南安府

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江西省の南安府の位置(1820年)

南安府(なんあんふ)は、中国にかつて存在した府。元末から民国初年にかけて、現在の江西省贛州市西部に設置された。

概要

990年(淳化元年)、北宋により虔州大庾県に南安軍が置かれた。南安軍は江南西路に属し、大庾・南康・上猶の3県を管轄した[1]。

1277年(至元14年)、元により南安軍は南安路に昇格した。南安路は江西等処行中書省に属し、大庾・南康・上猶の3県を管轄した[2]。1365年、朱元璋により南安路は南安府と改められた。

明のとき、南安府は江西省に属し、大庾・南康・上猶・崇義の4県を管轄した[3]。

清のとき、南安府は江西省に属し、大庾・南康・上猶・崇義の4県を管轄した[4]。

1913年、中華民国により南安府は廃止された。

脚注

  1. ↑ 『宋史』地理志四
  2. ↑ 『元史』地理志五
  3. ↑ 『明史』地理志四
  4. ↑ 『清史稿』地理志十三