湖北省の漢陽府の位置(1820年)

漢陽府(かんようふ)は、中国にかつて存在した府。元代から民国初年にかけて、現在の湖北省武漢市一帯に設置された。

概要

958年(顕徳5年)、後周により鄂州漢陽県に漢陽軍が置かれた。宋のとき、漢陽軍は荊湖北路に属し、漢陽・漢川の2県を管轄した[1]。

1277年(至元14年)、元により漢陽軍が漢陽府に昇格した。漢陽府は湖広等処行中書省に属し、漢陽・漢川の2県を管轄した[2]。

1376年(洪武9年)、明により漢陽府は漢陽州に降格し、武昌府に属した。1380年(洪武13年)、漢陽州は漢陽府にもどされた。漢陽府は湖広省に属し、漢陽・漢川の2県を管轄した[3]。

清のとき、漢陽府は湖北省に属し、漢陽・漢川・孝感・黄陂の4県と沔陽州と夏口庁、合わせて1州1庁4県を管轄した[4]。

1913年、中華民国により漢陽府は廃止された。

脚注

  1. ↑ 『宋史』地理志四
  2. ↑ 『元史』地理志六
  3. ↑ 『明史』地理志五
  4. ↑ 『清史稿』地理志十四
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