| はらだ みえこ 原田 美枝子 | |||||||||||||||
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| 本名 | 石橋 美枝子(いしばし みえこ) | ||||||||||||||
| 別名義 | 原田 三枝子(はらだ みえこ) | ||||||||||||||
| 生年月日 | 1958年12月26日(66歳) | ||||||||||||||
| 出生地 |
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| 身長 | 157 cm | ||||||||||||||
| 血液型 | A型 | ||||||||||||||
| 職業 | 女優 | ||||||||||||||
| ジャンル | 映画・テレビドラマ・舞台・ナレーション | ||||||||||||||
| 活動期間 | 1972年 - | ||||||||||||||
| 配偶者 | 石橋凌 | ||||||||||||||
| 著名な家族 |
優河(長女) 石橋静河(次女) | ||||||||||||||
| 事務所 | 舞プロモーション | ||||||||||||||
| 公式サイト | 原田美枝子 プロフィール | ||||||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||||||
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映画 『恋は緑の風の中』 『大地の子守歌』 『青春の殺人者』 『あゝ野麦峠』 『乱』 『火宅の人』 『愛を乞うひと』 『雨あがる』 『半落ち』 『ぼくたちの家族』 『蜩ノ記』 『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』 テレビドラマ 『北の国から』 『太平記』 『眠れる森』 『華麗なる一族』 『坂の上の雲』 『新参者』 『流れ星』 『幸せになろうよ』 『僕のいた時間』 『透明なゆりかご』 『俺の話は長い』 『ちむどんどん』 | |||||||||||||||
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| 備考 | |||||||||||||||
| 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、最優秀助演女優賞の両方を受賞した女優(優秀賞も含めると通算6度受賞) | |||||||||||||||
原田 美枝子(はらだ みえこ、1958年〈昭和33年〉12月26日 - )は、日本の女優。舞プロモーション所属。
夫は俳優の石橋凌。一男二女の母。長女はシンガーソングライターの優河[1]、次女は女優の石橋静河[2]。2人の上に息子がいる。
東京都豊島区出身。幼少期から成人するまでは母が住み込みで管理人をしていた東京都豊島区南大塚1丁目のマンションの管理人室に住んでいた。当時[いつ?]、先輩で役者友達だった佐藤佑介が遊びに来たこともあるという。
中学2年生だった1972年、マーク・レスター主演の映画『卒業旅行 Little Adventurer』の相手役オーディションに応募するも、落選[3]。しばらくして、ある芸能プロダクションの誘いを受けて契約。のちに、サンミュージックプロダクションに移籍[3]。アイドル歌手全盛の当時、事務所は原田にも歌手活動をさせるつもりで話を進めてが、当人に乗り気ではなかったため立ち消えになった。代わりに「女優活動の勉強のために」と勧められて日活児童映画『ともだち』(澤田幸弘監督、1974年7月24日公開)に、主人公の少年の姉役として出演した[4]。
東京都立工芸高等学校入学後の1974年、家城巳代治の監督映画『恋は緑の風の中』にヒロインとして出演、正式デビューとなった。しかし劇中でのヌードシーンが学校で問題視され、高校1年生の3学期に芸能活動の便宜上、東京都立代々木高等学校交替部(夜間高校)へ転校を余儀なくされた。
1976年、増村保造の監督映画『大地の子守歌』や長谷川和彦の監督映画『青春の殺人者』[5]などに出演。10代でキネマ旬報ベスト・テン主演女優賞などを受賞し、一躍評価を高めた。1983年、神代辰巳の監督映画『もどり川』では萩原健一と共演し、好評を博した。続いて黒澤明の『乱』にも出演している。実相寺昭雄、深作欣二ら、多くの監督からオファーを受け数々の映画賞を受賞している。
『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』では自ら製作・主演に関わるとともに、「刹那」の名前で原案、脚本もこなす。1986年に少女小説『愛しのハーフ・ムーン』(集英社コバルト文庫)を発表。翌1987年、滝田洋二郎が監督し、にっかつで映画化されている。
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