| Pictor | |
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| 属格形 | Pictoris |
| 略符 | Pic |
| 発音 | [ˈpɪktər]、属格:/pɪkˈtɔərɨs/ |
| 象徴 | イーゼル |
| 概略位置:赤経 | 04h 32m 52.3s - 06h 52m 02.7s[1] |
| 概略位置:赤緯 | -42.80° - -64.15°[1] |
| 広さ | 247平方度[2] (59位) |
| バイエル符号/ フラムスティード番号 を持つ恒星数 | 15 |
| 3.0等より明るい恒星数 | 0 |
| 最輝星 | α Pic(+3.30等) |
| メシエ天体数 | 無し |
| 確定流星群 | 無し |
| 隣接する星座 |
ちょうこくぐ座 りゅうこつ座 はと座 かじき座 とも座 とびうお座 |
がか座(がかざ、画架座、Pictor)は、現代の88星座の1つ。18世紀半ばに考案された新しい星座で、イーゼル(画架)をモチーフとしている[注 1]。日本では北大東村以南で全体を見ることができるが、領域が狭く明るい星もないことから目立たない星座である。


がか座は、18世紀中頃にフランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカーユによって考案された。1756年に刊行された『Histoire de l'Académie royale des sciences』に掲載されたラカーユの星図の中で、画架とパレットがセットとなった姿と「画架とパレット」という意味の「le Chevalet et la Palette」という名称が描かれたのが初出である[11][12][13]。のちの1763年にラカーユが刊行した著書『Coelum australe stelliferum』に掲載された第2版の星図では、ラテン語化された「Equuleus Pictorius」と呼称が変更されている[11][14]。1801年にヨハン・ボーデが刊行した『ウラノグラフィア』では、「画家の棚」という意味の「Pluteum Pictoris」と記載された。
1844年にイギリスの天文学者ジョン・ハーシェルは、フランシス・ベイリー宛の書簡の中で、Equuleus Pictorius を「Pictor」と短縮することを提案した[11][15]。それを受けたベイリーが、翌年の1845年に刊行した『British Association Catalogue』において「Pictor」と改めたことにより、以降この呼称が定着することとなった[11]。
1922年5月にローマで開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Pictor、略称はPicと正式に定められた[16]。新しい星座のため星座にまつわる神話や伝承はない。
明治期より「畫架[注 2]」のちに「画架」という訳名が使われており、明治末期以降数度行われた星座の訳名見直しでも他の呼び名が採用されることはなかった[17][18][19]。漢字の読みは一貫して「ぐゎか」または「がか」とされているが、1928年(昭和3年)に天文同好会の編集により新光社から刊行された『天文年鑑』の第2号では「ゑかけ」という読みで紹介されていた[20]。これについて天文年鑑の編集に携わっていた山本一清は、東亜天文学会の会誌『天界』1934年8月号の「天文用語に關する私見と主張 (3)」という記事の中で耳に聞いただけでは解りかねる日本語や,漢語萬能時代の夢よりさめて,純粹な日本語(耳で聞いただけで解る日本語)を採用するといふ意味の撤底に於いて,一般に賛成して頂けるものだと思ふ.
[21]としており、自らが妥当と考える星座名の一覧でも「ゑかけ(畫架)」という邦訳を充てていた[22]。
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