馬出 | |
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九州大学馬出キャンパス | |
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| 北緯33度36分44.2秒 東経130度25分07.4秒 / 北緯33.612278度 東経130.418722度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 区 | 東区 |
| 面積 | |
| • 合計 | 108.80 ha |
| 人口 (2022年9月末現在) | |
| • 合計 | 10,124人 |
| 等時帯 | UTC+9 (JST) |
| 郵便番号 |
812-0054 |
| 市外局番 | 092 (福岡MA) |
| ナンバープレート | 福岡 |
馬出(まいだし)は、福岡市東区の町名。現行の行政地名は、馬出一丁目から六丁目まで[1]。面積は108.80ヘクタール[2]。2022年9月末日現在の人口は10,124人、世帯数は6,634世帯[3]。郵便番号812-0054[4]。

福岡市の都心部とされる中央区天神等の北東約3キロメートル、東区の南端、筥崎宮の南西に位置する。北西で国道3号を挟んで東浜と、北東で箱崎、筥松、郷口町及び社領と、南東で吉塚及び吉塚本町と、南西で博多区東公園及び千代と隣接する。町内の土地利用については、主な施設として九州大学病院が所在する。
教育機関としては旧帝大の九州大学医学部、歯学部、薬学部をはじめとして、博多女子中学校・高等学校、福岡市立福岡中学校、福岡市立馬出小学校、認可保育園夢の木保育園が存在する。このほか九州大学生体防御医学研究所、附属感染防御研究センター、遺伝情報実験センターなどの研究機関が位置し全体として文教地区を形成する。
また保育施設(杉の子保育園、ひまわり保育園)のほか育児サークルとして「メリーゴーランド」(馬出会館)、「どんぐりらんど」(東市民センター)、子育て交流サロンとして「SUNさんサロン」などの活動も活発で、子育て世帯の人気が高い。
東公園[注釈 1]、馬出緑地、九大キャンパス、筥崎宮花庭園など緑地も多くガーデンシティとしても知られる。都市の一人当たりの公園面積においては福岡市は全国で上位に位置し[7]、とりわけ教育・研究施設が面積の多くを占め、人口密度の小さい馬出地区は一人当たりの公園面積で全国有数を誇る[注釈 2][注釈 3] 。
博多が国際都市として発展してきた歴史的経緯から外国人の居住も見られ、インターナショナル・スクールも存在する。ショッピングモールとして国道3号を挟んで隣接する東浜に衣食住140の専門店を含むゆめタウン博多[注釈 4]が存在し、休日には近隣地域から訪れる人も少なくない。
地区内に12の医療機関が存在し、一人当たりの医師、看護師、病床数において全国平均を遥かに上回る値を誇っている[注釈 5]。
上記のような恵まれた教育・医療・福祉・衣食住のインフラストラクチャーの充実、治安や居住環境の良さ[注釈 6]から近年「住んでみたい街」として注目されつつあり、高層の集合住宅の建設が進んでいる[6]。
都市計画に関しては、「福岡市都市計画マスタープラン」[9]において定められた方針については次のとおりである。交通ネットワークとして都市の骨格となる国道3号の沿道や幹線道路である福岡直方線や浜新建堅粕線(「妙見通り」)の沿道は、商業、業務、サービス施設や中高層住宅などが連続した「都市軸」や「沿道軸」に位置付けられている。宇美川(多々良川の支流)の河川沿いが散策・憩いの場となるとともに、緑と広がりのある景観が連続したゆとりと潤いのある水辺空間として「河川緑地軸」に位置付けられている。九州大学医学部や九州大学病院を含むゾーンは大規模施設が立地するゾーンとされている。九州大学等の周辺に接するゾーンは、戸建住宅などの低層住宅が大部分を占めるが、一部中高層住宅などが立地する「低中層住宅ゾーン」に位置付けられ、低層住宅と中層住宅の調和、狭隘道路の改善などがまちづくりの視点とされている。九州旅客鉄道(JR九州)の鹿児島本線及び篠栗線の東側に位置する馬出六丁目は、工場や倉庫、事業所などの工業系の施設と住宅が立地する「住工共存ゾーン」に位置付けられ、狭隘道路の改善、良好な市街地環境の保全・形成などがまちづくりの視点とされている。用途地域については次のとおりである[10]。福岡直方線、吉塚停車場線及び浜新建堅粕線(妙見通り)の道路境界線から概ね30メートルの範囲は商業地域に指定されている。馬出東浜線の道路境界線から概ね50メートルの範囲は第二種住居地域に指定されている。国道3号の道路中心線から東側で「馬出緑地」(西鉄福岡市内線跡)等に挟まれた範囲及び馬出六丁目のうち篠栗線の東側の範囲は準工業地域に指定されている。これら以外の範囲は第一種住居地域に指定されている。風致地区[注釈 7]については、筥崎宮の参道に面した範囲が指定されており[11]、造成や建築などを行うときには一定の制限がある。地区計画については、馬出一丁目の一部約0.5ヘクタールの範囲について「馬出一丁目地区」が定められており、計画的な機能更新により、教育機能及び居住機能の共存した土地利用を誘導し、歩行者空間や広場などのオープンスペースの創出することにより、良好な市街地環境の形成を図ることを目標とし、さらに建築物等に関する制限が加えられている。また、東区馬出一丁目、馬出五丁目、馬出六丁目、箱崎一丁目、箱崎三丁目、箱崎六丁目、筥松二丁目、筥松三丁目及び筥松四丁目の各一部並びに博多区吉塚本町の一部約28.0ヘクタールの範囲について「筥崎土地区画整理地区」が定められており、箱崎地区は商業、業務等の土地利用のための「商業ゾーン」として、駅前及び幹線道路沿いにふさわしい良好な施設の立地誘導を図ることを目標とし、建築物等に関する制限が加えられている[12]。

鎌倉時代の元寇の際、海に面していたこの地は文永の役(1274年)で元軍の被害を受け、そののち防塁が馬出にも築かれた。
海岸一帯は松原であった。九州征伐を終えた豊臣秀吉がここに陣を置き、千利休に命じて天正15年(1587年)に野点をおこなった。利休が茶釜を掛けたとされる松(利休釜掛松)が現存する。
江戸時代までにこの地は曲物や屋根の葺き板を作る家が多くあった。これは三方などの筥崎宮の祭具を作っていたことにちなむ。
明治になり、賛生館の流れを汲む福岡県立福岡病院を母体に1903年京都帝国大学の分科大学として福岡医科大学が設置された。その後九州帝国大学医学部および付属病院が設置され、戦後には九州大学に至り、カレッジタウンとして殷賑してきた。
| 住居表示実施後 | 実施年月日 | 住居表示実施前(各大字・町名ともその一部) |
|---|---|---|
| 馬出一丁目から馬出六丁目 | 1974年(昭和49年) | 大学前1丁目 - 2丁目・大字馬出・大字堅粕・大字金平 |
馬出一丁目から馬出六丁目まで合わせた人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[3]に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。
幼稚園については次の通り。
史跡
指定文化財
主な幹線道路は次の通り。
国道は次の通り。
県道は次の通り。括弧内は福岡市道路愛称等。
市道は次の通り。
鉄道については、福岡市交通局が運営する地下鉄の福岡市地下鉄箱崎線が地区の北側に通っており、次の駅がある。
なお、馬出三丁目の南西端からは次の駅のほうが近い。
また、九州旅客鉄道(JR九州)の鹿児島本線及び篠栗線が町内を通っており、町外であるが、最寄りの駅は次のとおりである。
なお、馬出の北部の一部からは次の駅のほうが近い。
バスについては、西日本鉄道株式会社が運営する西鉄バスが運行しており、次の停留所がある[27]。
なお、「馬出通り」沿いは西鉄福岡市内線貫線の廃線跡を転用したバス専用道路(馬出4586号線、馬出4587号線及び馬出4588号線)となっている。
また、JR九州バス株式会社が運営するJRバスの直方線[注釈 27]も運行しており、次の停留所がある[28]。
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