木内孝胤

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木内 孝胤
きうち たかたね
生年月日 (1966-08-30) 1966年8月30日(58歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都港区
出身校 慶應義塾大学経済学部卒業
前職 ドイツ証券従業員
メリルリンチ日本証券従業員
所属政党 (民主党(小沢グループ)→)
(無所属(改革無所属の会)→)
(国民の生活が第一→)
(日本未来の党→)
(生活の党→)
(維新の党→)
(民進党(松野グループ)→)
(無所属→)
(希望の党→)
(無所属(一丸の会)→)
日本維新の会
称号 経済学士(慶應義塾大学・1989年)
親族 曾祖父・木内重四郎
高祖父・岩崎弥太郎
公式サイト 木内たかたね オフィシャルサイト

選挙区 (東京9区→)
比例東京ブロック
当選回数 2回
在任期間 2009年8月30日 - 2012年11月16日
2014年12月19日[1] - 2017年9月28日
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木内 孝胤(きうち たかたね、1966年8月30日 - )は、日本の実業家、政治家。アジア開発キャピタルの元・代表取締役社長。衆議院議員(2期)を務めた[2]。

高祖父は三菱財閥の創業者の岩崎弥太郎、曾祖父は貴族院議員や京都府知事を務めた木内重四郎、父は外交官で田中角栄内閣総理大臣秘書官や駐フランス特命全権大使を務めた木内昭胤。親戚に日本外国語研究所理事長などを務めた渋沢雅英がいる。

来歴

東京都港区出身。港区立麻布幼稚園、港区立麻布小学校、帰国後は港区立三河台中学校、転校して成蹊中学校・高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業[3]。1989年、三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行し、12年間勤務する。その後はドイツ証券、UBS証券、メリルリンチ日本証券(投資銀行部門マネージング・ディレクター)を経て、2008年8月にメリルリンチ日本証券を退社。

民主党の衆議院東京都第9選挙区総支部長に就任し、2009年の第45回衆議院議員総選挙では、東京都第9区で自由民主党前職の菅原一秀を破り初当選した。なお同期当選の網屋信介、高邑勉(いずれも民主党)もメリルリンチ日本証券出身である。

2012年4月2日、野田内閣による消費増税の閣議決定に抗議し[4][5][6][7]、民主党に離党届を提出[8][9]、5月8日に受理された[10][11]。同年7月、同じく消費増税に抗議して民主党を離党した中島政希、横粂勝仁両衆院議員(いずれも比例南関東ブロック)及び木内の3名で、会派「改革無所属の会」を結成し、同会派の代表に就任[12]。同年10月、政策フォーラム「日本の選択」の設立に参加[13]した。

2012年11月20日、同年の7月に結党していた国民の生活が第一の小沢一郎代表に対し、同党への入党を希望し、了承された[14]。その後国民の生活が第一は日本未来の党に合流し、12月の第46回衆議院議員総選挙では同党公認で東京9区から出馬したが、前回破った自民党の菅原に敗れ、重複立候補していた比例東京ブロックでの復活も出来ず、落選。翌2013年の日本未来の党の分党に際しては、生活の党に参加した[15]。

2014年の東京都知事選挙では、細川護煕元首相の出馬記者会見で司会及び選対責任者を務め、馬渡龍治や牧義夫ら当初の選挙対策チームを組織した[16]が、選挙戦中に交代した[17]。

2014年11月、第47回衆議院議員総選挙に維新の党公認で東京9区から出馬する意向を表明[18][19]。民主党は東京9区に候補者を擁立せず、木内は民主党東京都連の推薦も受けた。東京9区では再び自民党の菅原に敗れたが、重複立候補していた比例東京ブロックで復活し、2年ぶりに国政に復帰した。2016年、維新の党が民主党と合流して発足した民進党の所属となる。

2017年8月18日に民進党に離党届を提出し[20][21][22][23][24][25]、8月23日に民進党から除籍処分および議員辞職勧告を受けた[26][27][28][29][30]。

同年9月25日、東京都知事の小池百合子は会見で、自身が代表を務める「希望の党」の結党を発表[31]。同日、東京都選挙管理委員会を通じて総務大臣に設立を届け出た。届出には木内を含む国会議員9人が名を連ねた[32][33]。10月3日、希望の党は木内を東京8区の公認候補として発表[34]。石原伸晃の追い落としを狙うも、立憲民主党の吉田晴美、日本共産党の新人、元参議院議員の円より子らの間で票が分散。10月22日に行われた衆院選の結果は得票率が16.2%、得票数が41,175票、候補者6人中3位で落選した[35]。重複立候補していた比例東京ブロックでの復活も出来なかった。

2020年3月22日、日本維新の会が次期衆院選で東京2区に当時東京16区支部長の中津川博郷と面接をした木内を擁立すると発表した[36]。

同年8月19日、PCR検査を受けたところ、新型コロナウイルス陽性が確認された[37]。

2021年10月31日投開票の第49回衆議院議員総選挙において日本維新の会公認で東京2区に立候補。投開票の結果45,754票と、自民前職の辻清人や立憲民主党新人の松尾明弘らに遠く及ばず得票率16.7%で3位に埋没、重複立候補していた比例での復活もならず落選した。なお、この選挙では中津川も比例復活ならず落選している。

2022年の第26回参議院議員通常選挙には日本維新の会公認で比例区から出馬した[38][39]。7月10日の投開票の結果、木内の比例個人票順位は維新比例候補者26人中22位(木内の個人票数は11,313票)であり、維新が比例で獲得した8議席に届かず落選した[38][39]。7月22日、アンセム・ウォンの辞任に伴い、後任のアジア開発キャピタル代表取締役社長に就任[40]。1か月半で代表取締役社長を辞任し、アジア開発キャピタルは翌2023年4月30日に東京証券取引所スタンダード市場を上場廃止となっている。

政策・主張

家系・親族

木内家は鎌倉時代、千葉一族の重臣だった木内氏が源流の一族だが、木内重四郎(1866年(慶応2年) - 1925年(大正14年))の時代に再び脚光を浴びる。重四郎は、千葉中学校を首席で卒業、東京帝国大学を卒業後官界に入り、官選の京都府知事、貴族院議員を務めた。重四郎の妻は三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎の次女・磯路。岩崎久弥(弥太郎の長男で三菱の3代目総帥)は義兄、相婿に加藤高明(弥太郎の長女・春路の夫)、幣原喜重郎(弥太郎の四女・雅子の夫)。

重四郎の長男(孝胤の祖父)・良胤、良胤の長男(孝胤の父)・昭胤はいずれも外交官。昭胤はマレーシア、タイ、フランスの特命全権大使やアジア局長、田中角栄内閣総理大臣の秘書官を務めた。良胤の妻、すなわち昭胤の母・淑子は宮内官僚・関屋貞三郎の長女。

重四郎の次男で経済評論家の木内信胤は元世界経済調査会理事長。信胤の妻・多代は福澤諭吉の孫娘。

重四郎の娘登喜子は、第一国立銀行の創始者・渋沢栄一の嫡孫である渋沢敬三に嫁いだ。渋沢雅英(敬三の嫡男)と渋沢田鶴子(雅英の娘)は親戚になる。

元衆議院議員の浅尾慶一郎は、父がお互い外交官であったため、幼少期より顔見知りであった。

脚注

  1. ↑ 平成26年12月19日中央選挙管理会告示第30号(平成二十六年十二月十四日執行の衆議院比例代表選出議員の選挙における衆議院名簿届出政党等に係る得票数、当選人の数並びに当選人の住所及び氏名に関する件)
  2. ↑ “国会議員情報 木内 孝胤(きうち たかたね)”. 時事ドットコム (時事通信社) 2023年7月21日閲覧。
  3. ↑ 公式プロフィール
  4. ↑ “小沢系の木内議員が民主離党意向 同調の動きも”. 日本経済新聞. (2012年4月1日). オリジナルの2012年4月1日時点におけるアーカイブ。
  5. ↑ “小沢グループの1人離党へ 民主・木内氏”. 朝日新聞. (2012年4月1日). オリジナルの2012年4月1日時点におけるアーカイブ。
  6. ↑ “民主・木内氏が離党の意向=小沢元代表「党内で増税反対を」”. livedoor ニュース. 時事通信. (2012年4月1日). オリジナルの2012年4月2日時点におけるアーカイブ。
  7. ↑ “亀裂広がる民主、小沢G木内議員離党へ…異論も”. 読売新聞. (2012年4月2日). オリジナルの2012年4月3日時点におけるアーカイブ。
  8. ↑ “民主・木内氏が離党届=小沢系、消費増税に抗議”. Yahoo!ニュース. 時事通信. (2012年4月2日). オリジナルの2012年4月4日時点におけるアーカイブ。
  9. ↑ “民主・木内議員が離党届 輿石幹事長は慰留の方針”. 朝日新聞. (2012年4月2日). オリジナルの2012年4月5日時点におけるアーカイブ。
  10. ↑ “民主、木内・平山衆院議員の離党届を受理”. 読売新聞. (2012年5月8日). オリジナルの2012年5月10日時点におけるアーカイブ。
  11. ↑ “民主、2衆院議員の離党届受理”. 産経新聞. (2012年5月8日). オリジナルの2012年5月9日時点におけるアーカイブ。
  12. ↑ “木内・中島・横粂の元民主3議員、新会派結成”. 読売新聞. (2012年7月19日) 2012年7月19日閲覧。
  13. ↑ 木内たかたねブログ 2012-10-26 政策フォーラム「日本の選択」を設立しました。
  14. ↑ “木内氏が「生活」入り 小沢氏了承”. MSN産経ニュース (2012年11月20日). 2014年11月22日閲覧。
  15. ↑ 木内孝胤「新年を迎えて」『衆議院議員 木内たかたね オフィシャルサイト  » Blog Archive  » 新年を迎えて』2013年1月8日。
  16. ↑ “木内孝胤前衆議院議員に訊く都知事選細川護熙元総理擁立の裏話”. BigLife21-企業物語メディア-. (2014年11月17日) 2014年11月22日閲覧。
  17. ↑ 岩上安身. “【東京都知事選】殿を担ぐ異形の面々 〜細川陣営選対事務局長はタモガミ的な極右の「小泉チルドレン」、政策責任者は「小沢ポスター破り」で書類送検の過去”. 2014年11月22日閲覧。
  18. ↑ 衆議院議員 木内たかたね オフィシャルサイト » Blog Archive » 維新の党の公認に決定【衆議院解散 総選挙】
  19. ↑ 第47回衆議院議員総選挙第1次公認候補予定者発表のお知らせ|維新の党[リンク切れ]
  20. ↑ “民進・木内氏が離党届 「小池新党」との連携模索”. 日本経済新聞. (2017年8月18日)
  21. ↑ “民進木内氏が離党届提出 「小池新党」連携模索か”. 共同通信. (2017年8月18日)
  22. ↑ “民進党の木内孝胤衆院議員が離党届を提出 「日本ファーストの会」との連携模索か”. 産経新聞. (2017年8月18日)
  23. ↑ “民進 木内孝胤衆院議員が離党届を提出”. NHK. (2017年8月18日)
  24. ↑ “民進・木内氏が離党届提出…都議選後4人目に”. 読売新聞. (2017年8月18日)
  25. ↑ “民進党:木内衆院議員が離党届「政界再編目指す」”. 毎日新聞. (2017年8月18日)
  26. ↑ “民進党が横山、木内氏を除名処分 離党届受理せず”. 共同通信. (2017年8月23日). オリジナルの2017年8月23日時点におけるアーカイブ。 2017年8月23日閲覧。
  27. ↑ “横山、木内氏を除名=民進”. 時事通信. (2017年8月23日) 2017年8月23日閲覧。
  28. ↑ “民進党、横山博幸、木内孝胤氏を除名処分 離党届を受理せず”. 産経新聞. (2017年8月23日) 2017年8月23日閲覧。
  29. ↑ “民進 横山衆院議員と木内衆院議員を除籍処分に”. NHK. (2017年8月23日). オリジナルの2017年8月23日時点におけるアーカイブ。 2017年8月23日閲覧。
  30. ↑ “民進党:離党届提出の2人を除籍 議員辞職を勧告へ”. 毎日新聞. (2017年8月23日) 2017年8月23日閲覧。
  31. ↑ “小池都知事、「希望の党」代表に 「大義なき解散」と発言”. ロイター. (2017年9月25日) 2022年2月14日閲覧。
  32. ↑ “「希望の党」設立を届け出 国会議員は9人”. 日本テレビ. (2017年9月25日) 2022年2月9日閲覧。
  33. ↑ “小池氏、新党代表に 「原発ゼロ」「改憲」掲げる”. 東京新聞. (2017年9月26日) 2022年2月11日閲覧。
  34. ↑ “【衆院選】希望の党・第1次公認リスト(192人)”. 産経新聞. (2017年10月3日) 2017年10月12日閲覧。
  35. ↑ “選挙区 東京8区 2017 衆院選(開票速報) NHK選挙WEB”. 2017年10月23日閲覧。
  36. ↑ “衆院選挙区支部長8人を決定 維新”. 時事ドットコム. (2020年3月22日) 2020年3月22日閲覧。
  37. ↑ 木内孝胤ツイート - Twitter 2020年8月19日
  38. 1 2 “参院選2022 比例区の候補者一覧・開票結果”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社. 2022年7月11日閲覧。
  39. 1 2 “日本維新の会|第26回参院選|毎日新聞”. 毎日新聞デジタル. 毎日新聞社. 2022年7月11日閲覧。
  40. ↑ “代表取締役の異動(辞任)に関するお知らせ” (PDF). アジア開発キャピタル株式会社 (2022年7月22日). 2022年7月23日閲覧。
  41. ↑ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  42. 1 2 3 4 5 “2012衆院選 東京9区 木内 孝胤”. 毎日jp (毎日新聞社) 2014年12月19日閲覧。

外部リンク

先代
アンセム・ウォン
アジア開発キャピタル社長
2022年
次代
孫田夫