1790年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代 1810年代 |
| 年: | 1787年 1788年 1789年 1790年 1791年 1792年 1793年 |
1790年(1790 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、金曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]

- 2月20日 - ハプスブルク君主国で啓蒙専制君主ヨーゼフ2世が死去し、弟のレオポルト2世が即位(11月に神聖ローマ皇帝戴冠)。妹マリー・アントワネットの救援を期し、翌年のピルニッツ宣言へとつながる[1]。
- 4月3日(寛政2年2月19日) - 寛政の改革: 老中松平定信が火付盗賊改方頭長谷川宣以の建議を受け、江戸隅田川の石川島に無宿人の自立支援施設「加役方人足寄場」を設置[2]。
- 4月9日(寛政2年2月25日) - 江戸幕府が経費節減のため、長崎のオランダ商館長による江戸参府を毎年から4年に1度へ改編[3]。
- 4月17日 - フランス革命: 憲法制定国民議会が、国有化した教会財産を担保とする紙幣アッシニアを発行(のちの乱発により激しいインフレーションを招く)[4]。
- 4月 - ドイツの哲学者イマヌエル・カントが『判断力批判』を出版。『純粋理性批判』『実践理性批判』とともに三大批判書が完結[5]。
- 5月29日 - ロードアイランド州がアメリカ合衆国憲法を批准(原初13植民地最後の批准州として第13番目の州に昇格)[6]。
- 6月25日(寛政2年5月13日) - 寛政の改革: 幕府が出版統制令を強化し、洒落本・黄表紙の風俗・時事風刺を厳禁。翌年の山東京伝や版元蔦屋重三郎の処罰につながる[7]。
- 7月6日(寛政2年5月24日) - 寛政の改革: 松平定信が湯島聖堂で正学である朱子学以外の教授を禁じる令を出す(寛政異学の禁)。学問所は官立の昌平坂学問所へ改組され、柴野栗山ら「寛政の三博士」が登用される[8]。
- 7月12日 - フランス革命: 国民議会が聖職者民事基本法を採択。聖職者の公選制と国家への宣誓義務を定めたためローマ教皇と対立し、ヴァンデの反乱(1793年)など反革命運動の素地となる[9]。
- 10月(寛政2年9月) - 幕府が長崎貿易をさらに抑制し、オランダ船の来航を年1隻、輸出銅を年60万斤に制限(貴金属流出防止策)[10]。
- 11月1日 - イギリスの思想家エドマンド・バークが『フランス革命の省察』を刊行。革命の暴力性を批判して伝統と漸進的改革を説き、近代保守主義の基礎を築く[11]。
- 12月23日(寛政2年11月18日) - 寛政の改革: 江戸の窮乏農民に帰郷旅費を与えて離村を促す「旧里帰農令」を発令[12]。
- 月日未詳 - フランスのニコラ・ルブランが、食塩から炭酸ナトリウムを量産する「ルブラン法」を確立(19世紀後半にアンモニアソーダ法が普及するまで工業用ソーダ生産の主流となる)[13]。
誕生
[編集]→「Category:1790年生」も参照
- 3月3日 - ジョン・オースティン[14]、イギリスの法学者(+ 1859年)
- 3月12日 - ジョン・フレデリック・ダニエル[15]、イギリスの化学者、ダニエル電池の発明者(+ 1845年)
- 3月29日 - ジョン・タイラー[16]、第10代アメリカ合衆国大統領(+ 1862年)
- 7月4日 - ジョージ・エベレスト[17]、イギリスの探検家、地理学者(+ 1866年)
- 6月1日 - フェルディナント・ライムント[18]、オーストリアの俳優、劇作家(+ 1836年)
- 9月12日(寛政2年8月4日) - 井上正鉄[19]、神道家(+ 1849年)
- 9月26日 - ナッソー・ウィリアム・シーニア[20][21]、イギリスの経済学者(+ 1864年)
- 10月21日 - アルフォンス・ド・ラマルティーヌ[22]、フランスの詩人、政治家(+ 1869年)
- 10月29日 - フリードリッヒ・ディースターヴェーク[23]、ドイツの教育家(+ 1866年)
- 11月17日 - アウグスト・フェルディナント・メビウス[24][25]、ドイツの数学者、天文学者、メビウスの帯の提示者(+ 1868年)
- 11月17日 - ジョアン・デ・サルダーニャ[26][27]、ポルトガルの軍人、政治家(+ 1876年)
- 12月6日(寛政2年11月1日) - 羽倉簡堂[28](羽倉外記[29])、儒学者、代官(+ 1862年)
- 12月8日(寛政2年11月3日) - 剣持章行[30]、数学者(+ 1871年)
- 12月16日 - レオポルド1世[31][32][33]、ベルギーの初代国王(+ 1865年)
- 12月23日 - ジャン=フランソワ・シャンポリオン[34]、フランスのエジプト学者(+ 1832年)
- 月日不詳 - 為永春水[35]、人情本作者(+ 1844年)
死去
[編集]→「Category:1790年没」も参照
- 1月20日 - ジョン・ハワード[36]、イギリスの監獄改革運動家(* 1726年)
- 2月5日 - ウィリアム・カレン[37]、スコットランドの医師(* 1710年)
- 2月20日 - ヨーゼフ2世[38]、神聖ローマ皇帝(* 1741年)
- 3月5日 - フローラ・マクドナルド[39]、スコットランドのジャコバイト(* 1722年)
- 4月17日 - ベンジャミン・フランクリン[40]、アメリカの科学者、政治家(* 1706年)
- 6月5日(寛政2年4月23日) - 中村仲蔵 (初代)[41]、歌舞伎俳優(* 1736年)
- 6月30日(寛政2年5月18日) - 浜辺黒人[42]、狂歌師(* 1717年)
- 7月14日 - エルンスト・ギデオン・フォン・ラウドン[43]、オーストリアに仕えたバルト・ドイツ人の貴族、軍人(* 1717年)
- 7月17日 - アダム・スミス[44]、イギリスの経済学者(* 1723年)
- 7月25日 - ヨハン・ベルンハルト・バゼドウ[45][46]、ドイツの教育者、汎愛主義者(* 1724年)
- 10月19日(寛政2年9月12日) - 片山北海[47]、儒学者(* 1723年)
- 10月30日(寛政2年9月23日) - 柄井川柳[48]、前句付け点者(* 1718年)
脚注
[編集]注釈
出典
- ↑ 『ヨーゼフ2世』 - コトバンク
- ↑ 『人足寄場』 - コトバンク
- ↑ 『カピタン』 - コトバンク
- ↑ 『アッシニャ』 - コトバンク
- ↑ 『判断力批判』 - コトバンク
- ↑ 『ロードアイランド』 - コトバンク
- ↑ 『寛政の改革』 - コトバンク
- ↑ 『寛政異学の禁』 - コトバンク
- ↑ 『僧侶民事基本法』 - コトバンク
- ↑ 『長崎貿易』 - コトバンク
- ↑ 『バーク』 - コトバンク
- ↑ 『旧里帰農令』 - コトバンク
- ↑ 『ルブラン法』 - コトバンク
- ↑ 『オースティン』 - コトバンク
- ↑ 『ダニエル』 - コトバンク
- ↑ 『タイラー』 - コトバンク
- ↑ George-Everest - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ライムント』 - コトバンク
- ↑ 『井上正鉄』 - コトバンク
- ↑ 『シーニア』 - コトバンク
- ↑ 『シーニアー』 - コトバンク
- ↑ 『ラマルティーヌ』 - コトバンク
- ↑ 『ディーステルウェーク』 - コトバンク
- ↑ 『メビウス』 - コトバンク
- ↑ 『メービウス』 - コトバンク
- ↑ 『サルダーニャ』 - コトバンク
- ↑ 『サルダニャ』 - コトバンク
- ↑ 『羽倉簡堂』 - コトバンク
- ↑ 『羽倉外記』 - コトバンク
- ↑ 『剣持章行』 - コトバンク
- ↑ 『レオポルド1世』 - コトバンク
- ↑ 『レオポルド』 - コトバンク
- ↑ 『レオポルト』 - コトバンク
- ↑ 『シャンポリオン』 - コトバンク
- ↑ 『為永春水』 - コトバンク
- ↑ 『ハワード』 - コトバンク
- ↑ 『カレン』 - コトバンク
- ↑ 『ヨーゼフ二世』 - コトバンク
- ↑ Flora-Macdonald - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『フランクリン』 - コトバンク
- ↑ 『中村仲蔵』 - コトバンク
- ↑ 『浜辺黒人』 - コトバンク
- ↑ Gideon-Ernest-Freiherr-von-Laudon - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『スミス』 - コトバンク
- ↑ 『バゼドー』 - コトバンク
- ↑ 『バゼドウ』 - コトバンク
- ↑ 『片山北海』 - コトバンク
- ↑ 『柄井川柳』 - コトバンク