楠田大蔵

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楠田 大蔵
くすだ だいぞう
内閣府地方創生推進室より公表された肖像
生年月日 (1975-04-20) 1975年4月20日(49歳)
出生地 日本の旗 日本 福岡県筑紫野市
出身校 東京大学法学部
前職 住友銀行従業員
羽田孜衆議院議員秘書
所属政党 (民主党→)
(無所属→)
(民主党→)
(民進党→)
(希望の党→)
無所属
称号 法学士
親族 父・楠田幹人(元筑紫野市長)
公式サイト くすだ大蔵(くすだ だいぞう) 太宰府市長 公式サイト

当選回数 2回
在任期間 2018年1月29日 - 現職

選挙区 (比例九州ブロック→)
福岡5区
当選回数 3回
在任期間 2003年11月9日 - 2005年8月8日
2006年12月27日 - 2012年11月16日
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楠田 大蔵(くすだ だいぞう、1975年〈昭和50年〉4月20日[1] - )は、日本の政治家。福岡県太宰府市長(第11代)。衆議院議員(3期)、防衛大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)を務めた。

父は元筑紫野市長の楠田幹人。

来歴

福岡県筑紫野市生まれ[2]。久留米大学附設中学校・高等学校卒業後、2年間の浪人生活を経て、東京大学に入学[2]。2000年、東京大学法学部を卒業し、住友銀行に入行[2]。退職後に国家公務員試験Ⅰ種に合格し、27歳で羽田孜元首相の秘書に転じた[2]。

2003年の第43回衆議院議員総選挙に福岡5区から民主党公認で出馬。自由民主党の原田義昭に敗れたが、重複立候補していた比例九州ブロックで復活し、初当選した。

2005年の第44回衆議院議員総選挙にも福岡5区から出馬するが、再び原田に敗れ、比例復活もならず落選した。2006年12月19日、北橋健治が北九州市長選挙への出馬に伴い議員辞職したので、同年12月27日、比例九州ブロック次点の楠田が繰り上げ当選した[3][4]。

2009年の第45回衆議院議員総選挙では福岡5区で原田を破り、初めて選挙区で当選した。選挙後に発足した鳩山由紀夫内閣で防衛大臣政務官に任命され、菅直人内閣まで務めた[5]。

2011年8月26日、菅直人首相が民主党代表辞任を正式に表明[6]。菅の辞任に伴う代表選挙(8月29日投開票)では鹿野道彦の推薦人に名を連ねた[7]。鹿野は1回目の投票で4位になり、鹿野陣営の多くは決選投票で野田佳彦に投じ、野田が代表に選出された[8]。

2012年の第46回衆議院議員総選挙では、福岡5区で前回総選挙から9万票以上の票を減らし、自民党元職の原田に約6万票の大差をつけられ、比例復活もできず落選した[9]。2013年12月16日、民主党を離党する意向を表明[10][11]。

2014年の第47回衆議院議員総選挙に際し、民主党に復党し同党から出馬したが、福岡5区で再び自民党の原田に敗れ、比例復活もできず落選した [12]。

2017年の第48回衆議院議員総選挙に際し、前原誠司民進党代表が9月27日、民進党を事実上解党し、希望の党からの立候補を容認する方針を表明[13]。9月29日、楠田も希望の党から出馬する意向を表明し[14]、同党の公認を受けて福岡5区から出馬[15]。公示から7日後の10月17日、自身のFacebookに「希望の党は、排除発言や踏み絵問題で野党を突然バラバラにした結果、多くの候補者が混乱し、最終的に有権者の選択も迷わすことになっている」と投稿し、離党も辞さない覚悟であると公言した[16]。この投稿の真意を問う産経新聞の取材に対しては「警鐘を鳴らしたかった。民進党の支持者やスタッフも不満を持っている。危機感の中で出た発言だ」と釈明し、選挙期間中の離党については「公認候補であり、責任放棄になるのであり得ない」と否定した[16]。開票の結果、前回よりも得票を伸ばしたものの、自民党の原田に敗れ、比例復活もできず落選した[17]。

2017年12月12日、太宰府市議会が芦刈茂市長に対し、同年10月に続き2度目の不信任決議を可決し、地方自治法の規定により芦刈は失職[18]。芦刈は失職に伴う市長選に出馬の意向を示していたが、1月13日に開催された立候補予定者の討論会の席上で突如、不出馬を表明した[19]。その際、「市民派の私と楠田氏の一本化で木村氏(前太宰府市教育長)への勝機を見いだしたいと思い、決断した」「若い楠田氏に期待したい」と述べ、楠田への支持を表明したが、楠田自身は「芦刈氏と選挙協力の話は全くしていない」と強調し、「選挙戦は混乱を招いた当事者と、当事者でなかった私が争う構図で、2人になっても変わらない」とした[20][19]。

2018年1月28日に太宰府市長選が投開票され、自民・公明両党の推薦を受けた前太宰府市教育長を破り、楠田が当選した[21][22]。1月29日、太宰府市役所に初登庁した[23]。

2021年12月5日告示の太宰府市長選挙では楠田のほかに立候補の届け出がなく、無投票での再選が決まった[24]。

政策・主張

その他

2015年に日本遺産に登録された太宰府市を含む「西の都」が2025年2月に認知度不足を理由として取り消されたことについて、自身のブログで「国や県を代表する思いで観光客を受け入れてきた」と主張している[27]。

2025年2月、市の予算案の中に「闇バイト対策費」として1億円を計上した。定例会では「絶対、許すことはできません」と発言した[28]。

脚注

  1. ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、395頁。
  2. 1 2 3 4 くすだ大蔵プロフィール
  3. ↑ “楠田大蔵氏が繰り上げへ/民主、北橋衆院議員が辞職”. 四国新聞. (2006年12月19日) 2018年5月2日閲覧。
  4. ↑ 総務省|衆議院議員選挙にかかる繰上補充
  5. ↑ 防衛大臣政務官 楠田 大蔵
  6. ↑ “菅直人首相が退陣を正式表明、民主代表選が事実上スタート”. ロイター. (2011年8月26日) 2021年11月27日閲覧。
  7. ↑ “2011年8月29日投票 民主党代表選挙 推薦人一覧”. 江田五月 - 新たな出発. 2021年11月27日閲覧。
  8. ↑ “鹿野氏、上着脱ぎ合図 決選投票直前「野田氏に票を」 海江田陣営、強引な切り崩し裏目に”. 日本経済新聞. (2011年8月29日) 2018年5月2日閲覧。
  9. ↑ “2012衆院選 福岡5区”. 毎日新聞 2018年5月2日閲覧。
  10. ↑ “民主の離党止まらず 次期衆院選、引き留めへ新たに33人公認”. 日本経済新聞. (2013年12月18日) 2018年5月2日閲覧。
  11. ↑ 落選から一年。民主党離党のご報告。 - 楠田大蔵BLOG
  12. ↑ “2014衆院選 福岡”. 毎日新聞 2018年5月2日閲覧。
  13. ↑ “衆院選:民進党、事実上解党 「希望の党」に合流へ”. 毎日新聞. (2017年9月28日) 2017年11月23日閲覧。
  14. ↑ “希望から出馬方針 九州の民進相次ぐ”. 西日本新聞. (2017年9月30日) 2018年5月2日閲覧。
  15. ↑ “2区、稲富氏「地元に晴れて報告」 5区、楠田氏「戦うスタートライン」 「希望」1次公認入り”. 西日本新聞. (2017年10月4日) 2018年5月2日閲覧。
  16. 1 2 “【衆院選】福岡5区・希望の党候補が離党? ネットで示唆、選挙期間中には「ない」”. 産経新聞. (2017年10月18日) 2018年5月2日閲覧。
  17. ↑ “第48回衆院選 福岡”. 毎日新聞 2018年5月2日閲覧。
  18. ↑ “太宰府市長が失職 2回目の不信任決議、全会一致で可決”. 朝日新聞. (2017年12月12日) 2018年5月2日閲覧。
  19. 1 2 “【福岡】「割れては勝てぬ」 芦刈氏、市長選不出馬を表明 「議会解散何だった」批判も 太宰府市長選”. 西日本新聞. (2018年1月14日) 2018年5月2日閲覧。
  20. ↑ “失職の芦刈前市長不出馬 太宰府市長選 「楠田氏と一本化」”. 西日本新聞. (2018年1月14日) 2018年5月2日閲覧。
  21. ↑ “【福岡】太宰府市長に楠田氏”. 西日本新聞. (2018年1月29日) 2018年5月2日閲覧。
  22. ↑ “太宰府市長選:元衆院議員の楠田大蔵氏が初当選”. 毎日新聞. (2018年1月29日) 2018年5月2日閲覧。
  23. ↑ “選挙:太宰府市長選 一夜明け、楠田新市長が初登庁 「心一つに混迷立て直す」/福岡”. 毎日新聞. (2018年1月30日) 2018年5月2日閲覧。
  24. ↑ “太宰府市長に楠田氏が再選 18年ぶりに無投票”. 西日本新聞 (2021年12月5日). 2021年12月7日閲覧。
  25. 1 2 3 4 5 6 7 “第48回衆院選 福岡5区 楠田 大蔵”. 毎日新聞 2018年5月2日閲覧。
  26. ↑ “衆議院議員選挙031109の当選者の回答”. 「子どもに無煙環境を」推進協議会 (2003年11月10日). 2020年11月10日閲覧。
  27. ↑ “取り消された”日本遺産” 「古代日本の西の都」は認知度不足・・・文化庁の主張と自治体の困惑(RKB毎日放送)”. Yahoo!ニュース. 2025年3月8日閲覧。
  28. ↑ “MSN”. www.msn.com. 2025年3月8日閲覧。

外部リンク

公職
先代
芦刈茂
太宰府市旗 福岡県太宰府市長
第11代:2018年 -
次代
(現職)
先代
武田良太
岸信夫
日本の旗 防衛大臣政務官
長島昭久と共同

2009年 - 2010年
次代
松本大輔
広田一