富田 晋伍
名前
愛称 シンゴ
カタカナ トミタ シンゴ
ラテン文字 TOMITA Shingo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-06-20) 1986年6月20日(38歳)
出身地 栃木県下都賀郡大平町(現:栃木市)
身長 169cm
体重 64kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
2002-2004 日本の旗 東京ヴェルディ1969
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2005-2022 日本の旗 ベガルタ仙台 438 (5)
通算 438 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

富田 晋伍(とみた しんご、1986年6月20日 - )は、栃木県下都賀郡大平町(現:栃木市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。現在はベガルタ仙台のクラブコミュニケーターを務める。

2005年にプロデビューしてから18年間、ベガルタ仙台一筋でプレーしたバンディエラ。

来歴

ヴェルディユース時代の恩師である都並敏史(当時仙台監督)に実力が認められて2005年にベガルタ仙台に入団。新人ながら同年の開幕戦先発に抜擢され初出場を果たす。

2008年2月6日夜、延岡市でのキャンプ中に、金子慎二、細川淳矢、一柳夢吾と共に酒に酔って一般人の車を傷つけるという不祥事を起こした。騒ぎを聞きつけた手倉森監督が駆け付け、その場で示談が成立し、被害届は出されなかった。関わった選手には3か月の減俸が課せられた。

2008年、チームはJ2で3位に入り、入れ替え戦に出場。ボランチとして2試合に出場するもホーム&アウエー方式で磐田相手に敗れ、J1昇格は叶わなかった。

2009年中盤から斉藤大介に代わってボランチとしてレギュラーに定着し、チームのJ1復帰に貢献した。

2010年は前年度の活躍により開幕戦からレギュラーに定着し、チームのJ1残留に貢献。2011年は角田誠とダブルボランチを形成しリーグ4位に貢献。ナビスコ杯では小学生の時以来というヘディングによる得点を決めた。

2013年2月18日、新設された「栃木市ふるさと大使」を委嘱されることが発表され[1]、同年4月16日に就任した[2][注 1]。

2014年はリーグ戦・ナビスコ杯・天皇杯と公式戦全試合に出場。2015年は主将に就任[3] し、同年リーグ戦は全試合フルタイム出場を記録。2016年[4]、2017年[5]も引き続き主将を務める。

2020年は7月に左ひざ前十字靭帯損傷の大けがを負ったこともあり[6]、デビュー以来初の公式戦出場無しに終わった。

2022年12月22日、現役引退とベガルタ仙台運営・地域連携本部地域連携課のスタッフに就任すると発表された[7]。

2023年2月2日、ベガルタ仙台のクラブコミュニケーター就任が発表された[8]。

プレースタイル

ボランチとしては、ボール奪取能力に優れる。2014年10月には田中マルクス闘莉王(当時、名古屋グランパス)が、富田同様小柄なボランチである望月嶺臣に「富田の動きを見ろ」とアドバイスしたほどである[9]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005仙台31J2170-10180
200627160-20180
2007181-10191
2008240-10250
200917340-40380
2010J12607010340
20113104110361
20122925010352
20133202040380
20143416010411
20153403031401
20163312110362
20172502000270
20183004050390
20192706010340
20200000-00
20212105010270
2022J270-0070
通算日本J1 32244621913877
日本J2 1141-901231
総通算 43854622815128
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2013仙台1740
通算AFC 40

その他の公式戦

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ↑ 栃木市ふるさと大使(任期は2年、無報酬):澤村拓一、寺内崇幸、渡辺俊介、山田五郎、8代目春風亭柳橋、栃木ウーヴァFCなど。

出典

関連項目

外部リンク

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