谷内亮太

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谷内 亮太
北海道日本ハムファイターズ 内野守備走塁コーチ #85
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 石川県金沢市
生年月日 (1991-02-03) 1991年2月3日(33歳)
身長
体重
177 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 2012年 ドラフト6位
初出場 2013年8月28日
最終出場 2023年9月27日(引退試合)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
  • 北海道日本ハムファイターズ (2024 - )

谷内 亮太(やち りょうた、1991年2月3日 - )は、石川県金沢市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、日本ハムのプロ野球コーチ。

経歴

プロ入り前

金沢西高時代は、遊撃手兼控え投手として活躍。2年時までプロどころか大学野球でプレーすることすら考えていなかったが、主将となり挑んだ3年時春の石川大会で初優勝を達成したことが自信に繋がったと語っている[1]。

國學院大學時代(2010年11月14日、明治神宮野球場にて)

國學院大學に進学すると東都大学野球連盟に所属する野球部に入部し、1年時から三塁手のレギュラーに定着。第41回明治神宮野球大会では、同年のドラフト会議で指名を受けていた九州産業大学の榎下陽大から3安打を放つ。これが自信となり、プロ入りを目指すきっかけとなったと語っている[1]。2年時の秋季リーグ終了後に自ら志願し三塁手から遊撃手へとコンバートした[1]。4年時からは主将となり、秋は1部で遊撃手としてベストナインに選出[2]。1部リーグ通算71試合246打数69安打19打点2本塁打、打率.280[3]。

2012年10月25日、プロ野球ドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから6位指名を受けた[4]。

ヤクルト時代

ヤクルト時代
(2013年7月18日、こまちスタジアムにて)

2013年は、開幕一軍を掴むもすぐに二軍落ちし[5]、6試合の出場に終わった。

2014年は43試合に出場。

2015年6月25日に、「侍ジャパン大学日本代表 対 NPB選抜」の出場予定選手の変更が発表されNPB選抜に代表入りした[6]。レギュラーシーズンでの出場は4試合に留まった[7]。

2016年は、4月10日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜)で山﨑康晃から3点本塁打を放つなど開幕から打撃好調だったが、4月19日の対阪神タイガース戦(甲子園)で藤浪晋太郎から左手首付近に死球を受けて骨折し、手術を受けた[8]。

2017年は42試合に出場した。

日本ハム時代

2018年12月11日、秋吉亮と共に高梨裕稔・太田賢吾との交換トレードで北海道日本ハムファイターズに移籍することが発表された[9]。

2019年は、前年より出場機会が減り、24試合の出場となった。

2020年は、守備固めを中心に50試合に出場。打席数は少ないながらも3割を越える打率を記録した。シーズン終了後の12月2日、腰椎椎間板ヘルニアの手術を受けたことが発表された[10]。

2021年は、守備固めとして一軍に定着。内野の4ポジション全てで各10試合以上に出場するスーパーサブぶりを見せている[11]。

2022年は、6月10日の中日ドラゴンズ戦でジャリエル・ロドリゲスからプロ初のサヨナラ打を放った[12][13]。9月7日には日本ハム移籍後初の猛打賞を記録するなど[14]、守備だけではなく打撃でもアピールし、スタメンの機会が増えた。9月16日のオリックス・バファローズ戦で、ヤクルト時代の2016年以来約6年ぶりとなる、移籍後初本塁打を放った[15]。オフに700万円増の3000万円で契約を更改した。

2023年は、9月に現役引退を表明[16]。同月26日の千葉ロッテマリーンズ戦(エスコン)で引退試合が行われた[17]。自身は7番・三塁手で先発出場し、2回裏に相手投手のルイス・カスティーヨから先制打を放つと、新庄剛志監督の計らいで内野の全ポジションと右翼手を守って5回表に途中交代した[18]。試合後のセレモニーでは、家族や同僚(松本剛、野村佑希、杉浦稔大)から花束を受け取り[19]、スピーチでは「ファンの皆さまの応援が後押しになって11年間、プレーできました。大好きな北海道で、大好きなファイターズで引退することができて本当に嬉しいです。幸せな野球人生でした」と語った[20]。最後はサプライズでヤクルト時代の先輩・宮本慎也が登場[19]。慣れ親しんだ遊撃のポジションに就き、憧れの先輩からノックを受け、有終の美を飾った[19]。

現役引退後

引退後の2023年10月30日、2024年からは一軍内野守備走塁コーチとして球団に残ることが発表された[21]。

選手としての特徴・人物

状況に応じた打撃に定評のある巧打者[22]。50m走6秒3の俊足と堅実な守備が武器[2]で、柔らかいグラブさばきと軽快なフットワークによる広い守備範囲は球界屈指と評された[16]。内野全ポジションを守れるユーティリティープレイヤーであり、日本ハム時代の監督・栗山英樹は「内野を全部、完璧にできる選手は初めて見た」と谷内の守備を絶賛している[11]。なお、日本ハム移籍後は2022年途中まで守備率10割を維持していた[23]。

愛称は「やちやち」[24]。

真面目な性格で、高校時代の監督やスカウト陣からは、練習も手を抜かない努力家と評されている[25]。ヤクルト時代の当時二軍内野守備コーチだった土橋勝征に言われた「とにかく謙虚にやりなさい」という言葉を金言にしている[5]。

ヤクルト時代の後輩・山田哲人は谷内を「世界一優しい」と評するなど多くの後輩から慕われている[26]。

保健体育の教員免許を持つ。英検準2級を取得しており、通訳を介さずに外国人選手と英語でコミュニケーションを取れる[27]。日本ハムではロニー・ロドリゲスに「アミーゴ」(スペイン語で「友達」)と慕われ[28][29]、谷内の引退に際し山田らと共にメッセージを送った。

憧れであり、目標とする選手は宮本慎也[1]。

対戦したい選手には、同じ石川県出身で大学の1学年先輩である高木京介を挙げている。高校時代にも1度対戦したが、ノーヒットに終わっている[1]。

中学、高校、大学とキャプテンを務めており、特に大学でキャプテンを務めたことで周りを見てプレー出来るようになったと語っている[1]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2013 ヤクルト 623210400041001011031.190.227.190.418
2014 43998961740124160123401141.191.227.270.496
2015 4661310040000000010.500.500.6671.167
2016 23807010215012960020701142.300.372.414.786
2017 42104916182002070040900193.198.217.220.490
2018 364645510300137000100091.222.217.289.506
2019 日本ハム 2426251200021000000182.080.115.080.195
2020 5018163500053000110030.313.333.313.646
2021 10644393700072001130051.179.233.179.412
2022 78167153114190153120150801243.268.309.346.655
2023 448876615000155004080091.197.274.197.471
通算:11年 4567016315214324031766002196411410915.227.276.279.555

年度別守備成績

内野守備
年
度
球
団
一塁二塁三塁遊撃
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2013 ヤクルト ---641410.947
2014 ---435173416.969
2015 ---245031.000
2016 131011.0009303143.93843120.6679121913.969
2017 --372252041.000457021.000
2018 7141011.00020000.00012610021.00021220.600
2019 日本ハム 120001.0005310021.0001031001.000856021.000
2020 -712011.0002313011.00016613011.000
2021 14162011.000221111031.00053814031.00028918021.000
2022 723514.966294337112.98836233812.9846513011.000
2023 321011.000243833110.9862036001.00066911.938
通算 33601018.9869812088631.97219569125312.985130108179931.970
外野守備
年
度
球
団
外野
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2023 日本ハム 10000----
通算 10000----

記録

初記録

背番号

  • 46(2013年 - 2018年)
  • 32(2019年 - 2023年)
  • 85(2024年 - )

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 “東京ヤクルト6位・谷内亮太「プロに導いた2度の転機」 ~ルーキーたちの軌跡No.1~”. SPORTS COMMUNICATIONS (2012年11月28日). 2013年2月11日閲覧。
  2. 1 2 “金沢西高出身・谷内投手、ヤクルトが6位指名 石川”. asahi.com (2012年10月26日). 2013年2月11日閲覧。
  3. ↑ 週刊ベースボール増刊 大学野球2012秋季リーグ戦決算号 ベースボールマガジン社
  4. ↑ “プロ野球ドラフト会議!”. 東京ヤクルトスワローズ (2012年10月25日). 2013年2月11日閲覧。
  5. 1 2 高山通史「「僕がいなくても困らないと思う。ただ…」栗山監督が絶賛する“スーパーサブ”谷内亮太…“失策ゼロ”の原点「ヤクルト時代の金言」とは」『Number Web』2021年9月12日、3面。2021年9月14日閲覧。
  6. ↑ “ユニバーシアード 日本代表壮行試合 NPB選抜チーム出場選手変更のお知らせ”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年6月25日). 2024年2月22日閲覧。
  7. ↑ “ヤクルト・谷内 今季4試合のみ…4年目は「1年間1軍で」”. スポーツニッポン (2015年12月1日). 2024年2月22日閲覧。
  8. ↑ “ヤクルト谷内が左腕手術 19日死球で全治3カ月”. 日刊スポーツ (2016年4月28日). 2024年2月22日閲覧。
  9. ↑ “移籍の秋吉「新天地でも結果を」谷内「本当に感謝」”. 日刊スポーツ (2018年12月11日). 2024年2月22日閲覧。
  10. ↑ “日本ハム・谷内、復帰まで3カ月 腰椎椎間板ヘルニアの手術”. サンケイスポーツ (2020年12月2日). 2022年1月8日閲覧。
  11. 1 2 高山通史「「僕がいなくても困らないと思う。ただ…」栗山監督が絶賛する“スーパーサブ”谷内亮太…“失策ゼロ”の原点「ヤクルト時代の金言」とは」『Number Web』2021年9月12日、1面。2021年9月14日閲覧。
  12. ↑ “日本ハム・谷内亮太 初のサヨナラ打に「とても感動」。守備職人がバットでも存在感アップ/切り札はオレだ!”. 週刊ベースボール (2022年6月30日). 2022年9月26日閲覧。
  13. ↑ “【日本ハム】谷内亮太がプロ初のサヨナラ打「自分の打球なんで、捕られるかなと(笑)」”. スポーツ報知 (2022年6月10日). 2022年12月20日閲覧。
  14. ↑ “谷内が止まらない! 移籍後初の猛打賞にビッグボス「来年の4番ある」”. 道新スポーツ (2022年9月8日). 2022年9月26日閲覧。
  15. ↑ “【日本ハム】BIGBOSSもびっくり!谷内亮太4年目にして移籍後初本塁打 6年ぶり通算3号”. 日刊スポーツ (2022年9月16日). 2022年9月26日閲覧。
  16. 1 2 “2日連続でベテランが…日本ハム・谷内が現役引退決断 27日の本拠ロッテ戦で引退試合&セレモニー実施へ”. スポニチ (2023年9月18日). 2023年9月19日閲覧。
  17. ↑ 永野高輔 (2023年9月27日). “【日本ハム】谷内亮太、引退試合で先制打「木田さん、イラストありがとう」5回守備で退く”. 日刊スポーツ. 2023年10月23日閲覧。
  18. ↑ “引退試合に臨んだ谷内亮太 二回に先制タイムリー 有終の美を飾った男の誇りとは”. DOSHIN SPORTS (2023年9月28日). 2023年10月23日閲覧。
  19. 1 2 3 “【一問一答】引退試合&セレモニー終えた谷内 「幸せな野球人生でした」”. DOSHIN SPORTS (2023年9月28日). 2023年10月23日閲覧。
  20. ↑ “谷内亮太選手の引退セレモニーを実施”. 北海道日本ハムファイターズ (2023年9月27日). 2023年10月23日閲覧。
  21. ↑ “コーチになってよかった 日本ハムが武田久氏の投手コーチ就任を発表 岩舘学氏、引退の谷内亮太氏も入閣”. Full-Count (2023年10月30日). 2023年10月30日閲覧。
  22. ↑ “谷内亮太が現役引退を決断 ヤクルト、日本ハムで11年 堅守&巧打でファン魅了”. DOSHIN SPORTS (2023年9月19日). 2023年9月20日閲覧。
  23. ↑ 中島宙恵 (2023年10月6日). “【日本ハム】現役引退の谷内亮太、内野守備コーチでの入閣検討 新庄監督も人間性高く評価”. 日刊スポーツ. 2023年10月23日閲覧。
  24. ↑ “《FIGHTERS GIRLS SERIES 2022》ファイターズ推し選手権―推しは宝物―推しナイン決定&ニックネーム発表”. 北海道日本ハムファイターズ (2022年5月26日). 2023年6月25日閲覧。
  25. ↑ “ヤクルトが谷内6位指名 ドラフト会議、金沢西高OB初”. 北國新聞 (2012年10月26日). 2013年2月11日閲覧。
  26. ↑ “「世界一優しい」山田哲人も心酔する人間性 プロ生活に幕…名脇役に徹し切った守備職人”. Full-Count (2023年9月27日). 2023年10月23日閲覧。
  27. ↑ 高山通史「「僕がいなくても困らないと思う。ただ…」栗山監督が絶賛する“スーパーサブ”谷内亮太…“失策ゼロ”の原点「ヤクルト時代の金言」とは」『Number Web』2021年9月12日、4面。2021年9月14日閲覧。
  28. ↑ “「ヤチパワー!」ラッパー日本ハムR・ロドリゲスV弾 アミーゴ谷内の力?”. 日刊スポーツ (2021年9月24日). 2022年4月21日閲覧。
  29. ↑ “日本ハム谷内、来季も「アミーゴ」R・ロドリゲスの曲を登場曲の候補に”. 日刊スポーツ (2021年11月23日). 2022年4月21日閲覧。

関連項目

外部リンク