井手口陽介

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井手口 陽介
名前
愛称 グチ、タトゥー
カタカナ イデグチ ヨウスケ
ラテン文字 IDEGUCHI Yosuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1996-08-23) 1996年8月23日(28歳)
出身地 福岡県福岡市博多区[1]
身長 171cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ヴィッセル神戸
ポジション MF(CMF)
背番号 7
利き足 右足
ユース
2006 中央FC(福岡市立板付小学校)
2007 ストリートSC(福岡市立板付小学校)
2008 油山カメリアFC(福岡市立板付小学校)
2009-2011 ガンバ大阪ジュニアユース
2012-2013 ガンバ大阪ユース
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2014-2017 日本の旗 ガンバ大阪 60 (8)
2014-2015 →日本の旗 Jリーグ・アンダー22選抜 11 (1)
2018-2019 イングランドの旗 リーズ・ユナイテッドAFC 0 (0)
2018 →スペインの旗 クルトゥラル・レオネサ(loan) 5 (0)
2018-2019 →ドイツの旗 SpVggグロイター・フュルト(loan) 7 (1)
2019-2021 日本の旗 ガンバ大阪 67 (6)
2022-2023 スコットランドの旗 セルティックFC 3 (0)
2023 →日本の旗 アビスパ福岡(loan) 21 (0)
2024- 日本の旗 ヴィッセル神戸 28 (0)
代表歴2
2016  日本 U-23 4 (1)
2017-2019  日本 15 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月8日現在。
2. 2019年12月18日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

井手口 陽介(いでぐち ようすけ、1996年8月23日 - )は、福岡県福岡市博多区出身[1] のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションはミッドフィールダー。元日本代表。

兄の井手口正昭も元プロサッカー選手。

来歴

プロ入り前

幼少時から、既にサッカーをしていた8歳上と5歳上の2人の兄以上にサッカーに没頭、小学1年生の時に開催された2002 FIFAワールドカップでは、当時、ロナウドのファンだったため、ブラジル代表の試合は全てビデオ録画し、気に入ったシーンを何度も巻き戻してチェックするほどだった[2]。小学4年生で中央FCに入団(翌年チーム名がストリートSCに変更)、小学6年で油山カメリアFCに移籍[2]、当時のポジションはフォワードだった[2]。同時にアビスパ福岡スーパースクールに通う。アビスパ福岡ジュニアに所属していた5歳年上の次兄が、当時原口元気が所属していた埼玉・江南南サッカー少年団と対戦した試合を見て、江南南のプレーの質の高さに驚いた母が「陽介が中学生になるタイミングには福岡を出て、より高いレベルに挑戦させてみたい」と考え、陽介にガンバ大阪ジュニアユースのセレクション受験を提案[2]、セレクションで本人の手応えはなかったものの、選考にあたったガンバ大阪アカデミーのスタッフ全員が満場一致でその才能に太鼓判を押し、最終選考を待たずして早々と合格を告げられ[3]、中学進学時に阪南大学の選手だった長兄のいる大阪に渡りガンバ大阪ジュニアユースに入団。早くから頭角を現し中心選手として活躍、2011年のメニコンカップ クラブユース東西対抗戦では最優秀選手賞を受賞する[3]。また、2011年末には飛び級でユースチームの練習に参加し、その年のJユースカップにも出場した。ユース昇格後は年代別代表にも選出され、高校2年生の2013年には、トップチームに2種登録選手として登録された[4]。

ガンバ大阪時代

2014年、トップチームのキャンプに参加し3月19日のナビスコカップ・グループリーグ第1節神戸戦では公式戦初のベンチ入りを果たした。3月31日、ガンバ大阪のトップチームへの昇格が発表された[5]。ガンバ大阪でのユースチーム在籍中のトップチームへの飛び級昇格は宇佐美貴史以来5人目となった[3]。4月16日、ナビスコカップ鳥栖戦で公式戦デビューを果たした。

2015年4月29日の松本山雅FC戦でJ1リーグ戦デビューした。その後はベンチ入りする機会すらほとんどなかったが、シーズン終盤になると主に試合後半の守備要員として投入され、チャンピオンシップでも2試合途中出場した。天皇杯決勝浦和戦では試合開始早々に米倉恒貴が負傷交代したことで、サイドバックに回った今野泰幸に代わりボランチを務め、勝ち越した後半は浦和の猛攻を受けるも中盤でのボール奪取能力を発揮し浦和の攻撃を凌ぎきりガンバの天皇杯連覇に貢献した[6]。

2016年、前半戦はU-23代表との兼ね合いで出場機会が限られたが、後半戦は主力に定着。9月17日、豊田スタジアムにてJ1リーグ初ゴールを記録。また、10月にはルヴァンカップでの活躍が認められ、ニューヒーロー賞を受賞した。ガンバでは2007年の安田理大、2014年の宇佐美貴史以来3人目。10月22日、2ndステージ第15節の横浜F・マリノス戦では自身初の1試合2得点を決める活躍を見せた[7]。Jリーグカップ決勝の浦和レッズ戦では豊富な運動量でボール奪取能力を発揮したがチームはPK戦の末敗れた。シーズン終了後のJリーグアウォーズではJリーグベストヤングプレーヤー賞を受賞。ガンバでは宇佐美貴史以来2人目、Jリーグカップニューヒーロー賞とのW受賞は2002年の坪井慶介以来14年ぶり3人目となった。また同年度の日刊スポーツ 提供「黄金の脚賞」を受賞し[8]、ガンバの公式応援番組『GAMBA TV〜青と黒〜』の年末特別企画「GAMBA TV アウォーズ」においてMVPを受賞した。

2017年、背番号が「8」番に変更された。3月1日、AFCチャンピオンズリーグ2017の済州ユナイテッドFC戦で負傷離脱してしまったが、19日の浦和レッズ戦で途中交代から復帰を果たした。4月21日、第8節の大宮アルディージャ戦でミドルシュートを決めたが、清水の金子翔太が決めたJ1通算2万ゴールの記録には数分間に合わなかった。

クルトゥラル・レオネサ時代

2018年1月9日、イングランドのリーズ・ユナイテッドAFCへの完全移籍が発表された。契約期間は2022年夏までの4年半。イギリスの労働ビザ発行基準を満たしていないため、スペインのクルトゥラル・レオネサへの2017-18シーズン終了までのレンタル移籍も同時に発表された[9][10][11]。 1月21日、セグンダ・ディビシオン(スペイン2部)第23節のCAオサスナ戦で途中出場から移籍後初出場を果たした[12]。2月18日、第27節のラージョ・バジェカーノ戦で初先発[13]。クルトゥラルではリーグ戦5試合の出場にとどまった。

グロイター・フュルト時代

2018-19シーズン開幕に向けてリーズに復帰したが、新指揮官マルセロ・ビエルサの下では構想外となったため[14]、8月21日にブンデスリーガ2部・SpVggグロイター・フュルトへ買取りオプション付きで1年間のレンタル移籍が発表された[15][16]。9月25日、第5節のホルシュタイン・キール戦で移籍後初スタメンを果たすと、移籍後初ゴールを決めた[17] が、定位置確保には至らなかった。

ガンバ大阪復帰

2019年8月5日、ガンバ大阪に完全移籍で1年半ぶりに復帰することを発表した[18]。8月10日、第22節のサンフレッチェ広島戦で途中出場から復帰後初出場を果たした。8月23日、第24節の鹿島アントラーズ戦で移籍後初のフル出場を果たした[19]。11月30日、第33節の松本山雅FC戦では復帰後初ゴールを含む2得点を決めた[20]。

セルティックFC

2021年12月31日、スコティッシュ・プレミアシップのセルティックFCへの完全移籍が発表された[21]。2022年1月17日、第21節のハイバーニアンFC戦で途中出場から移籍後初出場を果たした[22] が、負傷に悩まされ、以降は出場機会を掴めなかった。

アビスパ福岡

2023年2月7日、地元の福岡県福岡市を本拠地とするアビスパ福岡へ期限付き移籍で加入することが発表された[23]。シーズン序盤では3月4日の第3節柏レイソル戦で負傷し戦線離脱したが、6月3日の古巣ガンバ大阪戦に復帰すると、その後はレギュラーに定着し、11月4日のルヴァンカップ決勝にもフル出場し、チームを優勝に導いてクラブ初タイトル獲得に貢献。

ヴィッセル神戸

2024年1月9日、ヴィッセル神戸へ完全移籍で加入することが発表された[24]。

日本代表

2016年、AFC U-23選手権2016のU-23日本代表メンバーに最年少として選出、グループリーグ第3戦のサウジアラビア戦ではインサイドハーフとして出場して貴重な2点目をあげた。7月1日、リオデジャネイロオリンピックの正式メンバーにチーム最年少として選出された。8月8日、グループステージ第2戦のU-23コロンビア戦ではボランチとして先発するも、自身の判断ミスから[25]テオフィロ・グティエレスの得点を許し[26] 2-2の引き分けに終わった。8月11日、第3戦のU-23スウェーデン戦では後半途中からインサイドハーフとして出場するも、チームはコロンビアに続いて3位で予選敗退に終わった。11月4日、キリンチャレンジカップとW杯アジア3次予選の日本代表メンバーに初召集されたが、出場は無かった。

2017年6月7日、キリンチャレンジカップのシリア戦で山口蛍に代わって途中出場し、A代表デビューを果たす[27]。6月13日、2018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選のイラク戦で代表初先発を飾った。8月31日の対オーストラリア戦では、82分にダメ押しとなる代表初ゴールを挙げ、日本代表の6大会連続W杯出場に貢献した[28]。21歳8日でのW杯最終予選ゴールは中田英寿に次ぐ若さでW杯出場決定試合では歴代最年少となった[29]。日本をW杯へ導く得点を挙げた事もあり、W杯メンバー入りが有力視されていたが、2018年に移籍したレオネサで出場機会に恵まれなかった影響もあり、日本代表から遠ざかり、W杯最終メンバーからも外れてしまった[30]。W杯メンバーからは外れたがバックアップメンバーに選ばれ、W杯に同行する予定になっていたが、リーズ・ユナイテッドからクラブ合流の要請があり、代表がロシア入りする前にチームを離れる事となった[31]。

日本代表の監督が森保一に交代して以降は暫くメンバーに選出されなかったが、2019年11月のキリンチャレンジカップ2019のメンバーに選出され、19日のベネズエラ戦で約1年半ぶりに代表復帰を果たした[32][33]。また、12月にはEAFF E-1サッカー選手権2019に出場する日本代表メンバーにも選出された[34][35]。

人物

  • U-17日本代表の監督をしていた吉武博文と反りが合わず、合宿でプレーに納得がいかなかった井手口がペットボトルを蹴り上げ、これを吉武監督が厳しく戒めた。頭ごなしに説教された井手口は苛立ちを抑えることができず、宿泊先のホテルのフロントに練習着を預け、勝手に合宿から離脱した。その後、U-17日本代表に招集されることはなかった[36]。
  • G大阪ユースに所属していた高校2年の頃、私生活で荒れサッカーを辞めることも考えたが、兄・正昭の説得と当時大病を患っていた母親の言葉で立ち直りプロでの活躍を目指すようになった[29]。
  • 2015年末に一般女性と入籍し[29]、2016年6月17日に長女が誕生した[37]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2014G大阪26J100200020
201521804040160
20162245010284
201783040031335
スペイン リーグ戦 国王杯オープン杯 期間通算
2017-18レオネサ19セグンダ5000-50
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
2018-19リーズ・U16FLC00--00
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2018-19グロイター・フュルト6ブンデス2部71--71
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2019G大阪15J11224010172
20202642000284
20212902031341
スコットランド リーグ戦 S・リーグ杯スコティッシュ杯 期間通算
2021-22セルティック21S・プレミア30-3060
2022-2300000000
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2023福岡99J12106050320
2024神戸72802061361
通算日本J1 1761427023322617
スペインセグンダ 5000-50
イングランドFLC 00--00
ドイツ2. ブンデス 71-0071
スコットランドS・プレミア 30003060
総通算 1911527026324418
その他の公式戦
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2014J-22-J33030
20158181
ドイツ リーグ戦 期間通算
2018-19グロイター・フュルトⅡ-ブンデス4部1010
通算日本J3 111111
ドイツ4部 1010
総通算 121121
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2015G大阪2110
201650
2017860
20211560
2024-25神戸76[注釈 1]0
通算AFC 240
その他の国際公式戦
出場歴

タイトル

クラブ

ガンバ大阪ユース
ガンバ大阪

セルティックFC

アビスパ福岡

ヴィッセル神戸

代表

U-19日本代表

U-23日本代表

個人

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 15試合 2得点(2017年 - 2019年)
日本代表国際Aマッチ
年出場得点
2017112
201810
201930
通算 152

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2017年6月7日日本の旗東京東京スタジアムシリアの旗 シリア△1-1ハリルホジッチキリンチャレンジカップ2017
2. 2017年6月13日イランの旗テヘランPASスタジアムイラクの旗 イラク△1-12018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
3. 2017年8月31日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002オーストラリアの旗 オーストラリア○2-0
4. 2017年9月5日サウジアラビアの旗ブライダキングアブドゥラースポーツシティスタジアムサウジアラビアの旗 サウジアラビア●0-1
5. 2017年10月6日日本の旗豊田豊田スタジアムニュージーランドの旗 ニュージーランド○2-1キリンチャレンジカップ2017
6. 2017年10月10日日本の旗横浜日産スタジアムハイチの旗 ハイチ△3-3
7. 2017年11月10日ベルギーの旗リールスタッド・ピエールモーロワブラジルの旗 ブラジル●1-3国際親善試合
8. 2017年11月14日ベルギーの旗ブルッヘヤン・ブレイデルスタディオンベルギーの旗 ベルギー●0-1
9. 2017年12月9日日本の旗東京味の素スタジアム朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮○1-0EAFF E-1サッカー選手権2017
10. 2017年12月12日中華人民共和国の旗 中国○2-1
11. 2017年12月16日大韓民国の旗 韓国●1-4
12. 2018年5月30日日本の旗横浜日産スタジアムガーナの旗 ガーナ●0-2西野朗キリンチャレンジカップ2018
13. 2019年11月19日日本の旗大阪パナソニックスタジアム吹田ベネズエラの旗 ベネズエラ●1-4森保一キリンチャレンジカップ2019
14. 2019年12月10日大韓民国の旗釜山釜山九徳スタジアム中華人民共和国の旗 中国○2-1EAFF E-1サッカー選手権2019
15. 2019年12月18日釜山アシアドメインスタジアム大韓民国の旗 韓国●0-1

ゴール

#開催年月日開催地 スタジアム対戦国勝敗試合概要
1.2017年8月31日日本の旗埼玉 埼玉スタジアム2002オーストラリアの旗 オーストラリア○2-02018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
2.2017年12月9日日本の旗調布 味の素スタジアム朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮○1-0EAFF E-1サッカー選手権2017

脚注

注釈

  1. ↑ 実際には計7試合に出場したが、第2節の山東泰山足球倶楽部戦が無効試合となった

出典

  1. 1 2 “MF8井手口 陽介”. ガンバ大阪. 2017年11月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年10月8日閲覧。
  2. 1 2 3 4 高村美砂 (2017年9月3日). “日本代表、井手口陽介のルーツを辿る~その才能はいかにして磨かれたのか(前編)”. SOCCER DIGEST WEB (日本スポーツ企画出版社) 2019年2月4日閲覧。
  3. 1 2 3 高村美砂 (2017年9月3日). “日本代表、井手口陽介のルーツを辿る~その才能はいかにして磨かれたのか(後編)”. SOCCER DIGEST WEB (日本スポーツ企画出版社) 2019年2月4日閲覧。
  4. ↑ 登録選手追加・変更・抹消のお知らせ - ウェイバックマシン(2014年1月7日アーカイブ分) Jリーグ公式サイト、2013年4月12日
  5. ↑ ガンバ大阪ユース MF 井手口陽介選手プロ契約のお知らせ ガンバ大阪オフィシャルサイト、2014年3月31日
  6. ↑ “【天皇杯】G大阪 2-1 浦和|遠藤、今野、明神のDNAを受け継ぐ若きボランチ。新時代を切り拓いた19歳の井手口が大舞台で示した可能性”. soccerdigestweb. (2016年1月1日) 2016年1月11日閲覧。
  7. ↑ 横浜中沢「化けますよ」2発のG大阪井手口を絶賛 日刊スポーツ(2016年10月22日)
  8. ↑ “「ミスターガンバ・黄金の脚賞」に井手口 活躍評価”. 日刊スポーツ. (2016年10月30日) 2019年2月4日閲覧。
  9. ↑ “FEE AGREED FOR YOSUKE IDEGUCHI”. リーズ・ユナイテッドAFC (2018年1月4日). 2018年1月4日閲覧。
  10. ↑ "WHITES COMPLETE YOSUKE IDEGUCHI DEAL" (Press release). リーズ・ユナイテッドAFC. 9 January 2019. 2019年2月4日閲覧。
  11. ↑ “リーズ移籍・井手口、まずはスペイン2部レオネサに期限付き移籍発表”. スポーツ報知. (2018年1月4日). オリジナルの2018年8月22日時点におけるアーカイブ。 2018年1月4日閲覧。
  12. ↑ 井手口陽介、待望の欧州デビュー! 10分間の出場も果敢なプレーを披露 サッカーキング(2018年1月22日)
  13. ↑ “井手口陽介、加入後初先発も前半だけで交代…地元メディアは採点なし”. Goal.com. (2018年2月19日) 2019年2月4日閲覧。
  14. ↑ 田嶋コウスケ (2018年8月15日). “井手口はリーズで「構想外扱い」なのか ビエルサの言葉から読み解く立ち位置”. スポーツナビ 2019年2月4日閲覧。
  15. ↑ KLEEBLATT HOLT IDEGUCHI SpVggグロイター・フュルト 2018年8月21日
  16. ↑ 井手口陽介、ドイツ2部移籍決定! リーズからG・フュルトへレンタル サッカーキング 2018年8月21日
  17. ↑ 新天地デビューの井手口がいきなり初得点! 自身の一撃で2連勝導く ゲキサカ(2018年9月16日)
  18. ↑ 井手口 陽介選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ ガンバ大阪(2019年8月5日)2019年8月5日閲覧
  19. ↑ 復帰のG大阪井手口存在感「気持ち入ったいい試合」 日刊スポーツ(2019年8月23日)2019年8月24日閲覧。
  20. ↑ 松本、1年でのJ2降格が決定…G大阪は井手口の復帰弾2発など大勝で6月以来の2連勝 ゲキサカ(2019年11月30日)2019年11月30日閲覧。
  21. ↑ 井手口 陽介選手 セルティックFC(スコットランド)へ完全移籍のお知らせ ガンバ大阪(2021年12月31日)2021年12月31日閲覧
  22. ↑ 快勝のセルティック、前田大然が開始4分弾の衝撃デビュー! 中盤で先発の旗手怜央も躍動、井手口陽介は途中出場 サッカーダイジェスト(2022年1月18日)2022年1月19日閲覧。
  23. ↑ 井手口 陽介 選手 セルティックFCより期限付き移籍加入のお知らせ アビスパ福岡(2023年2月7日)2023年2月7日閲覧
  24. ↑ “MF井手口陽介選手 セルティックFCより完全移籍加入のお知らせ”. ヴィッセル神戸オフィシャルサイト. 2024年1月9日閲覧。
  25. ↑ 「自分の判断ミス」…初先発の井手口、1失点目を反省「次につなげる」 SOCCERKING 2016年8月8日
  26. ↑ 井手口 五輪初先発も失点絡み反省「改善しないといけない」 スポーツニッポン 2016年8月9日
  27. ↑ 井手口陽介が代表初出場、後半8分に山口と交代 デイリースポーツ 2017年6月7日
  28. ↑ 井手口「結果を残す」抜擢に豪快ミドルでW杯決定弾 日刊スポーツ 2017年8月31日
  29. 1 2 3 「怪物」と評された井手口 ハリル抜てきに応えた 日刊スポーツ 2017年9月1日
  30. ↑ 井手口陽介の代表落選はクラブの責任?リーズファンから相次ぐ同情の声 Goal.com 2018年6月1日
  31. ↑ 井手口陽介が帰国「絶対にこの経験を生かしてやる」 日刊スポーツ 2018年6月14日
  32. ↑ 『「キリンチャレンジカップ2019 11/19(火)対ベネズエラ代表 SAMURAI BLUE(日本代表)」に三浦選手、井手口選手が選出』(プレスリリース)ガンバ大阪、2019年11月6日。2019年12月7日閲覧。
  33. ↑ 『SAMURAI BLUE(日本代表)メンバー・スケジュール ~キリンチャレンジカップ2019[11/19(火)@吹田]』(プレスリリース)日本サッカー協会、2019年11月6日。2019年12月7日閲覧。
  34. ↑ 『「EAFF E-1サッカー選手権2019(12/10~18@韓国)SAMURAI BLUE(日本代表)」に三浦選手、井手口選手が選出』(プレスリリース)ガンバ大阪、2019年12月4日。2019年12月7日閲覧。
  35. ↑ 『SAMURAI BLUE(日本代表)メンバー・スケジュール ~EAFF E-1サッカー選手権2019(12/10~18@韓国)~』(プレスリリース)日本サッカー協会、2019年12月4日。2019年12月7日閲覧。
  36. ↑ 豪戦シュートで時の人 MF井手口“合宿脱走”のヤンチャ伝説
  37. ↑ 井手口陽介選手 結婚および第一子誕生のお知らせ ガンバ大阪オフィシャルサイト、2016年6月19日

関連項目

外部リンク