東口順昭

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東口 順昭
サッカー日本代表での東口順昭(2018年)
名前
愛称 ヒガシ、ガシにい
カタカナ ヒガシグチ マサアキ
ラテン文字 HIGASHIGUCHI Masaaki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-05-12) 1986年5月12日(40歳)
出身地 大阪府高槻市
身長 184cm
体重 78kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ガンバ大阪
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
ユース
2002-2004 日本の旗 洛南高等学校
2005-2006 日本の旗 福井工業大学
2007-2008 日本の旗 新潟経営大学
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2009-2013 日本の旗 アルビレックス新潟 84 (0)
2014- 日本の旗 ガンバ大阪 325 (0)
代表歴2
2011-2019 日本の旗 日本 8 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月8日現在。
2. 2019年3月22日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

東口 順昭(ひがしぐち まさあき、1986年5月12日 - )は、大阪府高槻市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ガンバ大阪所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。元日本代表。

来歴

プロ入り前

7歳から大阪でサッカーを始める。小学校時代はフォワードだったがある試合でチームメートとのじゃんけんに負けた事でゴールキーパーとしてプレーする機会を得た。当初はゴールキーパーとしてプレーするのが嫌で監督に「フォワードとしてプレーさせてくれ」と頼んだ事もあるというが、プレーの内容がよかったことから重要な試合でゴールキーパーとしてプレーする機会が増えていった[1]。

芝谷中学校時代はガンバ大阪ジュニアユースでプレーしていたが、身長が低いこと(当時は170cm以下と小柄だった)などの理由からユースへは昇格できず、金光大阪高校のセレクションも落選[2]、洛南高校に入学した。高校では入学時に162cmだった身長は180cmにまで伸びたものの[3]、3年時に高校サッカー選手権大会の京都府予選で決勝まで進出するもPK戦で惜しくも敗戦し、全国へ行くことは出来なかった。高校卒業後は福井工業大学に進学。しかし2年時にサッカー部が解散したため、新潟経営大学に転入。2007年にはユニバーシアード代表に選出され、2008年はデンソーカップを受賞するなど徐々に頭角を現し、アルビレックス新潟の特別指定選手に登録された。

アルビレックス新潟

プロ入りに際しては古巣のガンバ大阪からもオファーがあった[要出典]ものの、大学卒業後は自ら「サッカー人生の転機になった」と語る新潟に加入。6月7日にナビスコ杯予選リーグ第6節サンフレッチェ広島戦にて公式戦デビューを果たしたが、5失点を喫した。[要出典]

2010年は黒河貴矢、高木貴弘に次ぐ第3GKと目されていたが、高木が開幕前に負傷離脱し、黒河もJ1第2節ジュビロ磐田戦で負傷退場したため、急きょ途中出場しJリーグデビューを果たした。試合は1-0とリードした場面で同点ゴールを決められるというほろ苦いものであった(試合は1-1のまま終了)。[要出典]その後はレギュラーの座を譲らなかったが、J1第14節ベガルタ仙台戦で左眼窩壁骨折および鼻骨骨折の全治3ヶ月の重傷を負い一時戦列を離れた。怪我から復帰するとレギュラーに返り咲き、最終的にリーグ戦25試合に出場。飛躍の1年となった。

2011年はプロ入り後初めて開幕スタメン入りを果たすなど先発出場を続けていたが、8月28日に行われたファン感謝イベントのサマーフェスタ2011のリラックスゲームで右膝前十字靭帯損傷、全治8ヶ月の重傷を負い[4]、急きょ移籍加入した武田洋平を登録するため、9月9日付けで選手登録を抹消された[5]。

2012年はリハビリからのスタートとなったが、4月4日のナビスコ杯予選リーグ第2節清水エスパルス戦で約7ヶ月ぶりに先発復帰を果たした。また、7月21日に行われた東日本大震災復興支援 2012JリーグスペシャルマッチのJリーグ選抜メンバーに選出[6]。前半45分間に出場し、Jリーグ TEAM AS ONEの元イタリア代表FWアレッサンドロ・デル・ピエロと対戦した。チームが得点力不足で苦しむ中でも安定した守りで鼓舞していたが、10月13日のザスパ草津U-23とのトレーニングマッチで負傷。右ひざ前十字靭帯再断裂ならびに内側側副靭帯損傷で全治8ヶ月となり、2年連続での長期離脱となった[7]。

2013年7月6日のJ1第14節柏レイソル戦で、約9カ月ぶりに公式戦復帰を果たした。復帰以降は守護神として後半戦を首位で乗り切ったチームを支え、第33節横浜F・マリノス戦では好セーブを連発し、勝利に貢献。マリノスのリーグ優勝を阻止する活躍を見せた。[要出典]

ガンバ大阪

2013年12月16日、ガンバ大阪へ完全移籍[8][9]。ジュニアユース時代を過ごしたガンバへ13年ぶりに復帰となった。1年通して大きな怪我なくプロ入り後では初めてリーグ戦全試合にフル出場。リーグ優勝がかかったシーズン終盤の第32節浦和戦や第33節神戸戦ではファインセーブを連発し、11月・12月のJリーグ月間MVPを受賞[10]。シーズン通して安定したセービングを披露し、失点数はリーグ2位タイの31失点に抑え、完封試合はガンバのクラブ新記録となる14試合を記録するなど、ガンバのリーグ優勝さらには国内三冠達成に大きく貢献[11]。監督の長谷川健太からはチームのMVPに指名され[12]、同年度の日刊スポーツ 提供「黄金の脚賞」を受賞。また、ガンバの公式応援番組『GAMBA TV〜青と黒〜』の年末特別企画「ガンバTVアウォーズ」ではMVPに選出された。

2015年も前年に劣らぬ高いパフォーマンスを見せ、1年通して大きな怪我無く過ごした。代表召集期間と重なったナビスコカップ準々決勝・準決勝、スルガ銀行CSを除く公式戦全試合に出場し2年連続でガンバTVアウォーズのMVPを受賞。CS準決勝浦和戦ではビッグセーブを連発して浦和の猛攻を防ぎ、さらに丹羽大輝のあわやオウンゴールになりかけたバックパスをわずかに足先で触れることで軌道を逸らし失点を防ぐと、そこから自身がつなげたボールが藤春廣輝の決勝点を呼び込む活躍を見せ、Jリーグが選ぶ同試合のMOMに選出された[13]。天皇杯決勝の浦和レッズ戦でも味方の倍以上のシュートを浴びながら[要出典]1失点に抑えガンバの天皇杯連覇に貢献した。

2018年4月21日に行われたセレッソ大阪戦で、味方の三浦弦太と接触し、右頬骨と右眼窩底を骨折。怪我から3週間で練習に復帰し、5月12日の横浜F・マリノス戦にて先発復帰を果たし[14]、アイマスクを装着して出場。その後、危ぶまれたロシアW杯メンバーにも選出された。

2020年、開幕戦の横浜F・マリノス戦の勝利以降、幾多のファインセーブを披露し、チームの2位と天皇杯準優勝に貢献した。

2021年11月3日、第34節の横浜F・マリノス戦でJ1通算350試合、J1通算100試合完封を達成。[要出典]

2022年、シーズン開幕前に負傷し、長期離脱を余儀なくされる。6月18日の第18節横浜F・マリノス戦でスタメン出場し、約半年ぶりに公式戦復帰を果たした。

2023年は、シーズン序盤は湘南ベルマーレへの期限付き移籍から復帰した谷晃生が台頭し、自身はリーグ戦ではベンチを温める日々が続いていたが、チームの成績と谷のパフォーマンスが不調だったことで、5月中旬からスタメンの座を再奪取し、第33節まで出場を続けた。

2024年は、自身が前年終盤に負傷離脱したことで、期限付き移籍から復帰した一森純が先発の座を勝ち取り、それ以降は自身が再離脱したことなども相まって、同年の公式戦出場は6月12日の天皇杯2回戦・福島ユナイテッドFC戦の1試合に留まり、ルーキーイヤー以来となるリーグ戦出場が0に終わった。

2025年も、リーグ戦は一森が全試合スタメン出場を続け、自身はカップ戦での起用となり、ルヴァンカップはチームが戦った全3試合に出場。天皇杯は怪我で離脱していたため、チームが戦った2試合は一森が出場した。9月に開幕したACL2 2025/26ではGS初戦から全試合に出場し、安定したセーブを披露。第4節のアウェイ・ナムディンFC戦でも安定したセーブを見せて無失点で勝利に貢献し、チームはGS突破を決めた。11月9日、J1第36節のヴィッセル神戸戦で自身はベンチスタートだったが、後半30分に直前のPKかと思われたシーンがVAR判定によりPK無しとなったことに対して自チームの給水ボトルが入ったバッグを蹴飛ばして不服な態度を示したことで、試合に出ていない状態でキャリア初のレッドカードを受け一発退場となった。[要出典]

正GK一森が負傷離脱したことに伴い、12月6日の最終節となる第38節の東京ヴェルディ戦で先発し、J1リーグ戦2年ぶりの出場を飾った。

2026年、シーズン移行に伴い開催される半年間の特別大会となる明治安田J1百年構想リーグにおいて、一森の負傷離脱に伴い、開幕戦となったアウェイでの大阪ダービーで5年ぶりに開幕スタメンに抜擢され、90分を通して無失点に抑えてスコアレスで終えると、同大会の特別ルールとなるPK戦に突入し、自身のセーブはなかったものの、5本目は相手がクロスバーに当て、最後はチームメイトが決めてダービー勝利となった。[要出典]以降も正GKとして連続出場を続けていたが、4月22日に行われたJ1百年構想リーグ・地域リーグラウンド第17節のアビスパ福岡戦で荒木琉偉が初先発初出場に抜擢されると、以降は荒木にポジションを譲り、ベンチスタートが続いた。5月16日にサウジアラビア・リヤドで行われたACL2決勝も荒木が出場し、ベンチスタートとなった。それでもチームはACL2を制覇し、自身は大会準決勝まで出場。11シーズンぶり10個目のタイトル獲得に貢献した。5月30日にホームで行われたJ1百年構想リーグ・プレーオフラウンド第1戦の東京ヴェルディ戦で先発。公式戦9試合ぶりの出場となり、J1百年構想リーグは12試合に出場した。

2026-27シーズンは荒木琉偉、一森純に次ぐ3番手で時々ベンチ入りするに留まり、出場機会が訪れない日々が続く。同シーズンより新設されたU-21 Jリーグにおいて、9月13日にホームで行われた第2節のU-21ヴィッセル神戸戦に自ら志願し、オーバーエイジ枠で先発フル出場。シーズン初出場を果たす。その後はトップチームで9月23日に行われた天皇杯3回戦の徳島ヴォルティス戦とACLエリート出場により1stラウンド4回戦からシードとなったルヴァンカップ初戦の柏レイソル戦に出場。10月24日、ホームで行われたJ1第12節の京都サンガF.C.戦では先発出場した一森が後半にDOGSOによりレッドカードで一発退場となったことから、途中出場し同シーズンのJ1リーグ戦初出場を果たした。

日本代表

2011年、AFCアジアカップ2011の日本代表予備登録メンバーに選出された。3月29日の「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」では日本代表の本メンバーに選出される。試合には川島永嗣、西川周作に次いで交代出場し、国際AマッチではないもののA代表デビューを果たす。出場時間帯にJリーグ選抜のFW三浦知良に得点を献上した[15]。同年行われたキリンカップにも招集された。

前述の新潟での負傷による長期離脱を経験して以降はA代表からは遠ざかっていたが、2014年11月に約3年ぶりに日本代表に招集される。12月には自身にとって初の国際大会となるAFCアジアカップ2015の代表メンバーに選出された。2015年8月9日、 EAFF東アジアカップ2015の対中国戦で初招集から約4年越しで国際Aマッチ初デビューを飾った。

2018年、前述のG大阪での目の負傷があり離脱したことで危ぶまれていたが、短期間で復帰し、2018 FIFAワールドカップのメンバー入りを果たした[16]。大会中は、正GKの川島永嗣のパフォーマンスが安定しなかった事もあり、メディアから東口や中村航輔を推す声も出た[17] が、出場機会は無かった。その後、9月10日に放送された『GAMBA TV〜青と黒〜』で、ゲスト出演したW杯で監督だった西野朗にVTRで「どうしたら使われたんですか?」と直球の質問をし、「(東口は)最高の準備をしたと思う。ただ、キーパーは継続して使う、代えて好転させる、(2つ選択肢がある中で)自分は継続を選んでしまいました」と西野から川島を起用し続けた理由を聞いている[18]。9月に日本代表監督に就任した森保一の初陣のメンバーに選ばれ、11日に自身が所属するG大阪のホームスタジアムであるパナソニックスタジアム吹田で行われた森保一体制初陣となるキリンチャレンジカップ・コスタリカ戦でスタメンとして出場。12月12日、AFCアジアカップ2019の日本代表メンバーに選出され、本大会では大会期間中に負傷し、短期間で回復したものの、決勝までメンバーで唯一出場機会はなかった。なお、2019年3月を最後に、代表からは遠ざかっている。

人物・エピソード

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006福井工大21---1010
2008新潟経大1--1010
2009新潟21J100100010
20102505020320
201114000-140
20122404000280
20132100010220
2014G大阪134010060500
20153401040420
20163401010360
20173300020350
20182903000320
20193406020420
20203401020370
20213802010410
20221900010200
20232306000290
202400001010
202510300040
2026J1特別120--120
2026-27J1
通算日本J1 39704302304630
日本J1特別 120--120
日本その他 --2020
総通算 40904302504770

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2026-27U-21G大阪1U-21
通算日本U-21
総通算
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2015G大阪1120
201650
201750
202140
2025/26/2120
通算AFC 380

その他の国際大会

  • 2008年は特別指定選手としての出場はなし
出場歴

タイトル

クラブ

福井工業大学
新潟経営大学
ガンバ大阪

代表

日本代表

個人

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 8試合0得点(2011年 - 2019年)
日本代表国際Aマッチ
年出場得点
201100
201400
201510
201610
201720
201830
201910
通算 80

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2015年8月9日 中華人民共和国の旗武漢 武漢体育中心 中華人民共和国の旗 中国 △1-1 ヴァイッド・ハリルホジッチ EAFF東アジアカップ2015
2. 2016年3月24日 日本の旗さいたま 埼玉スタジアム2002 アフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン ○5-0 2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ2019・2次予選
3. 2017年10月10日 日本の旗横浜 日産スタジアム ハイチの旗 ハイチ △3-3 キリンチャレンジカップ2017
4. 2017年12月12日 日本の旗東京 味の素スタジアム 中華人民共和国の旗 中国 ○2-1 EAFF E-1サッカー選手権2017
5. 2018年6月12日 オーストリアの旗インスブルック チボリ・シュタディオン パラグアイの旗 パラグアイ ○4-2 西野朗 国際親善試合
6. 2018年9月11日 日本の旗大阪 パナソニックスタジアム吹田 コスタリカの旗 コスタリカ ○3-0 森保一 キリンチャレンジカップ2018
7. 2018年10月16日 日本の旗さいたま 埼玉スタジアム2002 ウルグアイの旗 ウルグアイ ○4-3
8. 2019年3月22日 日本の旗横浜 日産スタジアム コロンビアの旗 コロンビア ●0-1 キリンチャレンジカップ2019

出典

  1. ↑ 野口智美「GK 21 東口 順昭 日々是進化。」エル・ゴラッソ関西版 No. 943(2010.1.20)p. 13
  2. ↑ 東口順昭“日本一のGKへ”vol.3「ユースに昇格できず…本田、家長ら“個が強い”同期との思い出」 ゲキサカ 2017年8月04日
  3. ↑ “Vol.1 ガンバ大阪/GK東口順昭”. REIBOLA (2014年12月8日). 2021年10月23日閲覧。
  4. ↑ 東口順昭選手の負傷について アルビレックス新潟公式サイト 2011年9月2日
  5. ↑ 登録選手追加・変更・抹消のお知らせ Jリーグ公式サイト 2011年9月9日 Archived 2011年9月26日, at the Wayback Machine.
  6. ↑ 東口 順昭選手 「東日本大震災復興支援 2012Jリーグスペシャルマッチ」 Jリーグ選抜メンバーに選出 アルビレックス新潟公式サイト 2012年7月6日
  7. ↑ 東口順昭選手の負傷について アルビレックス新潟公式HP 2012年10月14日
  8. ↑ GK 東口 順昭選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ ガンバ大阪公式HP 2013年12月16日
  9. ↑ 東口 順昭選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ アルビレックス新潟公式HP 2013年12月16日
  10. ↑ “【2014Jリーグ J1リーグ戦/J2リーグ戦】11・12月度の「コカ・コーラJリーグ月間MVP」決定 ~ J1:東口 順昭選手(ガンバ大阪)”. Jリーグ公式サイト (2014年12月8日). 2014年12月19日閲覧。
  11. ↑ “守護神・東口、古巣に9年ぶりVもたらす「1歩ずつ乗り越えてきた結果」”. フットボールチャンネル. 2014年12月6日. 2014年12月19日閲覧.
  12. ↑ “フットボールチャンネルが選ぶ2014年ベスト30。日本一のGKへ―。大阪の雄が誇る“守護神”東口順昭(3位)”. フットボールチャンネル. 2014年12月26日. 2014年12月29日閲覧.
  13. ↑ 『明治安田生命2015Jリーグチャンピオンシップ 決勝進出クラブ決定!! 決勝はサンフレッチェ広島 vs ガンバ大阪 ~準決勝のMOMは、東口 順昭選手が獲得~』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2015年11月28日。2016年1月10日閲覧。
  14. ↑ GK東口順昭が怪我で得た割り切り。「絶対止めなあかん」が強すぎた? Number 2018年6月25日
  15. ↑ 東口、複雑なフル代表デビュー Goal.com 2011年3月30日
  16. ↑ 苦労の連続、糧に成長 ロシアW杯へ・東口順昭選手 京都新聞 2018年6月14日
  17. ↑ GK川島の「落ち度」とは W杯失点に不安、次戦は交代? j-cast(2018年6月20日)
  18. ↑ 西野前監督 今明かすベルギー戦後の沈黙の理由とは…「2―0が一番危ないのに」 スポニチ 2018年09月07日
  19. ↑ アルビレックス新潟オフィシャルハンドブック2009
  20. ↑ 東口順昭“日本一のGKへ”vol.2「ジュニアユース時代の挫折と“えげつない”ライバル」 ゲキサカ 2017年7月21日

関連項目

外部リンク