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天王寺区にあった旧本社ビル | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | [1] |
| 本社所在地 |
〒543-8921 大阪府大阪市浪速区湊町1-2-3 マルイト難波ビル13階 |
| 設立 | 1935年 2月 |
| 業種 | 繊維製品 |
| 法人番号 | 6120001024419 |
| 事業内容 | スポーツウェア及び関連製品の製造及び販売 |
| 代表者 | 代表取締役社長 小関秀一[2] |
| 資本金 | 38億4,620万円 |
| 売上高 |
連結:1,269億89百万円 単体:132億43百万円 (2024年3月期)[2] |
| 純資産 |
連結:1,137億33百万円 単体:374億59百万円 (2024年3月31日現在)[2] |
| 総資産 |
連結:1,503億4百万円 単体:393億99百万円 (2024年3月31日現在)[2] |
| 従業員数 |
連結:2,659人 単体:34人 (2024年3月31日現在)[2] |
| 決算期 | 3月末日 |
| 主要株主 |
BSインベストメント 85.92% (2024年11月6日現在) |
| 主要子会社 |
デサントジャパン株式会社 デサントアパレル株式会社 |
| 関係する人物 | 石本雅敏(元社長) |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |
| 特記事項: (注1)2012年3月12日に大阪市中央区平野町4-2-16 日鉄御堂筋ビルから移転。
(注3)2024年に伊藤忠商事によるTOBが成立し、2025年3月を目途に同社の完全子会社になる見通しである。[3] | |
スポーツウェアの大手メーカーの1社であり、野球、ゴルフウェア、陸上競技用ウェア、サッカー用ウェア、競泳用水着、アルペンスキー用ウェアなどで有力なブランドを持つ。日本国内の他、中国・韓国、北アメリカに進出している。スポーツウェアの他、介護・医療分野の製品開発も進めている。伊藤忠商事の子会社である[注 1]。
企業スローガンは「Design for Sports」で、企業理念として「すべての人々に、スポーツを遊ぶ楽しさを」を掲げている[5] [注 2]。
第21回オリンピック冬季競技大会(2010年バンクーバーオリンピック)の日本選手団公式スポーツウェアを手がけた[7]。
社名の「デサント」は、フランス語の「descente=滑降」に由来する[8]。スキーウェア開発のアドバイザーだった日本初のプロスキーヤー西村一良のスキースクール『デサントスキースクール』から名前をもらったことから[9]。マークの「3本の下向きの矢」はスキーの基本滑降である「直滑降・斜滑降・横滑り」を表している。
水沢ダウンは、2008年に発売された高い保温性を誇るダウンジャケットである[16]
もともと2010年バンクーバー冬季オリンピックの日本選手団のために開発されたウェアである[17][注 6]。生産している水沢工場が製品名の由来であり、ステッチをなくすことで水分含浸を防ぐのが特徴となっている[19][注 7]。価格は一番安いもので8万円強であるが、売り上げは年々増え続けている[21]。
1960年代から野球ユニフォーム製作において様々な技術革新と斬新なデザイン、カラーリングを実施。1980年代には阪急ブレーブス(ミズノ製)を除く11球団でユニフォーム製作に携わった。2017年現在は、オリックス・バファローズ(この年より)、横浜DeNAベイスターズ、広島東洋カープ(ビジター用)[注 8]のNPB3球団に加え、韓国のLGツインズのユニフォームも手がける[22]。
「アリーナ (arena)」は主に水泳用品のブランドとして知られている。元々はアディダスの傘下にあった会社だったが、アディダスが自社で(アディダスジャパン)日本国内の事業を展開するにあたり、その代償措置として、デサントが「アリーナ」のアジア・太平洋地域における事業権を獲得した。また、アテネ五輪水泳金メダリストの柴田亜衣が、デサントの社員となっており、世界のトップスイマーによって構成される「チーム・アリーナ」の一員に加わっている。2009年4月に行われた競泳日本選手権では日本新記録が20個更新され、うち13個がデサント製の水着を着用されて更新されたものである。
アルペンスキー用ウェアに関しては1954年に進出。欧州ブランドが主流の市場であったが、1956年コルチナ・ダンペッツオオリンピックで猪谷千春が回転で銀メダルを獲得したことからスキーブームが起き[9]、それに後押しされたことや内外の一流選手に着用してもらってアドバイスを受けたことなどから、国産ウェアの開発が進み[23]、現在ではスイス、スペイン、韓国のナショナルチームのウェアを供給している。 また、アルペンスキー用ウェアの技術をスピードスケート用ウェアに応用。1980年レークプラシッドオリンピックでの5冠王エリック・ハイデンの着用により、一躍注目された[24]。1984年からカナダスピードスケートナショナルチームのウェアを供給している。
スポーツ関連のイベントとして1978年には日本で初めてのアマチュアスポーツの冠トーナメント「8カ国対抗・デサント陸上大会」を開催したことでも知られる。
現在も陸上競技の「デサントトラッククラブ」、サッカーの日本フットボールリーグのメインスポンサー(アンブロブランド)を務めており、かつてはゴルフの男子ツアー「マンシングウェアオープン KSBカップ」、女子の「デサントレディース・東海クラシック」のスポンサーなどを行っていた。
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