| いしばし りょう 石橋 凌 | |||||
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『全裸監督』ワールドプレミアにて(2019年7月) | |||||
| 本名 |
いしばし ひでき 石橋 秀樹 | ||||
| 生年月日 | 1956年7月20日(68歳) | ||||
| 出生地 |
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| 身長 | 174 cm[1] | ||||
| 血液型 | AB型 | ||||
| 職業 | 俳優、音楽家 | ||||
| 活動期間 | 1978年 - | ||||
| 活動内容 |
1978年 - ARBのボーカリストとしてレコードデビュー( - 1990年、1998年 - 2006年) 1985年 - 俳優活動開始 | ||||
| 配偶者 | 原田美枝子 | ||||
| 著名な家族 |
優河(長女) 石橋静河(次女) | ||||
| 事務所 | ENTER the DEE | ||||
| 公式サイト | 石橋凌 オフィシャルサイト | ||||
| 主な作品 | |||||
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映画 『ア・ホーマンス』 『キッズ・リターン』 『オーディション』 『BROTHER』 『自殺サークル』 『呪怨』 『MW』 『マスカレード』シリーズ ドラマ 『武田信玄』 『あしたがあるから』 『教師夏休み物語』 『お金がない!』 『眠れる森』 『蘇える金狼』 『ビギナー』 『ハルとナツ 届かなかった手紙』 『相棒』 『龍馬伝』 『花咲舞が黙ってない』 『スモーキング』 『やんごとなき一族』 | |||||
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石橋 凌(いしばし りょう、1956年7月20日 - )は、日本の音楽家、俳優。本名:石橋 秀樹(いしばし ひでき)。血液型はAB型。ENTER the DEE所属で、かつてはアパッチに所属していた。
本項は人物、俳優活動、ソロ活動のみ記す。
男だけの5人兄弟の五男で、兄に影響されて中学の頃からジョン・レノンやビートルズ、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランを愛聴していた。中学1年生で父が肝臓癌で他界し、看護師であった母に女手一つで育てられた(母は102歳まで生きた)。高校2年生で音楽家志望を決意した。父の死について、ソロシングル「カクテル・トゥナイト」に収録された「12の頃」で歌われている。
福岡県立久留米高等学校を卒業後、地元のバンド、アップル・ツリーのボーカリストとしてセミプロ活動を行う。その折、KBCラジオ「歌え!若者」に出演した際に、ディレクターであった岸川均の目に留まり、彼の勧めで1977年、ボーカリストとしてARBのオーディションに参加、加入した。
デビュー時に所属したシンコーミュージックはアイドルグループとして売り出そうとし、ピンク・レディーの前座を務めたこともある。1978年10月にシングル「野良犬」でデビューするも、方向性の違いから1年足らずでシンコーミュージックから独立した。
独立したものの、レコードの売れ行きやコンサートの動員に悩んでいた20代半ばに、ドラマーの相原誠とともに赴いたスポーツクラブで、金子正次と松田優作に出会う。松田に自身の悩みを相談するなど交流したのち、松田が監督する映画『ア・ホーマンス』に誘われ出演する。それまで演劇経験がほとんどなかった石橋は、松田から厳しい指導を受け、キネマ旬報新人男優賞を受賞し、本格的に映画俳優を志す。大河ドラマ『武田信玄』、映画『ボクの女に手を出すな』『Aサインデイズ』などに出演した。
尊敬していた松田優作が病死したことを受け、1990年にARBを解散して音楽活動を封印、俳優業に専念した。
『クロッシング・ガード』(1995年)の演技がアメリカで認められた後、1997年にARBを再結成。第4期ARBとして1998年2月にシングル「TOKYO OUTSIDER」で復活。音楽活動と俳優業と両立していたが、2006年3月1日に石橋が脱退を表明。ARBは活動を再度休止した。
石橋自身「追う役より追われる役の方が多かった」と話すほど、かつてはヤクザ役が多かったが、現在は刑事や判事など多彩な役柄を演ずる俳優として知られる。1995年よりアメリカ映画俳優組合(SAG)の会員となる。
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