雲南府

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雲南省の雲南府の位置(1820年)

雲南府(うんなんふ)は、中国にかつて存在した府。明代から民国初年にかけて、現在の雲南省昆明市一帯に設置された。

概要

南詔により鄯闡府が置かれた。大理国においても引き続き鄯闡府とされた。

1255年(憲宗5年)、モンゴル帝国により昆明県に善闡万戸府が置かれた。1270年(至元7年)、元により善闡万戸府は善闡路に昇格した。1276年(至元13年)、善闡路は中慶路と改称された。中慶路は雲南等処行中書省に属し、録事司と直属の昆明・富民・宜良の3県と晋寧州に属する呈貢・帰化の2県と安寧州に属する禄豊・羅次の2県と昆陽州に属する三泊・易門の2県と嵩明州に属する楊林・邵甸の2県、合わせて1司4州11県を管轄した[1]。

1382年(洪武15年)、明により中慶路が雲南府と改められた。雲南府は雲南省に属し、直属の昆明・富民・宜良・羅次の4県と晋寧州に属する呈貢・帰化の2県と安寧州に属する禄豊県と昆陽州に属する三泊・易門の2県と嵩明州、合わせて4州9県を管轄した[2]。

清のとき、雲南府は雲南省に属し、昆明・富民・宜良・羅次・呈貢・禄豊・易門・晋寧州・安寧州・昆陽州・嵩明州の4州7県を管轄した[3]。

1913年、中華民国により雲南府は廃止された。

脚注

  1. ↑ 『元史』地理志四
  2. ↑ 『明史』地理志七
  3. ↑ 『清史稿』地理志二十一