1815年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1790年代 1800年代 1810年代 1820年代 1830年代 |
| 年: | 1812年 1813年 1814年 1815年 1816年 1817年 1818年 |
1815年(1815 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、日曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]


- 1月8日 - 米英戦争:ニューオーリンズの戦いでアンドリュー・ジャクソン率いる米軍が英軍に勝利(講和条約のガン条約調印後の戦闘)[1]。
- 2月26日 - ナポレオンがエルバ島を脱出(3月1日仏本土上陸)[2]。
- 3月20日 - ナポレオンがパリへ帰還し、ルイ18世は亡命。ナポレオンの「百日天下」が始まる[2][3]。
- 3月23日 - イギリスで地主層保護のため穀物法が成立。穀物価格高騰を招き、のちの反穀物法同盟結成と自由貿易化(1846年廃止)の起点となる[4]。
- 4月10日 - 4月15日 - オランダ領東インドのタンボラ山が大噴火。日射が遮られ、翌年に欧米を中心に世界的寒冷化・飢饉をもたらす(夏のない年)[5]。
- 4月23日 - オスマン帝国支配下のセルビアでミロシュ・オブレノヴィッチ1世指導による第二次セルビア蜂起が勃発。のちの自治公国化へつながる[6]。
- 6月8日 - 旧神聖ローマ帝国領域に、オーストリアを盟主とする38の領邦・自由都市からなるドイツ連邦が成立[7]。
- 6月9日 - ナポレオン復帰への危機感から列強の妥協が進み、オーストリア外相メッテルニヒ主導のもとウィーン議定書が調印。タレーラン提唱の「正統主義」と「勢力均衡」に基づくウィーン体制が成立[8]。
- 6月12日 - ドイツのイェーナ大学で自由主義と民族統一を求める学生運動組織ブルシェンシャフトが結成される[9]。
- 6月18日 - ワーテルローの戦い。ナポレオン軍がウェリントン率いる英・蘭連合軍およびブリュッヘル率いるプロイセン軍に完敗。百日天下とナポレオン戦争が終結[10]。
- 9月26日 - ロシア皇帝アレクサンドル1世提唱により、キリスト教精神に基づく君主間の平和盟約神聖同盟が結成(イギリス・オスマン帝国・教皇を除く全欧君主が参加)[11]。
- 10月16日 - ナポレオンが南大西洋の孤島セントヘレナ島に配流(1821年死去)[12]。
- 11月20日 - 英・露・墺・普の4カ国がウィーン体制維持のための軍事・政治同盟である四国同盟を結成(1818年に仏が加入し五国同盟へ)[13]。
月日不詳
[編集]誕生
[編集]→「Category:1815年生」も参照
- 1月1日 - シャルル・ルヌーヴィエ[18]、フランスの哲学者(+ 1903年)
- 1月11日 - ジョン・A・マクドナルド[19]、初代カナダ首相(+ 1891年)
- 1月16日(文化11年12月7日)- 鍋島直正[20]、第10代肥前国佐賀藩主、藩の近代化・産業育成を推進(+ 1871年)
- 1月21日 - ホーレス・ウェルズ[21]、アメリカの歯科医、麻酔法の先駆者(+ 1848年)
- 2月9日 - フェデリコ・デ・マドラーソ[22]、スペインの画家(+ 1894年)
- 3月13日 - ジェームス・カーティス・ヘボン[23]、アメリカの宣教師・医師、ヘボン式ローマ字の創始者(+ 1911年)
- 3月29日(文化12年2月19日)- 萩原広道[24]、国学者、『源氏物語評釈』著者(+ 1864年)
- 4月1日 - オットー・フォン・ビスマルク[25]、プロイセン首相、ドイツ帝国初代帝国宰相(+ 1898年)
- 4月24日 - アントニー・トロロープ[26]、イギリスの小説家(+ 1882年)
- 5月4日 - デリーナ・フィルキンス、史上初めて113歳に達したとされる長寿記録者(+ 1928年)
- 6月1日 - オソン1世[27]、近代ギリシャ王国の初代国王(+ 1867年)
- 6月11日 - ジュリア・マーガレット・カメロン[28]、イギリスの写真家(+ 1879年)
- 6月11日 - オットー・フォン・ベートリンク[29]、ドイツのサンスクリット学者(+ 1904年)
- 6月28日 - ローベルト・フランツ[30]、ドイツの歌曲(リート)作曲家(+ 1892年)
- 6月29日(文化12年5月22日) - 浅田宗伯[31]、幕末・明治期の漢方医(+ 1894年)
- 7月13日(文化12年6月7日)- 梅田雲浜[32]、尊王攘夷派の儒学者、安政の大獄で獄死(+ 1859年)
- 7月26日 - ロベルト・レーマク[33]、ドイツの動物学者・医学者、胚葉の発見(+ 1865年)
- 8月1日 - リチャード・ヘンリー・デイナ[34]、アメリカの作家・弁護士(+ 1882年)
- 8月5日 - エドワード・ジョン・エア[35]、イギリスの探検家、オーストラリア内陸部を調査(+ 1901年)
- 8月16日 - ヨハネ・ボスコ[36]、イタリアのカトリック教会の聖人、サレジオ会創設者(+ 1888年)
- 9月7日(文化12年8月5日)- 入江長八[37](伊豆長八)、左官職人・工芸家(+ 1889年)
- 9月7日 - ハウエル・コブ[38]、アメリカ合衆国財務長官、アメリカ連合国臨時議会議長(+ 1868年)
- 9月30日(文化12年8月28日)- 福原元僴(福原越後[39])、長州藩の家老、禁門の変の責任を負い切腹(+ 1864年)
- 10月28日 - リュドヴィート・シュトゥール[40]、スロバキアの詩人・言語学者、スロバキア語の標準化を推進(+ 1856年)
- 10月31日 - カール・ワイエルシュトラス[41][42]、ドイツの数学者、「現代解析学の父」(+ 1897年)
- 11月2日 - ジョージ・ブール[43]、イギリスの数学者、ブール代数の提唱者(+ 1864年)
- 11月12日 - エリザベス・キャディ・スタントン[44]、アメリカの女性解放運動・女性参政権運動の指導者(+ 1902年)
- 11月15日(文化12年10月15日)- 田崎草雲[45]、南画家・日本画家(+ 1898年)
- 11月16日(文化12年10月16日)- 長野主膳[46]、国学者、大老・井伊直弼の腹心(+ 1862年)
- 11月18日 - ローレンツ・フォン・シュタイン[47]、ドイツの法学者・社会学者、伊藤博文らに多大な影響を与える(+ 1890年)
- 11月29日(文化12年10月29日)- 井伊直弼[48]、江戸幕府大老、彦根藩主。日米修好通商条約を調印し安政の大獄を断行(+ 1860年)
- 11月 - 二代 清水喜助清矩[49]、建築家、清水建設の実質的創業者(+ 1881年)
- 12月8日 - アドルフ・フォン・メンツェル[50]、ドイツの画家(+ 1905年)
- 12月10日 - エイダ・ラブレス[51]、イギリスの数学者、世界初のコンピュータプログラマとされる(+ 1852年)
- 12月10日 - ジェームズ・レッグ[52]、イギリスの宣教師・中国学者、儒教経典の英訳(+ 1897年)
- 12月21日 - トマ・クチュール[53]、フランスの歴史画家(+ 1879年)
- 12月22日 - J・J・バッハオーフェン[54]、スイスの法学者・文化人類学者、『母権制』の著者(+ 1887年)
- 月日不詳
死去
[編集]→「Category:1815年没」も参照
- 1月15日 - エマ・ハミルトン[58]、イギリスの女性、ネルソン提督の愛人(* 1765年?)
- 2月22日 - スミソン・テナント[59]、イギリスの化学者、オスミウムとイリジウムを発見(* 1761年)
- 2月24日 - ロバート・フルトン[60]、アメリカの技術者・発明家、実用的な外輪式蒸気船を開発(* 1765年)
- 3月5日 - フランツ・アントン・メスメル[61]、ドイツの医師、催眠術の先駆者(* 1734年)
- 3月7日 - フランチェスコ・バルトロッツィ[62]、イタリア出身の版画家(* 1727年)
- 6月1日 - ジェームズ・ギルレイ[63][64]、イギリスの風刺画家(* 1757年)
- 6月1日 - ルイ=アレクサンドル・ベルティエ[65]、フランス帝国元帥、ナポレオンの参謀長(* 1753年)
- 6月28日(文化12年5月21日)- 鳥居清長[66]、浮世絵師、美人画の黄金期を築く(* 1752年)
- 8月2日 - ギヨーム=マリ=アン・ブリューヌ[67]、フランス帝国元帥(* 1763年)
- 8月12日(文化12年7月8日)- 佐竹義和[68]、第9代久保田藩主、藩政改革に成功(* 1775年)
- 9月9日 - ジョン・シングルトン・コプリー[69]、アメリカ出身の画家(* 1738年)
- 10月13日 - ジョアシャン・ミュラ[70]、フランス帝国元帥、ナポレオンの義弟、元ナポリ国王(* 1767年)
- 11月16日(文化12年10月16日)- 尾上松緑 (初代)[71]、歌舞伎俳優(* 1744年)
- 12月4日(文化12年11月4日)- 根岸鎮衛[72]、江戸町奉行、随筆『耳嚢』の著者(* 1737年)
- 12月7日 - ミシェル・ネイ[73]、フランス帝国元帥(* 1769年)
- 12月22日 - ホセ・マリア・モレーロス[74]、メキシコ独立戦争の指導者、カトリック司祭(* 1765年)
- 月日不明
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ 『ニューオーリンズ』 - コトバンク
- 1 2 『ナポレオン1世』 - コトバンク
- ↑ 『百日天下』 - コトバンク
- ↑ 『穀物法』 - コトバンク
- ↑ “Mount Tambora”. Encyclopædia Britannica. 2026年8月31日閲覧。
- ↑ 『セルビア』 - コトバンク
- ↑ 『ドイツ連邦』 - コトバンク
- ↑ 『ウィーン会議』 - コトバンク
- ↑ 『ブルシェンシャフト』 - コトバンク
- ↑ 『ワーテルローの戦い』 - コトバンク
- ↑ 『神聖同盟』 - コトバンク
- ↑ 『セントヘレナ島』 - コトバンク
- ↑ 『四国同盟』 - コトバンク
- ↑ 『魔王』 - コトバンク
- ↑ 『野ばら』 - コトバンク
- ↑ 『安全灯』 - コトバンク
- ↑ 『蘭学事始』 - コトバンク
- ↑ 『ルヌービエ』 - コトバンク
- ↑ 『マクドナルド』 - コトバンク
- ↑ 『鍋島直正』 - コトバンク
- ↑ 『ウェルズ』 - コトバンク
- ↑ 『マドラーソ』 - コトバンク
- ↑ 『ヘボン』 - コトバンク
- ↑ 『萩原広道』 - コトバンク
- ↑ 『ビスマルク』 - コトバンク
- ↑ 『トロロープ』 - コトバンク
- ↑ 『オソン1世』 - コトバンク
- ↑ 『カメロン』 - コトバンク
- ↑ 『ベートリンク』 - コトバンク
- ↑ 『フランツ』 - コトバンク
- ↑ 『浅田宗伯』 - コトバンク
- ↑ 『梅田雲浜』 - コトバンク
- ↑ 『レマーク』 - コトバンク
- ↑ 『デーナ』 - コトバンク
- ↑ Edward-John-Eyre - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ドン・ボスコ』 - コトバンク
- ↑ 『入江長八』 - コトバンク
- ↑ Howell-Cobb - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『福原越後』 - コトバンク
- ↑ 『シュトゥール』 - コトバンク
- ↑ 『ワイアシュトラース』 - コトバンク
- ↑ 『ワイヤーシュトラス』 - コトバンク
- ↑ 『ブール』 - コトバンク
- ↑ 『スタントン』 - コトバンク
- ↑ 『田崎草雲』 - コトバンク
- ↑ 『長野主膳』 - コトバンク
- ↑ 『シュタイン』 - コトバンク
- ↑ 『井伊直弼』 - コトバンク
- ↑ 『清水喜助』 - コトバンク
- ↑ 『メンツェル』 - コトバンク
- ↑ Ada-Lovelace - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『レッグ』 - コトバンク
- ↑ Thomas-Couture - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『バッハオーフェン』 - コトバンク
- ↑ 『田中河内介』 - コトバンク
- ↑ 『フアト・パシャ』 - コトバンク
- ↑ Mehmed-Fuad-Pasa - ブリタニカ百科事典
- ↑ Emma-Lady-Hamilton - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『テナント』 - コトバンク
- ↑ 『フルトン』 - コトバンク
- ↑ 『メスメル』 - コトバンク
- ↑ 『バルトロッチ』 - コトバンク
- ↑ 『ギルレイ』 - コトバンク
- ↑ 『ギルレー』 - コトバンク
- ↑ Louis-Alexandre-Berthier-prince-de-Wagram - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『鳥居清長』 - コトバンク
- ↑ Guillaume-Marie-Anne-Brune - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『佐竹義和』 - コトバンク
- ↑ 『コプリー』 - コトバンク
- ↑ 『ミュラ』 - コトバンク
- ↑ 『尾上松緑』 - コトバンク
- ↑ 『根岸鎮衛』 - コトバンク
- ↑ 『ネー』 - コトバンク
- ↑ 『モレロス』 - コトバンク
- ↑ 『段玉裁』 - コトバンク
- ↑ 『姚鼐』 - コトバンク