1824年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1800年代 1810年代 1820年代 1830年代 1840年代 |
| 年: | 1821年 1822年 1823年 1824年 1825年 1826年 1827年 |
1824年(1824 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、木曜日から始まる閏年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]


- 3月5日 - 第一次英緬戦争勃発( - 1826年)。イギリス東インド会社がコンバウン朝(ビルマ)へ侵攻[1]。
- 3月17日 - イギリスとオランダの間で英蘭協約締結。マラッカ海峡を境界に勢力圏を二分し、イギリスがマレー半島側(マラッカ獲得)、オランダがスマトラ島・ジャワ島側の権益を確立(現在のマレーシアとインドネシアの国境の原型)[2]。
- 4月19日 - イギリスのロマン主義詩人バイロンが、ギリシア独立戦争を支援する義勇兵(フィレレーン)として参戦中、ミソロンギ(ミソロンギ包囲戦の舞台)で熱病のため客死[3]。
- 5月7日 - ウィーンのケルントナートーア劇場でベートーヴェンの交響曲第9番(シラーの詩『歓喜に寄す』に基づく合唱付き)が初演される[4]。
- 6月12日 - フランスのサディ・カルノーが『火の動力についての考察』を刊行(カルノーサイクルの提唱により、熱機関の理論的限界効率を解明。後の熱力学第二法則やエントロピー概念確立の基礎となる)[5]。
- 6月21日 - イギリスで急進主義者フランシス・プレイスらの尽力により団結禁止法(1799年/1800年制定)が廃止され、労働組合の結成やストライキが条件付きで合法化される[6][7]。
- 6月24日(文政7年5月28日) - 大津浜事件。水戸藩領の常陸国大津(現・茨城県北茨城市)にイギリス捕鯨船員12名が無断上陸。水戸学の徳川斉昭・会沢正志斎らの尊王攘夷論激化の契機となる[8]。
- 8月中旬〜下旬(文政7年7月) - 宝島事件。薩摩藩領の宝島(トカラ列島)にイギリス捕鯨船員が牛の強奪を目的に上陸し、武士・住民と銃撃戦が発生[9]。
- 8月25日 - フランスのロマン派画家ドラクロワがサロンに『キオス島の虐殺』を出品(1822年に起きたオスマン帝国軍によるキオス島の虐殺を描き、西欧知識社会におけるギリシア独立支持の世論を決定づける)[10]。
- 9月16日 - フランス復古王政のルイ18世が死去、弟のシャルル10世が即位[11]。
- 10月4日 - メキシコで連邦共和制を定めた1824年メキシコ憲法が公布され、帝政崩壊を経てメキシコ合衆国が成立(10月10日にグアダルーペ・ビクトリアが初代大統領に就任)[12]。
- 10月26日 - 1824年アメリカ合衆国大統領選挙の投票開始( - 12月2日)。アンドリュー・ジャクソンが最多得票を得るも過半数に達せず、下院決選投票でジョン・クィンシー・アダムズが第6代大統領に選出される(下院議長ヘンリー・クレイの支持を得て選出されたため、ジャクソン陣営から不正な取引と批判される。これにより民主共和党の分裂が決定的となり、二大政党制(民主党・国民共和党)への再編が進む[13]。
- 12月9日 - アヤクーチョの戦い。シモン・ボリバルの副官スクレ率いる独立派連合軍がスペイン軍を撃破し、南米大陸におけるスペインからの独立を決定づける[14]。
- 日付不詳 - ドイツ人医師シーボルトが長崎郊外に私塾鳴滝塾を開設(高野長英・伊東玄朴・二宮敬作らに西洋医学・蘭学を教授)[15]。
誕生
[編集]→「Category:1824年生」も参照
- 1月8日 - ウィルキー・コリンズ[16]、イギリスの小説家(+ 1889年)
- 1月14日 - ウラディーミル・スターソフ[17]、ロシアの音楽評論家、美術評論家、芸術史家(+ 1906年)
- 1月27日 - デイヴィッド・マッケンドリー・キー[18]、第30代アメリカ合衆国郵政長官(+ 1900年)
- 2月3日 - ラナルド・マクドナルド[19]、アメリカから単身で鎖国下の日本に上陸した冒険家(+ 1894年)
- 2月7日 - ロバート・S・マクレイ[20]、アメリカの宣教師(+ 1907年)
- 3月2日 - コンスタンチン・ウシンスキー[21]、ロシアの教育者、教育学者(+ 1871年)
- 3月2日 - ベドルジハ・スメタナ[22]、チェコの作曲家(+ 1884年)
- 3月9日 - リーランド・スタンフォード[23]、アメリカの政治家、鉄道業者、スタンフォード大学の設立者(+ 1893年)
- 3月12日 - グスタフ・キルヒホフ[24][25]、ドイツの物理学者(+ 1887年)
- 3月27日(文政7年2月27日) - 久邇宮朝彦親王[26]、皇族(+ 1891年)
- 3月27日 - ヴィルヘルム・ヒットルフ[27]、ドイツの化学者、物理学者(+ 1914年)
- 3月29日 - ルートヴィヒ・ビューヒナー[28]、ドイツの生理学者(+ 1899年)
- 4月14日(文政7年3月15日) - 徳川慶勝[29]、尾張徳川家(尾張藩)第14代・第17代当主(+ 1883年)
- 5月1日 - アレキサンダー・ウィリアムソン[30]、イギリスの有機化学者(+ 1904年)
- 5月6日(文政7年4月8日) - 徳川家定[31]、江戸幕府第13代将軍(+ 1858年)
- 5月8日 - ウィリアム・ウォーカー[32]、アメリカのフィリバスター、冒険家、ニカラグア大統領(+ 1860年)
- 5月11日 - ジャン=レオン・ジェローム、フランスの画家(+ 1904年)
- 6月23日 - カール・ライネッケ[33]、ドイツの作曲家(+ 1910年)
- 6月26日 - ウィリアム・トムソン[34]、イギリスの物理学者(+ 1907年)
- 6月28日 - ピエール・ポール・ブローカ[35]、フランスの人類学者(+ 1880年)
- 7月5日(文政7年6月9日) - 本木昌造[36]、通詞、日本の活版印刷の創始者(+ 1875年)
- 7月12日 - ウジェーヌ・ブーダン[37]、フランスの風景画家(+ 1898年)
- 7月27日 - アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)[38]、フランスの劇作家、小説家(+ 1895年)
- 9月4日 - アントン・ブルックナー[39]、オーストリアの作曲家(+ 1896年)
- 9月27日 - ベンジャミン・グールド[40]、アメリカの天文学者(+ 1896年)
- 10月14日 - アドルフ・モンティセリ[41]、フランスの画家(+ 1886年)
- 12月10日 - ジョージ・マクドナルド[19]、スコットランドの詩人、小説家(+ 1905年)
- 12月14日 - ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ[42]、フランスの画家(+ 1898年)
- 12月18日 - 崔済愚[43]、朝鮮の宗教家、東学の創始者(+ 1864年)
- 12月24日 - ペーター・コルネリウス[44]、ドイツの作曲家(+ 1874年)
死去
[編集]→「Category:1824年没」も参照
- 1月16日(文政6年12月16日) - 富士谷御杖[45]、国学者、歌人(* 1768年)
- 1月26日 - テオドール・ジェリコー[46]、フランスの画家(* 1791年)
- 1月28日 - ルイ=マチュー・ラングレス[47]、フランスの東洋学者(* 1763年)
- 3月3日 - ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ[48]、イタリアの作曲家(* 1755年)
- 4月19日 - ジョージ・ゴードン・バイロン[3]、イギリスの詩人(* 1788年)
- 4月21日(文政7年3月22日) - 北尾政美[49](鍬形蕙斎[50])、浮世絵師(* 1764年)
- 7月1日 - ラックラン・マッコーリー[51][52]、ニューサウスウェールズ植民地総督(* 1761年?)
- 7月19日 - アグスティン・デ・イトゥルビデ[53]、メキシコ皇帝(* 1783年)
- 7月20日 - メーヌ・ド・ビラン[54]、フランスの哲学者(* 1766年)
- 7月21日 - ラーマ2世[55]、チャクリー王朝第2代シャム国王(* 1767年?)
- 8月8日 - フリードリヒ・アウグスト・ヴォルフ[56]、ドイツの文献学者(* 1759年)
- 8月28日(文政7年8月5日)- 荒木如元[57]、長崎派の洋風画家(* 1765年)
- 9月16日 - ルイ18世[58]、フランス国王(* 1755年)
- 9月16日(文政7年8月24日)- 坂部広胖[59]、数学者(* 1759年)
- 10月9日(文政7年閏8月17日) - 清水浜臣[60]、国学者(* 1776年)
- 10月29日 - チャールズ・ピンクニー[61]、アメリカの政治家(* 1757年)
- 10月30日 - チャールズ・ロバート・マチューリン[62]、アイルランドの小説家、劇作家(* 1782年)
- 11月5日(文政7年9月15日) - 江森月居[63]、俳人(* 1756年)
- 12月9日 - アンヌ=ルイ・ジロデ=トリオゾン[64][65]、フランスの画家(* 1767年)
- 12月21日 - ジェームズ・パーキンソン[66]、イギリスの医師(* 1755年)
脚注
[編集]注釈
出典
- ↑ 『ビルマ戦争』 - コトバンク
- ↑ 『英蘭協約』 - コトバンク
- 1 2 『バイロン』 - コトバンク
- ↑ 『第九』 - コトバンク
- ↑ 『カルノー』 - コトバンク
- ↑ 『団結禁止法』 - コトバンク
- ↑ 『プレース』 - コトバンク
- ↑ 『会沢正志斎』 - コトバンク
- ↑ 『宝島』 - コトバンク
- ↑ 『キオス島の虐殺』 - コトバンク
- ↑ 『シャルル10世』 - コトバンク
- ↑ 『メキシコ』 - コトバンク
- ↑ 『アダムズ』 - コトバンク
- ↑ 『アヤクチョ』 - コトバンク
- ↑ 『鳴滝塾』 - コトバンク
- ↑ 『コリンズ』 - コトバンク
- ↑ 『スターソフ』 - コトバンク
- ↑ David-M-Key - ブリタニカ百科事典
- 1 2 『マクドナルド』 - コトバンク
- ↑ 『マクレー』 - コトバンク
- ↑ 『ウシンスキー』 - コトバンク
- ↑ 『スメタナ』 - コトバンク
- ↑ 『スタンフォード』 - コトバンク
- ↑ 『キルヒホッフ』 - コトバンク
- ↑ 『キルヒホフ』 - コトバンク
- ↑ 『朝彦親王』 - コトバンク
- ↑ 『ヒットルフ』 - コトバンク
- ↑ 『ビューヒナー』 - コトバンク
- ↑ 『徳川慶勝』 - コトバンク
- ↑ 『ウィリアムソン』 - コトバンク
- ↑ 『徳川家定』 - コトバンク
- ↑ 『ウォーカー』 - コトバンク
- ↑ Carl-Reinecke - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ケルビン』 - コトバンク
- ↑ 『ブローカ』 - コトバンク
- ↑ 『本木昌造』 - コトバンク
- ↑ 『ブーダン』 - コトバンク
- ↑ 『デュマ』 - コトバンク
- ↑ 『ブルックナー』 - コトバンク
- ↑ 『グールド』 - コトバンク
- ↑ 『モンティセリ』 - コトバンク
- ↑ 『ピュビス・ド・シャバンヌ』 - コトバンク
- ↑ 『崔済愚』 - コトバンク
- ↑ 『コルネリウス』 - コトバンク
- ↑ 『富士谷御杖』 - コトバンク
- ↑ 『ジェリコー』 - コトバンク
- ↑ 『ラングレス』 - コトバンク
- ↑ 『ビオッティ』 - コトバンク
- ↑ 『北尾政美』 - コトバンク
- ↑ 『鍬形蕙斎』 - コトバンク
- ↑ 『マックオーリー』 - コトバンク
- ↑ Lachlan-Macquarie - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『イトゥルビデ』 - コトバンク
- ↑ 『メーヌドビラン』 - コトバンク
- ↑ Rama-II - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ウォルフ』 - コトバンク
- ↑ 『荒木如元』 - コトバンク
- ↑ 『ルイ18世』 - コトバンク
- ↑ 『坂部広胖』 - コトバンク
- ↑ 『清水浜臣』 - コトバンク
- ↑ 『ピンクニー』 - コトバンク
- ↑ 『マチューリン』 - コトバンク
- ↑ 『月居』 - コトバンク
- ↑ 『ジロデ・トリオゾン』 - コトバンク
- ↑ 『ジロデ』 - コトバンク
- ↑ 『パーキンソン』 - コトバンク