| さかえく 栄区 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 関東地方 | ||||||
| 都道府県 | 神奈川県 | ||||||
| 市 | 横浜市 | ||||||
| 市町村コード | 14115-1 | ||||||
| 面積 |
18.52km2 | ||||||
| 総人口 |
120,405人 [編集] (推計人口、2024年12月1日) | ||||||
| 人口密度 | 6,501人/km2 | ||||||
| 隣接自治体 隣接行政区 |
横浜市(磯子区、金沢区、戸塚区、港南区) 鎌倉市 | ||||||
| 区の花 | キク | ||||||
| 栄区役所 | |||||||
| 所在地 |
〒247-0005 神奈川県横浜市栄区桂町303-19(横浜市立本郷台小学校旧校舎跡地内) 北緯35度21分51.5秒 東経139度33分14.7秒 / 北緯35.364306度 東経139.554083度座標: 北緯35度21分51.5秒 東経139度33分14.7秒 / 北緯35.364306度 東経139.554083度 | ||||||
| 外部リンク | 横浜市栄区役所 | ||||||
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| ウィキプロジェクト | |||||||
栄区は横浜市の南部に位置し、東西に長く(東西約7km、南北約6km)、東は金沢区、磯子区、西は戸塚区、南は鎌倉市、北は港南区に接している。旧相模国鎌倉郡(一部が高座郡に属していたとする説もある)に属し古来より鎌倉とはゆかりの深い地域である。なお金沢区・磯子区との区境は武相国境[注釈 1]である。
区の中央を、かつてしばしば氾濫した㹨川(いたちがわ、「いたち」の表記は㹨)が東西に流れ、また西側を柏尾川が南北に流れて低地を形成し、その東側・南側を三浦半島に連なる丘陵地がとり囲むように広がる。柏尾川西岸を中心とした低地には工場、また丘陵地を造成した団地が多く、また丘陵地は市民の森という森林公園にもなっている。本郷台駅を中心に、いたち川沿いに広がる本郷地区と、西部の柏尾川沿いの豊田地区からなる。
交通の面では、区の北西地域をJR根岸線(京浜東北線)が横断し、また区の西部には柏尾川に沿って南北に東海道本線と横須賀線が縦断し東京あるいは小田原・横須賀方面と接続されている。区北部・南部に東西方向にそれぞれ環状3号道路と環状4号道路が通っている。
商業地は主に本郷台駅周辺と大船駅周辺。区役所や警察署など官公庁は本郷台駅周辺に集中している。南側の鎌倉市と接する部分にある大船の繁華街は横浜市栄区と鎌倉市の双方にまたがっており、大船駅のプラットフォームも横浜市栄区と鎌倉市の双方にまたがっている。
山林の面積は212haで、市域全体の約17.5%を占める。一方住宅地は市域の60.4%に過ぎず、横浜市全体と比較すると、宅地割合が少なく山林割合の多い地域である。
栄区地域の歴史は、縄文時代にまでさかのぼることができ、公田ジョウロ塚遺跡や桂台遺跡などがある[1]。古代には㹨川流域横穴墓群など、鎌倉型横穴墓をもつ横穴墓群の分布が特徴的であり、上郷深田遺跡では製鉄が行われた。鎌倉郡尺戸郷、荘園時代には山内荘が存在した。
いたち川は鎌倉時代には霊所とされ『吾妻鏡』に「㹨河」でお祓いをしたことが記述されている[2]。また小菅ヶ谷付近には宿場があり『徒然草』で知られる卜部兼好もこの付近に旅で来たらしく、『兼好家集』の中で「相模国いたち河という所にて、此の所の名を句の上にすえて旅の心を」と題して
相模国鎌倉郡であったため、特に、鎌倉時代には鎌倉幕府との結び付きが強く、流域の豊かな田園が食料生産を担い、古代から伝わる製鉄の技術とともに東北地方に対する軍事政策のうえで重要な役割を果たしていたと考えられており、笠間中央公園遺跡の鎌倉道など数多くの史跡が残されている。本郷台駅前付近には、鎌倉幕府第3代執権北条泰時の娘「小菅ヶ谷殿」の居館小菅ヶ谷殿館があったと伝わる。
区内の長尾台町は長尾氏発祥の地で長尾城跡があり、越後の戦国大名長尾景虎(後の上杉謙信)の父祖の地である。また、鎌倉が近いことから、中世の動乱期にたびたび戦場となっており、中村氏の一族、中村常宗が笠間に移り住み勢力を張った。金井には鎌倉氏の一派・金井氏が居住した。
戦前から戦後にかけて、小菅ヶ谷地区を中心に軍事施設の時代を経験する。1937年(昭和12年)には第一海軍燃料廠の建設が決定され、戦後の占領軍による接収は1967年(昭和42年)まで続いた。
明治時代から現代までの発展としては、1888年(明治21年)の大船駅の開業と翌年の横須賀線の開通による大船駅周辺の市街化と、1967年(昭和42年)の大船PX(占領軍物資倉庫群)返還以降の本郷台駅周辺の公共施設や高層住宅の建設、そして1960年代から1970年代(昭和40年代から50年代)にかけての丘陵地の大規模な住宅開発があげられる。その結果、現在の栄区域の人口は急増し、当時の戸塚区の人口も40万人を超えたため、住民サービスの低下を防ぐために戸塚区から栄区と泉区を分区した。栄区成立後は人口増加率が低下し、一時は人口減少状態となった、現在は再び増加基調に戻っている。
なお、1970年代半ばまでの本郷地区は、電話が横浜電話でなく鎌倉電話に含まれ、市外局番が他の市内と異なり市内へ掛けるのにも「045」をダイヤルしなければならなかった。
栄区は典型的な瑞祥地名である。
区名は公募により選定し、本郷、豊田の両地区の共栄を期し、新しい区として未来に向けて、大きく栄えていくことを祈願し、明るく、華やかなイメージのある、簡潔で語調もよい区名を決定した[7]。(公募時に「戸塚A区」とされていたので「A」→「栄(えい)」とされたという説もある。)応募数の順位を下記に示す。
| 順位 | 区名 |
|---|---|
| 1位 | 本郷区 |
| 2位 | 南戸塚区 |
| 3位 | 湘南区 |
| 4位 | 栄区 |
| 5位 | 大船区 |
| 6位 | 根岸区 |
| 7位 | 光区 |
| 8位 | 戸塚南区 |
| 9位 | 上郷区 |
| 10位 | 桂区 |
| 年 | 総数(人) | 1947年=1.00 |
|---|---|---|
| 1947年 | 11,659 | 1.00 |
| 1955年 | 13,852 | 1.19 |
| 1965年 | 30,304 | 2.60 |
| 1970年 | 50,170 | 4.30 |
| 1975年 | 75,862 | 6.51 |
| 1980年 | 104,192 | 8.94 |
| 1985年 | 118,029 | 10.12 |
| 1986年* | 119,263 | 10.23 |
| 1990年 | 123,766 | 10.62 |
| 1995年 | 122,904 | 10.54 |
| 2000年 | 118,315 | 10.15 |
| 2005年 | 123,802 | 10.62 |
| 2010年 | 124,866 | 10.71 |
| 2015年 | 120,194 | 10.31 |
出典:栄区ホームページ データでみる栄区(栄区統計要覧)(2024年)[8]
各年の人口は国勢調査による、10月1日時点の値。ただし、1986年のみ、分区時の11月3日。
栄区内では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。
| 町名 | 町名の読み | 設置年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施直前の町名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 上郷町 | かみごうちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 公田町 | くでんちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 中野町 | なかのちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 鍛冶ケ谷町 | かじがやちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 鍛冶ケ谷一丁目 | かじがや | 1996年10月21日 | 1996年10月21日 | 鍛冶ケ谷町、上郷町、中野町の各一部 | |
| 鍛冶ケ谷二丁目 | 1996年10月21日 | 2001年10月22日 | 鍛冶ケ谷町、上郷町、中野町の各一部、鍛冶ケ谷町の一部 | ||
| 小菅ケ谷町 | こすがやちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 小菅ケ谷一丁目 | こすがや | 1994年9月26日 | 1994年9月26日 | 笠間町、桂町、公田町、飯島町、小菅ケ谷町、中野町の各一部 | |
| 小菅ケ谷二丁目 | 1994年9月26日 | 1994年9月26日 | 笠間町、桂町、公田町、飯島町、小菅ケ谷町、中野町の各一部 | ||
| 小菅ケ谷三丁目 | 1995年10月16日 | 1995年10月16日 | 鍛冶ケ谷町、小菅ケ谷町の各一部 | ||
| 小菅ケ谷四丁目 | 1996年10月21日 | 1996年10月21日 | 小菅ケ谷町、小山台一丁目の各一部 | ||
| 桂町 | かつらちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 笠間町 | かさまちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 笠間一丁目 | かさま | 2000年10月23日 | 2000年10月23日 | 笠間町の一部 | |
| 笠間二丁目 | 2000年10月23日 | 2000年10月23日 | 笠間町の一部 | ||
| 笠間三丁目 | 2000年10月23日 | 2000年10月23日 | 笠間町の一部 | ||
| 笠間四丁目 | 2000年10月23日 | 2000年10月23日 | 笠間町の一部 | ||
| 笠間五丁目 | 2000年10月23日 | 2000年10月23日 | 笠間町の一部 | ||
| 長尾台町 | ながおだいちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 田谷町 | たやちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 金井町 | かないちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 飯島町 | いいじまちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 長沼町 | ながぬまちょう | 1939年4月1日 | 未実施 | ||
| 本郷台一丁目 | ほんごうだい | 1989年8月21日 | 1989年8月21日 | 飯島町、上郷町、小菅ケ谷町の各一部 | |
| 本郷台二丁目 | 1989年8月21日 | 1989年8月21日 | 飯島町、上郷町、小菅ケ谷町の各一部 | ||
| 本郷台三丁目 | 1989年8月21日 | 1989年8月21日 | 飯島町、上郷町、小菅ケ谷町の各一部 | ||
| 本郷台四丁目 | 1989年8月21日 | 1989年8月21日 | 飯島町、上郷町、小菅ケ谷町の各一部 | ||
| 本郷台五丁目 | 1989年8月21日 | 1989年8月21日 | 飯島町、上郷町、小菅ケ谷町の各一部 | ||
| 若竹町 | わかたけちょう | 1973年6月11日 | 1973年6月11日 | 中野町、上郷町の各一部 | |
| 元大橋一丁目 | もとおおはし | 1973年6月11日 | 1973年6月11日 | 鍛冶ケ谷町、中野町、上郷町の各一部 | |
| 元大橋二丁目 | 1973年6月11日 | 1973年6月11日 | 鍛冶ケ谷町、中野町、上郷町の各一部 | ||
| 庄戸一丁目 | しょうど | 1982年7月19日 | 1982年7月19日 | 上郷町の一部 | |
| 庄戸二丁目 | 1982年7月19日 | 1982年7月19日 | 上郷町の一部 | ||
| 庄戸三丁目 | 1982年7月19日 | 1982年7月19日 | 上郷町の一部 | ||
| 庄戸四丁目 | 1982年7月19日 | 1982年7月19日 | 上郷町の一部 | ||
| 庄戸五丁目 | 1982年7月19日 | 1982年7月19日 | 上郷町の一部 | ||
| 長倉町 | ながくらちょう | 1982年7月19日 | 1982年7月19日 | 上郷町の一部 | |
| 東上郷町 | ひがしかみごうちょう | 1982年7月19日 | 1982年7月19日 | 上郷町の一部 | |
| 犬山町 | いのやまちょう | 1983年7月18日 | 1983年7月18日 | 上郷町の一部 | |
| 尾月 | おづき | 1983年7月18日 | 1983年7月18日 | 上郷町の一部 | |
| 上之町 | かみのちょう | 1983年7月18日 | 1983年7月18日 | 上郷町の一部 | |
| 亀井町 | かめいちょう | 1984年7月23日 | 1984年7月23日 | 上郷町の一部 | |
| 野七里一丁目 | のしちり | 1984年7月23日 | 1984年7月23日 | 上郷町の一部 | |
| 野七里二丁目 | 1984年7月23日 | 1984年7月23日 | 上郷町の一部 | ||
| 小山台一丁目 | こやまだい | 1994年9月26日 | 1994年9月26日 | 小菅ケ谷町の一部 | |
| 小山台二丁目 | 1994年9月26日 | 1994年9月26日 | 小菅ケ谷町の一部 | ||
| 柏陽 | はくよう | 1995年10月16日 | 1995年10月16日 | 鍛冶ケ谷町、桂町、上郷町、公田町、小菅ケ谷町、中野町の各一部 | |
| 桂台北 | かつらだいきた | 1998年10月19日 | 1998年10月19日 | 上郷町、公田町、中野町の各一部 | |
| 桂台中 | かつらだいなか | 1998年10月19日 | 1998年10月19日 | 上郷町、公田町の各一部 | |
| 桂台西一丁目 | かつらだいにし | 1998年10月19日 | 1998年10月19日 | 上郷町、公田町、中野町の各一部 | |
| 桂台西二丁目 | 1998年10月19日 | 1998年10月19日 | 上郷町、公田町、中野町の各一部 | ||
| 桂台東 | かつらだいひがし | 1998年10月19日 | 1998年10月19日 | 上郷町の一部 | |
| 桂台南一丁目 | かつらだいみなみ | 1998年10月19日 | 1998年10月19日 | 上郷町、公田町の各一部 | |
| 桂台南二丁目 | 1998年10月19日 | 1998年10月19日 | 上郷町、公田町の各一部 |
栄区の完全失業率は、18区中5番目に高く、1995年(平成7年)と比べ2000年(平成12年)度では0.6ポイント上昇している。第3次産業が、事業所数・従業者数ともに全体の約75%を占める。
| 産業 | 総数(人) | 男 | 女 | 構成比(%) |
|---|---|---|---|---|
| 第一次産業 | 330 | 200 | 130 | 0.57 |
| 第二次産業 | 14,120 | 11,273 | 2,847 | 24.48 |
| 第三次産業 | 42,241 | 23,944 | 18,297 | 73.23 |
| 商店総数 | 従業者数(人) | 年間商品販売額(百万円) | |
|---|---|---|---|
| 横浜市全体 | 29,420 | 256,793 | 9,677,412 |
| 栄区 | 590 | 4,935 | 125,739 |
横浜市営バスは2006年3月26日をもって区内の138系統・139系統を神奈川中央交通に譲渡し、これにより区内の一般路線はなくなった。
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PQS A91