紹興府

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紹興府(しょうこうふ)は、中国にかつて存在した府。南宋から民国初年にかけて、現在の浙江省紹興市一帯に設置された。

概要

1131年(紹興元年)、南宋により越州が紹興府に昇格した。紹興府は両浙路に属し、山陰・会稽・蕭山・諸曁・余姚・上虞・嵊・新昌の8県を管轄した[1]。

1276年(至元13年)、元により紹興府は紹興路と改められた。紹興路は江浙等処行中書省に属し、山陰・会稽・蕭山・上虞・嵊・新昌の6県と諸曁州・余姚州の2州を管轄した[2]。1366年、朱元璋により紹興路は紹興府の称にもどされた。

明のとき、紹興府は浙江省に属し、山陰・会稽・蕭山・諸曁・余姚・上虞・嵊・新昌の8県を管轄した[3]。

清のとき、紹興府は浙江省に属し、山陰・会稽・蕭山・諸曁・余姚・上虞・嵊・新昌の8県を管轄した[4]。

1913年、中華民国により紹興府は廃止された。

脚注

  1. ↑ 『宋史』地理志四
  2. ↑ 『元史』地理志五
  3. ↑ 『明史』地理志五
  4. ↑ 『清史稿』地理志十二