長田裕二

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長田裕二
おさだ ゆうじ
生年月日 1917年3月13日
出生地 日本の旗 日本 千葉県
没年月日 (2003-04-28) 2003年4月28日(86歳没)
出身校 東京帝国大学法学部(現東京大学法学部)
前職 国家公務員(逓信省・郵政省)
所属政党 自由民主党
称号 正三位
勲一等旭日大綬章
親族 佐藤泰三

日本の旗 第19代 参議院議長
在任期間 1991年10月4日 - 1992年7月7日
天皇 上皇(平成の天皇)

内閣 第2次大平内閣
在任期間 1979年11月9日 - 1980年7月17日

選挙区 (全国区→)
比例区
当選回数 4回
在任期間 1968年7月8日 - 1992年7月7日

その他の職歴
第16代 自由民主党参議院議員会長
(総裁:海部俊樹)
(1989年 - 1991年)
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長田 裕二(おさだ ゆうじ、1917年3月13日 - 2003年4月28日)は、日本の政治家。位階は正三位、勲章は勲一等旭日大綬章。

参議院議長(第19代)、科学技術庁長官(第34代)[1]、自由民主党参議院議員会長(第16代)、参議院予算委員長、参議院議員(4期)等を歴任した。 元参議院議員の佐藤泰三は縁戚にあたる。

概要

千葉県出身。東京府立四中第四中学校、旧制第一高等学校、東京帝国大学法学部卒業。1939年、逓信省(現総務省)に入省[1][2]。企画課属[3]。経理局担当審議官、経理局長、郵務局長などを経て、1966年7月1日より郵政事務次官[1]。退官後、1968年の第8回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で全国区から出馬し、初当選した。以後4期24年にわたり参議院議員を務める。当選後は佐藤派を経て、田中派、竹下派に所属した。

1979年、第2次大平内閣で科学技術庁長官に任命され、初入閣した。1984年、参議院予算委員長に就任。1989年、山内一郎の落選により、後任の自由民主党参議院議員会長に就任。1991年、土屋義彦参議院議長が埼玉県知事選挙に出馬するため任期途中で辞任し、後任の参議院議長に就任した。ただし、当時の参議院では4年以上の議長在任を認めない慣例が存在したため、長田の在任期間は土屋の任期の残りの期間に留まった。翌1992年の第16回参議院議員通常選挙には出馬せず、参院議長を退任し政界からも引退した。同年勲一等旭日大綬章受章[4]。

2003年4月28日に死去。86歳没[1]。

選挙歴

当落選挙施行日選挙区政党得票数得票率得票順位
/候補者数
比例区比例順位
/候補者数
当第8回参議院議員通常選挙1968年7月7日全国区自由民主党586,563 37/93--
当第10回参議院議員通常選挙1974年7月7日全国区自由民主党674,986 29/112--
当第12回参議院議員通常選挙1980年6月22日全国区自由民主党1,030,459 15/93--
当第14回参議院議員通常選挙1986年7月6日比例区自由民主党 第2位-
当選回数4回

所属団体

脚注

  1. 1 2 3 4 “長田裕二”. コトバンク. 2013年8月17日閲覧。
  2. ↑ “森山欽司 ─反骨のヒューマニスト─ 第十章” (PDF). 2013年8月17日閲覧。
  3. ↑ 『日本官僚制総合事典』東京大学出版会、2001年11月発行、327頁
  4. ↑ 「92年秋の叙勲=勲三等以上および在外邦人、帰化邦人、外国人受章者」『読売新聞』1992年11月3日朝刊
公職
先代
金子岩三
日本の旗 科学技術庁長官
第34代:1979年 - 1980年
次代
中川一郎
議会
先代
土屋義彦
日本の旗 参議院議長
第19代:1991年 - 1992年
次代
原文兵衛
先代
西村尚治
日本の旗 参議院予算委員長
1984年 - 1985年
次代
安田隆明
先代
木村睦男
日本の旗 参議院運輸委員長
1972年 - 1973年
次代
宮崎正雄
党職
先代
山内一郎
自由民主党参議院議員会長
第16代:1989年 - 1991年
次代
原文兵衛