジャック(黒船賞[39]、群馬記念[40]、北海道スプリントカップ[41]、クラスターカップ[42]、東京盃[43]、JBCスプリント[44])
国外0勝2回.000
計70勝329回.213
2002年中央39勝351回.111ヘルスウォール(チューリップ賞)
地方5勝32回.156ノボジャック(群馬記念[45])
ノボトゥルー(とちぎマロニエカップ[46]、兵庫ゴールドトロフィー[47])
国外0勝3回.000
計44勝386回.114
2003年中央39勝329回.1119ウインマーベラス(京都ジャンプステークス、小倉サマージャンプ、阪神ジャンプステークス、京都ハイジャンプ)
地方6勝14回.429ノボジャック(黒船賞[48])
ノボトゥルー(さきたま杯[49])
スターキングマン(日本テレビ盃[50]、東京大賞典[51])
国外---
計45勝380回.118
2004年中央34勝290回.117シャドウスケイプ(根岸ステークス)
キーンランドスワン(シルクロードステークス)
シーキングザダイヤ(アーリントンカップ、ニュージーランドトロフィー)
トーセンダンディ(オールカマー)
地方7勝61回.115シャドウスケイプ(クラスターカップ[52])
ノボトゥルー(とちぎマロニエカップ[53])
シーキングザダイヤ(兵庫ゴールドトロフィー[54])
国外0勝3回.000
計41勝354回.116
2005年中央40勝322回.124キーンランドスワン(阪急杯)
地方13勝84回.155アグネスジェダイ(サマーチャンピオン[55]、東京盃[56])
国外0勝9回.000
計53勝415回.128
2006年中央48勝395回.122ステキシンスケクン(アーリントンカップ、京王杯オータムハンデキャップ)
スウィフトカレント(小倉記念)
トーセンシャナオー(セントライト記念)
地方15勝60回.250アグネスジェダイ(さきたま杯[57]、北海道スプリントカップ[58]、クラスターカップ[59])
シーキングザダイヤ(日本テレビ盃[60])
国外0勝4回.000
計63勝459回.137
2007年中央21勝348回.060キャプテントゥーレ(デイリー杯2歳ステークス)
地方7勝46回.152アグネスジェダイ(北海道スプリントカップ[61])
シーキングザダイヤ(浦和記念[62])
国外0勝4回.000
計28勝398回.070
2008年中央25勝368回.068キャプテントゥーレ(皐月賞)
ビクトリーテツニー(カペラステークス)
地方10勝67回.149
国外---
計35勝435回.080
2009年中央22勝321回.069ステラリード(函館2歳ステークス)
キャプテントゥーレ(朝日チャレンジカップ)
地方14勝69回.203ゴールデンチケット(兵庫チャンピオンシップ[63])
国外---
計36勝390回.092
2010年中央26勝325回.080キャプテントゥーレ(朝日チャレンジカップ)
地方10勝46回.217リアライズノユメ(エーデルワイス賞[64]、兵庫ジュニアグランプリ[65])
国外---
計36勝371回.097
2011年中央14勝284回.049
地方20勝86回.233ドスライス(クラスターカップ[66])
国外---
計34勝370回.092
2012年中央16勝323回.050
地方9勝60回.150
国外---
計25勝383回.065
2013年中央27勝308回.088
地方5勝32回.156
国外---
計32勝340回.094
2014年中央27勝335回.081
地方8勝42回.190
国外---
計35勝377回.093
2015年中央15勝332回.045
地方9勝48回.188
国外---
計24勝380回.063
2016年中央22勝362回.061ネロ(京阪杯[67])
地方10勝36回.278
国外0勝2回.000
計32勝400回.080
2017年中央14勝284回.049ネロ(京阪杯[68])
地方5勝46回.109
国外---
計19勝330回.058
2018年中央18勝302回.060マテラスカイ(プロキオンS[69])
地方14勝54回.259
国外0勝1回.000
計32勝357回.090
2019年中央15勝287回.052
地方7勝43回.163
国外0勝3回.000
計22勝333回.066
2020年中央21勝322回.065
地方6勝32回.188ノボバカラ(さきたま杯)
マテラスカイ(クラスターカップ)
国外0勝1回.000
計27勝355回.076
2021年中央33勝339回.097ケンホファヴァルト(京都ジャンプステークス)
地方8勝43回.186
国外0勝9回.000
計41勝391回.105
2022年中央26勝289回.090ジャングロ(ニュージーランドトロフィー)
エヒト(七夕賞)
地方17勝47回.362
国外0勝1回.000
計43勝342回.126
2023年中央勝回ジャスパークローネ(CBC賞、北九州記念)
エヒト(小倉記念)
地方勝回
国外勝回
計勝回
  1. 出典:日本中央競馬会ホームページ・調教師名鑑「森秀行」。掲載されていない情報については個別に出典を付す。
  2. 競走名太字は国際G1、中央および地方競馬と統一されたGI・JpnI、国外の主催者独自格付けによるG1競走。
  3. 成績欄太字は中央競馬の表彰対象となった成績。

受賞

代表管理馬

太字はGI級競走

主な厩舎所属者

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

エピソード

出走馬取り違えによる競走除外

2023年8月19日、新潟競馬第3競走に出走予定であった自身の管理馬であるエンブレムボム(牡・2歳)が、レース前の装鞍所における特徴照合と、競走馬登録の際に馬のうなじに埋め込まれたマイクロチップ照合により、同厩舎が管理する同じく鹿毛のエコロネオ(牡・2歳)との取り違えが判明し、競走除外となった[70]。

採決委員による聞き取り調査で判明した経緯として、両馬は今年3月にアメリカ・フロリダ州のOBSマーチセールで購入された外国産馬であり、7月28日に両馬が新規に入厩し、8月2日にゲート試験をともに合格。その後8月5日に誤ってゼッケンを入れ替えて調教し、その後は厩舎スタッフも2頭を取り違えたままとなり、同レースの出馬投票に際しても2頭を錯誤して投票した。なお、実際のエンブレムボムは、12日にエコロネオ名義で放牧に出されていた。調教タイムは7月30日から8月6日まで同時に調教されていたが、その後はエンブレムボム名義(実際はエコロネオ)の調教履歴だけが記録されている。

取り違えが起きた遠因として、森厩舎では在厩する馬の管理体制を特定のスタッフに固定せず、全員に日替わりで馬を割り当てて管理させる体制を取っていたことで、取り違えに気づかなかった事が挙げられる。また入厩して間もなく取り違えが発生し、個体の特徴をよく知る森がゲート審査に合格後にアメリカへ競りの視察のために渡米し不在になってしまったことも事故を防止できなかった点として指摘されている[71][72]。

JRAは本件に関し、管理する森に「管理馬を取り違え、装鞍所入所時に競走除外のやむなきに至ったこと」について、過去最高額となる過怠金50万円の制裁が科された。競走馬の取り違えによる競走除外となり、制裁を受けたケースは1989年の新関力、谷八郎にそれぞれ過怠金10万円の制裁が科されて以来、34年ぶりの珍事となった[注釈 5][70][73]。

なお、エンブレムボムは仕切り直しとなった同年10月9日の東京競馬第6競走の新馬戦で勝利している[74]。

著書

脚註

注釈

  1. ↑ ミホノブルボンは結局松元茂樹厩舎に転厩したが、復帰することなく現役を引退した。
  2. ↑ 通常の平地競走においてはタイムオーバーで1か月出走停止処分となるが、当時の規定で重賞競走ではタイムオーバーは適用されず、オープン競走で10着以内に入線したため、出走奨励金も支給された。この一件が契機となり、JRAでは翌2019年の春季競馬より「平地重賞競走であっても未出走馬・未勝利馬が出走する場合、その馬に限ってタイムオーバーの規定を適用し、タイムオーバーとなった場合は出走奨励金及び特別出走奨励金が不交付となる」ようにルールが改定された。
  3. ↑ 阿部はこの遠征においてエキストラ騎乗で1着となり、日本人騎手として初のカタール競馬での勝利を挙げることとなった。
  4. ↑ 格付けは香港G1・国際G2。
  5. ↑ 日本では競走馬に対するマイクロチップの埋め込み義務化は2007年産以降であったため、当時は特徴照合のみで判断していた。新関のケースは森と同様に自厩舎の他馬と取り違え、谷のケースは同じレースに出走していた自厩舎の2頭を双方取り違えたことによる。

出典

  1. ↑ 『優駿』1994年5月号、p.175
  2. ↑ 『優駿』2013年9月号、p.59
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 木村(1997)pp.213-220
  4. 1 2 森(2003)pp.19-20
  5. ↑ 森(2003)p.25
  6. 1 2 『優駿』1997年11月号、p.44
  7. ↑ 井口(2004)p.101
  8. 1 2 井口(2004)pp.62-63
  9. 1 2 『優駿』1995年2月号、p.21
  10. 1 2 3 4 5 6 7 8 『優駿』2013年9月号、pp.62-64
  11. 1 2 3 4 『優駿』1996年2月号、pp.35-39
  12. ↑ 『優駿』1998年10月号、pp.44-46
  13. ↑ 『優駿』1998年10月号、p.124
  14. ↑ 『優駿』2013年9月号、p.15
  15. ↑ 『優駿』1999年8月号、p.44
  16. ↑ 『優駿』2000年8月号、p.44
  17. ↑ 『優駿』2001年6月号、p.85
  18. ↑ 『優駿』2002年2月号、p.68
  19. ↑ 『優駿』2008年6月号、p.97
  20. ↑ “海外初遠征のピンクカメハメハがサウジダービー制覇”. サンケイスポーツ. 2021年2月21日閲覧。
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  70. 1 2 新潟3Rで馬を取り違えて競走除外 - Sponichi Annex 2023年8月19日
  71. ↑ ”馬の取り違えで競走除外”34年ぶりの珍事が起きたのには「2つの運の悪さ」が重なった【競馬】 - 中日スポーツ 2023年8月22日
  72. ↑ 1番人気の馬が取り違え事故で発走除外/約4000万円の輸入競走馬の今後は? 再発防止策はとても簡単(花岡貴子) - Yahoo!ニュース(エキスパート)2023年8月20日
  73. ↑ 第3回 新潟競馬 第3日成績(第3競走の項を参照) - 日本中央競馬会 (PDF)
  74. ↑ 【東京6R・2歳新馬】取り違えて競走除外となったエンブレムボムが仕切り直しV 森調教師「ジョッキーがうまかった」 - UMATOKU 2023年10月9日

参考文献

関連項目

外部リンク