嶺井博希

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嶺井 博希
福岡ソフトバンクホークス #12
2023年4月6日 京セラドーム大阪
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 沖縄県島尻郡玉城村
(現:南城市)
生年月日 (1991-06-04) 1991年6月4日(33歳)
身長
体重
176 cm
87 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2013年 ドラフト3位
初出場 2014年4月15日
年俸 7500万円(2025年)[1]
※2023年から4年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

嶺井 博希(みねい ひろき、1991年6月4日 - )は、沖縄県島尻郡玉城村(現:南城市)出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。

経歴

プロ入り前

亜細亜大学時代(2013年11月17日)

小学1年生の時に野球を始め、玉城中学校の野球部では、投手兼捕手として活躍した。中学校2年生時には、九州選抜大会に出場(今宮健太も同大会出場)。2回戦でノーヒットノーランを達成するなどの活躍を見せ、九州大会3位に輝いた。

沖縄尚学高等学校では1年春から正捕手の座につき、2年時には選抜高校野球大会に出場。1学年上の東浜巨とバッテリーを組み、優勝を果たした[2]。

亜細亜大学に進むと、1年の春には一塁手のレギュラーとなるが、秋には早くも正捕手のポジションを任され、沖縄尚学時代と同様、東浜と共にバッテリーを組んだ。2年の秋には東都大学リーグにおいて優勝を果たす。4年時には日米大学野球選手権大会で正捕手を務めた[3]。4年間で6度のリーグ優勝を果たし、4年秋の第44回明治神宮野球大会では日本一に輝いた[4]。大学では東浜以外にも同期の九里亜蓮や[5]、後に横浜DeNAベイスターズでもバッテリーを組むこととなる1学年後輩の山﨑康晃といった好投手とバッテリーを組んでいた[6]。

2013年10月24日に行われたドラフト会議では横浜DeNAベイスターズから3位指名を受け、契約金6000万円、年俸1000万円(金額は推定)で契約した[7]。担当スカウトは武居邦生[3]。背番号は39。

DeNA時代

DeNA時代(2014年3月8日)
2014年7月13日、明治神宮野球場にて

2014年は、公式戦の開幕を一軍で迎える[8]と、4月15日の対中日ドラゴンズ戦で6回の守備から一軍公式戦初出場を果たし[9]、その後2試合に出場した[10]。6月21日の対埼玉西武ライオンズ戦(横浜スタジアム)では、延長10回裏二死一、二塁で迎えた打席で三塁打を放ち、一軍での初安打・初打点を記録。チームに逆転サヨナラ勝利をもたらした[11]。NPBの一軍公式戦初安打をサヨナラ三塁打で記録した選手は、史上3人目であった[12]。

2015年は、4月25日の対中日戦(横浜スタジアム)で初本塁打記録する[13]。黒羽根利規・髙城俊人と共に正捕手の座を争いながら、一軍公式戦74試合に出場した。得点圏打率が.350、対左投手の打率が.364に達する一方で、対右投手の打率.183を記録するなど、打撃の安定性に課題を残した。

2016年は、新一軍監督のアレックス・ラミレスが新人の戸柱恭孝を正捕手として起用した影響で、レギュラーシーズンの大半を二軍で過ごした。一軍では6月15日に、右の代打要員としてシーズン初の出場選手登録された。登録期間中の一軍公式戦では、代打に起用された後に、そのまま捕手として守備に就くことも多かった。レギュラーシーズン全体では11試合の出場にとどまったが、「(一軍での出番が少なくても)腐らずにやるしかない」という一心で二軍降格中に打撃や配球を見直した結果、9月下旬から再び一軍に帯同した[14]。チームがレギュラーシーズン3位で初めて進出したクライマックスシリーズでは、10月10日の読売ジャイアンツとのファーストステージ第3戦(東京ドーム)8回表に、代打としてシリーズ初出場。同点で迎えた延長11回表一死二塁の第2打席で、田原誠次から勝ち越しの適時打を放ち、チームをファイナルステージ進出に導いた[15]。チームは広島東洋カープとのファイナルステージに敗退したが、同ステージでも全4試合にベンチ入り。打席に立つ機会はなかったものの、10月13日の第2戦と同15日の第4戦では、試合の終盤にマスクを被った。

2017年は、右投右打登録に変更。開幕を一軍で迎えたが、4月5日に登録抹消された。5月5日に出場再登録されて以降は一軍に帯同し、相手先発が対左投手の際にはスタメンとして起用されていた。

2018年は、ラミレス監督の方針である一軍捕手2人制の狭き門を勝ち抜き[16]、前年までの正捕手戸柱を控えに追いやって、シーズン途中入団の伊藤光と正捕手を争い続けた。結果、自己最多となる91試合に出場した。11月26日、800万円増となる年俸2700万円で契約更改した[17]。

2019年2月11日宜野湾市立野球場にて

2020年は、シーズン終盤に二軍落ちするなど、41試合出場にとどまった。打撃成績は好調で規定打席未達ながら、打率.327、8打点を挙げた。12月4日、前年から100万円ダウンの年俸3000万円で契約更改した[18]。

2021年は、初の開幕スタメン入りを果たすも、打率.189 、0本塁打と打撃不振で、伊藤光が戦列に復帰して以降は出場機会が減少し、6月21日に降格した[19]。その後は一軍出場のないまま36試合の出場にとどまった。9月27日に右肘のクリーニング手術を行った[20]。

2022年は、肘の手術の影響もあり調整が遅れ、春季キャンプはプロ入り初の二軍スタートとなる[21][22]。開幕は一軍で迎えるが出番のないまま4月1日に登録抹消[23]。4月12日に新型コロナウィルス陽性となった戸柱の代替指名選手として一軍登録されると出場機会を増やしていく[24]。5月5日の中日ドラゴンズ戦(横浜スタジアム)では岡田俊哉から3年ぶりとなる本塁打を放つ[25]。巧みなリードが首脳陣から評価されるようになり[26]、18試合連続でスタメンを任されるなど、交流戦では1試合を除き、ほぼすべての試合で先発マスクを被った[27]。6月7日の北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)では、今永昇太とバッテリーを組み、球団にとっては52年ぶりとなるノーヒットノーラン達成をアシストした[28]。6月30日の阪神タイガース戦(横浜スタジアム)では9回同点の場面で岩崎優から、自身2度目でルーキーイヤー以来8年ぶりのサヨナラ適時打を放った[29]。7月18日に国内FA権を取得[30]。シーズンの中盤から徐々に打撃の調子を落とし、最終的に打率は.205、5本塁打の成績だったが、試合を決める殊勲打が7と勝負強さを発揮した[31]。チームの捕手では一番多くマスクを被り、自己最多の93試合に出場した[32]。オフには今シーズン取得した国内FA権を行使することを宣言した[33]。

ソフトバンク時代

2022年11月21日、福岡ソフトバンクホークスが選手契約を結んだ事を発表した[34]。背番号は12。これにより、高校・大学時代でバッテリーを組んでいた東浜巨とは大学以来のチームメイトとなった。同年11月23日、福岡市内のホテルで入団会見を行い、移籍を決めた理由として「対戦していても、いいチームだと感じていた。今後の野球人生を考えたときに、挑戦したいと思った」と語った。また東浜については、移籍を報告した際「いいチームだよ、と言ってもらった。自分が大学3年以来。対戦もある中で、もし組めるなら光栄ですし、新しい自分を見せてやっていきたい」と、バッテリー再結成を熱望した[35]。

2023年、開幕を一軍で迎え、4月6日の対オリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)で ウイリアンス・アストゥディーヨの代走として移籍後初出場を果たした。4月18日の対西武戦(東京ドーム)で移籍後初打席に立ったが、空振り三振に終わった。5月2日の対オリックス戦(福岡PayPayドーム)では、8番・捕手として移籍後初先発出場を果たした[36]。翌日の同カードにもスタメン出場し、4回の第二打席で移籍後初安打となるショートへの内野安打を放った。しかし、正捕手・甲斐拓也の存在や若手の谷川原健太、海野隆司が多く起用されたため出番が少なく、球宴休みに入る7月18日に海野と交代する形で出場選手登録を抹消されたが、8月4日に再び海野に代わり一軍に昇格した[37]。8月30日の対オリックス戦(PayPayドーム)では5回無死一塁の場面で甲斐拓也の代打として出場し、田嶋大樹から移籍後初本塁打となる代打2点本塁打[38]、9月7日の対千葉ロッテマリーンズ戦(PayPayドーム)では3-3の同点で迎えた4回一死無走者の打席でC.C.メルセデスから移籍後初の決勝本塁打を放った[39]。

2024年は、開幕から甲斐と海野の捕手2人体制となったため二軍で過ごす事が多かったが、交流戦期間中の6月4日に一軍に合流[40]。6月7日のDeNA戦(横浜スタジアム)で代打起用されシーズン初出場となり[41]、翌8日の同じくDeNA戦で1点リードの7回一死の場面でも代打起用され、東克樹から第1号本塁打を放つなど古巣相手に躍動したが、6月20日に登録抹消となった[42]。シーズン終了まで一軍に昇格する事はなく、僅か4試合の出場で3安打3打点は全てDeNA戦で挙げたものだった[43]。その後、日本シリーズではソフトバンクとDeNAが対戦する事となり、DeNA対策として嶺井が招集されベンチ入りを果たした[44]。

選手としての特徴

意外性のある勝負強いバッティングとインサイドを突く強気のリードが特徴[22][45]。

打撃では、通年にわたってサウスポーを得意とし、2020年には左投手に対して打率.423を記録した[46]。2016年までは、捕手では珍しい両打ち(スイッチヒッター)で登録されていたが、1年目に左打席での限界を悟り[47]、試合では相手投手の左右にかかわらず右打席にのみ入っていた。

ホームランを打った際には、フォロースルーで華麗なバット投げを披露しているが、このバット投げについては意識してやっているわけではなく、普通の外野フライでも気付いたらやってしまっていると明かしている[48]。

リード面では、谷繁元信や相川亮二からは勝負所での感性を評価されている[49][50]。DeNAの投手陣からは、人にない考え方をする捕手と評されていたが[22]、その部分について谷繁からは、「それが良い形で出た場合は、相手に与えるインパクトも強く味が出てくる。それがちょっと狂ってきたときにやられる可能性が高い。」と指摘されている[51]。

守備面では、バックホームの際にギリギリまで捕球体勢を見せずに走者を油断させタッチアウトにする頭脳プレーを見せるなど、相手を騙す演技力も光る[31][52]。

人物

横浜DeNA時代の愛称は「ハマのシーサー」[53]。チームメイトからは「バウ」や「にぃにぃ」と呼ばれ親しまれる[54][55]。

嶺井藤八・ウシ夫婦(ともに故人)の7人の子どもの子孫からなり、200名以上の親族を擁する嶺井一族は、オリンピックの開催年に、親族の大半を集めて奥武島で大運動会を開催。その模様が各種メディアで取り上げられることもある[56][57][58][59]。DeNA2年目(2014年)の春季キャンプでは、宜野湾球場で行われた紅白戦に、沖縄県内から親戚が70人以上も応援に駆けつけた[60]。

DeNAへの入団1年目には、当時の一軍監督・中畑清や三浦大輔などから、「声がハスキーすぎて何を言ってるのかわからない」とからかわれた。捕手としての守備中に声がナインに通らないことが切実な問題でもあることから、入団2年目の春季キャンプでは、「チームを引っ張っていけるような声を出すこと[61]」を重要な課題の一つに挙げていた。その特徴的な声がファンの間でも嶺井のトレードマークとなっており、ヒーローインタビューでは一緒にインタビューされた選手に、「何言ってるか分かんないです」とイジられている。 バッターボックスに入る時の登場曲に、地元の後輩であるRYOMAが所属する、『RefRise』というボーカルグループの"Challenger"という楽曲を使用している。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2014 DeNA 1014111301053001020020.273.385.455.839
2015 742081861844815692600321205462.237.298.371.669
2016 1117152510063000000221.333.412.400.812
2017 52135121143031344120040406353.248.305.364.669
2018 91230209103770559250061628569.177.228.282.510
2019 64130114132441236120050704235.211.280.316.596
2020 4160552183002180000401141.327.383.382.765
2021 3680741144001870000402241.189.250.243.493
2022 932622441550705723001526355410.205.237.295.532
2023 ソフトバンク 443934372021560031001101.206.222.441.663
2024 4662300163000000010.500.5001.0001.500
通算:11年 520118110698123539423351135012764553426733.220.272.328.600
  • 2024年度シーズン終了時

年度別守備成績

年
度
球
団
捕手
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
捕

逸
企
図
数
許
盗
塁
盗
塁
刺
阻
止
率
2014 DeNA 1031410.9720541.200
2015 734444367.9886675017.254
2016 10230001.0001110.000
2017 502552013.9962312110.323
2018 905554225.997448399.188
2019 623112823.994525187.280
2020 3413812021.00001477.500
2021 3318912031.000216124.250
2022 905884939.9953533617.321
2023 ソフトバンク 4088931.970112111.083
2024 381001.0000000----
通算 49526302201833.9942427219973.268
  • 2024年度シーズン終了時[注 1]
  • 各年度の太字はリーグ最多

表彰

記録

初記録

背番号

  • 39(2014年 - 2022年)
  • 12(2023年 - )

代表歴

脚注

注釈

  1. ↑ 2021年度以降の企図数・許盗塁・盗塁刺・阻止率については参考文献参照。

出典

  1. ↑ “ソフトバンク - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2024年12月7日閲覧。
  2. ↑ “東浜巨―嶺井博希の超高校級バッテリーでセンバツ制覇!”. (2017年11月25日) 2022年5月4日閲覧。
  3. 1 2 “横浜DeNA:正捕手担える逸材、ドラフト3位の嶺井(亜大)に球団が指名あいさつ”. (2013年10月28日) 2022年5月16日閲覧。
  4. ↑ “硬式野球部OB 嶺井 博希 氏”. (2019年1月19日) 2022年5月16日閲覧。
  5. ↑ “【選手の言葉で振り返るドラフト】今季、苦しい先発陣を気迫で支えたカープ九里亜蓮の“優しさ”を垣間見た指名の瞬間”. (2020-11-97) 2022年5月16日閲覧。
  6. ↑ “ストーリーの幸せな結末――山崎康晃、通算150セーブへの道程/FOR REAL - in progress -”. (2019年7月23日) 2022年5月16日閲覧。
  7. ↑ “【DeNA】嶺井「精進」に監督ツッコミ”. (2013年12月12日) 2022年3月8日閲覧。
  8. ↑ DeNA2014年開幕登録一覧日刊スポーツ、2014年3月26日
  9. ↑ “一軍試合日程・結果 試合速報 打順結果 2014年4月15日(火) 中日 - DeNA 1回戦 18時00分開始”. 中日ドラゴンズ オフィシャルサイト (2014年4月15日). 2022年11月21日閲覧。
  10. ↑ プロ初安打がサヨナラ打!嶺井 初体験尽くしに「何が起きたか…」 スポーツニッポン2014年6月21日配信
  11. ↑ DeNA嶺井「最高」初ヒットが逆転サヨナラ日刊スポーツ2014年6月21日配信
  12. ↑ スポーツニッポン関西版2014年6月22日4面
  13. ↑ “一軍試合日程・結果 試合速報 2015年4月25日(土) DeNA - 中日 5回戦 14時00分開始”. 中日ドラゴンズ オフィシャルサイト (2015年4月25日). 2022年11月21日閲覧。
  14. ↑ DeNAの伏兵・嶺井が決勝打 辛抱の2軍暮らし、結実(朝日新聞)2016年10月11日。
  15. ↑ DeNA 初のCSファイナル進出!延長11回に嶺井がV打(スポニチ)2016年10月10日。
  16. ↑
  17. ↑
  18. ↑ “【DeNA】嶺井博希 3%減の3000万円でサイン「進化していけたら」”. スポーツ報知 (2020年12月4日). 2021年12月25日閲覧。
  19. ↑ “DeNA嶺井ら3選手抹消「ファームで試合に」石田は「中継ぎの調整」監督”. nikkansports.com. 2022年2月20日閲覧。
  20. ↑ “DeNA嶺井博希の右肘クリーニング手術成功 プロ8年目で初開幕スタメン”. 日刊スポーツ. (2021年9月27日) 2021年11月23日閲覧。
  21. ↑ “DeNA宮崎敏郎、ソトらキャンプ1軍スタート、嶺井博希ら2軍”. 日刊スポーツ (2022年1月22日). 2022年5月21日閲覧。
  22. 1 2 3 “「もう若い年齢でもないですし」DeNA嶺井博希が明かす危機感…30歳プロ9年目のキャッチャー観を変えた“ある投手からの一言””. Number Web (2022年5月23日). 2022年6月9日閲覧。
  23. ↑ “DeNA三浦銀二が登録抹消 ルーキーとして唯一1軍入り”. カナロコ (2022年4月1日). 2022年5月21日閲覧。
  24. ↑ “【12日の公示】DeNAはソトら代替指名選手10人含む11人登録 広島・中村奨が昇格”. スポニチアネックス (2022年4月12日). 2022年5月21日閲覧。
  25. ↑ “【DeNA】ムード一変させた嶺井博希の984日ぶり弾「技術ない」絶妙返しで満員の観客沸かす”. 日刊スポーツ (2022年5月5日). 2022年5月21日閲覧。
  26. ↑ “DeNA・嶺井、今年は一味違う? プロ9年目の“島人捕手”が魅せる攻守での輝き”. リアルライブ (2022年5月26日). 2022年10月9日閲覧。
  27. ↑ “DeNA・嶺井に「残って!」ファンやきもき FA権獲得した主力捕手の今後は”. リアルライブ (2022年10月27日). 2022年10月28日閲覧。
  28. ↑ “ノーヒッターDeNA・今永が一夜明けで取材対応し「実感は今でもないです」お祝い件数も明かす”. スポニチアネックス (2022年6月8日). 2022年6月9日閲覧。
  29. ↑ “【DeNA】執念サヨナラ勝ち4位浮上 嶺井博希「久々すぎて初めてみたい」8年ぶりサヨナラ打”. 日刊スポーツ (2022年7月1日). 2022年7月2日閲覧。
  30. ↑ 「【DeNA】嶺井博希が国内FA権取得「野球始めてからここまで携わっていただいた方々に感謝」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2022年7月18日。2023年10月26日閲覧。
  31. 1 2 “DeNA嶺井博希に「正捕手」定着を期待したくなる理由 攻守で際立つ勝負強さ”. SPAIA (2022年8月2日). 2022年10月14日閲覧。
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  33. ↑ 「【DeNA】嶺井博希が国内FA権行使決断「後悔がないよう」ソフトバンクなどが獲得名乗りか」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2022年11月3日。2023年10月26日閲覧。
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  39. ↑ 「【ソフトバンク】嶺井博希「巨さんに何とか勝ちを」移籍後初V弾 東浜に3カ月ぶり6勝目贈る」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2023年9月7日。2023年10月26日閲覧。
  40. ↑ 「【ソフトバンク】野村大樹と嶺井博希が1軍合流 今季初の捕手3人体制へ リチャードら2軍合流」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2024年6月4日。2024年11月26日閲覧。
  41. ↑ 「【ソフトバンク】嶺井博希、技あり古巣撃ち1号「準備だけはしていました」東克樹から代打2ラン」『』日刊スポーツ、2024年6月8日。2024年11月26日閲覧。
  42. ↑ 「【ソフトバンク】古巣から本塁打の嶺井博希と特大プロ初本塁打の笹川吉康を抹消 笹川は2軍戦でも2ラン本塁打など躍動」『』日テレNEWS、2024年6月20日。2024年11月26日閲覧。
  43. ↑ 「ソフトバンク小久保監督 DeNA丸裸だ 22年まで在籍の嶺井から情報収集」『』スポニチアネックス、2024年10月23日。2024年11月26日閲覧。
  44. ↑ 「【ソフトバンク】小久保裕紀監督が日本シリーズへDeNA対策の秘密兵器を緊急招集 6月に東克樹から代打2ラン」『』スポーツ報知、2024年10月23日。2024年11月26日閲覧。
  45. ↑ “嶺井の台頭で戸柱恭孝の立場は?DeNAは捕手で流れを変える。”. Number Web (2018年4月30日). 2020年2月25日閲覧。
  46. ↑ “嶺井 博希 | 選手名鑑 | 横浜DeNAベイスターズ | 野球 | J SPORTS【公式】”. www.jsports.co.jp. 2022年2月24日閲覧。
  47. ↑ “DeNA、このヒーロー誰? 決勝打で巨人を撃沈の嶺井博希”. イザ!. 2022年2月24日閲覧。
  48. ↑ @1568434085260775424 (2022年9月10日). "【With☆ベイスターズ2022】". X(旧Twitter)より2022年10月14日閲覧。
  49. ↑ 最強 キャッチャー 谷繁元信 論、名 捕手 に必要な要素とは。ストライクに見せる キャッチング技術 “ フレーミング ” は禁止!? < 日本 プロ野球 名球会 > 2022年2月24日閲覧。
  50. ↑ “DeNA相川コーチに聞く 正捕手へ近付く嶺井、要因は”. カナロコ (2022年7月30日). 2022年10月14日閲覧。
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  53. ↑ ドラ3嶺井のDeNA入団決定 愛称は「ハマのシーサー」(スポニチ) 2013年12月13日。
  54. ↑ “DeNA・嶺井博希 打撃開花でつかんだ開幕マスク/開幕一軍の喜び”. 週刊ベースボールONLINE (2021年4月10日). 2022年12月3日閲覧。
  55. ↑ 山﨑 康晃 [@19Yasuaki] (2017年2月4日). "第1クール終了(*^^*)". X(旧Twitter)より2022年12月3日閲覧。
  56. ↑ 沖縄で4年に1度開催される親族対抗オリンピック
  57. ↑ 「にっぽん紀行 “嶺井家”240人の大運動会〜沖縄・奥武島〜 」(NHK総合:2012年8月15日)
  58. ↑ 奥武島で4年に1度開催される親族対抗オリンピック(DEEokinawa:2016年8月24日、嶺井の父親もインタビューを受けている。)
  59. ↑ 「4年に一度 嶺井家の大運動会」(琉球朝日放送:2016年8月22日)
  60. ↑ めんそーれ宜野湾日記:嶺井、地元で熱視線(カナロコ) 2014年2月12日。
  61. ↑ 『横浜DeNAベイスターズ 2014 オフィシャルイヤーマガジン』 2014年3月25日発行。

参考文献

関連項目

外部リンク