1794年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代 1810年代 |
| 年: | 1791年 1792年 1793年 1794年 1795年 1796年 1797年 |
1794年(1794 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、水曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]


- 2月4日 - フランス革命:国民公会が全植民地における黒人奴隷制廃止を宣言。これを受け、仏領サン=ドマング(現ハイチ)でハイチ革命を指導していたトゥーサン・ルーヴェルチュール率いる黒人反乱軍がフランス共和政軍に合流[1]。
- 3月14日 - 米国のイーライ・ホイットニーが綿繰り機の特許を取得。産業革命期の原綿需要と連動し、南部のプランテーション拡大と黒人奴隷制の固定化をもたらす[2]。
- 3月24日 - アメリカ独立戦争に従軍したタデウシュ・コシチュシュコの主導でコシチュシュコの蜂起が勃発(第二次ポーランド分割への抵抗運動。11月鎮圧、翌年の第三次ポーランド分割・国家消滅へ)[3]。
- 3月 - 4月 - フランス革命:ロベスピエールらジャコバン派政権が、急進派のエベール派(3月24日)と寛容派のダントンら(4月5日)を処刑し独裁を強化[4][5]。
- 3月29日 - フランス革命:潜伏中に『人間精神進歩の歴史』を著した啓蒙思想家コンドルセが、獄中で服毒自殺[6]。
- 5月(新暦5月29日以降) - 寛政の改革期、浮世絵師・東洲斎写楽が版元蔦屋重三郎からデビュー。江戸三座の役者絵28図(大首絵)を出版[7]。
- 5月8日 - フランス革命:質量保存の法則を打ち立てた化学者ラヴォアジエが、旧体制下の徴税請負人であった罪でギロチン刑に処される[8]。
- 6月1日 - プロイセン王国で啓蒙絶対主義法典プロイセン一般ラント法(ALR)が施行[9]。
- 6月10日(プレリアール22日) - フランス革命:プレリアール22日法制定。革命裁判の簡略化や弁護・予備尋問の廃止により恐怖政治が頂点に達する[10]。
- 6月26日 - フランス革命:フルーリュスの戦い。フランス軍が第一次対仏大同盟軍を破り優勢を確立。対外危機緩和が恐怖政治打倒の契機となる。
- 7月25日 - フランス革命:詩人アンドレ・シェニエが反革命容疑で刑死[11]。
- 7月27日(テルミドール9日) - フランス革命:テルミドールのクーデター。ロベスピエールやサン=ジュストらが失脚・逮捕され、恐怖政治が終焉。穏健共和派主導となり、翌年の共和暦3年憲法制定と総裁政府樹立へ向かう[12][13]。
- 11月(寛政6年11月) - 蘭学者桂川甫周が、ロシアから帰還した漂流民大黒屋光太夫の聴取録『北槎聞略』を幕府に上呈[14]。
- ドイツ観念論の哲学者フィヒテが『全知識学の基礎』を刊行[15]。
誕生
[編集]→「Category:1794年生」も参照
- 2月8日 - フリードリープ・フェルディナント・ルンゲ[16]、ドイツの化学者(+ 1867年)
- 2月21日 - アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ[17]、メキシコの軍人、大統領(+ 1876年)
- 4月9日 - テオバルト・ベーム[18][19]、ドイツのフルート奏者、フルート製作者(+ 1881年)
- 4月10日 - マシュー・ペリー[20]、アメリカ海軍の提督、黒船来航を指揮(+ 1858年)
- 4月11日 - エドワード・エヴァレット[21]、アメリカ合衆国国務長官(+ 1865年)
- 4月23日(乾隆59年3月24日)- 魏源[22]、清の思想家(+ 1856年)
- 5月23日 - イグナーツ・モシェレス[23]、チェコ生まれのドイツのピアニスト(+ 1870年)
- 5月24日 - ウィリアム・ヒューウェル[24]、イギリスの科学哲学者(+ 1866年)
- 5月27日 - コーネリアス・ヴァンダービルト[25]、アメリカの実業家(+ 1877年)
- 5月29日 - ヨハン・ハインリッヒ・メドラー[26]、ドイツの天文学者(+ 1874年)
- 6月7日 - ピョートル・チャーダーエフ[27][28]、ロシアの思想家(+ 1856年)
- 7月19日(寛政6年6月23日)- 水野忠邦[29]、日本・江戸幕府の老中、天保の改革を主導(+ 1851年)
- 7月29日 - トマス・コーウィン[30]、アメリカ合衆国財務長官(+ 1865年)
- 8月15日 - エリーアス・フリース[31]、スウェーデンの菌類・植物学者(+ 1878年)
- 8月15日(寛政6年7月20日)- 栗原信充[32]、故実家(+ 1871年)
- 10月7日 - ヴィルヘルム・ミュラー[33]、ドイツの詩人(+ 1827年)
- 11月3日 - ウィリアム・カレン・ブライアント[34]、アメリカの詩人、ジャーナリスト(+ 1878年)
- 月日不詳 - 千葉周作[35]、剣客、北辰一刀流の開祖(+ 1856年)
- 月日不詳 - 矢部定謙[36]、旗本、南町奉行(+ 1842年)
死去
[編集]→「Category:1794年没」も参照
- 1月8日 - ユストゥス・メーザー[37]、ドイツの法学者、歴史家(* 1720年)
- 1月10日 - ゲオルク・フォルスター[38]、ドイツ啓蒙主義の博物学者(* 1754年)
- 1月16日 - エドワード・ギボン[39]、イギリスの歴史家、『ローマ帝国衰亡史』著者(* 1737年)
- 2月10日 - ジャック・ルー[40]、フランスの革命政治家(* 1752年)
- 2月22日 - カスパー・ヴォルフ[41]、ドイツの解剖学者、発生学創始者の一人(* 1733年)
- 3月24日 - ジャック・ルネ・エベール[42]、フランス革命期の活動家(* 1757年)[43]
- 3月29日 - ニコラ・ド・コンドルセ[44]、フランスの数学者、啓蒙思想家(* 1743年)
- 4月5日 - ジョルジュ・ダントン[45]、フランス革命指導者、ジャコバン派右派(* 1759年)
- 4月5日 - カミーユ・デムーラン[46]、フランスのジャーナリスト、政治家(* 1760年)
- 4月22日 - クレティアン=ギヨーム・ド・ラモワニョン・ド・マルゼルブ[47]、フランスの政治家、ルイ16世の弁護人(* 1721年)
- 4月27日 - ウィリアム・ジョーンズ[48]、イギリスの言語学者、印欧語族の発見者(* 1746年)
- 5月8日 - アントワーヌ・ラヴォアジエ[49]、フランスの化学者、「質量保存の法則」を確立(* 1743年)
- 6月19日 - リチャード・ヘンリー・リー[50]、アメリカの政治家、アメリカ独立宣言の発議者(* 1732年)
- 6月27日 - ヴェンツェル・アントン・フォン・カウニッツ[51][52]、オーストリアの政治家、外交革命を主導(* 1711年)
- 7月17日 - ジョン・ローバック[53]、イギリスの化学者、工業家(* 1718年)
- 7月25日 - アンドレ・シェニエ[54]、フランスの詩人(* 1762年)
- 7月28日 - マクシミリアン・ロベスピエール[55]、フランス革命ジャコバン派の指導者(* 1758年)
- 7月28日 - ルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュスト[56]、フランスの政治家、ロベスピエールの側近(* 1767年)
- 8月1日(寛政6年7月6日) - 閑院宮典仁親王[57]、光格天皇の父(* 1733年)
- 8月12日(寛政6年7月17日)- 本木良永[58]、オランダ通詞、地動説を日本に紹介(* 1735年)
- 11月28日 - チェーザレ・ベッカリーア[59]、イタリアの法学者、『犯罪と刑罰』著者(* 1738年)
- 11月28日 - フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・シュトイベン[60]、プロイセン王国の軍人、アメリカ独立戦争で大陸軍を訓練(* 1730年)
- 12月12日(乾隆59年11月20日) - 汪中[61]、清の学者(* 1745年)
- 月日不詳 - ルトフ・アリー・ハーン[62]、イランのザンド朝最後の君主(* 生年不詳)
脚注
[編集]出典
[編集]- ↑ 『奴隷廃止運動』 - コトバンク
- ↑ 『ホイットニー』 - コトバンク
- ↑ 『コシチューシコ』 - コトバンク
- ↑ 『エベール』 - コトバンク
- ↑ 『ダントン』 - コトバンク
- ↑ 『コンドルセ』 - コトバンク
- ↑ 『東洲斎写楽』 - コトバンク
- ↑ 『ラボアジェ』 - コトバンク
- ↑ 『プロイセン一般ラント法』 - コトバンク
- ↑ 『恐怖政治』 - コトバンク
- ↑ 『シェニエ』 - コトバンク
- ↑ 『テルミドールの反動』 - コトバンク
- ↑ 『テルミドール9日』 - コトバンク
- ↑ 『北槎聞略』 - コトバンク
- ↑ 『フィヒテ』 - コトバンク
- ↑ 『ルンゲ』 - コトバンク
- ↑ 『サンタ・アナ』 - コトバンク
- ↑ 『ベーム』 - コトバンク
- ↑ Theobald-Boehm - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ペリー』 - コトバンク
- ↑ Edward-Everett - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『魏源』 - コトバンク
- ↑ 『モシェレス』 - コトバンク
- ↑ 『ヒューエル』 - コトバンク
- ↑ 『バンダービルト』 - コトバンク
- ↑ Johann-Heinrich-von-Madler - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『チャーダーエフ』 - コトバンク
- ↑ 『チャアダーエフ』 - コトバンク
- ↑ 『水野忠邦』 - コトバンク
- ↑ Thomas-Corwin - ブリタニカ百科事典
- ↑ Elias-Fries - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『栗原信充』 - コトバンク
- ↑ 『ミュラー』 - コトバンク
- ↑ 『ブライアント』 - コトバンク
- ↑ 『千葉周作』 - コトバンク
- ↑ 『矢部定謙』 - コトバンク
- ↑ 『メーザー』 - コトバンク
- ↑ 『フォルスター』 - コトバンク
- ↑ 『ギボン』 - コトバンク
- ↑ 『ルー』 - コトバンク
- ↑ 『ウォルフ』 - コトバンク
- ↑ 『エベール』 - コトバンク
- ↑ セレスタン・ギタール著 レイモン・オベール編 河盛好蔵監訳『フランス革命下の一市民の日記』中央公論社、昭和55年2月15日、p.187.
- ↑ 『コンドルセ』 - コトバンク
- ↑ 『ダントン』 - コトバンク
- ↑ 『デムーラン』 - コトバンク
- ↑ Chretien-Guillaume-de-Lamoignon-de-Malesherbes - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ジョーンズ』 - コトバンク
- ↑ 『ラボアジェ』 - コトバンク
- ↑ 『リー』 - コトバンク
- ↑ 『カウニッツ』 - コトバンク
- ↑ Wenzel-Anton-von-Kaunitz - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ローバック』 - コトバンク
- ↑ 『シェニエ』 - コトバンク
- ↑ 『ロベスピエール』 - コトバンク
- ↑ 『サンジュスト』 - コトバンク
- ↑ 『典仁親王』 - コトバンク
- ↑ 『本木良永』 - コトバンク
- ↑ 『ベッカリーア』 - コトバンク
- ↑ Baron-von-Steuben - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『汪中』 - コトバンク
- ↑ Lotf-Ali-Khan-Zand - ブリタニカ百科事典