廿日市市

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廿日市市
廿日市市旗 廿日市市章
廿日市市旗
1988年(昭和63年)
4月1日制定
廿日市市章
1969年(昭和44年)
7月25日制定
国 日本の旗 日本
地方 中国地方(山陽地方)
都道府県 広島県
市町村コード 34213-1
法人番号 1000020342131 ウィキデータを編集
面積 489.49km2
総人口 111,502人 [編集]
(推計人口、2026年8月1日)
人口密度 228人/km2
隣接自治体 広島市、大竹市、江田島市、山県郡安芸太田町
山口県岩国市
島根県益田市
市の木 サクラ
市の花 サツキ
廿日市市役所
市長 松本太郎
所在地 〒738-8501
広島県廿日市市下平良一丁目11番1号
北緯34度20分54秒 東経132度19分54秒 / 北緯34.34822度 東経132.33158度 / 34.34822; 132.33158座標: 北緯34度20分54秒 東経132度19分54秒 / 北緯34.34822度 東経132.33158度 / 34.34822; 132.33158
市庁舎位置

廿日市市役所
廿日市市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

廿日市市位置図

■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町・村

ウィキプロジェクト

廿日市市(はつかいちし) は、広島県の西部に位置する市。日本三景のひとつである厳島を有する。

概要

弥山からみた厳島神社および対岸の阿品・地御前

広島市の西に隣接し、瀬戸内海(広島湾)に面した港町である。 日本三景・「厳島(安芸の宮島)」が特に有名であり、同島の厳島神社および弥山原始林はユネスコの世界遺産にも指定されている。また、近代のけん玉発祥の地として知られる[1]。

市の母体は旧佐伯郡廿日市町である。廿日市は中世以来、厳島神社の造営・修繕と西中国山地産の木材の集積を基盤とした木材産業の町であり、山陽道(西国街道)の廿日市本陣を中心に発展した。 高度経済成長期以後は広島市の西のベッドタウンとして発展し、1988年(昭和63年)4月1日に単独市制施行して「廿日市市」が発足した。全国で655番目の市、広島県では14番目の市(なお、合併により消滅した松永市と因島市を除き、存続している市としては12番目)であり、昭和時代最後に市制施行した市でもある。

旧廿日市町域は商業・工業都市の側面が濃かったが、平成の大合併によって周辺の4町村(佐伯町・吉和村・大野町・宮島町)を編入したことで、西中国山地の豊かな自然や厳島神社を含む安芸の宮島などの新しい顔を併せもつこととなった。

市域は広く瀬戸内海式気候に属するが、吉和地区(旧吉和村)のみ日本海側気候に属し、豪雪地帯にも指定されている。

都市雇用圏で全国第8位の規模を持つ広島都市圏(10%通勤圏人口約158万人)を構成する一都市である。 人口は2005年に旧宮島町・旧大野町と合併して以来横ばい傾向(合併時約11万5000人)が続いていたが、近年は[いつ?]微減傾向にある。沿岸部では子育て家庭などの流入があり人口増加傾向にある一方、佐伯地区・吉和地区の過疎高齢化と人口減が深刻な課題になっている。

住みやすさや市のブランド評価が高い。日経BP総合研究所による「ビジネスパーソンが選ぶ住みよい街2024」および「子育てしやすい自治体ランキング2024」ではいずれも中国・四国地方で第1位に選ばれている[2][3]。特に「子育てしやすい自治体ランキング」では全国の自治体でも第26位となっている。

市の文化ホール・はつかいち文化ホール(さくらぴあ)では人口規模の割に著名な人物・団体の公演が多く催されている。また、市名の由来である「廿日の市」という市民主体の市を毎月20日に催したり、姉妹友好都市であるニュージーランド・マスタートンとの交流から、JETプログラムによってニュージーランド出身の「国際交流員」を招いて様々な活動に関わらせたりするなど、多様な取り組みが見られる。

各地の大規模合併の例に漏れず、都市基盤整備、教育・文化サービスなどの地域間格差是正が最大の課題となっている。

地名の由来

本来、地名としての「廿日市(はつかいち)」は西国街道の廿日市宿(現在の天神および廿日市1~2丁目付近)を指す狭い地区名称にすぎなかったが、1889年に廿日市町が発足して以降、合併を重ねて次第に広範囲を指すようになった。

廿日市という名称は、現在の中央市民センター(天神)周辺で中世以来開かれていた「廿日(はつか)の市」に由来する。厳島神社は平清盛の庇護により平安時代末期に大きく発展し、地域に影響力をもったが、鎌倉時代に入ると承久の乱に伴う権力争いの中で貞応年間(1222年 - 1224年)に火災で社殿を焼失した。鎌倉幕府の命により厳島神社を再建するために対岸の地域(現在の廿日市市廿日市周辺)に多くの鋳物師たちが移り住んだことから、塩・木材等の生活物資・再建物資の集積が始まった。 厳島神社の年4回の祭礼の最終日がいずれも20日であったことから、早くも鎌倉時代中期には毎月20日に市が立つようになり、二十日の市=「廿日市」という名称が徐々に定着していったと思われる。

当時、この地域一帯は「佐西(ささい)の浦」と呼ばれていたと考えられている。1370年(応安3年)、今川貞世が九州探題として大宰府に下向する際に記した紀行文『道ゆきぶり』の中に、貞世が「かひだとかやいひける浦」(現在の安芸郡海田町)を通って「佐西の浦」(佐西郡の海岸、現在の広島市佐伯区五日市から廿日市市串戸付近)から宮島へ参詣し、「地の御前」(現在の廿日市市地御前)から山道に入って周防国へ向かう旨の記述がある。

廿日市という地名の初出は1454年(享徳3年)である。山口県柳井市の賀茂神社に残された当時の詫び状に、同神社の梵鐘(享徳3年頃鋳造)の鋳工「廿日市ひかしかり屋三郎次郎」の名が見える。

現在も日本各地に残る「○日市」という地名は安土桃山時代以降盛んになった市に由来するものが多く、鎌倉時代に市立てされたことが確認されている廿日市は、現存する最も古い「市」地名の一つとされる。

一日市から十日市までは各地に見られるが(市場を参照)「廿日市」は珍しく、2023年1月時点で住所表記に記載がある地名としては「廿日市」は当市が唯一の例である。かつて愛媛県内子町に廿日市地区があったが、住所表記上は同町内子となっている。

地理

廿日市市中心部周辺の空中写真。
2008年5月21日撮影の5枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。

位置

広島県の西部に位置する。 北部は西中国山地の脊梁部で島根県・山口県とも境を接し、南は瀬戸内海(広島湾)の穏やかな海岸線が続く。 沿岸部は都市化が進む一方、内陸の農村地帯は過疎化の進行が著しい。

特定外来生物に指定されているアルゼンチンアリが1993年に市内の木材港(広島港廿日市地区)周辺において、アジアで初めて個体が採取された。 その後、日本各地に拡散・定着している。廿日市市においても生態系や住環境への被害拡大が深刻である。

地形

山岳

主な山
  • 安芸冠山(1,339メートル、吉和) - 広島県第2位の標高がある。「吉和冠山」ともいい、単に「冠山」といえばこの山を指すことが多い。山頂からの眺望の良さから、西中国山地の中でも人気のある山である。中下流部に広島平野を抱える太田川の源流であり、林野庁から水源の森100選に選定されている。
  • 黒ダキ山(1,084メートル、吉和) - 登山者は稀で秘境めいているが、ベニドウダン目当てに登山する人も。登山道は概ね深い笹道である。
  • 弥山(535メートル、宮島町) - 宮島にそびえる山。古来より信仰の対象とされてきた。山中には806年(大同元年)に弘法大師が護摩行をした火を絶やさず燃やすという「消えずの霊火堂」など、「弥山七不思議」という伝承が伝わる(弥山を参照)。宮島ロープウェーで気軽に山頂の近くまで登ることができ、眺望がよい。元旦には初日の出参りの人で特に賑わう。
  • 大峯山(1,040メートル、玖島) - 広島市街地から一番近い千メートル峰で、登山道が整備されている。「佐伯富士」の異名を持つ。
  • 極楽寺山(693メートル、原) - 山頂に真言宗の古刹・極楽寺がある。広島地方気象台が発表する「広島の初冠雪」とは、その冬初めて極楽寺山が雪化粧していると麓から観測したことを指す[4]。
  • 野貝原山(719メートル、明石) - なだらかな頂上一帯はかつてのうが高原として開発されたが、後に廃墟となる。電波中継所がある。
  • 経小屋山(596メートル、大野)頂上一帯は森林公園として整備されている。自動車でも登頂可能だが、複数の登山道が整備されている。

河川

主な川
  • 小瀬川
  • 大虫川 ※小瀬川水系
  • 玖島川 ※小瀬川水系
  • 友田川 ※小瀬川水系
  • 太田川 - 上流部が吉和地区を流れる。
  • 御手洗川
  • 可愛川
  • 永慶寺川
  • 毛保川
主なダム

気候

沿岸部(廿日市・大野・宮島)

瀬戸内海式気候に属し、年間を通して温暖・少雨である。

市の年平均気温は15.2℃、年降水量の平年値は1554.6ミリ[5]。これは廿日市小学校校庭(四等三角点)の計測値である。

雨は梅雨期と台風接近時に集中する。積雪は沿岸部では少ない。夏の夕方には、日中の海風と夜間の陸風の交替による「夕凪(ゆうなぎ)」という無風状態が顕著に起こる。暑さ・日差し・高い湿度に加えて、2時間から3時間以上もまったくの無風状態が続くのが、周辺では夏の風物詩になっている。

佐伯地区

沿岸部と吉和地区の中間にある中山間地域であり、冷涼多雨の傾向にある。

地区の中心である津田には、気象庁のアメダス観測機器が設置されているが、梅雨末期や台風接近時にはしばしば、1時間降水量や1日降水量などで周辺より突出した値を観測している(アメダス「廿日市津田」の観測史上最大1時間降水量は、1987年(昭和62年)9月11日の87ミリ。最大日降水量は、2005年(平成17年)9月6日の346ミリ)。

吉和地区

内陸部にある吉和地区は、市内で唯一日本海側気候に属する。吉和地区は沿岸部に比べて月別平均気温が5℃以上低く(月平均気温は1月がマイナス2.0℃、8月が22.3℃[6])、豪雪地帯対策特別措置法の定める「豪雪地帯」でもある(ちなみに、吉和地区が「豪雪地帯」の日本最南端[7])。1963年(昭和38年)のいわゆる三八豪雪では、1月31日に吉和集落で積雪197cmを記録した[8]。

降水量は市内で最も多く、平年値は2194.6ミリとなっている。

廿日市津田(廿日市市津田、標高317m)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F) 17.2
(63)
19.8
(67.6)
23.7
(74.7)
29.1
(84.4)
31.5
(88.7)
33.6
(92.5)
37.4
(99.3)
37.4
(99.3)
35.4
(95.7)
29.8
(85.6)
24.5
(76.1)
19.5
(67.1)
37.4
(99.3)
平均最高気温 °C (°F) 6.7
(44.1)
8.1
(46.6)
12.2
(54)
18.1
(64.6)
23.1
(73.6)
25.8
(78.4)
29.3
(84.7)
30.7
(87.3)
26.9
(80.4)
21.3
(70.3)
15.3
(59.5)
9.2
(48.6)
18.9
(66)
日平均気温 °C (°F) 1.5
(34.7)
2.4
(36.3)
5.9
(42.6)
11.4
(52.5)
16.5
(61.7)
20.3
(68.5)
24.2
(75.6)
25.0
(77)
21.0
(69.8)
14.8
(58.6)
8.8
(47.8)
3.5
(38.3)
12.9
(55.2)
平均最低気温 °C (°F) −2.9
(26.8)
−2.6
(27.3)
−0.1
(31.8)
4.6
(40.3)
9.9
(49.8)
15.4
(59.7)
20.1
(68.2)
20.6
(69.1)
16.2
(61.2)
9.2
(48.6)
3.2
(37.8)
−1.2
(29.8)
7.7
(45.9)
最低気温記録 °C (°F) −11.7
(10.9)
−13.7
(7.3)
−8.4
(16.9)
−4.8
(23.4)
−0.7
(30.7)
5.8
(42.4)
10.5
(50.9)
12.5
(54.5)
3.3
(37.9)
−2.2
(28)
−4.6
(23.7)
−10.6
(12.9)
−13.7
(7.3)
降水量 mm (inch) 64.5
(2.539)
80.4
(3.165)
144.6
(5.693)
180.0
(7.087)
212.1
(8.35)
270.0
(10.63)
343.0
(13.504)
189.8
(7.472)
210.8
(8.299)
116.7
(4.594)
82.0
(3.228)
69.8
(2.748)
1,948.7
(76.72)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 8.6 9.6 11.0 10.0 9.4 12.6 12.3 10.0 10.0 7.2 7.7 8.9 117.6
平均月間日照時間 116.9 127.6 165.0 189.2 210.0 143.3 149.8 183.3 151.9 167.6 142.2 124.5 1,874
出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1978年 - 現在)[9][10]

地域

住宅地

  • 廿日市東亜ニュータウン宮園
  • 近鉄四季が丘
  • 陽光台
  • 大野青葉台(対厳山、福面、宮島口上)〜宮島口ニュータウン(宮島口東)
  • 宮島台・前空台
  • 阿品台(広島県造成)

人口

廿日市市は住宅団地の開発・分譲により人口が増加してきたが、2010年代においてはほぼ横ばいである[11]。

廿日市市と全国の年齢別人口分布(2005年) 廿日市市の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 廿日市市
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
廿日市市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 57,218人
1975年(昭和50年) 65,284人
1980年(昭和55年) 76,592人
1985年(昭和60年) 89,034人
1990年(平成2年) 101,630人
1995年(平成7年) 112,591人
2000年(平成12年) 114,981人
2005年(平成17年) 115,530人
2010年(平成22年) 114,038人
2015年(平成27年) 114,906人
2020年(令和2年) 114,173人
2025年(令和7年) 111,833人
総務省統計局 国勢調査より


旧5市町村の人口推移(国勢調査)[11][12][13]
  廿日市町/旧廿日市市
  5市町村合計/廿日市市

隣接自治体・行政区

広島県の旗広島県
山口県の旗山口県
島根県の旗島根県

歴史

先史

旧石器時代

現在の廿日市市域に人が居住しはじめたのは有史以前の時代のことである。市域では旧石器時代の遺跡として、冠遺跡と頓原遺跡(いずれも吉和地区)、神宮原遺跡[14](佐伯地区)などが見つかっており冠遺跡からは日本列島への人類初到達とも言われる約4万2300年前の石器が出土している[15]。

また、速谷神社(上平良地区)境内からは旧石器時代末期から縄文時代初めごろとされる安山岩製の槍先型石器が採集されている[16] ほか、厳島の北西岸の下室浜では後期旧石器時代のナイフ形石器が出土している(厳島を参照)。

縄文時代

縄文時代には海面の上昇(縄文海進)とともに瀬戸内海が形成され、沿岸部に人が居住していた。 地御前南町遺跡[17](地御前地区)からは黒曜石の石器が出土しているが、これは海を隔てておよそ100キロメートル南西にある国東半島の姫島産のもので、遠隔地とも交流があったと見られている。 土器は九州地方の影響を受けたものも多い。このほか上平良や内陸部の原地区[16]、大野瀬戸沿いの大野地区[18][19] にも縄文時代の遺跡があるほか、厳島の沿岸部にも、複数の縄文遺跡が存在している[20]。

弥生時代

北部九州に稲作技術が伝えられるとほどなくしてこの地域でも稲作が始まった。丸小山遺跡[16](峰高地区)の遠賀川式土器はそのことを裏付ける典型的な西日本の弥生土器である。 また極楽寺山尾根筋の標高260メートル付近にある高尾山遺跡[16] は典型的な弥生時代後期の高地性集落遺跡で、水も引けず耕作に適さないことから海上を見張る役割を果たしていたと考えられている。この高尾山遺跡のほか、上平良地区から原地区、宮内地区にかけては堤上遺跡、河野原遺跡(1 - 5号)、広池山1号・2号遺跡(宮園団地造成に伴い消滅)、極楽寺二三丁遺跡、風呂谷遺跡、扇平遺跡、長谷1号遺跡など、農耕には適さない高地性集落遺跡が多く見つかっている。

大野地区高畑で大正時代末に発見された「高畑貝塚」からは、海産の貝殻と共に土器片、石鏃、獣や人の骨が出土している[21]。 旧大野町文化財協会の出版物[22] には「当時の京都大学人類学教室の清野謙次教授の鑑定によると、人骨は約二千年前の若い女の骨で(中略)土器は弥生式土器でありました」とあり、長らく縄文から弥生期の貝塚と見なされているが、清野教授の当該論文[21] には「土器は小破片である為によく分かり兼ねるが、恐らく縄文土器系統のものであって、末期に位するものらしい。(中略)人骨は小児骨と完全に近い熟年の頭骨(顔面骨及下顎骨を欠く)である。いづれも貝層中から出て来たものであると云ふが、頭形に於て多少の疑義がある、日本石器時代の人骨であるか、或は貝塚に後世墓地があって後世人骨が出て来たものなるや判然しない」とあり、鑑定結果が不明瞭であったことが分かる。大野地区では江戸期の貝塚である「郷貝塚[23]」など、中世から近世のものと見られる貝塚が複数確認されており、高畑貝塚も新しい時代の貝塚、あるいは複合遺跡であった可能性が考えられる。

古代

飛鳥時代

この地域がヤマト王権の支配下に入ると、部民制のもと佐伯部がおかれた。一帯は佐伯郡(さへきのこほり)として安芸国に組み込まれた。佐伯部は東国人の捕虜を播磨・讃岐・伊予・安芸・阿波の5か国に移住させて品部として設定したもので、在地の豪族が「佐伯直」や「佐伯造」となって伴造として業務を管掌していた。これらの豪族は畿内の有力豪族である佐伯連(後に宿禰)に管掌されており、この地域は間接的に天皇・畿内に連なる部民であった。またこの地域の佐伯直は、後に厳島神主家となった。

伝承によると、推古天皇元年(593年)に豪族の佐伯鞍職が神託を受け、勅許を得て厳島の御笠浜に社殿を創建した(「厳島神社縁起」)とされ、これが厳島神社の由来という。 文献の初出は811年(弘仁2年)に名神に列したというもので、927年(延長5年)には『延喜式神名帳』において名神大社に列せられている。以後、廿日市市域の歴史は厳島神社の動向に大きく左右されることになる。

平安時代

佐伯郡の郡衙(役所)は現在の広島市佐伯区利松あたりにあり、種箆(へら、現在の廿日市市下平良)という郷名が承平年間(931年 - 938年)の「和名類聚抄」に見える。律令制実施後は五畿七道の山陽道(古代山陽道)が平安京から太宰府に通じる大路として整備され、市域には種箆と濃唹(おおの、現在の廿日市市大野高畑)という2箇所の駅家があった。

1146年(久安2年)、平清盛は安芸守に任ぜられ、高野山の高僧から「安芸の厳島神社を修繕すれば、並ぶ者なき官位と栄華を手に入れられよう」と預言されて厳島神社の修繕を決意し、1168年(仁安3年)には海上に浮かぶ壮麗な寝殿造の社殿を造営する。 摂津国の四天王寺からは舞楽を移し入れ、多くの武士や貴族が甲冑や刀剣、鏡面を奉納するなど京の文化が多く流入した。 中でも「平家納経」は、経文の装飾のみならず経箱・唐櫃に至るまで絢爛豪華な装飾が施されており、平安時代の工芸を今に伝える第一級史料とされる。

12世紀後半には清盛の庇護のもと、佐伯郡内でも平良荘・宮内荘(廿日市市宮内)・大竹・小方(大竹市小方)・川内・寺田・保井田・佐々利別府・石道村・久島郷(廿日市市玖島)・吉和村(廿日市市吉和)などに厳島神社社領が加増されていった。

中世・近世

中世には廿日市周辺は厳島神社領であった。友田興藤が大内氏に敗れて以降は、大内氏、陶晴賢に支配され、厳島の戦いの後に毛利氏の支配下となった。その後は広島藩領となった。江戸時代には西国街道の廿日市宿が置かれて栄えた。1802年の旅行記『筑紫紀行』には「人家千軒ありといへり、おほくは瓦葺にて宿屋茶屋多く町長し」とある[24]。幕末の長州戦争では現在の市の西部が戦場になった[25] ほか、長州藩の進軍を止めるためとして、広島藩によって廿日市の宿場町が焼き払われた[26]。

近代

明治時代

近現代

昭和時代
  • 第二次世界大戦中 - 高見山で大野鉱山が採掘を開始。各種兵器の材料となるタングステン鉱石が産出されたため、陸軍の秘匿鉱山とされた[27]。
  • 1947年(昭和22年)12月5日 - 昭和天皇の戦後巡幸。宮島口駅でお召し列車を下車後、宮島に渡り岩惣旅館に宿泊。翌日は広島市へ向かった[28]。
  • 1951年(昭和26年)10月 - 宮島口の海岸が第6回国民体育大会の漕艇競技会場となる。同月2日、昭和天皇が会場に行幸[29]。
  • 1956年(昭和31年)9月30日 - 廿日市町・平良村・原村・宮内村・地御前村が合併して新たに廿日市町が発足。
  • 1957年(昭和32年)6月10日 - 五日市町佐方の一部区域を編入。
    • 高度経済成長期以降、広島市に隣接する五日市町と西隣の廿日市町は、ともに広島市のベッドタウンとして急速に発展を遂げた。五日市町は1980年国勢調査で、廿日市町は1985年国勢調査で、それぞれ人口日本一の町となっている。両者は人口増に伴う都市基盤整備の議論の渦中におかれ、五日市町は広島市との合併を選択して、1985年(昭和60年)3月、旧町域全域を区域とする「広島市佐伯区」が発足した。当初は廿日市町も佐伯区に編入するとの案があったが、廿日市町は単独市制を選択したため立ち消えになった。
  • 1988年(昭和63年)4月1日 - 市制施行し、廿日市市が発足。当初は面積47.89平方km、人口約58,000人(1985年国勢調査では52,020人)のコンパクトな市であった。

現代

平成

行政

市長

  • 市長:松本太郎(2019年11月3日就任、2023年10月無投票再選、2期目)
    前市長:眞野勝弘(2007年 - 2019年)は前々市長山下三郎に続き、推薦政党は自民・民主・公明・社民・新社会党と、共産党を除くほぼ全ての政党であった。これは前職の山下が元々社会党所属だったことが影響している。革新色の強い新社会党が自民党と同じ候補を支援するのは全国的にも珍しかった。
  • 副市長(任期 いずれも2024年1月1日から4年[30])
    • 原田忠明(再任[30])
    • 村上雅信(前・廿日市市役所生活環境部長)[30]
  • 教育長:生田徳廉(令和3年4月1日 - 令和6年3月31日、再任:令和6年4月1日 - 任期3年[31])[32]

役所

廿日市市庁舎のほか、旧宮島町・旧大野町・旧吉和村・旧佐伯町に支所を置いている。

廿日市市庁舎 複合施設
支所画像

議会

市議会

  • 定数:27人
  • 任期:2025年4月1日 - 2029年3月31日
  • 議長:新田茂美[33](無所属)(2023年4月13日 - )※再選
  • 副議長:大崎勇一[33](公明党)(2025年4月8日 - )
会派の構成

(2025年4月9日更新 廿日市市議会「議員名簿 会派別」[34] を参照)

衆議院

当落候補者名年齢所属党派新旧別得票数重複
当平口洋77自由民主党前94,750票
福田玄44国民民主党前53,893票○
佐藤由紀子50参政党新20,123票
岡田博美66日本共産党新14,510票

官公庁

国家機関

法務省
財務省
厚生労働省

上記3出先機関は、いずれも廿日市地方合同庁舎(廿日市市新宮一丁目15番40号)に入居している[35]。

施設

警察

本部
交番
  • 宮内交番(廿日市市宮内)
  • 地御前交番(廿日市市地御前五丁目)
  • 阿品台交番(廿日市市阿品台四丁目)
  • 大野交番(廿日市市梅原一丁目)
  • 宮島口交番(廿日市市宮島口一丁目)
  • 宮島交番(廿日市市宮島町)
駐在所
  • 平良駐在所(廿日市市上平良)
  • 友和駐在所(廿日市市友田)
  • 津田駐在所(廿日市市津田)
  • 吉和駐在所(廿日市市吉和)

消防

本部

旧吉和村域は広島市消防局へ委託している。

消防署
  • 廿日市消防署
    • 西分署
  • 大野消防署
  • 佐伯消防署
  • 宮島消防署

医療

主な病院

郵便

区内の郵便物の集配は市内にある3つの郵便局(一部地域は大竹市にある大竹郵便局)で行っている。

主な郵便局

郵便番号は以下の通り。

図書館

主な図書館
  • はつかいち市民図書館 - 下平良。市庁舎や文化ホール「さくらぴあ」等と一体化した複合施設である。
  • はつかいち市民大野図書館 - 大野。「フジタスクエア まるくる大野」内。合併前は大野町立図書館。
  • はつかいち市民さいき図書館 - 津田。合併前は佐伯町立図書館。

文化施設

美術館

自然保護公園

  • もみのき森林公園 - 吉和。昭和59年(1984)県立の自然公園として開園した。
  • おおの自然観察の森 - 大野天草。ベニマンサク湖を中心とした自然観察施設。環境省の「自然観察の森」事業に伴い1989年に開設された。
  • 宮島包ヶ浦自然公園 - 宮島包ヶ浦。施設老朽化のため2024年3月末日に閉鎖。現在は民間事業者を公募して公園の再整備・利活用を進める計画が進められている。

交流施設

多目的ホール
  • はつかいち文化ホール - 下平良。通称:「ウッドワンさくらぴあ」市庁舎や市民図書館と一体化した複合施設である。
  • さいき文化センター - 津田。平成19年4月開設。1階部分は文化センターホールとさいき図書館、2階部分は津田市民センターからなる複合施設。
  • 廿日市市多世代活動交流センター - 大野地区。通称「フジタ スクエア まるくる大野」令和5年開設。コミュニティセンターを中心として体育館や図書館、スポーツジム、多目的ホール等の複合施設である。旧大野町中央公民館(昭和47年開設、2005年の合併により廿日市市大野中央公民館に変更)。
市民センター
  • 廿日市市中央市民センター
  • 廿日市市平良市民センター
  • 廿日市市原市民センター
  • 廿日市市宮内市民センター
  • 廿日市市地御前市民センター
  • 廿日市市佐方市民センター
  • 廿日市市阿品市民センター
  • 廿日市市串戸市民センター
  • 廿日市市阿品台市民センター
  • 廿日市市宮園市民センター
  • 廿日市市四季が丘市民センター
  • 廿日市市友和市民センター
  • 廿日市市津田市民センター
  • 廿日市市あさはらまちづくり交流センター
  • 廿日市市玖島市民センター
  • 廿日市市吉和ふれあい交流センター
  • 廿日市市大野西市民センター
  • 廿日市市大野東市民センター
  • etto宮島交流館(廿日市市宮島まちづくり交流センター)
  • 廿日市市宮島まちづくり交流センター杉之浦

運動施設

  • 新宮中央公園(けん玉公園)
  • 昭北グラウンド
  • 昭北テニスコート
  • はつかいち青少年多目的広場
  • 峰高公園
  • 峰高公園多目的広場
  • グローバルリゾート総合スポーツセンターサンチェリー
  • はつかいちアルカディアビレッジ体育館
  • パークゴルフ場
  • 阿品公園
  • 阿品台野球場
  • 阿品台テニスコート
  • 三共ディスプレイグリーンフィールド
  • 宮園公園
  • 宮園野球場
  • 宮園テニスコート
  • 四季が丘公園(ポポロの森)
  • 四季が丘テニスコート
  • HIROHAI(ヒロハイ)佐伯総合スポーツ公園
  • 吉和グラウンド
  • 吉和プール
  • フジタスクエア まるくる大野・トレーニングルーム(フィットネス・スポーツジム)
  • 大野体育館(フジタスクエア まるくる大野内)
  • 大野テニスコート(フジタスクエア まるくる大野内)
  • やまだ屋 もみじファミリーパーク
  • 小田島多目的広場
  • 小田島グラウンド
  • 小田島テニスコート
  • 宮浜温泉グラウンドゴルフ場
  • 宮島包ヶ浦自然公園運動広場 ※2026年現在休園中
  • 宮島包ヶ浦自然公園テニスコート ※2026年現在休園中

メディア

対外関係

姉妹都市・提携都市

海外

姉妹都市
提携都市

経済

木材港(広島港廿日市地区)は西日本有数の木材専門港であり、周辺では輸入木材に関連した住宅産業、家具関連産業が盛んである。

また、以前はけん玉作りも盛んで、最盛期には日本国内で40%のシェアを占めていた[39]。

第一次産業

漁業

瀬戸内海の豊かな恵みを受けた近海漁業が盛んである。 特にカキ養殖(広島かき)は非常に盛んで、「カキいかだ」は周辺の風物詩となっている。 地御前地区の「地御前かき」は全国的なブランドとして知名度が高い[40]。また大ぶりな「大野のアサリ」も人気がある。

第二次産業

工業

市内に本社をおく主な企業としては、ウッドワン、チチヤス、マルニ(木工家具大手)、サクラオブルワリーアンドディスティラリー、広島醤油、フジマート、バッケンモーツアルト(本店は広島市中区)などがある、またフマキラーが本店(本社は東京都千代田区)および工場を置いている。 また、デオデオが2000年代に本社を移転し、エディオンになってからも主要拠点を引き続き置いている(登記上本店は広島市中区)。 その他、広島が発祥のカルビー(本社は東京都千代田区)広島工場、中国新聞社広島工場(広島ちゅーぴーパーク。中国新聞、朝日新聞、日刊スポーツ、デイリースポーツなどを印刷)などがある。

旧大野町時代には、サントリーのボトリング工場(サントリー宮島工場)も存在した。

第三次産業

商業

主な商業施設

店舗面積が5,000平方メートルを超えるものについて記述する[41]。

かつて存在した商業施設
  • ヒロシマナタリー - 阿品。1974年(町制時代)に開園し、1996年3月に閉園した遊園地。広島都市圏を代表する遊園地の一つであった。現在、跡地に建つショッピングモール「フジグランナタリー」及び住宅地「ナタリーマリナタウン」として、名を留めている。
  • チチヤスハイパーク - 大野。チチヤス乳業が経営する遊園地であったが、中国新聞社に譲渡され「ちゅーピーパーク」として再出発した。遊泳施設「チチヤスダイヤモンドプール」は「ちゅーピープール」として営業を継続したが、2024年9月1日をもって営業終了した。
  • 近鉄宮島観光センター - 大野。近畿日本鉄道経営のヘルスセンター、入浴施設や宴会場、レストラン、ボウリング場などの複合施設。1965年開設。1981年閉業。跡地には中国電力の大野研修所が建設されたが、2008年に廃止、跡地は住宅地として分譲された。
  • のうが高原 - 野貝原山に1965年から1986年まで存在した。
  • サントリーバードサンクチュアリ - 旧大野町時代に、サントリーの工場(サントリー宮島工場、1973年建設、1996年操業停止)に隣接して存在した。2012年まで設置されていたが、2012年にNTTファシリティーズによって跡地にメガソーラー施設、「F宮島太陽光発電所」が建設された。
  • イオン廿日市店 - 地御前。1986年にニチイ廿日市ショッピングセンターとして開店し、1991年に廿日市サティ、2011年にイオンと運営母体を変えつつ地域の商業拠点として根付いていたが、2014年3月に施設老朽化のため閉店した。9,009m2。

観光業

「安芸の宮島」の名で知られる厳島(宮島地区)は、世界遺産「厳島神社」のほか国宝や国の特別天然記念物など文化財・自然遺産を数多く抱え、年間を通じて多彩な行事に彩られる世界的な観光地である。宮島口桟橋の駅舎には多数の看板が掲げられているなど、世界遺産に相応しくない状態も見られ、景観への課題は残る。

沿岸部ではマリンスポーツ・釣り・海水浴など、瀬戸内海の特長を生かしたレジャー産業が盛んである。他方で北部の吉和地区においては、800メートルから1200メートルの標高を生かしたスキー・スノーボードの冬季スポーツや夏の高原レジャーが盛んである。


近年はグランピングをはじめとするアウトドア体験型観光も発展しており、市内の農業公園などを舞台に民間事業者による宿泊・体験型イベントが展開されている。2016年には岩倉ファームパークにおいて当時全国2例目とされる民間グランピングイベントが開催された[42]。

生活基盤

ライフライン

電信

市外局番

市外局番はほぼ全域が0829(廿日市MA。市内局番は20、30 - 40、44 - 59、70 - 89)。

例外は旧大野町のうち下灘、鳴川両地区と、同じく経小屋の一部、猪ノ打の一部、旧佐伯町の浅原中山の一部で、大竹市と同じ0827(市内局番は52 - 59)である。0827は山口県の岩国MAの局番なので、他地区からこの例外地区にかけると、同じ廿日市市内でありながら県外通話扱いということになる。

なお、かつて同じ0829(旧・五日市廿日市MA)だった旧五日市町地域(現・広島市佐伯区)は現在082-9**-****(広島MA)で、市外通話扱いとなっている。一方で旧湯来町地域は廿日市MAのため、今は広島市佐伯区の一部でありながら、廿日市市からは市内通話扱いとなる。

教育

大学

私立

短期大学

私立

高等学校

県立
私立

中学校

市立

小中一貫校

市立

小学校

市立

保育園、幼稚園

※公立のみ

  • 佐方保育園
  • 平良保育園
  • 原保育園
  • 宮内保育園
  • 宮園保育園
  • 地御前保育園
  • 阿品台東保育園
  • 阿品台西保育園
  • 友和保育園
  • 津田保育園
  • 宮島幼稚園
  • 吉和保育園
  • 深江保育園
  • 池田保育園
  • いもせ保育園
  • 丸石保育園
  • 鳴川保育園(廃止)

特別支援学校

県立

交通

鉄道

中心となる駅はJR山陽本線の廿日市駅。ただし利用者総数が最も多いのは宮内串戸駅である[43][44]。

新幹線

市内に駅は存在しない。山陽新幹線が広島駅 - 新岩国駅間で当市を通過するが、トンネル区間が多い。

鉄道路線

西日本旅客鉄道(JR西日本)
広島電鉄(広電)

索道

広島観光開発
  • 宮島ロープウェー:紅葉谷駅 - 榧谷駅 - 獅子岩駅

バス

路線バス

コミュニティ交通

廿日市さくらバス

道路

高速道路

国道

その他の道路

(広島県道30号廿日市佐伯線を除く主要地方道および一般県道の市内の区間の維持管理権限は、2008年(平成20年)6月に広島県から廿日市市へ移管)

道の駅

まちの駅

航路

港湾

船舶

宮島航路
JR西日本宮島フェリー
宮島連絡船: 宮島口桟橋 - 宮島桟橋
宮島松大汽船
宮島航路: 宮島口桟橋 - 宮島桟橋
瀬戸内シーライン
広島・元宇品〜宮島航路:広島港(宇品) - グランドプリンスホテル広島前 - 宮島港3号桟橋
アクアネット広島
ひろしま世界遺産航路:元安桟橋(広島平和公園) - 宮島港3号桟橋
大野宮島航路:大野桟橋[52] - 宮島港3号桟橋
宮島口宮島航路:宮島口桟橋 - 宮島港3号桟橋
瀬戸内海汽船
宮島・呉ブルーライン(4-11月の土日祝限定運航):宮島港 - 呉港

船舶で宮島を訪れる人の数は、上記のほかチャーター便などもあわせて年間283万人以上(2006年)にのぼる[53]。

観光

百選

名所・旧跡

廿日市地区
桜尾城跡(桂公園) - 小早川隆景居城。その後、城主のひとり桂元澄の子孫桂太郎が土地を買収して寄贈したことで桂公園の名前が付けられている。
篠尾山-廿日市天満宮
洞雲寺 - 陶晴賢墓所
速谷神社
地御前神社
極楽寺山・極楽寺
アルカディアビレッジ
佐伯地区
岩倉温泉
小瀬川温泉
吉和地区
もみのき森林公園、もみのき森林公園スキー場
女鹿平温泉、女鹿平温泉めがひらスキー場
クヴェーレ吉和
ウッドワン美術館
潮原温泉
宮島地区
日本三景「安芸の宮島」
元来は、弥山の山頂から望む多島海の景観が「日本三景」。
厳島神社および弥山原生林(世界遺産)
宮島水族館
大聖院
大野地区
大頭神社
妹背(いもせ)の滝
おおの自然観察の森
経小屋山
ちゅーピーパーク ※閉業
中国新聞社広島工場。中国新聞、朝日新聞(中四国向けの大阪本社版と山口県東部向けの西部本社版を印刷)、日刊スポーツ、デイリースポーツなどを印刷。旧チチヤスハイパーク。
宮浜温泉
宮島競艇場

文化・名物

名産・特産

廿日市地区
けん玉、カキ(地御前かき)、醤油、コイ
吉和地区
わさび、あわび茸
宮島地区
もみじ饅頭、しゃもじ、宮島細工
大野地区
アサリ(大野あさり)、カキ

方言

全域で広島弁(安芸方言)が使われる。都市化により、他地域から転入してきた住民も増えてきてはいるが、彼らの多くがほどなく日常生活で広島弁を使いはじめるほど、広島弁の影響が強い。 なお、近接する山口弁(とくに岩国市などの山口東部方言)の影響も受けており、廿日市市内を西へ行くほどその影響が濃くなる。

廿日市市で用いられる山口弁の語彙の例
「せんない(仕方がない、面倒くさい)」「〜しちょる(〜している)」「ぶち(とても)」
それぞれ、広島弁の「たいぎい」「〜しとる」「ばり」に対応するが、ニュアンスが微妙に異なるために両方の語彙が混在している。

スポーツ

野球

バスケットボール

サッカー

出身関連著名人

出身著名人

政財界・法曹界
学術・文化・芸術界
音楽・芸能界・アナウンサー
スポーツ選手

ゆかりのある人物

  • 安村通芳 - 社会起業家・モビリティクリエイター。廿日市市在住。株式会社TOWN DESIGN LABO代表取締役。空き家活用・グランピング事業・AI実装支援など地域課題解決に取り組む。国土交通省「地域の空き家・空き地等の利活用等に関するモデル事業」採択(2018年度・全国54団体の1つ)[55][56]。

廿日市市を舞台とする作品

文学

漫画

音楽

  • 夕陽の笛 - 作詞:石本美由紀、作曲:木下忠司、歌:ひばり児童合唱団(1969年)
  • 安芸の宮島 - 作詞:仁井谷俊也 / 作曲:弦哲也 / 編曲:前田俊明 / 歌:水森かおり(2009年)
  • 宮島街道 - 作詞:おきせてる美 / 作曲・歌:坪北紗綾香 / 編曲:加藤健一(2010年)
  • 桜と空に折り鶴を〜はつかいち平和の歌〜 - 作詞・作曲:植広佳巳 / 歌:四季が丘小学校合唱団&ムジークシュトラーセン(2012年)
  • 明日へ羽ばたけ はつかいち〜はつかいち音頭〜 - 作詞:三宅立美 / 作曲:田中一夫 / 歌:北川ひろし(2013年)

映画

ドラマ

  • 『特別機動捜査隊』NETテレビ(テレビ朝日) 1970年8月12日、第458話「白い心の旅路」 - 中国醸造(現・SAKURAO DISTILLERY)、宮島、大野宮浜温泉等。[68]
  • 『西部警察 PART-II』テレビ朝日 1982年10月17日・10月24日、第18話「広島市街パニック!!」・第19話「燃えろ!!南十字星」 - 宮島口、宮島フェリー、旧大野町等。[69]
  • 『土曜ワイド劇場』朝日放送 1984年10月20日、『フルムーン探偵』「日本三景めぐり」 - 宮浜温泉、宮島等。[70]
  • 『火曜サスペンス劇場』日本テレビ 2002年7月9日、松本清張スペシャル『事故』 - 宮島、安芸グランドホテル等
  • 『土曜ワイド劇場』朝日放送 2003年2月15日「京都殺人案内26 殺しを告げる女!16年目の償い」 - 廿日市市、宮島等
  • 『金曜プレステージ』フジテレビ 2008年9月19日、『浅見光彦シリーズ』(第32作)『箱庭』 - 宮島、大野鳴川(ヤクショウ鼻)等。[71]
  • 『ナンバMG5』フジテレビ 2022年6月8日、第8話「修学旅行で初恋!? 青春の宮島で大嵐の予感!」 - 宮島(厳島神社、表参道商店街、宮島フェリー)等。[72]

アニメ

脚注

注釈

  1. ↑ 「738-03xx」地域は元・吉和郵便局管轄。2006年に吉和郵便局の無集配局化に伴って佐伯郵便局へ移管。
  2. ↑ 「739-05xx」地域は元・宮島郵便局管轄。1995年に宮島郵便局の無集配局化に伴って大野郵便局へ移管。

出典

  1. ↑ “けん玉のまち廿日市”. 廿日市市. 2026年3月19日閲覧。
  2. ↑ ビジネスパーソンの「住みよい街」は?<2024>,日経BP総合研究所
  3. ↑ 「評判」と「実績」で見る子育てしやすい自治体ランキング2024,日経BP総合研究所
  4. ↑ 広島地方気象台/季節現象
  5. ↑ 廿日市市国民保護計画 第1章総論
  6. ↑ よしわナビ(廿日市市観光協会吉和支部) より
  7. ↑ 国土交通省「豪雪地帯の地域指定図」
  8. ↑ 『吉和村誌 第一集』(p.46)
  9. ↑ “平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2026年6月26日閲覧。
  10. ↑ “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2026年6月26日閲覧。
  11. 1 2 廿日市市まち・ひと・しごと創生人口ビジョン
  12. 1 2 3 4 国勢調査 - 広島県ホームページ
  13. 1 2 国勢調査 - 廿日市市ホームページ
  14. ↑ 藤野次史「広島県佐伯郡佐伯町神宮原遺跡採集の遺物」『旧石器考古学』43 (1991) 旧石器文化談話会
  15. ↑ “「真のまほろばは冠高原」 広島・廿日市で冠遺跡の発掘調査報告会:朝日新聞”. 朝日新聞 (2026年3月2日). 2026年10月8日閲覧。
  16. 1 2 3 4 『廿日市町史 通史編(上)』 廿日市町 1988
  17. ↑ 河瀬正利「広島県佐伯郡廿日市町地御前南遺跡出土の遺物について」『広島大学文学部帝釈峡遺跡群発掘調査室年報VII』(1984) 広島大学文学部帝釈峡遺跡群発掘調査室
  18. ↑ 中越利夫「大野瀬戸周辺の遺跡・遺物 (1)」『内海文化研究紀要』第23号 (1994) 広島大学文学部内海文化研究施設
  19. ↑ 『財団法人広島県教育事業団発掘調査報告書第15集 大野郷遺跡 大野町中央地区土地区画整理事業に係る埋蔵文化財発掘調査報告書』 (財)広島県教育事業団 2006
  20. ↑ 古瀬清秀他「厳島における考古学的踏査とその検討 (1)-(4)」『内海文化研究紀要』第34-37号 (2006-2009) 広島大学大学院文学研究科付属内海文化研究施設
  21. 1 2 清野謙次「安藝國佐伯郡大野村高畑貝塚」 『日本石器時代人研究』 岡書院 1928
  22. ↑ 大島忞『大野町文化財協会シリーズ第三集 ふるさとの歴史散歩』 大野町文化財協会 1984
  23. ↑ 『広島県埋蔵文化財調査センター調査報告書第48集 郷貝塚発掘調査報告書』 (財)広島県埋蔵文化財調査センター 1986
  24. ↑ 廿日市宿 コトバンク 2024年5月30日閲覧。
  25. ↑ 残念社 一般社団法人はつかいち観光協会 2024年5月30日閲覧。
  26. ↑ 幕末の廿日市町屋の悲劇 廿日市市郷土文化研究会 2024年7月29日閲覧。
  27. ↑ 五十公野裕也『いま訪ねるべき 日本の鉱山跡30』イカロス出版、2024年8月30日、196頁。ISBN 978-4-8022-1484-1。
  28. ↑ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、100頁。ISBN 978-4-10-320523-4。
  29. ↑ 宮内庁『昭和天皇実録第十一』東京書籍、2017年3月30日、276頁。ISBN 978-4-487-74411-4。
  30. 1 2 3 “副市長に新たに村上雅信氏 廿日市市議会が選任案同意”. 中国新聞デジタル (2023年12月21日). 2024年3月15日閲覧。
  31. ↑ “生田教育長の再任案に同意 廿日市市議会”. 中国新聞デジタル (2024年3月21日). 2025年6月19日閲覧。
  32. ↑ “教育長と教育委員の紹介”. 廿日市市 (2023年11月13日). 2024年3月22日閲覧。
  33. 1 2 “議長と副議長│廿日市市議会”. 廿日市市議会 (2025年4月9日). 2025年5月27日閲覧。
  34. ↑ “議員名簿 会派別 - 広島県廿日市市”. 廿日市市議会事務局 (2023年11月2日). 2024年2月13日閲覧。
  35. ↑ 地方合同庁舎が落成 国の3機関一カ所に - 西広島タイムス 2008年10月17日付
  36. ↑ “廿日市市が米ハワイ郡と姉妹都市協定 明治時代に移住”. NHK. 2024年5月3日閲覧。
  37. ↑ 中国新聞2009年5月17日付「世界遺産PRへ日仏連携 厳島神社で調印式」
  38. ↑ 西広島タイムス2009年5月22日号「廿日市市と仏のモン・サン=ミッシェル 世界文化遺産有する両市が観光友好都市提携 」 Archived 2010年1月13日, at the Wayback Machine.
  39. ↑ けん玉 - はつかいち旅ナビ
  40. ↑ 地御前かき 全国旅行情報サイト「ジャパン・ヨンナナ・ゴー」 2023年7月25日閲覧。
  41. ↑ 面積データは 社団法人日本ショッピングセンター協会 都道府県別SC一覧(PDF)
  42. ↑ “廿日市でグランピングイベント 全国2例目の民間単独開催”. 広島経済新聞 (2016年8月19日). 2026年3月20日閲覧。
  43. ↑ 廿日市市国民保護計画 p.11(PDF)
  44. ↑ 廿日市市統計書(2010年版)H.運輸・通信(PDF)。JRは乗車人数、広電は利用者総数のため注意。
  45. ↑ バス情報 路線バス 広電バス
  46. ↑ 石見交通株式会社
  47. ↑ 宮島口空港線 ひろでんモビリティサービス
  48. ↑ 吉和での自家用有償旅客運送事業「ほっとバス」 廿日市市
  49. ↑ 楽々キャブ 大野第一区ホームページ
  50. ↑ 宮島島内での移動 はつたび 広島県廿日市市観光公式サイト
  51. ↑ 大竹・栗谷線バス 大竹市
  52. ↑ “宮島大野航路”. アクアネット広島. 2011年11月17日閲覧。
  53. ↑ 廿日市市統計書(2007年版)H.運輸・通信
  54. ↑ “檜山修之(ひやまのぶゆき)の解説”. goo人名事典. 2021年12月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月3日閲覧。
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  56. ↑ “みんなが身近な課題を解決していけば、居心地のいい県になる”. 広島県 (2023年1月25日). 2026年3月23日閲覧。
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  63. ↑ “夜霧の慕情 - 日活”. 2026年8月27日閲覧。
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  71. ↑ “箱庭 ロケ地情報 - 全国ロケ地ガイド”. 2026年8月27日閲覧。
  72. ↑ “ナンバMG5 第8話 あらすじ - フジテレビ”. 2026年8月27日閲覧。

関連項目

外部リンク