1793年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代 1810年代 |
| 年: | 1790年 1791年 1792年 1793年 1794年 1795年 1796年 |
1793年(1793 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、火曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]



- 1月21日 - フランス国王ルイ16世が革命広場でギロチンにより処刑される(ルイ16世の処刑)[1]。
- 1月23日 - ロシア帝国とプロイセン王国が第二次ポーランド分割を協定(オーストリアは不参加)[2]。
- 2月1日 - フランス国民公会が英蘭に宣戦布告。英首相小ピットの主導で第一次対仏大同盟が結成される[1]。
- 3月10日 - フランス西部で、30万人募兵令や教会弾圧に反発する王党派・農民によるヴァンデの反乱が勃発[1]。
- 3月20日(寛政5年2月9日) - 伊予吉田藩で、紙専売制に反対する武左衛門一揆が勃発[3]。
- 3月22日 - イギリス東インド会社総督コーンウォリスがベンガル地方で恒久地租令を公布、ザミーンダールを地主として認めるザミーンダーリー制が確立[4]。
- 4月6日 - フランスで強大な執行権を持つ公安委員会が設置される(当初はダントン、のちにロベスピエールが掌握)[1]。
- 4月28日(寛政5年3月18日) - 老中首座松平定信が、ロシア使節ラクスマン来航を受けた海防強化のため伊豆・相模沿岸の巡視に出発[5]。
- 6月2日 - パリ民衆(サン・キュロット)の蜂起により、ジャコバン派が国民公会からジロンド派を追放(1793年5月31日-6月2日の蜂起)。ロベスピエールらによる独裁(恐怖政治)が確立[1]。
- 6月24日 - 人民主権や男子普通選挙を定めた1793年憲法(ジャコバン憲法)が国民公会で採択される(情勢不安を理由に平和到来まで施行停止)[6][7][8]。
- 7月13日 - ジャコバン派指導者マラーが、ジロンド派支持の女性シャルロット・コルデーに暗殺される[9]。
- 7月17日 - フランスで封建的特権の無償廃止が決定。領主的諸権利が無償撤廃され、小農民の自立・保守化が進む[10]。
- 8月4日(寛政5年6月27日) - ロシア使節ラクスマンが松前で幕府使節と会談。幕府は通商要求を拒否し、漂流民大黒屋光太夫を引き取って長崎入港の信牌を交付[11]。
- 8月23日 - フランス国民公会が国家総動員令を可決。国民皆兵による近代国民軍の編成が始まる[12]。
- 8月29日(寛政5年7月23日)
- 9月14日 - 英使節マカートニーが熱河の避暑山荘で清の乾隆帝に謁見。自由貿易や公行廃止を要求するが拒絶される[15]。
- 9月29日 - フランス国民公会が物価と賃金を統制する最高価格令を制定[1]。
- 10月5日 - フランス国民公会が革命暦を採用(新月名の正式導入は10月24日)[16]。
- 10月16日 - フランス王妃マリー・アントワネットが処刑される[17]。
- 11月14日 - 画家ダヴィッドが『マラーの死』を国民公会に寄贈[18]。
日付不明
[編集]誕生
[編集]→「Category:1793年生」も参照
- 1月3日 - ルクレシア・モット[21]、アメリカの奴隷制度廃止運動家、クエーカー牧師(+ 1880年)
- 1月11日(寛政4年11月29日) - 大国隆正[22]、国学者(+ 1871年)
- 2月27日 - バルドメロ・エスパルテロ[23]、スペインの軍人、政治家(+ 1879年)
- 3月2日 - サミュエル・ヒューストン[24]、テキサス大統領(+ 1863年)
- 3月4日(寛政5年1月22日) - 大塩平八郎[25]、陽明学者・与力(+ 1837年)
- 3月13日 - カール・ラハマン[26]、ドイツの古典文献学者(+ 1851年)
- 3月30日 - フアン・マヌエル・デ・ロサス[27]、アルゼンチンの指導者(+ 1877年)
- 4月8日 - カール・ヘンケ[28]、ドイツの天文学者(+ 1866年)
- 4月15日 - フリードリッヒ・フォン・シュトルーベ[29]、ドイツ系ロシア人の天文学者(+ 1864年)
- 4月19日 - フェルディナント1世[30]、オーストリア皇帝(+ 1875年)
- 6月22日(寛政5年5月14日) - 徳川家慶[31]、江戸幕府第12代将軍(+ 1853年)
- 7月5日 - パーヴェル・ペステリ[32]、デカブリストの乱指導者(+ 1826年)
- 7月29日 - ヤーン・コラール[33]、スロバキアの出身でブダペストの詩人、スラヴ学者(+ 1852年)
- 9月4日 - エドワード・ベイツ[34]、アメリカ合衆国司法長官(+ 1869年)
- 9月27日(寛政5年8月23日) - 遠山景元(遠山金四郎[35])、旗本、江戸北町奉行、南町奉行、「遠山の金さん」のモデル(+ 1855年)
- 10月20日(寛政5年9月16日) - 渡辺崋山[36]、蘭学者、画家、田原藩家老(+ 1841年)
- 11月3日 - スティーブン・オースティン[37]、テキサス州の入植指導者(+ 1836年)
- 11月28日 - カール・ユーナス・ルーヴェ・アルムクヴィスト[38]、スウェーデンの作家(+ 1866年)
- 11月30日 - ヨハン・ルーカス・シェーンライン[39]、ドイツの臨床医学者(+ 1864年)
- 月日不詳 - 大前田栄五郎[40]、博徒(+ 1874年)
- 月日不詳 - 正司考祺[41]、経世家(+ 1857年)
- 月日不詳 - ドースト・ムハンマド・ハーン[42]、アフガニスタン王(+ 1863年)
- 月日不詳 - 前田夏蔭[43]、国学者(+ 1864年)
死去
[編集]→「Category:1793年没」も参照
- 1月15日または1月19日(寛政4年12月4日または12月8日) - 勝川春章[44]、浮世絵師(* 1726年)
- 1月21日 - ルイ16世[45]、フランス王(* 1754年)
- 2月6日 - カルロ・ゴルドーニ[46]、イタリアの劇作家、リブレット作家(* 1707年)
- 5月7日 - ピエトロ・ナルディーニ[47]、イタリアのバイオリン奏者、作曲家(* 1722年)
- 5月20日 - シャルル・ボネ[48]、スイスの生物学者(* 1720年)
- 6月26日 - ギルバート・ホワイト[49]、イギリスの博物学者(* 1720年)
- 6月26日 - カール・フィリップ・モーリッツ[50][51]、ドイツの作家(* 1756年)
- 7月5日(寛政5年5月27日) - 芝全交[52]、黄表紙作者(* 1750年)
- 7月13日 - ジャン=ポール・マラー[53]、フランスの革命家(* 1743年)
- 7月17日 - シャルロット・コルデー[54]、ジロンド派支持者、暗殺者(* 1768年)
- 7月28日(寛政5年6月21日) - 林子平[55]、経世家(* 1738年)
- 8月4日(寛政5年6月28日) - 高山彦九郎[56]、尊皇思想家(* 1747年)
- 10月16日 - マリー・アントワネット[57]、ルイ16世の妃(* 1755年)
- 10月16日 - ジョン・ハンター[58]、イギリスの外科医(* 1728年)
- 10月19日 - ジョン・ハンコック[59][60]、アメリカ独立革命の指導者(* 1737年)
- 10月31日 - ジャック・ピエール・ブリッソー[61]、フランスの政治家(* 1754年)
- 11月3日 - オランプ・ド・グージュ[62]、フランスのジロンド派の劇作家・女優・女権論者(* 1748年)
- 11月6日 - ルイ・フィリップ2世 (オルレアン公)(フィリップ・エガリテ[63])、フランスの王族、政治家(* 1747年)
- 11月8日 - ロラン夫人[64][65][66]、フランスの政治家(* 1754年)
- 11月12日 - ジャン=シルヴァン・バイイ[67]、フランスの政治家、天文学者(* 1736年)
- 12月8日 - デュ・バリー夫人[68]、ルイ15世の公妾(* 1743年)
- 月日不詳 - フランチェスコ・グアルディ[69]、イタリアの画家(* 1712年)
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 『フランス革命史』 - コトバンク
- ↑ 『ポーランド分割』 - コトバンク
- ↑ 『武左衛門一揆』 - コトバンク
- ↑ 『ザミーンダーリー制度』 - コトバンク
- ↑ 『松平定信』 - コトバンク
- ↑ 『ジャコバン憲法』 - コトバンク
- ↑ 『山岳派憲法』 - コトバンク
- ↑ 『フランス,93年憲法』 - コトバンク
- ↑ 『マラー』 - コトバンク
- ↑ Décret du 17 juillet 1793 qui supprime sans indemnité toutes les redevances féodales - 憲法資料アーカイブ(ペルピニャン大学法学部)
- ↑ 『ラクスマン』 - コトバンク
- ↑ 『国民皆兵制』 - コトバンク
- ↑ 『徳川家斉』 - コトバンク
- ↑ 『和学講談所』 - コトバンク
- ↑ 『マカートニー』 - コトバンク
- ↑ 『革命暦』 - コトバンク
- ↑ 『マリアントアネット』 - コトバンク
- ↑ Marat assassiné, le 13 juillet 1793 - ルーヴル美術館コレクション公式解説(“tableau original peint par Jacques Louis David et offert à la Convention nationale le 14 novembre 1793”)
- ↑ 『ゴドウィン』 - コトバンク
- ↑ 『西説内科撰要』 - コトバンク
- ↑ 『モット』 - コトバンク
- ↑ 『大国隆正』 - コトバンク
- ↑ 『エスパルテロ』 - コトバンク
- ↑ 『ヒューストン』 - コトバンク
- ↑ 『大塩平八郎』 - コトバンク
- ↑ 『ラハマン』 - コトバンク
- ↑ 『ロサス』 - コトバンク
- ↑ Karl-Ludwig-Hencke - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『シュトルーベ』 - コトバンク
- ↑ Ferdinand-I-emperor-of-Austria - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『徳川家慶』 - コトバンク
- ↑ 『ペステリ』 - コトバンク
- ↑ 『コラール』 - コトバンク
- ↑ Edward-Bates - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『遠山金四郎』 - コトバンク
- ↑ 『渡辺崋山』 - コトバンク
- ↑ 『オースティン』 - コトバンク
- ↑ 『アルムクビスト』 - コトバンク
- ↑ 『シェーンライン』 - コトバンク
- ↑ 『大前田英五郎』 - コトバンク
- ↑ 『正司考祺』 - コトバンク
- ↑ Dost-Mohammad-Khan - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『前田夏蔭』 - コトバンク
- ↑ 『勝川春章』 - コトバンク
- ↑ 『ルイ16世』 - コトバンク
- ↑ 『ゴルドーニ』 - コトバンク
- ↑ 『ナルディーニ』 - コトバンク
- ↑ 『ボネ』 - コトバンク
- ↑ 『ホワイト』 - コトバンク
- ↑ 『モーリッツ』 - コトバンク
- ↑ 『モーリツ』 - コトバンク
- ↑ 『芝全交』 - コトバンク
- ↑ 『マラー』 - コトバンク
- ↑ 『コルデー』 - コトバンク
- ↑ 『林子平』 - コトバンク
- ↑ 『高山彦九郎』 - コトバンク
- ↑ 『マリアントアネット』 - コトバンク
- ↑ 『ハンター』 - コトバンク
- ↑ 『ハンコック』 - コトバンク
- ↑ John-Hancock - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ブリソ』 - コトバンク
- ↑ 『グージュ』 - コトバンク
- ↑ 『フィリップエガリテ』 - コトバンク
- ↑ 『ロラン夫人』 - コトバンク
- ↑ 『ロラン夫妻』 - コトバンク
- ↑ Jeanne-Marie-Roland - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『バイイ』 - コトバンク
- ↑ Jeanne-Becu-comtesse-du-Barry - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『グアルディ』 - コトバンク