| まつばらし 松原市 | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 近畿地方 | ||||
| 都道府県 | 大阪府 | ||||
| 市町村コード | 27217-5 | ||||
| 法人番号 | 6000020272175 | ||||
| 面積 |
16.66km2 | ||||
| 総人口 |
114,877人 [編集] (推計人口、2025年1月1日) | ||||
| 人口密度 | 6,895人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 大阪市(住吉区、東住吉区、平野区)、堺市(北区、美原区)、八尾市、藤井寺市、羽曳野市 | ||||
| 市の木 | マツ | ||||
| 市の花 | バラ | ||||
| 松原市役所 | |||||
| 市長 | 澤井宏文 | ||||
| 所在地 |
〒580-8501 大阪府松原市阿保一丁目1番1号 北緯34度34分40秒 東経135度33分07秒 / 北緯34.57786度 東経135.55186度座標: 北緯34度34分40秒 東経135度33分07秒 / 北緯34.57786度 東経135.55186度 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||

大阪市と堺市に隣接し、大阪府のほぼ中央に位置することから大阪のへそと呼称される。
飛鳥時代に整備された難波宮から南へ伸びる難波大道と、横大路を介して飛鳥京に至る竹内・長尾街道から構成される日本最古の官道群(古代シルクロードの一部)が市の全域を貫いており、万葉の頃から文化・経済交流において重要な役割を果たした交通の要衝であった。
現在も6車線以上の高速道路しか接続されていない国内唯一のジャンクションである松原ジャンクションが所在し[1]、約16km2の狭い域内に5本の高速道路が走る道の街として日本の交通網の一翼を担っている。
現在の大阪府の地域区分では南河内地域に含まれるが、丹南・河合の2大字以外は旧中河内郡の町村である。
大阪府のほぼ中央にあり、大阪市と堺市に隣接しており、大阪市などのベッドタウンとして発展してきた。
2015年(平成27年)国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、3.09%減の120,750人であり、増減率は府下43市町村中28位、72行政区域中51位。
| 松原市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 松原市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 松原市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
松原市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
松原市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。
| 町名 | 町名の読み | 設置年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施直前の町名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 丹南一〜六丁目 | たんなん | 1969年12月1日 | 年月日 | ||
| 岡一〜七丁目 | おか | 1969年12月1日 | 年月日 | ||
| 新堂一〜五丁目 | しんどう | 1969年12月1日 | 年月日 | ||
| 立部一〜五丁目 | たつべ | 1969年12月1日 | 年月日 | ||
| 上田一〜八丁目 | うえだ | 1966年10月1日(一・二) | 年月日 | ||
| 1969年12月1日(三〜八) | 年月日 | ||||
| 阿保一〜七丁目 | あお | 1966年10月1日 | 年月日 | ||
| 西大塚一・二丁目 | にしおおつか | 1969年12月1日 | 年月日 | ||
| 柴垣一・二丁目 | しばがき | 1969年12月1日 | 年月日 | ||
| 田井城一〜六丁目 | たいじょう | 1966年10月1日(一〜五) | 年月日 | ||
| 1979年10月1日(六) | 年月日 | ||||
| 河合一〜六丁目 | かわい | 1973年7月1日 | 年月日 | ||
| 高見の里一〜六丁目 | たかみのさと | 1966年10月1日(一・二) | 年月日 | ||
| 1969年12月1日(三〜六) | 年月日 | ||||
| 松ケ丘一〜四丁目 | まつがおか | 1966年10月1日(一〜三) | 年月日 | ||
| 1994年5月9日(四) | 年月日 | ||||
| 天美我堂一〜丁目 | あまみがどう | 1969年12月1日 | 年月日 | ||
| 天美東一〜九丁目 | あまみひがし | 1967年10月1日 | 年月日 | ||
| 天美南一〜六丁目 | あまみみなみ | 1967年10月1日 | 年月日 | ||
| 天美西一〜八丁目 | あまみにし | 1967年10月1日 | 年月日 | ||
| 天美北一〜八丁目 | あまみきた | 1967年10月1日 | 年月日 | ||
| 大堀一〜五丁目 | おおぼり | 1994年5月9日 | 年月日 | ||
| 別所一〜九丁目 | べっしょ | 1994年5月9日 | 年月日 | ||
| 一津屋一〜六丁目 | ひとつや | 1994年5月9日 | 年月日 | ||
| 小川一〜六丁目 | おがわ | 1994年5月9日 | 年月日 | ||
| 若林一・二丁目 | わかばやし | 1994年5月9日 | 年月日 | ||
| 東新町一〜五丁目 | ひがししんまち | 1973年7月1日 | 年月日 | ||
| 南新町一〜六丁目 | みなみしんまち | 1973年7月1日 | 年月日 | ||
| 北新町一〜六丁目 | きたしんまち | 1973年7月1日 | 年月日 | ||
| 三宅東一〜七丁目 | みやけひがし | 1979年10月1日 | 年月日 | ||
| 三宅中一〜八丁目 | みやけなか | 1979年10月1日 | 年月日 | ||
| 三宅西一〜七丁目 | みやけにし | 1979年10月1日 | 年月日 | ||
| 西野々一・二丁目 | にしのの | 1994年5月9日 | 年月日 |

| 代 | 氏名 | 就任 | 退任 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 保田俊一郎 | 1955年 | 1959年 |
| 2代 | 森井新造 | 1959年 | 1963年 |
| 3代 | 保田俊一郎 | 1963年 | 1967年 |
| 4代 | 長谷川正彦 | 1967年 | 1974年 |
| 5代 | 土橋忠昭 | 1974年 | 2001年 |
| 6代 | 中野孝則 | 2001年 | 2009年 |
| 7代 | 澤井宏文 | 2009年 | 現職 |
定数は18人。2019年9月11日時点での会派構成は以下の通り[4]。
| 会派名 | 議席数 | 所属党派 |
|---|---|---|
| 公明党 | 4 | 公明党 |
| 自由民主党 | 4 | 自由民主党 |
| 日本共産党 | 4 | 日本共産党 |
| 大阪維新の会 | 2 | 大阪維新の会 |
| まつばら未来 | 2 | |
| 無所属 | 1 |
| 当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 重複 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 浦野靖人 | 48 | 日本維新の会 | 前 | 114,861票 | ○ |
| 加納陽之助 | 41 | 自由民主党 | 新 | 67,887票 | ○ | |
| 為仁史 | 72 | 日本共産党 | 新 | 29,570票 |

現在、松原市内で金網業を営む事業所は、約50軒で、編目が極めて細かいハイメッシュのステンレス製金網の製造者が多く、平織、綾織等の織金網を中心に溶接金網、コンベア金網、クリンプ金網など各種産業で利用されている[5]。市役所のエントランスホールには地場産業のPRを目的に、ウジェーヌ・ドラクロアによって描かれた「民衆を導く自由」を金網で織り上げた大壁画が飾られている[6]。
松原の地域産業のひとつに、真珠製核業がある。現在製核業者は三宅、別所、大堀地区に分布し市の北東部に位置している。市内の製核業者は14件で、現存するものでは1947年(昭和22年)創業の事業所が最も古く、7割強の事業所が昭和30年代にかけて創業されている[5]
水牛や象牙等の材料から加工された印材に名前を彫刻することによって印鑑が完成する。代表的な水牛の印材についてみると、生産量で全国のトップが松原市であり、現在印材製造会社が13軒ある。[5]。
この節の加筆が望まれています。 |
(2012年12月現在)
※ 松原市内各区域の郵便番号は「580-00xx」(松原郵便局の集配担当)となっている。

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中心となる駅:河内松原駅
※堺市の美原公共施設循環バス(みはらふれあい号)は市内に停留所はなかったが、堺市との境界付近の丹南を通っていた(2013年6月末日廃止[9])。


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