くいしん坊!万才

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くいしん坊!万才
ジャンル 料理番組 / ミニ番組
出演者 松岡修造
製作
プロデューサー 前夷久志(共同テレビ)[1]
制作 フジテレビ
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1974年10月2日 - 現在
放送時間日曜 17:25 - 17:30
放送分5分
回数6513
公式サイト
くいしん坊!万才SP
出演者松岡修造
高島彩
歴代リポーター
放送期間2015年8月22日
放送時間土曜 9:55 - 10:55
放送枠チャンネルΣ
放送分60分
回数1

特記事項:
1.放送回数は現在フジテレビ公式サイトで開始時期とする1975年6月から2023年7月30日放送分まで。[注 1]
2.放送時間は、2022年3月現在のもの。
3.後述の事情により2025年1月26日から放送休止中。
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『くいしん坊!万才』(くいしんぼうばんざい)は、フジテレビなどで放送されているミニ番組の料理番組である。フジテレビと共同テレビ(初期はピー・プロダクション[2])の共同制作。通称『くいしん坊』。レポーターが固定されるようになってからタイトルの前には必ず『○○○○(リポーターの名前)のくいしん坊!万才』と付く。

概要

1974年10月2日に放送を開始(フジテレビ公式サイトでは、リポーターが固定化された1975年6月としている[3])。キッコーマンの一社提供番組で、毎回日本各地の名物料理を食べ歩く[4]。国内のみならず、海外でのロケを行う場合もある。2024年に(リポーター固定後の)放送開始50周年を迎える長寿番組である。

当初は火曜と金曜を除く週5日間の帯(21:54 - 22:00枠)で放送されていたが、1983年10月以降は週4日間の帯に減少し、1999年4月から2018年9月まで月曜のみの放送となっていたが、2018年10月からは日曜昼前(11:45 - 11:50枠)のみの放送に移行、放送開始45年目にして初のノンプライム放送となり、2022年10月改編で日曜夕方枠(17:25 - 17:30)に移動。

スタート当初はフィルムによるロケーション撮影だったが、技術の変遷で竜崎勝時代にはVTR撮影に変わった。

「○○○○のくいしん坊!万才」のタイトルコールは、宍戸錠時代から本人がコールするようになった。

テーマ曲(愛場俊彦作曲)は、村野武範時代以降はくいしん坊交代ごとにアレンジされている。ただし、辰巳琢郎時代のオープニングは、テーマ曲が変更となりアニメーションも辰巳の顔部分だけ実写だった。山下真司起用後はテーマ曲・アニメとも元のスタイルに戻された。なお、リポーター固定化前は全く異なる音楽が使われていた。

2025年1月に報じられた、フジテレビの一連の不祥事を受けて、単独スポンサーであるキッコーマンからの要請により、同月26日以降の放送が中止となっている[5][6][7][8]。該当時間帯は本番組の直後に放送している『Live News イット!』を前倒し(拡大)する形で対応するとしている[6][9]。また、本番組と同じくキッコーマン一社提供の『おいしい記憶きかせてください』(BSフジ制作)も同様の理由により、同年2月15日以降、当分の間放送休止することが発表された[5]。

放送曜日

期間日曜月曜火曜水曜木曜金曜土曜備考
1974年(昭和49年)10月
- 1981年(昭和56年)3月
○○-○○-○週5回[注 2]
1981年(昭和56年)4月
- 1983年(昭和58年)9月
○○-○○○-週5回[注 3]
1983年(昭和58年)10月
- 1984年(昭和59年)9月
○○-○-○-週4回[注 4]
1984年(昭和59年)10月
- 1999年(平成11年)3月
○○○○---週4回[注 5]
1999年(平成11年)4月
- 2018年(平成30年)9月
-○-----週1回
2018年(平成30年)10月
-
○------週1回[注 6]

歴代のリポーター

  • 1974年10月2日から1975年1月5日放送分までは、各界の著名人(俳優・落語家・漫画家・力士など)が日替わりでリポーターを務めていた[10]。
    • 当時の新聞の記載によると、初回のリポーターは『正蔵』(林家正蔵(8代)と考えられる)であった。
  • 1975年1月6日から6月22日放送分までは、各界の著名人が週替わりでリポーターを務めていた。
  • 1975年6月23日放送分以降、リポーターが固定化される。フジテレビ公式ではこの段階を放送開始としている。
  • リポーターは固定化以降、主に2~3年おきに次代に交代し、早いと川津のようにほぼ1年で降板ということもあったが、当代(11代目)の松岡に代わってからは25年交代がなく、歴代出演者とは出演期間が大きく離れている。ただし、松岡の出演開始時点ではすでに週1回放送になっていたこともあり、3代目の友竹が3年間の出演で保持していた歴代最多出演回数を塗り替えるまでに、その約5倍にあたる16年強の歳月を費やしている。
歴代リポーター一覧
代リポーター出演期間回数
1 渡辺文雄 1975年6月23日 - 1977年7月3日 515
2 竜崎勝 1977年7月4日 - 1978年12月31日 390
3 友竹正則 1979年1月1日 - 1981年12月31日 794
4 宍戸錠 1982年1月1日 - 1983年12月30日 509
5 川津祐介 1984年1月4日 - 12月30日 228
6 梅宮辰夫 1985年1月6日 - 1987年12月30日 623
7 村野武範 1988年1月3日 - 1990年12月30日 617
8 辰巳琢郎 1991年1月6日 - 1993年12月29日 606
9 山下真司 1994年1月4日 - 1997年12月30日 782
10 宍戸開 1998年1月4日 - 1999年12月27日 284
11 松岡修造 2000年1月10日 - 1170

ネット局・放送時間

(現在)

放送対象地域 放送局 系列 放送日時 備考
関東広域圏 フジテレビ(CX) フジテレビ系列 日曜 17:25 - 17:30
(特別番組等により放送時間変更の場合あり)
【制作局】
アメリカ合衆国 FCI(フジテレビ現地法人) (ホームページを参照)[注 7]
  • 開始当初は夜のスポットタイムが「5分」であったため、21:55からの放送であったが、1年後の1975年10月より夜のスポットタイムが「6分」に拡大したため、21:54からの放送に変更された。しかし日曜朝に移動後、43年振りに5分に戻った。
  • 水曜放送は1985年4月より2時間歌謡番組『夜のヒットスタジオDELUXE』が設置されたため、22:54に繰り下げ、そして1986年4月からは『ヒットスタジオ』を22:52までの放送に短縮し、当番組の開始時刻を22:52からに拡大したが、22:52 - 22:54は実質的には「ガイド枠」であるため、内容は拡大しなかった[注 8]。その後1989年10月より『ヒットスタジオ』を22:00 - 22:54に短縮し、『夜のヒットスタジオSUPER』に改題したため、水曜放送は元の21:54に戻った。

過去のネット局

スタッフ

  • プロデューサー:前夷久志
  • ディレクター:松澤祐介、岡田実
  • AD:白井奈津美
  • 撮影:徳重正司
  • VE:坂本安章
  • TK:山本悦子
  • 制作:フジテレビ、共同テレビ

特別番組など

  • 毎年正月の時期には歴代くいしん坊が集まり、全国ネットでスペシャル版が放送されていた(各局ローカル別の複数社スポンサーとなるが、キッコーマンも提供スポンサーに含まれている)が、2010年度以降は放送されていない。
  • 2015年8月22日、放送40周年を記念した番組初の1時間の拡大版の特別番組『くいしん坊!万才 放送40周年スペシャル』(関東ローカル)が放送[注 10]。同特別番組の司会は現在のリポーターの松岡と第2代リポーター・竜崎の長女でもある高島彩(元・フジテレビアナウンサー)が務め[25]、歴代リポーターを代表して6代目リポーターの梅宮辰夫、9代目リポーターの山下真司が出演[26]。東京・芝の会席料理店「とうふ屋うかい」で収録が行われた[27]。
  • 2018年9月8日・9日の『FNS27時間テレビ にほん人は何を食べてきたのか?』にて初の本番組の特別編が放送された[28]。こちらにもキッコーマンがスポンサーの一社として名を連ねた。

追悼特集

  • 2019年12月15日放送は、6代目リポーターを務めた梅宮辰夫が12日に死去(81歳没)したことを受け、当初の放送予定を変更し、梅宮の追悼として、梅宮時代の回の中から1987年2月1日放送回(山形県[注 11]東置賜郡高畠町から「ひきずりうどん」を紹介)をアンコール放送した[29]。なお、当時はアナログ放送であったことから標準画質(画角4:3)だったが、オープニング映像やテロップ、提供アナウンスはほぼそのまま放送したものの、オープニング・エンディングの提供クレジットの社名ロゴ表示が当時と現在で異なるため[注 12]、ホワイトバックに現在のロゴ[注 13]を被せて表示した。エンディングはホワイトバックによる提供クレジットとともに「梅宮辰夫のくいしん坊!万才 終」が黒の縁取りに白文字で表示された。なお、画面両端は白色で、本編の冒頭に内容変更の旨、最後に梅宮を追悼するテロップがそれぞれ表示されたほか、制作会社(フジテレビ・共同テレビ)のテロップも新たに表示し直された[注 14]。
  • 2020年1月26日放送は、4代目リポーターを務めた宍戸錠が21日に死去(86歳没)したことを受け、当初の放送予定を変更し、宍戸錠追悼として、錠時代の回の中から1982年1月28日放送回(北海道松前郡松前町から「ユデダコ」を紹介)をアンコール放送した[30]。なお、これも標準画質であり、オープニング・エンディング映像や提供アナウンスは当時のまま放送されたものの、提供クレジットの社名ロゴ表示が現在と異なるため[注 15]、白色の四角枠で被せた上で現在のロゴ[注 13]に置き換えた。なお、画面両端は黒色で、テロップも新たに加えたものが付けられた(本編の画面左上に「宍戸錠のくいしん坊!万才」ロゴ、右に放送日と内容を表示した)ほか、制作会社(フジテレビ・共同テレビ)のテロップも新たに表示し直された[注 16]。
  • 2022年3月6日放送は、5代目リポーターを務めた川津祐介が2月26日に死去(86歳没)[31][32]したことを受け、当初の放送予定を変更し、川津の追悼として、川津時代の1年間である1984年放送分の中から7月4日放送回(秋田県仙北郡田沢湖町〈現在の仙北市〉から「山の芋鍋」を紹介)をアンコール放送した。なお、これも標準画質で、オープニング・エンディング映像や提供アナウンスは当時のまま放送されたものの、提供クレジットの社名ロゴ表示[注 15]は白色の四角枠で被せた上で現在のロゴ[注 13]に置き換えた。この回も画面両端は黒、テロップも新たに付加された(本編の画面左上に「川津祐介のくいしん坊!万才」ロゴ、右に放送日と内容を表示した)ほか、制作会社(フジテレビ・共同テレビ)のテロップも新たに表示し直された[注 16]。また、オープニング冒頭に放送内容を変更して放送する旨、VTR本編冒頭に川津追悼の旨がそれぞれ表示されたほか、番組の最後に「5代目くいしん坊 川津祐介さんのご冥福をお祈りします」のテロップを表示して終了した。なお、川津の死去をもって、昭和期に務めた歴代リポーターでは、7代目の村野が最後の存命者となっている[注 17]。

パロディ

以下に紹介するパロディはすべてフジテレビ製作のバラエティ番組である。

  • 『オレたちひょうきん族』において、「松本竜助のくいしん坊!ぶぁんざい」というコーナーが存在していた。提供スポンサー読みも本物と似せる形で「お料理の味をぶち壊すひょうきんの素がお送りします」というナレーションで、本題は竜助が日本各地の“珍料理”を紹介するというものだった。
  • 『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』の中で「子丑虎卯辰巳琢郎(ねうしとらうたつみ・たくろう)のくいしん坊!万々歳」ほか数々のパロディが作られた。ここでは子丑虎卯辰巳琢郎(ねうしとらうたつみ・たくろう)を内村光良が、取材先の店主を南原清隆が演じていた。ウッチャンナンチャンが店主役に回り、レポーターとして辰巳本人が登場した事もある。オープニングは当時放送されていた辰巳琢郎時代のオープニングをベースにしたもの(内村の顔部分も実写)であるが、BGMは村野武憲時代のものがベースとなっていた。エンディングもパロディ化されており、ここでは当時のキッコーマンのロゴの「KIKKOMAN」と書かれていた部分が「U'CHAN NANCHAN」になっており、提供スポンサー読みも本物と似せる形で「ウッチャンナンチャンがお送りしました」となっていた。
  • 『ワンナイR&R』では、山口智充扮する「チョコボーイ山口の食いちん棒バンザイ!」というコントが製作されたことがある。内容は本家に準じ、釧路市に住む蛍原徹扮するおばあちゃんと料理を紹介するものであるが、コントの性格上、非常にきわどい下ネタとなっている。
  • 1992年12月8日放送『プロ野球ニュース』では、「野茂英雄のくいしん坊!万才 北海道」というシーズンオフの企画を放送した。

他局ではあるが、テレビ東京系列の『ダンシン!』で藤井隆が紹介した料理に自己流でアレンジする内容のパロディコントが放送。TBSテレビ系列の『ラヴィット!』では2024年7月9日から、当番組の演出を模倣したコーナー「水田信二のおいしんじ万才!」が放送されており、オープニング・エンディングのアニメーションは「しんじ」つながりで、山下真司時代のものを再現している。

備考

脚注

注釈

  1. ↑ 放送回数は公式サイトのバックナンバーに記載。
  2. ↑ 火曜は『ミュージックフェア』、金曜は『ゴールデン洋画劇場』が、それぞれ放送されているため設置せず。
  3. ↑ 『ゴールデン洋画劇場』が金曜から土曜に移動したため、土曜放送を廃止し、入れ替わって金曜放送を開始。なお1981年10月から火曜21:00には1時間番組『なるほど!ザ・ワールド』を開始したが、当番組は設置せず、別のミニ番組『ニューフェイス'81』を編成した。
  4. ↑ 『時代劇スペシャル』が金曜から木曜に移動したため。
  5. ↑ 『金曜女のドラマスペシャル』編成に伴い、金曜放送を廃止。入れ替わって火曜放送を開始。
  6. ↑ 放送開始以来44年続いた月曜のゴールデンタイムでの放送を終了し、日曜11:45 - 11:50枠に移動。なお、日曜の放送としては19年半ぶりとなる。
  7. ↑ アメリカ合衆国での放送分でも、キッコーマンがスポンサーとなっている。
  8. ↑ 現在のCX金曜22時台ミニ番組と同じ。
  9. ↑ KTSの1992年10月当時の19時台は、月曜に『志村けんのだいじょうぶだぁ』、木曜に『クイズ!年の差なんて』、土曜に『大相似形テレビ』がネットされていた。
  10. ↑ 放送枠は9:55 - 10:55で、『チャンネルΣ』の第1部で放送(第2部は「2015年ワールドカップバレーボール」関連番組)。
  11. ↑ 現在はさくらんぼテレビで放送されているが、本放送当時は山形テレビで放送されていた。
  12. ↑ 放送当時は1987年(梅宮時代末期)から2008年(松岡時代の途中)まで使用していた1世代前の「KIKKOMAN」ロゴ(赤色)。アニメーション自体はそれ以前の六角形マーク(六角形の中に「萬」)に「キッコーマン」ロゴ時代に制作されたものだが、1世代前のロゴへの変更で最後の部分が差し替えられていた。
  13. 1 2 3 「Kikkoman」ロゴに伝統の六角形マーク(六角形の中に「萬」)(オレンジ色)。
  14. ↑ 共同テレビのロゴを現在使用中の「共テレ」に置き換えた。
  15. 1 2 放送当時は開始時から1986年(梅宮時代の途中)まで使用していた六角形マーク(六角形の中に「萬」)に「キッコーマン」のロゴ(赤色)。
  16. 1 2 放送当時のフジテレビ・共同テレビのロゴが現在と異なるため、目玉マーク付きの「フジテレビ」と「共テレ」にそれぞれ置き換えた。
  17. ↑ なお、村野は昭和最後かつ平成最初のリポーターであり、元号を跨いでの出演である(現在の11代目の松岡も平成~令和を跨ぎ出演)。

出典

  1. ↑ “松岡修造のくいしん坊!万才 〜 松岡修造のくいしん坊!万才 〜 番組制作 情報”. 共同テレビジョン. 2018年9月18日閲覧。
  2. ↑ 但馬オサム「うしおそうじ&ピープロダクション年表」『別冊映画秘宝 特撮秘宝』vol.3、洋泉社、2016年3月13日、pp.102-109、ISBN 978-4-8003-0865-8。
  3. ↑ くいしん坊!万才公式サイト・初代食いしん坊
  4. ↑ 「(放送界パトロール) / 土岐唯男」『電子』第17巻第3号、日本電子機械工業会、1977年3月1日、42 - 43頁、NDLJP:2370936/23。
  5. 1 2 “キッコーマン、フジに「くいしん坊!万才」放送中止要請”. 日本経済新聞 (2025年1月21日). 2025年1月22日閲覧。
  6. 1 2 加藤結花、諸隈美紗稀 (2025年1月21日). “フジ、「くいしん坊!万才」26日の放送休止 キッコーマンが要請”. 毎日新聞. 2025年1月22日閲覧。
  7. ↑ 日本放送協会 (2025年1月21日). “「くいしん坊!万才」見合わせ キッコーマン フジテレビに要請”. NHKニュース. 2025年1月22日閲覧。
  8. ↑ “フジテレビ「くいしん坊!万才」 2月分の放送休止を決定 提供社のキッコーマン「再開する判断材料がない」”. TBS NEWS DIG Powered by JNN (2025年2月4日). 2025年2月4日閲覧。
  9. ↑ “フジテレビ「くいしん坊!万才」放送見合わせ 26日放送分 1社提供のキッコーマンから要請受け”. スポーツニッポン (2025年1月21日). 2025年1月22日閲覧。
  10. ↑ これは初期の「キッチンパトロール」(TBS)も同様。
  11. ↑ “2021年03月28日のテレビ番組表(山形・地上波)”. テレビ番組表の記録 (2021年3月28日). 2025年1月27日閲覧。
  12. ↑ 「テレビ欄(さくらんぼテレビ)」『山形新聞』2021年3月28日、朝刊第8版、32面。
  13. ↑ 『週刊TVガイド 東北版』1981年5月15日号、111ページ。
  14. ↑ 『福島民報』1975年9月29日 - 1977年4月30日付朝刊テレビ欄。
  15. ↑ 『読売新聞』読売新聞社。1976年7月2日夕刊・「丸井クレジット」広告(丸井のCMに会える時間です。)より。8頁。
  16. ↑ 『朝日新聞』朝日新聞社。1976年8月7日夕刊・「丸井クレジット」広告(丸井がお送りしているTV番組です。)より。4頁。
  17. ↑ 『朝日新聞』朝日新聞社。1976年10月1日夕刊・「丸井クレジット」広告(丸井がお送りしているTV番組)より。8頁。
  18. ↑ 『福島民報』1979年1月8日 - 1983年12月21日付朝刊テレビ欄。
  19. ↑ 『日刊スポーツ』1976年5月1日 - 6月12日付テレビ欄。
  20. ↑ 『北日本新聞』2006年9月10日付、同年11月19日付各朝刊、テレビ欄。
  21. ↑ 『北國新聞』1976年10月2日付朝刊、テレビ欄。
  22. ↑ 北國新聞 1990年2月4日付朝刊テレビ欄
  23. ↑ 北國新聞 1994年5月30日付朝刊テレビ欄
  24. ↑ 『中日新聞縮刷版』中日新聞本社、1978年10月。
  25. ↑ “高島彩、父・竜崎勝さんの名場面に感激「うれしい」 『くいしん坊!万才 放送40周年SP』放送”. ORICON (2015年7月16日). 2015年7月16日閲覧。
  26. ↑ “6代目食いしん坊の梅宮さん、料理に情熱を燃やした”. Nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社. (2019年12月12日) 2019年12月13日閲覧。
  27. ↑ “チャンネルΣ 2015/08/22(土)09:55 の放送内容”. TVでた蔵. 富士ソフト株式会社. pp. 1-2 (2015年8月22日). 2019年12月13日閲覧。
  28. ↑ 『FNS27時間テレビ にほん人は何を食べてきたのか?』公式サイト
  29. ↑ “「くいしん坊!万才」15日に梅宮辰夫さん追悼特番”. nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社. (2019年12月13日) 2019年12月16日閲覧。
  30. ↑ "宍戸錠さん追悼放送 26日フジテレビ「くいしん坊!万才」で38年前の秘蔵映像". Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. 24 January 2020. 2020年1月25日閲覧。
  31. ↑ "俳優の川津祐介さん死去、86歳…「ザ・ガードマン」などで活躍". YOMIURI ONLINE. 読売新聞社. 4 March 2022. 2022年3月4日閲覧。
  32. ↑ 川津祐介さん死去 86歳 「ザ・ガードマン」「くいしん坊!万才」出演の元祖マルチタレント - スポーツ報知 2022年3月4日

関連項目

外部リンク