夜と霧の隅で
| 夜と霧の隅で | |
|---|---|
| 作者 | 北杜夫 |
| 国 |
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| 言語 | 日本語 |
| ジャンル | 中編小説 |
| 発表形態 | 雑誌掲載 |
| 初出情報 | |
| 初出 | 『新潮』1960年5月 |
| 刊本情報 | |
| 出版元 | 新潮社 |
| 出版年月日 | 1960年6月 |
『夜と霧の隅で』(よるときりのすみで)は、北杜夫が1960年に『新潮』に発表した中編小説。ナチス体制下のドイツで懊悩する精神科医たちを描く。第43回芥川賞を受賞した。
あらすじ
第二次世界大戦末期、ドイツでは不治の精神病患者に対する強制的な安楽死(T4作戦)が断行されていた。そのような状況下で日々を送る州立精神病院が本作の舞台となる。そこには脳細胞の研究に没頭する医師、断種政策の是非をめぐり議論を交わす医師、白いバラにひそかな共感を抱く医師がいる。そしてまた、そこには高島という日本人病理学者が入院していた。彼は戦争の激化とともに帰国の途を閉ざされ、さらにユダヤ人の父を持つ妻がユダヤ人狩りに巻き込まれ、心労で精神を病んでいるのだった。戦時下の逼迫の中でも本質的には変化のない日々を送っていた医師たちだったが、スターリングラードでの敗北を経て情勢が悪化するなか、世間から孤立したこの病院にも、ついに親衛隊が足を踏み入れることになる。不治の患者たちを救うため、絶望的な治療が試みられていく。
執筆の背景
ユーモアエッセイ『どくとるマンボウ航海記』がベストセラーとなる中で発表された小説である。奥野健男は「これが「どくとるマンボウ航海記」と同じ作家の書いたものであるかと驚くほど、シリアスである」[1]と評している。
船医として渡航する前から、北は本作を構想していた。だが執筆に難航し、気晴らしとして『どくとるマンボウ航海記』を書いたという経緯がある。また、北はポレミックな題材を扱った本作を「私の諸作の中では変っていると言われている」としつつも、当時はユダヤ人虐殺に比べて精神病患者の断種や抹殺が注目されていなかったことに触れ、精神科医としての使命感から本作を書いたと語っている[2]。
なお、本作の執筆にあたって、北は辻邦生と手紙のやりとりで執筆が進まないことを打ち明けており、辻は以下のような助言を与えている。
作品評価
第43回芥川賞選考では選考委員たちからおおむね高く評価され、同じく候補作であった倉橋由美子の『パルタイ』を抑えて受賞した。瀧井孝作は「戦争最中に人の命が紙屑のように扱われる時世に、精神病院の患者を何とかして治そうと骨折る医者、職務に実直な、人の命の大切な、このテーマはよい」と称賛した。井伏鱒二は「大きく伸びつつある作家」と評し、佐藤春夫などとともに、北の作家としての力量の向上を評価した[4]。一方、山本健吉は本作について、事実それ自体のもたらす感動があるとしつつも「ナマの事実からの移調、あるいは昇華が、まったく認められない」と批判的な見方を示した[5]。
埴谷雄高は本作のテーマに注目し「電気ショック、インシュリン、ロボトミーの療法など次々に試みて苦闘する医師たちの姿は「夜と霧」の片隅におけるひとつの目立たぬ、しかも、記念碑的な人間性の証明となっている」と論じている[6]。篠田一士は北との対談の中で、戦後のいわゆる「アンガージュマン文学」として本作を読むことを批判し、ペシミズムの中でそれでも生きていく人間の姿が感銘を与えると語っている[7]。また日沼倫太郎は「ナチスの反ヒューマニズムでも、戦争の暴力でもない。狂気、つまり時代と個人の狂気がテーマなのだ」「どうやらこの作家は、常人よりもひそかに狂人を愛しているらしい。でなければこんなにも合理的狂気をにくむ作品が書けるわけはない」と本作を評した[8]。