
982年(太平興国7年)、北宋により江州星子県に南康軍が置かれた。南康軍は江南東路に属し、星子・都昌・建昌の3県を管轄した[1]。
1277年(至元14年)、元により南康軍は南康路に昇格した。南康路は江西等処行中書省に属し、録事司と星子・都昌の2県と建昌州を管轄した[2]。1361年、朱元璋により南康路は南康府と改められた。
明のとき、南康府は江西省に属し、星子・都昌・建昌・安義の4県を管轄した[3]。
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