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| ニックネーム | よっさん、キッダ |
| 生年月日 | 1973年6月27日(51歳) |
| 出身地 | 京都府京都市伏見区 |
| 血液型 | A型(Rh-) |
| 身長 | 173 cm |
| 言語 | 日本語 |
| 方言 | 京都弁 |
| 最終学歴 | 京都市立日吉ヶ丘高等学校 |
| 出身 | NSC大阪校13期 |
| コンビ名 | ブラックマヨネーズ |
| 相方 | 小杉竜一 |
| 芸風 | 漫才(ボケ) |
| 立ち位置 | 右 |
| 事務所 | 吉本興業 |
| 活動時期 | 1995年 - |
| 同期 |
徳井義実(チュートリアル) アンタッチャブル 次長課長 |
| 配偶者 | 既婚 |
| 公式サイト | プロフィール |
| 受賞歴 | |
| 1996年 第17回マンザイ新人コンクール 香川登枝緒賞(ツインテール) | |
吉田 敬(よしだ たかし、1973年〈昭和48年〉6月27日 - )は、日本のお笑いタレント。お笑いコンビブラックマヨネーズのボケ担当。相方は小杉竜一。京都府京都市伏見区出身。吉本興業所属。
京都府京都市伏見区において[1]、当時京阪電気鉄道社員(不動産部勤務)の父親と[2][3]、看護師の母親との間に長男として生まれ育った[4]。自分より9歳年下の弟がいる[5]。中学1年生まで家庭の事情で親元を離れ、祖父母に育てられた[6]。
少年野球をやっていた頃、ウォーレン・クロマティに憧れていた余り、打席でクロマティの物真似をしたところ、監督に怒られたということもあった[7]。
少年期から極度の吹き出物体質であり、当時中学生だった吉田はニキビに悩み、通販で「ニキビを消すローラー[9]」を購入。顔にローラーを押し当て顔中のニキビを一気に潰すが、これが原因で現在のようなニキビ跡が顔に残ったという[要出典]。
高校は京都市立日吉ヶ丘高等学校に進学し弓道部に所属していたが、男子部員6名中唯一の補欠だった。弓の弦でニキビを潰しながら、顔を血まみれにして練習をしていたという。弓道部入部のきっかけが、5日間の合宿の間に憧れの女子(滑り止め含め2人)とどうにかならないかという不純な理由だった[10]。なお、高校の同級生に映画監督の中野量太がいる[11]。
高校卒業後の2年間は大阪でフリーターとして生活しており、パチンコ屋の店員・古紙回収業者・新聞配達員・デパートで靴磨きスプレーの実演販売などさまざまな仕事を10件ほど渡り歩いた[6]。
本来は高校卒業後すぐに芸人になる予定だったが、一緒にNSCに入るつもりだった同級生の和田義浩が芝居の学校に行くと言い出し、しょうがなくフリーター生活を続けていた[12]。1994年、NSCに入学し和田と共に「ツインテール」というコンビ名でデビューするもすぐに解散してしまった。ただし、和田は現在では放送作家として関西テレビ『ウラマヨ!』の構成やブラックマヨネーズのライブに携わるなどしており、二人の関係は至って良好である[12][13]。
その後、実家の京都に一時帰郷するが、1998年に前々から組みたいと思っていた元「関西キング」の小杉竜一と「ブラックマヨネーズ」を結成[12]。2002年からラジオ番組『ブラックマヨネーズのずぼりらじお』の放送が開始される。2005年、第5回M-1グランプリで優勝。2011年1月6日『なるみ・ブラマヨの叫びまショウ!〜これを知らないなんて!どうかしてるぜ!〜』(ABCテレビ)で初のMC(普段コンビでは小杉が進行役を担当)を務めた。
2013年8月23日元看護師の一般女性と結婚。その一週間後の8月30日に、第一子となる男児が誕生。
2018年頃 第二子が誕生していたことを2021年1月2日に放送された自身の放送番組で告白。なお、公表をしていなかった理由として「第一子の時に多くの人からお祝いをしてもらい、とてもうれしかったが、お返しが大変だったから」と述べている。
単独出演のみを記載。コンビの出演歴についてはブラックマヨネーズを参照。
現在の出演番組
過去の出演番組
*MCもしくはメインキャスト
・ブラマヨ吉田とういちの漢舟(2021年 - 、ボートレース江戸川公式YouTubeチャンネル) - MC
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