| Lacerta | |
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| 属格形 | Lacertae |
| 略符 | Lac |
| 発音 | 英語発音: [ləˈsɜrtə]、属格:/ləˈsɜrtiː/ |
| 象徴 | トカゲ[1][2] |
| 概略位置:赤経 | 21h 57m 30.3937s - 22h 57m 51.6729s[3] |
| 概略位置:赤緯 | +35.1656151° - +56.9179611°[3] |
| 20時正中 | 10月下旬[4] |
| 広さ | 200.688平方度[5] (68位) |
| バイエル符号/ フラムスティード番号 を持つ恒星数 | 17 |
| 3.0等より明るい恒星数 | 0 |
| 最輝星 | α Lac(3.77等) |
| メシエ天体数 | 0[6] |
| 確定流星群 | 1[7] |
| 隣接する星座 |
アンドロメダ座 カシオペヤ座 ケフェウス座 はくちょう座 ペガスス座 |
とかげ座(とかげざ、ラテン語: Lacerta)は、現代の88星座の1つ。17世紀末にポーランド生まれの天文学者ヨハネス・ヘヴェリウスが考案した新しい星座で、トカゲがモチーフとされている[1][2]。どの星も4等星以下の明るさで、目立たない星座である。1936年6月18日に五味一明がこの星座の領域で発見し、日本人が初めて第一発見者となった新星は、「五味新星」の別名で知られている[8]。

東をアンドロメダ座、北東をカシオペヤ座、北をケフェウス座、西をはくちょう座、南をペガスス座に囲まれており、北半分は天の川に掛かっている[9]。20時正中は10月下旬頃[4]で、北半球では夏の星座とされたり[10]秋の星座とされたり[11][12]するが、一年中北の空に見ることができる[9]。北端は+56.92°、南端は+35.17°と天の赤道から北に離れた位置にある[3]ため、南半球の中緯度地域から南ではその全容を見ることは難しく、南極圏からは全く見ることができない。一方で北極圏では星座の全ての星が周極星となる[9]。

とかげ座は、17世紀末にポーランド生まれの天文学者ヨハネス・ヘヴェリウスによって考案された[2]。ヘヴェリウスの死後の1690年に妻によって出版された著書『Prodromus Astronomiae』に収められた星図『Firmamentum Sobiescianum』と星表『Catalogus Stellarum』に記載されたのが初出である[13]。ヘヴェリウスは、はくちょう座とアンドロメダ座の間の領域にトカゲの星座絵を描き、Lacerta ſive Stellio(トカゲまたはステリオアガマ)という星座名を記した[13]。その後は Stellio は使われなくなり、Lacerta だけが生き残った。この Stellio について、19世紀末のアメリカのアマチュア博物学者リチャード・ヒンクリー・アレンは、著書『星名とその意味 (Star-Names and Their Meanings)』の中でthe Stellion, a newt with star-like dorsal spots found along the Mediterranean coast. (地中海沿岸に生息する、背中に星のような斑点を持つイモリ)
として紹介した[14]。その影響か、日本の文献では「ヘヴェリウスは「いもり座」にしようかと考えていた」とする話が紹介されてきた[11][10]が、前述のように実在の Stellio は地中海沿岸に生息するステリオアガマ (学名 Laudakia stellio) というアガマ科イワアガマ属の爬虫類[15]であり[2]、事実ではない。またとかげ座あたりの星のきらめきが、「とかげのウロコの光に似ているから」とヘベリウスは説明しています。
[12]と説明されることもあるが、これもまたへヴェリウスが遺した文献には見られない説明である[16]。
イギリスの天文学者ジョン・フラムスティードは、1725年に刊行した『Catalogus Britannicus』の中で、ヘヴェリウスがケフェウス座の一部としていた星をとかげ座に加えて、その領域を拡張させた[13]。この星座にギリシア文字の符号が付けられた星はα星とβ星の2つしかないが、それらは1845年にイギリスの天文学者フランシス・ベイリーが刊行した『British Association Catalogue』の中で付されたものである[2]。
1922年5月にローマで開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Lacerta、略称は Lac と正式に定められた[17][18]。
へヴェリウスがとかげ座を世に送り出す以前に、この領域に独自の星座を設けた事例があった。17世紀フランスの建築家で天文学者のオギュスタン・ロワーエは、1679年に刊行した天文書『Cartes du Ciel réduites en quatre tables』の中でこの領域に Sceptre Royal & de la main de Justice(王笏と正義の手)という星座を設けた[19][20][21]。これはルイ14世を称揚する目的で作られた星座であったが、とかげ座ほどの支持を得られず18世紀中頃までには完全に廃れてしまった[20]。
ドイツ人宣教師イグナーツ・ケーグラー(戴進賢)らが編纂し、清朝乾隆帝治世の1752年に完成・奏進された星表『欽定儀象考成』では、とかげ座の星々は、二十八宿の北方玄武七宿の第五宿「危宿」と第六宿「室宿」に配されていた[22][23]。危宿では、1番星がペガスス座の2星とともに農具の杵を表す星官「杵」に[22][23]、15・11・2の3星は、はくちょう座の4星とともに戦車の車庫を表す星官「車府」に配された[22][23]。室宿では、4・α・β・9 の4星が、アンドロメダ座・カシオペヤ座・ケフェウス座・はくちょう座の星とともに、空を飛ぶ蛇の妖怪を表す星官「騰蛇」を成した[22][23]。
新しい星座であるため、星座にまつわる神話や伝承はない。
ラテン語の学名 Lacerta に対応する日本語の学術用語としての星座名は「とかげ」と定められている[24]。現代の中国では蝎虎座[25][26]と呼ばれている。
日本では、明治末期には「蜥蜴」という訳語が充てられていたことが、1910年(明治43年)2月刊行の日本天文学会の会報『天文月報』第2巻11号に掲載された「星座名」という記事でうかがい知ることができる[27]。この訳名は、1925年(大正14年)に初版が刊行された『理科年表』にも「蜥蜴(とかげ)」として引き継がれた[28]。戦後の1952年(昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[29]とした際に、Lacerta の日本語の学名は「とかげ」と定まり[30]、これ以降は「とかげ」という学名が継続して用いられている。
1936年6月にケフェウス座との境界近くで発見された新星は五味新星の名前で知られている。
2022年4月現在、国際天文学連合 (IAU) によって1個の恒星に固有名が認証されている[31]。
その他、以下の恒星が知られている。
18世紀フランスの天文学者シャルル・メシエが編纂した『メシエカタログ』に掲載された天体は1つもない[6]が、パトリック・ムーアがアマチュア天文家の観測対象に相応しい星団・星雲・銀河を選んだ「コールドウェルカタログ」に選ばれた散開星団NGC 7243 が位置している[40]。また、はくちょう座との境界近くにある活動銀河核とかげ座BL は、とかげ座BL型天体のプロトタイプとして知られる。
とかげ座の名前を冠した流星群のうち、IAUの流星データセンター (IAU Meteor Data Center) で確定された流星群 (Established meteor showers) とされているものは、とかげ座α流星群 (alpha Lacertids, ALA) のみ[7]。
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