思南府

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貴州省の思南府の位置(1820年)

思南府(しなんふ)は、中国にかつて存在した府。明代から民国初年にかけて、現在の貴州省銅仁市西部に設置された。

概要

1373年(洪武6年)、明により思南宣慰司が思南道宣慰使司と改められた。1413年(永楽11年)、思南道宣慰使司が思南府と改称された。思南府は貴州省に属し、安化・婺川・印江の3県と蛮夷長官司・沿河祐渓長官司・朗渓蛮夷長官司の3長官司を管轄した[1][2]。

清のとき、思南府は貴州省に属し、安化・婺川・印江の3県を管轄した[3]。

1913年、中華民国により思南府は廃止された。

脚注

  1. ↑ 『明史』地理志七
  2. ↑ 『明史』土司伝七では4長官司とされ、地理志にない水徳江長官司の名がみえる。
  3. ↑ 『清史稿』地理志二十二