1795年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代 1810年代 |
| 年: | 1792年 1793年 1794年 1795年 1796年 1797年 1798年 |
1795年(1795 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、木曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]

- 1月1日(寛政6年閏11月11日) - 江戸の蘭学者大槻玄沢が、家塾芝蘭堂で太陽暦の新年を祝う「新元会」(通称:オランダ正月)を初めて開催。蘭学者や文化人(桂川甫周やロシアから帰国した大黒屋光太夫ら)が集う場となる[1][2]。
- 1月19日 - フランス軍の侵入に伴いオランダでバタヴィア革命が勃発し、世襲総督ウィレム5世がイギリスへ亡命。フランスの衛星国であるバタヴィア共和国が成立[3]。
- 4月5日 - フランス共和国とプロイセン王国の間でバーゼルの和約が締結。プロイセンがライン左岸の割譲を事実上認め、第一次対仏大同盟から離脱(プロイセンは東方のポーランド分割へ軍事・外交勢力を集中)[4]。
- 7月22日 - フランスとスペイン(ボルボン朝)の間で第二次バーゼルの和約が締結。スペインがイスパニョーラ島東部(サントドミンゴ)を割譲して第一次対仏大同盟から離脱[4]。
- 8月22日 - フランスの国民公会で1795年憲法(共和暦第3年憲法)が採択。テルミドールのクーデタ後の反動として男子普通選挙(1793年憲法)が破棄されて財産資格選挙制が復活し、独裁防止のため五百人会・元老院の二院制および5人の総裁による厳格な権力分立を規定[5]。
- 9月〜10月(秋) - プロイセンの哲学者イマヌエル・カントが『永遠平和のために』を刊行(ライプツィヒの書籍見本市に合わせて出版)。同年のバーゼルの和約などを背景に、常備軍の全廃、全国家の共和制化、自由な国家連合による国際平和機構の創設を提唱(後の国際連盟や国際連合の思想的源流)[6]。
- 10月5日 - フランスでヴァンデミエールの反乱(王党派による武装蜂起)が勃発、ポール・バラスの命を受けた副官ナポレオン・ボナパルトが大砲を用いて鎮圧し、軍指導者としての名声を確立[7]。
- 10月15日(乾隆60年9月3日) - 清の乾隆帝が上諭を下し、祖父康熙帝の在位年数(61年)を超えないよう皇第十五子顒琰(嘉慶帝)を皇太子に立て、翌年元日をもって譲位して太上皇となることを布告[8]。
- 10月24日 - サンクトペテルブルクで、ロシア帝国・プロイセン王国・オーストリアの間で第3次ポーランド分割の分割境界に関する最終協定が調印(前年のコシューシコによる蜂起鎮圧を受けたもの。普がワルシャワ、墺がクラクフ、露がリトアニア・クールラントなどを獲得)。11月25日に国王スタニスワフ2世アウグストが退位し、ポーランド・リトアニア共和国が完全に消滅[9]。
- 10月26日 - フランスで国民公会が解散[10]。
- 11月2日 - フランスで5人の総裁(ポール・バラスら)からなる総裁政府が発足[11]。
- 12月24日(寛政7年11月14日) - 江戸幕府(老中松平定信失脚後の寛政の遺老期)が大坂の天文学者高橋至時を天文方に登用(同時に同門の豪商・天文学者間重富も幕府御用手伝として招聘)。大坂の麻田剛立の学問を受け継ぎ、西洋天文学(『暦象考成後編』など)を採り入れた「寛政暦」への改暦事業に着手(同年に弟子入りした伊能忠敬の全国測量事業支援にもつながる)[12][13]。
誕生
[編集]→「Category:1795年生」も参照
- 1月15日 - アレクサンドル・グリボエードフ[14]、ロシアの劇作家、外交官(+ 1829年)
- 1月18日 - アンナ・パヴロヴナ、オランダ王ヴィレム2世の妃(+ 1865年)
- 2月3日 - アントニオ・ホセ・デ・スクレ[15]、ベネズエラの革命指導者、第2代ボリビア大統領(+ 1830年)
- 2月20日(寛政7年1月2日)- 坪井信道[16]、蘭方医(+ 1848年)
- 3月1日(寛政7年1月11日)- 浦元襄(浦靱負[17])、長州藩士(+ 1870年)
- 3月26日(寛政7年2月6日)- 黒田斉清[18]、第10代福岡藩主(+ 1856年)
- 4月19日 - クリスチャン・ゴットフリート・エーレンベルク[19]、ドイツの生物学者(+ 1876年)
- 5月10日 - オーギュスタン・ティエリ[20][21]、フランスの歴史家(+ 1856年)
- 5月13日 - パヴェル・ヨゼフ・シャファーリク[22]、スロバキアの学者、詩人(+ 1861年)
- 6月13日 - トーマス・アーノルド[23]、イギリスの教育家(+ 1842年)
- 6月24日 - エルンスト・ヴェーバー[24]、ドイツの生理学者、解剖学者(+ 1878年)
- 7月22日 - ガブリエル・ラメ[25]、フランスの数学者(+ 1870年)
- 8月16日 - ハインリヒ・マルシュナー[26]、ドイツの作曲家(+ 1861年)
- 9月17日 - サヴェリオ・メルカダンテ[27]、イタリアの作曲家(+ 1870年)
- 9月29日 - コンドラチイ・ルイレーエフ[28]、ロシアの詩人、デカブリスト(+ 1826年)
- 10月15日 - フリードリヒ・ヴィルヘルム4世[29]、プロイセン王(+ 1861年)
- 10月31日 - ジョン・キーツ[30]、イギリスの詩人(+ 1821年)
- 11月2日 - ジェームズ・ポーク[31]、第11代アメリカ合衆国大統領(+ 1849年)
- 12月3日 - ローランド・ヒル[32]、イギリス郵便制度の改革者(+ 1879年)
- 12月4日 - トーマス・カーライル[33]、イギリスの評論家、歴史家(+ 1881年)
- 12月8日 - ペーター・ハンゼン[34]、デンマークの天文学者(+ 1874年)
- 12月21日 - レオポルト・フォン・ランケ[35]、ドイツの歴史家(+ 1886年)
- 月日不詳
死去
[編集]→「Category:1795年没」も参照
- 1月3日 - ジョサイア・ウェッジウッド[39]、イギリスの陶芸家、事業家、ウェッジウッド社の創設者(* 1730年)
- 1月26日 - ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・バッハ[40]、ドイツの作曲家(* 1732年)
- 2月27日 - フランシス・マリオン[41]、アメリカ独立戦争期のサウスカロライナ民兵准将(* 1732年頃)
- 2月27日(寛政7年1月9日)- 2代目谷風梶之助[42]、大相撲第4代横綱(* 1750年)
- 5月7日 - アントワーヌ・フーキエ=タンヴィル[43]、フランス革命期の法律家(* 1746年)
- 5月19日 - ジェイムズ・ボズウェル[44]、スコットランド出身の弁護士(* 1740年)
- 5月19日 - ジョサイア・バートレット[45]、アメリカの政治家、医師(* 1729年)
- 6月8日 - ルイ17世[46]、フランス国王ルイ16世とマリー・アントワネットの次男(* 1785年)
- 6月26日(寛政7年5月10日) - 長谷川宣以(長谷川平蔵[47])、旗本・火付盗賊改役、『鬼平犯科帳』主人公のモデル(* 1745年)
- 7月31日 - グリゴリー・シェリホフ[48]、ロシアの毛皮商人、探検家(* 1747年)
- 8月26日 - カリオストロ[49]、イタリアの詐欺師・錬金術師(* 1743年)
- 8月31日 - フランソワ=アンドレ・ダニカン・フィリドール[50]、フランスの作曲家、チェスプレーヤー(* 1726年)
- 8月31日(寛政7年7月17日)- 円山応挙[51]、絵師(* 1733年)
- 11月6日 - ゲオルク・ベンダ[52]、ドイツの作曲家(* 1722年)
- 12月23日 - ヘンリー・クリントン[53]、アメリカ独立戦争期のイギリス軍北アメリカ総司令官(* 1730年?)
- 月日不詳 - 河竹新七(初代)[54]、歌舞伎脚本作者(* 1746年)
脚注
[編集]注釈
出典
- ↑ 『芝蘭堂』 - コトバンク
- ↑ 『オランダ正月』 - コトバンク
- ↑ 『バタビア共和国』 - コトバンク
- 1 2 『ばーぜるの和約』 - コトバンク
- ↑ 『フランス,95年憲法』 - コトバンク
- ↑ 『カント』 - コトバンク
- ↑ 『ナポレオン』 - コトバンク
- ↑ 『乾隆帝』 - コトバンク
- ↑ 『ポーランド分割』 - コトバンク
- ↑ 『国民公会』 - コトバンク
- ↑ 『総裁政府』 - コトバンク
- ↑ 『高橋至時』 - コトバンク
- ↑ 『寛政暦』 - コトバンク
- ↑ 『グリボエードフ』 - コトバンク
- ↑ 『スクレ』 - コトバンク
- ↑ 『坪井信道』 - コトバンク
- ↑ 『浦靱負』 - コトバンク
- ↑ 『黒田斉清』 - コトバンク
- ↑ 『エーレンベルク』 - コトバンク
- ↑ 『ティエリー』 - コトバンク
- ↑ 『チエリ』 - コトバンク
- ↑ 『シャファーリク』 - コトバンク
- ↑ 『アーノルド』 - コトバンク
- ↑ 『ウェーバー』 - コトバンク
- ↑ 『ラメ』 - コトバンク
- ↑ 『マルシュナー』 - コトバンク
- ↑ Saverio-Mercadante - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ルイレーエフ』 - コトバンク
- ↑ 『フリードリヒウィルヘルム』 - コトバンク
- ↑ 『キーツ』 - コトバンク
- ↑ 『ポーク』 - コトバンク
- ↑ 『ヒル』 - コトバンク
- ↑ 『カーライル』 - コトバンク
- ↑ 『ハンセン』 - コトバンク
- ↑ 『ランケ』 - コトバンク
- ↑ 『浮田一蕙』 - コトバンク
- ↑ 『永楽保全』 - コトバンク
- ↑ 『黒沢翁満』 - コトバンク
- ↑ 『ウェッジウッド』 - コトバンク
- ↑ Johann-Christoph-Friedrich-Bach - ブリタニカ百科事典
- ↑ Francis-Marion - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『谷風梶之助』 - コトバンク
- ↑ Antoine-Quentin-Fouquier-Tinville - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ボズウェル』 - コトバンク
- ↑ Josiah-Bartlett - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ルイ17世』 - コトバンク
- ↑ 『長谷川平蔵』 - コトバンク
- ↑ 『シェレホフ』 - コトバンク
- ↑ Alessandro-count-di-Cagliostro - ブリタニカ百科事典
- ↑ Francois-Andre-Philidor - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『円山応挙』 - コトバンク
- ↑ 『ベンダ』 - コトバンク
- ↑ Henry-Clinton - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『河竹新七』 - コトバンク