| かなめ じゅん 要 潤 | |
|---|---|
| 本名 | 要 潤 |
| 生年月日 | 1981年2月21日(44歳) |
| 出身地 |
(現・三豊市) |
| 身長 | 185 cm[1] |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | 俳優・タレント |
| ジャンル | テレビドラマ・映画 |
| 活動期間 | 2001年 - |
| 活動内容 | 2001年:俳優デビュー |
| 配偶者 | 松藤あつこ(2013年 - )[2] |
| 事務所 |
フリップアップ(2000年 - 2023年) PLAN-D(2023年 - ) |
| 公式サイト | 公式プロフィール |
| 主な作品 | |
|
テレビドラマ 『仮面ライダーアギト』 『新・愛の嵐』 『夜王〜YAOH〜』 『探偵学園Q』 『ヒミツの花園』 『流星の絆』 『カンナさーん!』 映画 『劇場版 仮面ライダーアギト PROJECT G4』 『キングダム』 バラエティ番組 『タイムスクープハンター』 『要博士の異常な映画愛〜勝手にセリフ変えてみました〜』 | |
要 潤(かなめ じゅん、1981年〈昭和56年〉2月21日 - )は、日本の俳優、タレント。香川県三豊郡三野町(現・三豊市)出身[3]。フリップアップを経て、現在はPLAN-Dに所属。
三豊市立下高瀬小学校、三豊市立三野津中学校[4]、香川県立高瀬高等学校[5]卒業。
幼少期は関西テレビ放送製作の番組を見て育ち[要検証]、毎週土曜日には吉本新喜劇を見ていたことから、ボケの意識が体に染みついているという[6]。
小学4年生の時、陸上クラブに入ったのをきっかけに中学・高校と陸上部に所属[7]。
特にハードルが得意で頭角を現す。いずれはオリンピックを夢見ていた。陸上を続けたのは好きだということと、中学の先生の影響が大きかった[7]。先生によると、「彼のすごい所は、走り幅跳びの記録が1メートル以上伸びたんです。2ヵ月足らずで。目指す上で、彼がオリンピックっていうのはひとつ見えるところではあったかな」と証言している[8]。
高校3年生(1998年)の6月、四国地区インターハイ。決勝の400mハードル競技で転倒して失格になり挫折[7][9]。
陸上を諦めて、「ふっと出てきた」俳優を目指すことに決める[7][10][11]。両親を説得し、1999年3月の高校卒業式翌日に夜行バスで上京[12]。母も部屋探しに同行するが、案じる気持ちを抑えつつ「1ヵ月の生活費は出します。あとは自分でしなさい。そんなに言うならしなさい」と要に話した[13]。
弁当屋、警備員、工場のラインなどアルバイトを掛け持ちしながらオーディションを受け続けた[14]。少しだけ公文でもアルバイトをした[15]。プロダクションに売り込むが断られる日々が続き、営業活動は断念する[12][14]。当時同居していた友人によると、週7日夜中に働いて、オーディションに行って、コンビニ弁当しか食べてなくて過労で血尿が出たこともあったという[16]。
スカウト前の1999年、『笑っていいとも!』の「看板男コレクションのオーディションに来ない?」とフジテレビのスタッフから声を掛けられ、俳優志望の友人とオーディションを受けて合格、番組に出演し優勝している[注釈 1][14]。この時は居酒屋と警備員を掛け持ちしていた[14]。スタジオアルタで警備のアルバイトをしていたところ、タモリが声をかけたというのは間違いである[12]。
失敗続きだったが、新宿の居酒屋チェーン店でアルバイト中、フリップアップの人に「俳優にならないか」とスカウトされた[12][14][17]。
スカウトされた際に相談に乗ってくれたのが、居酒屋の板長で「潤ちゃん、大きな事務所に入って勝負するより、小さな事務所に入る方がいいんじゃない?」と言って背中を押してくれた[14]。
2001年、『仮面ライダーアギト』の氷川誠 / 仮面ライダーG3役でデビューし、注目を集める。「イケメンヒーロー」ブームを牽引した[18]。同年公開の『劇場版 仮面ライダーアギト PROJECT G4』では、映画初出演。
2002年の昼ドラ『新・愛の嵐』ではヒロインの相手役を演じ人気を博す。その後はテレビドラマ、映画、CM、バラエティなど多方面でマルチな活躍を見せている。
NHK連続テレビ小説『まんてん』、『GOOD LUCK!!』、『夜王』、『タイヨウのうた』など、多くのドラマで助演を続け、映画『雀鬼くずれ』シリーズでは主演を務めた[3]。
出身地・香川県をPRするキャンペーンで架空の県名「うどん県」の副知事として広報活動を担当している[19]。また、三豊市の「三豊ふるさと大使」も担当している[20]。
2023年3月末をもって長年所属したフリップアップを退所。今後は海外への活動の場を広げたいという意思であり[15]、今後とも自身に変わらぬご支援をたまわりたくお願い申し上げると伝えた[21]。
2013年4月、元タレントで美容関連会社社長の女性と結婚、同年12月16日、第1子となる男児が誕生したことを明らかにした。2015年12月24日には第2子となる女児が誕生した[22]。
※連続ドラマにも出演のものは上記に表記。
未登録
IPFS未登録
📡 0ピア
N=1
CRITICAL
PQS A81