鍵谷陽平

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鍵谷 陽平
2024年3月
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道亀田郡七飯町
生年月日 (1990-09-23) 1990年9月23日(34歳)
身長
体重
178 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト3位
初出場 2013年3月29日
最終出場 2024年9月25日(引退試合)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

鍵谷 陽平(かぎや ようへい、1990年9月23日 - )は、北海道亀田郡七飯町出身[1]の元プロ野球選手(投手)。右投右打。

妻は女優の青谷優衣。

経歴

プロ入り前

小学1年生から野球を始め、5年時に内野手から投手へ転向した[1][2]。七飯町立七飯中学校時代は、軟式野球部に所属[1][3]。野球推薦の話があったことと、野球を続けるなら親に甘えたくないという理由から札幌市にある北海高校に進学[3]。

高校時代は1年時の夏からベンチ入し、2年時の秋からエースとなる。3年時の夏に南北海道予選を制し、第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場するが、1回戦の東邦高校戦で先頭打者本塁打を含む14被安打12失点と打ち込まれ、7回途中で降板しチームも10-15で敗退[2]。

大学時代

中央大学に進学すると、東都大学野球連盟に加盟する野球部に入部。2年時の春から公式戦に登板した。秋には自己最速となる152km/hを記録するが[2]、右肘の靭帯を損傷し全治4か月の怪我を負った[3]。その後回復し4年時からは先発としても起用されるようになった[4]。最終的に、リーグ通算37試合に登板し、7勝9敗、防御率1.94の成績を残した[2]。大学の2学年先輩に澤村拓一、遠藤一星、1学年先輩に井上晴哉、2学年後輩に島袋洋奨がいた。

2012年10月25日、プロ野球ドラフト会議で日本ハムから3位指名を受け[5][注 1]、11月13日に契約金6000万円、年俸900万円で入団に合意した(金額は推定)[7]。

第一次日本ハム時代

第一次日本ハム時代
(2019年4月4日 楽天生命パーク宮城)

2013年、新人ながら大谷翔平とともに開幕一軍入りを果たすと[8]、開幕戦となった3月29日の埼玉西武ライオンズ戦(西武ドーム)でプロ初登板・初ホールドを記録した[9]。4月14日のオリックス・バファローズ戦でプロ初勝利を挙げた[10][注 2]。最終的に、38試合登板、2勝3敗1ホールド5セーブ、防御率3.33を記録。オフに、700万円増の1600万円で契約を更改した[11]。

2014年、レギュラーシーズンは21試合で1勝0敗2ホールド、防御率2.20を記録。10月16日のパシフィック・リーグクライマックスシリーズファイナルステージの福岡ソフトバンクホークス戦で3番手として登板し、2回を無失点に抑え勝利投手となる[12][注 3]。オフに、100万円増の推定年俸1700万円で契約を更改した[13]。

2015年7月末に不振により一軍登録を抹消[14]。9月21日に一軍に昇格し、22日のソフトバンク戦で同年シーズン3勝目を挙げると[15]、翌日のソフトバンク戦で4勝目を挙げ2試合連続となる勝利投手となった[16]。最終的に、40試合登板、5勝3敗15ホールド、防御率4.67を記録。オフに、500万円増の推定年俸2200万円で契約を更改した[17]。

2016年は、キャリアハイとなる48試合登板、5勝3敗3セーブ3ホールド、防御率4.23を記録してチームのリーグ優勝・日本一に貢献した。オフに、600万円増の推定年俸2800万円で契約を更改した[18]。

2017年は、チーム順位が5位に沈む中、宮西尚生やクリス・マーティンらと安定した投球を続け、キャリアハイとなる60試合に登板し、2勝3敗1セーブ17ホールド、防御率2.53を記録した。オフに、2200万円増の推定年俸5000万円で契約を更改した[19]。

2018年は、前年の活躍から石川直也と共に守護神争いが期待されたが、春季キャンプ中の3月16日に「右尺側手根屈筋(前腕内側)の筋挫傷」で離脱[20]。5月末に一軍復帰してからも不安定な投球が目立ち、28試合の登板にとどまり、0勝0敗2ホールド、防御率4.28を記録。オフに、700万円減の推定年俸4300万円で契約を更改した[21]

2019年、開幕一軍入りを果たし[22]、後述のトレードまで18試合に登板し、0勝0敗1ホールド、防御率5.94を記録。6月10日に登録を抹消されていた[23]。

巨人時代

2019年6月28日に、藤岡貴裕と共に、宇佐見真吾、吉川光夫とのトレードで読売ジャイアンツに移籍[24]。これは令和における日本プロ野球 (NPB) 初のトレードとなった。背番号は32となった[24]。移籍後はリリーフとして27試合に登板し、0勝2敗6ホールド、防御率3.00を記録。オフに、200万円増の推定年俸4500万円で契約を更改し、背番号を日本ハム時代と同じ30に変更することが発表された[25][26]。

2020年、チーム最多の46試合に登板し3勝1敗13ホールド、防御率2.89とリーグV2に貢献[27]。ソフトバンクとの日本シリーズ第2戦ではアルフレド・デスパイネに満塁本塁打を打たれるなどして、チームは4連敗を喫した[27]。オフに、2000万円増の推定年俸6500万円で契約を更改した[27]。

2021年もチーム最多の59試合に登板し、3勝15ホールド1セーブを記録。11月7日の阪神とのCSファーストステージ第2戦では、1点リードした二死満塁のピンチでジェフリー・マルテを三塁ゴロに抑えるなどCSファイナルステージ進出に貢献した[28]。オフに、1000万円増となる推定年俸7500万円で契約を更改した[29]。

2022年は、下半身のコンディション不良による調整遅れが影響してか、6月4日に一軍昇格[30]。最終的に、21試合登板、2勝0敗3ホールド、防御率3.71を記録。オフに、1200万減となる推定年俸6300万円で契約を更改した[31]。

2023年は開幕を一軍で迎え[32]、13試合で2勝0敗1セーブ、防御率3.18を記録したものの、10月13日に戦力外通告を受けた[33]。

第二次日本ハム時代

2023年11月19日に、古巣となる北海道日本ハムファイターズと育成選手として契約した。背番号は130となる[34]。推定年俸は1000万円[35]。

2024年、7月24日までに二軍で13試合に登板、防御率1.10を記録、宮内春輝、梅林優貴ととも支配下選手契約の締結が発表された。背番号は60[36]。しかし、一軍登板の機会はなく、9月5日、球団を通じて同年限りでの現役引退を発表した[37]。9月25日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)が引退試合となり、ルーキーイヤー以来11年ぶりに先発登板し[38]、小郷裕哉を二ゴロ、小深田大翔を遊直に打ち取ったところで降板した[39]。試合後には引退セレモニーが行われ、同期入団の大谷翔平から労いのビデオメッセージも流された[40]。

選手としての特徴

スリークォーターから平均球速142km/h[41]、最速153km/h[42]のストレートとスライダーが武器で[3]、フォーク、ブレーキの効いたパームを投げる[43][44]。

プロ入り後は、ルーキー時代の2013年に先発登板が2試合あっただけで、他は全てリリーフ、抑えでの起用となっていたが、引退試合で11年ぶりに先発登板した[38]。

人物

愛称は「カギ(さん)」[45][46]。

真面目かつ優しい人柄の持ち主で、チーム内での人望が厚い[47]。

大学は特待生での入学ではなかったため奨学金を借り、法学部に所属し勉強と野球を両立させていた[3]。

理容組合北海道日本ハムファイターズ後援会が球団とコラボレーションして、毎年の最新ヘアデザインのモデルを若手選手の中よりファン投票で選出している企画「ファイターズスタイル」の2016年度モデルに選ばれた[48][49]。

グラブは、北海道に関係のある色にするため富良野のラベンダーをイメージした紫色にし、鍵谷の出身校である北海高校の校章である星のマークを入れていた[50]。これが話題となり、鍵谷といえばラベンダー色(のグラブ)というイメージをファンに根付かせたが、2年目よりグラブ軽量化のため黒色のグラブを使用している。

レッドイーグルス北海道の牛来拓都、元日本製紙クレインズの春田啓和の両アイスホッケー選手・元選手とは北海高校時代からの友人で、プロ/トップリーグ入りした際に3人とも背番号「30」で揃え、巨人移籍後もそのシーズン終了時に30に戻してもらうなどこの背番号への愛着は強い。また、この縁で日本ハム時代に日本製紙がクレインズの廃部を表明した際にはクレインズ存続のための2019年3月24日の札幌ドームでの東京ヤクルトスワローズとのオープン戦での署名活動に杉谷拳士、斎藤佑樹、秋吉亮、杉浦稔大の協力を取り付けるなど尽力し、これが話題を呼んで署名が10万に届いたことでクラブチームとしての存続に大きく貢献している[51]。

七飯中学校の先輩にBリーグ・長崎ヴェルカの野口大介がいる[52]。

2020年1月21日に女優の青谷優衣と結婚した[53]。

2024年12月13日、七飯町民栄誉賞を授与[54]。

2025年1月6日、北海道日本ハムファイターズ・「ベースボールオペレーション部ベースボールオペレーション」職員就任を発表した[55]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2013 日本ハム 3820002315.40023154.04143301421021203.331.37
2014 21000010021.00011928.225410022700972.201.22
2015 40000053015.62515934.24531201321023184.671.64
2016 4800005333.62518744.23732110384023214.231.30
2017 60000023117.40021857.03361700460023162.530.88
2018 2800000002----12827.13321201221014134.281.65
2019 1800000001----7716.21601200160011115.941.68
巨人 2700000206.00011727.0214183011001193.001.44
'19計 4500000207.00019443.23743030270022204.121.53
2020 46000031013.75014837.12521311400012122.891.02
2021 590000301151.00018242.13951800301019153.191.35
2022 21000020031.0007417.0214500900873.711.53
2023 13000020121.0004811.11015001100443.181.32
2024 日本ハム 110000000----20.200000000000.000.00
NPB:12年 42030002515784.6251690398.23463817656324801781533.451.31
  • 2024年度シーズン終了時[56]

年度別守備成績

年
度
球
団
投手
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2013[57] 日本ハム 3831001.000
2014[58] 2124011.000
2015[59] 4007001.000
2016[60] 4844011.000
2017 6027011.000
2018 2814011.000
2019 1814001.000
巨人 2712001.000
'19計 4526001.000
2020 4623001.000
2021 5936001.000
2022 2111001.000
2023 1302001.000
2024 日ハム 10000----
通算 4202045041.000
  • 2024年度シーズン終了時

記録

投手記録
打撃記録
その他の記録

背番号

  • 30(2013年 - 2019年6月27日、2020年 - 2023年)
  • 32(2019年6月28日 - 同年終了)
  • 130(2024年 - 同年7月23日)
  • 60(2024年7月24日 - 同年終了)

登場曲

脚注

注釈

  1. ↑ 同年のドラフト会議では、鍵谷の他、白崎浩之内野手(駒大、DeNA1位)、佐藤峻一投手(道都大学、オリックス2位)、伏見寅威捕手(東海大学、オリックス3位)、大累進内野手(道都大学、読売2位)と、北海道出身者が計5人指名された[6]。北海道出身者がドラフトで5人指名されたのは史上初であり[6]、全員が即戦力の大学生、順位も3位以内であった[6]。
  2. ↑ 日本ハムが北海道移転10年目にして初めての北海道生まれの勝利投手でもあった[10]。
  3. ↑ プレーオフ、クライマックスシリーズで勝利投手となったのは北海道出身選手としては史上初だった[12]。

出典

  1. 1 2 3 「七飯町出身 鍵谷 陽平 選手が日本ハムファイターズに指名されました」『七飯町教育委員会』。2022年2月6日閲覧。
  2. 1 2 3 4 「北海道日本ハム3位・鍵谷陽平「殻を破った大学2年の秋」 ~ルーキーたちの軌跡No.10~」『SPORTS COMMUNICATIONS』2013年1月9日。2013年2月20日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 「【夢の扉】日本ハム・鍵谷“北海魂”折れない剛腕」『SANSPO.COM』2012年12月20日。2013年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月20日閲覧。
  4. ↑ 「鍵谷7回零封 背番号28の二十八が2打点」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2012年4月13日。2013年2月20日閲覧。
  5. ↑ 「「2012年新人選手選択会議」交渉権獲得選手のお知らせ」『北海道日本ハムファイターズ』2012年10月25日。2013年2月20日閲覧。
  6. 1 2 3 北海道新聞、2012年10月26日付朝刊35面「快挙 道産子の指名最多 ドラフト5人」
  7. ↑ 「日本ハム 森本と鍵谷と合意」『スポーツニッポン』2012年11月13日。2021年5月4日閲覧。
  8. ↑ 「2013年シーズン開幕登録選手発表」『北海道日本ハムファイターズ』2013年3月27日。2021年5月3日閲覧。
  9. ↑ 「2013年3月29日(金)北海道日本ハム vs 埼玉西武ライオンズ」『北海道日本ハムファイターズ』2013年3月29日。2021年5月3日閲覧。
  10. 1 2 「ドラ3・鍵谷 ハム北海道移転10年目の「道産子1勝」」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年4月15日。2013年4月17日閲覧。
  11. ↑ 「ハム鍵谷更改「先輩の査定は全員ビンゴ」」『日刊スポーツ』2013年12月4日。2021年5月3日閲覧。
  12. 1 2 「ハム鍵谷 暗闇脱出し道産子CS初勝利」『日刊スポーツ』2014年10月17日。2015年5月9日閲覧。
  13. ↑ 「ハム鍵谷 中大先輩沢村とハワイ自主トレ」『日刊スポーツ』2014年12月4日。2021年5月3日閲覧。
  14. ↑ 「日本ハム鍵谷、復活の1勝 2カ月ぶり1軍で即結果」『日刊スポーツ』2015年9月23日。2015年9月24日閲覧。
  15. ↑ 「【日本ハム】鍵谷3勝目!レアード逆転サヨナラ弾で白星つかむ」『スポーツ報知』2015年9月22日。2015年9月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月24日閲覧。
  16. ↑ 「日本ハム・鍵谷、2試合連続勝利投手に」『デイリースポーツ』2015年9月23日。2015年9月24日閲覧。
  17. ↑ 「日本ハム 鍵谷 500万円アップも「そろそろ達成したい」」『スポーツニッポン』2015年12月3日。2021年5月3日閲覧。
  18. ↑ 「日本ハム鍵谷600万増 来季目標に50試合登板」『日刊スポーツ』2016年12月5日。2021年5月3日閲覧。
  19. ↑ 「日本ハム鍵谷60試合で2200万増「来年以降も」」『日刊スポーツ』2017年11月29日。2021年5月3日閲覧。
  20. ↑ 「日本ハム・鍵谷が「右尺側手根屈筋の筋挫傷」…ゲーム復帰まで3週間」『BASEBALL KING』2018年3月16日。2021年3月14日閲覧。
  21. ↑ 「日本ハム鍵谷「本当に自分は野球が下手だな」来季へ誓う苦悩の1年からの飛躍」『Full-Count』2018年12月4日。2021年3月14日閲覧。
  22. ↑ 「2019年シーズン開幕登録選手発表」『北海道日本ハムファイターズ』2019年3月28日。2021年5月3日閲覧。
  23. ↑ 「【パ・リーグ公示】6月10日 楽天・オコエが抹消」『サンケイスポーツ』2019年6月10日。2021年5月3日閲覧。
  24. 1 2 「【巨人】鍵谷が入団会見 中大の先輩とチームメートになり「光栄です」背番号「32」」『スポーツ報知』2019年6月28日。2019年6月28日閲覧。
  25. ↑ 「巨人・鍵谷、200万円増の4500万円でサイン 背番号「30」に変更」『サンスポ』2019年11月28日。2021年3月14日閲覧。
  26. ↑ 「選手の背番号変更について」『読売巨人オフィシャルサイト』2019年12月10日。2020年1月28日閲覧。
  27. 1 2 3 「巨人・鍵谷が2000万増 今季チーム最多登板」『東京スポーツ』2020年12月21日。2020年12月21日閲覧。
  28. ↑ 「【巨人】MVP級の活躍 鍵谷陽平「何としてでも0点で抑える。思い切って投げた」」『スポーツ報知』2021年11月7日。2021年12月10日閲覧。
  29. ↑ 「巨人鍵谷1000万円増「リーグ優勝、日本一を」2年連続チーム最多登板」『日刊スポーツ』2021年12月7日。2023年12月28日閲覧。
  30. ↑ 「【巨人】鍵谷陽平が1軍合流 デラロサが登録抹消」『スポーツ報知』2022年6月4日。2023年4月16日閲覧。
  31. ↑ 「【巨人】鍵谷陽平、1200万減の年俸6300万円でサイン「最低50試合」」『スポーツ報知』2022年11月30日。2023年12月28日閲覧。
  32. ↑ 「【巨人】開幕1軍メンバー28人が公示 プロ年数と年俸を一覧でまとめてみた」『日刊スポーツ』2023年3月30日。2023年4月16日閲覧。
  33. ↑ 「【巨人】中島宏之が戦力外 鍵谷陽平、三上朋也、高木京介、田中豊樹、香月一也、堀岡隼人も発表」『日刊スポーツ』2023年10月13日。2023年12月28日閲覧。
  34. ↑ 「【日本ハム】巨人戦力外の鍵谷陽平と育成契約、5シーズンぶり古巣復帰「また野球を続けられる」」『日刊スポーツ』2023年11月19日。2023年12月28日閲覧。
  35. ↑ 「【日本ハム】巨人戦力外の鍵谷陽平、育成契約で5年ぶり復帰 “再入団会見”で故郷へ再凱旋誓う」『日刊スポーツ』2023年11月20日。2024年3月15日閲覧。
  36. ↑ 「日本ハム、鍵谷陽平・宮内春輝・梅林優貴の支配下契約を発表! 背番号は鍵谷「60」、宮内「62」、梅林「98」」『BASEBALL KING』2024年7月24日。2024年8月31日閲覧。
  37. ↑ 「日本ハム鍵谷陽平投手が現役引退を発表「上手くいかないことばかりでしたが、幸せな時間でした」」『Sponichi Annex』2024年9月5日。2024年9月5日閲覧。
  38. 1 2 「【日本ハム】鍵谷陽平、11年ぶり1軍先発マウンドが現役ラスト 試合後に引退セレモニー予定」『日刊スポーツ』2024年9月25日。2024年9月25日閲覧。
  39. ↑ 「日本ハム・鍵谷が引退試合 妻は涙 ガチンコ勝負で打者2人抑える 新庄監督がマウンドで花束手渡す」『デイリースポーツ』2024年9月25日。2024年9月25日閲覧。
  40. ↑ 「日本ハム・鍵谷陽平 引退セレモニーはサプライズの連続!ビデオメッセージで大谷翔平登場に球場大歓声」『スポーツニッポン』2024年9月25日。2024年9月25日閲覧。
  41. ↑ 『2014 プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2014年、91頁。ISBN 978-4-905411-17-8。
  42. ↑ 「新加入の巨人鍵谷が被弾、原監督は「見事」期待」『日刊スポーツ』2019年7月5日。2021年3月14日閲覧。
  43. ↑ 「ハム今季初5連勝! 新人鍵谷0封好救援」『デイリースポーツ online』2013年6月23日。2013年6月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月11日閲覧。
  44. ↑ 「鍵谷投手は日ハム 七飯中卒、ドラフト3位指名」『函館新聞』2012年10月26日。2014年2月11日閲覧。
  45. ↑ 「巨人・原監督、鍵谷陽平を投手主将代行に指名 「カギはひたむきにやる人」」『サンスポ』2023年2月16日。2025年1月20日閲覧。
  46. ↑ 「【鍵谷陽平 引退企画】同郷の後輩が語る〝鍵さん〟 玉井との爆笑やり取りもほぼノーカットで掲載」『DOSHIN SPORTS』2024年9月27日。2025年1月20日閲覧。
  47. ↑ 「《ハム番24時》11月19日」『DOSHIN SPORTS』2023年11月19日。2025年1月20日閲覧。
  48. ↑ 「日本ハムのおもしろ“髪ラツ”企画 若手選手がヘアデザインのモデルに 今年はダレ?」『ZAKZAK』2015年2月27日。2017年7月3日閲覧。
  49. ↑ 「ファイターズスタイル」『カットハウスしばた』。2017年7月3日閲覧。
  50. ↑ 「ハム3位鍵谷グラブは富良野ラベンダー色」『日刊スポーツ』2013年1月14日。2014年2月11日閲覧。
  51. ↑ 「鍵谷陽平への感謝の言葉 クレインズ存続のためにやってくれたこと」『文春野球コラム』2019年7月3日。2020年11月28日閲覧。
  52. ↑ 稲葉SCOとレバンガ北海道による「北海道スポーツコンベンション」を開催 北海道日本ハムファイターズ 2018年7月1日
  53. ↑ 「巨人鍵谷が女優青谷優衣と結婚「温かい家庭を」」『ニッカンスポーツ・コム』日刊スポーツ新聞社、2020年1月21日。2020年1月21日閲覧。
  54. ↑ 「前北海道日本ハムファイターズ鍵谷 陽平氏へ町民栄誉賞を授与しました」『七飯町役場 総務課総務係』2024年12月13日。2025年1月5日閲覧。
  55. ↑ “【日本ハム】昨季限りで現役引退の鍵谷陽平氏が球団職員へ プロ通算420試合登板の道産子右腕”. ニッカンスポーツ・コム/日刊スポーツ (2025年1月6日). 2025年3月11日閲覧。
  56. ↑ 「個人年度別成績 【鍵谷陽平 (読売ジャイアンツ)】」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年4月20日閲覧。
  57. ↑ 「2013年度 北海道日本ハムファイターズ 個人守備成績(パシフィック・リーグ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年4月26日閲覧。
  58. ↑ 「2014年度 北海道日本ハムファイターズ 個人守備成績(パシフィック・リーグ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年4月26日閲覧。
  59. ↑ 「2015年度 北海道日本ハムファイターズ 個人守備成績(パシフィック・リーグ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年4月26日閲覧。
  60. ↑ 「2016年度 北海道日本ハムファイターズ 個人守備成績(パシフィック・リーグ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年4月26日閲覧。
  61. ↑ 「成績詳細(出場選手成績)」『北海道日本ハムファイターズ』。2025年1月23日閲覧。
  62. ↑ 「一球速報(テキスト速報)」『北海道日本ハムファイターズ』。2025年1月23日閲覧。
  63. ↑ 「【巨人】鍵谷陽平が1球でセーブ 球団では14年西村健太朗以来7年ぶり7人目」『スポーツ報知』2021年5月22日。2023年4月3日閲覧。

関連項目

外部リンク