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| 基本情報 | |
| 現況 | 廃止 |
| 国 |
|
| 所在地 | 北海道 |
| 種類 | 普通鉄道(在来線・地方交通線) |
| 起点 |
名寄駅(本線) 中湧別駅(支線) |
| 終点 |
遠軽駅(本線) 湧別駅(支線) |
| 駅数 | 40駅 |
| 電報略号 | ナヨホセ[1] |
| 開業 |
1915年11月1日(湧別線)[2] 1919年10月20日(名寄線)[3][4] |
| 全通 |
1916年11月21日(湧別線)[2] 1921年10月5日(名寄線)[3] |
| 両線統合 | 1932年10月1日[2] |
| 廃止 | 1989年5月1日[5][4] |
| 所有者 | 北海道旅客鉄道 |
| 運営者 | 北海道旅客鉄道 |
| 路線諸元 | |
| 路線距離 |
138.1 km(名寄駅-遠軽駅間)[6] 4.9 km(中湧別駅-湧別駅間)[6] |
| 軌間 | 1,067 mm(狭軌)[4] |
| 線路数 | 全線単線 |
| 電化区間 | 全線非電化[4] |
| 最大勾配 | 25 ‰ |
名寄本線(なよろほんせん)は、日本国有鉄道(国鉄)、及び北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道名寄市の名寄駅で宗谷本線から分岐し、上川郡下川町、紋別郡西興部村、同郡興部町、紋別市などを経て紋別郡遠軽町の遠軽駅で石北本線に接続する本線と[6]、紋別郡上湧別町の中湧別駅で本線から分岐し同郡湧別町の湧別駅に至る支線から成り立っていた[6]。
国鉄再建法の施行により第2次特定地方交通線に指定され[6]、JR北海道に承継されて2年余り後の1989年5月1日に廃止された。なお、廃止された特定地方交通線の中では、唯一の「本線」であった[6]。また2025年現在、「本線」を名乗るJR線で唯一全線が廃止となった路線である[注 1]。
廃止時
| 停車場・施設・接続路線 (廃止当時) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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廃止直前の1989年3月11日改正時点では普通列車のみの運転であったが、一部の列車は一部の駅を通過して運転していた[7]。また、旭川に直通する列車は、宗谷本線内では快速として運転していた[7](関連記事を参照。これは札幌駅まで直通していた急行「紋別」の後身であった[注 2] )。
全線通しの列車が多く、遠軽に向かうほど本数が増え、1-3時間に1本程度運転されていた[7]。渚滑線廃止前は、渚滑線からの直通列車も設定されていた[9]。
1989年3月11日改正時点の各区間の運転本数は、以下の通り。
湧別-中湧別間は、1986年3月3日改正時点では夕方の上り列車が湧別発中湧別行きであるほかは湧網線(1987年3月20日廃止[4])と直通運転していた[8]が、1986年11月1日改正で中湧別発着列車は遠軽方面との直通運転になった[10]。
遠軽駅の上り始発は4時台、紋別駅基準で下り最終は22時台で[7][8]、遠軽駅において札幌発着の石北本線の夜行列車(1986年3月3日改正時点では急行「大雪」3・4号[11]、1989年3月11日改正時点では急行「大雪」[12])と接続していた。
名寄本線は、北海道鉄道敷設法に規定する[20]「天塩国奈与呂ヨリ北見国網走ニ至ル鉄道」の一部であり[注 3]、道央とオホーツク海沿岸方面を結ぶ幹線鉄道として建設されたものである[20]。
湧別軽便線(ゆうべつけいべんせん)の延長として、1915年に野付牛(現在の北見駅)方面(下生田原、現在の石北本線安国駅)から社名淵(後の開盛)へ延長された路線を発端とする[2][13]。国有鉄道の軽便線は、軽便規格とはいいながら他路線と同じ軌間1067mmで建設されたが、湧別軽便線だけは軌間762mmであった[25]。翌年(1916年)には、軌間1067mmに改軌されたが[2][13]、私鉄買収線を別にすれば国有鉄道が軌間762mmで建設した唯一の例である[25]。この年、社名淵 - 下湧別(後の湧別)間が軌間1067mmで延伸開業し全通[2][13]。1922年に軽便鉄道法の廃止により、湧別線(ゆうべつせん)と改称された[2][13]。
一方、名寄 - 中湧別間は難所であった石北峠・北見峠を避けて、名寄方は名寄西線(なよろさいせん)、中湧別方は名寄東線(なよろとうせん)として両側から建設が進められ、1919年から1921年にかけて名寄線(なよろせん)として全線が開通した[2][13]。1923年には、支線(渚滑線)の開業に伴って、名寄本線と改称している[2][13]。
なお、渚滑(紋別市)から滝上、サクルー(滝上町)、札滑(西興部村)、上興部(西興部村)への「滝上経由」でルート変更を求めて、渚滑原野の住民が運動を起こし、請願も出されたが、当初の「興部経由」で最終決定している[26]。渚滑 - 滝上間は渚滑線として開業した。
1932年に北見峠を克服して石北線(当時の名称。1961年に石北本線と改称)が全通すると湧別線は遠軽を境に分割され、遠軽 - 下湧別間は名寄本線に[13]、遠軽 - 野付牛間は石北線に編入された[2]。同時に、名寄本線は幹線鉄道としての役目を石北線に譲ることとなった[6]。
1980年12月27日に国鉄再建法が成立し[27][28]、1982年11月22日に第2次特定地方交通線として指定されたが[6][27][29][28]、冬季の代替輸送に問題があるとして天北線・池北線・標津線(名寄本線も含めて長大4線)と共に1984年6月20日、廃止承認が一時保留された[30][31][28]。しかし、現地調査や過去の気象と道路状況のデータを分析した結果、ほぼ並行して走る道路でのバス代替が可能との結論に達し、問題が無くなったとして1985年8月2日に追加廃止承認された[27][32][33][28]。なお、現地調査は1985年2月19日と20日に行われたが、当日はポカポカ陽気で、路面がほとんど出ていて、冬の厳しさとは程遠い天候だった[34][28]。また、沿線住民が存続アピールを行う機会はなく「セレモニー」の観が強かった[34]。
1985年9月27日の名寄市議会定例会では、当時の石川義雄市長が第三セクター方式で存続させる方向で運動を進める意向を明らかにし「年間65億円あまりに上る赤字を経営効率化で15億円程度までに抑えることによって、北海道と沿線自治体の出資による第三セクター化も不可能ではない」との考えを述べたが、沿線8市町村の間では合意をみていなかった[35]。
第1回特定地方交通線対策協議会が1986年7月15日に開催されたが、沿線関係者は「旅行代理店に天下っている国鉄OBが、廃止対象になっている路線のツアー企画に対して“輸送密度が上がっては廃止もできなくなるから中止せよ”と指示を出し、取りやめさせたという。増収を図らなければならない使命を負っている国鉄なのに、利用客無視、経営感覚麻痺のやり方ではないか」と強い不満をぶつけた[28]。
営業係数や赤字額も大きく、1985年度の営業係数は1792で全国ワースト10位、赤字額は65億4600万円だった[36]。1986年度の営業係数は1568で全国ワースト8位、赤字額は51億8300万円だった[37]。
1987年4月1日の国鉄分割民営化後、沿線の遠軽町、紋別市、下川町、名寄市が住民の利用に補助金を出すなど、なおも存続を求める運動が行われた[38][39][40]。
1988年9月1日、自民党と社会党の政治折衝で比較的乗降客数が多かった名寄駅 - 下川駅間(16.5km)と紋別駅 - 遠軽駅間(49.9km)を第三セクター化して部分存続させる案が浮上したが[41][42][43][44][45][46][47]、この時は全線存続を目指すとしていた[45][46]。ただ、国からの補助金(赤字額の2分の1)と転換交付金の中から積み立てる運営基金の運用だけでは赤字を補填できず、北海道や沿線市町村の負担による運営基金の大幅積み増しが必要な内容で、沿線市町村では巨額の財政負担を心配していた[43][44]。
1988年9月17日、政治収拾を受けた北海道は第三セクター案を示した[48][49]。前提条件として、要員は名寄 - 下川間25人のうち20人、紋別 - 遠軽間53人のうち42人はJR北海道からの出向者で7年間限りとし、JR出向者の人件費は半分をJRが負担(7年間限り)。更新車両はJR使用車より3割ほど安い新型車を購入。運賃は初年度5%、以降5.3%、10.3%を毎年交互に引き上げ、10年間でバス運賃と同水準まで引き上げるとした[50][51][52]。人件費は三セク職員で毎年2.8%引き上げ(JR出向職員については前述)、物件費は毎年1.3%引き上げるとした[51]。
前提条件をもとに収支を試算し、転換交付金(1kmあたり3000万円)から初期投資(旅客用車両、保守用車両、車庫、検修機器、保守用機器、設備改良など)と定期運賃差額補助を差し引いた基金への繰入額として、紋別 - 遠軽間は3億8400万円を捻出したが、名寄 - 下川間は初期投資と定期運賃差額補助が転換交付金を上回り最初から1400万円の赤字となった。転換交付金は名寄 - 下川間4億9500万円、紋別 - 遠軽間14億9700万円。初期投資で名寄 - 下川間5億0600万円、紋別 - 遠軽間11億0300万円、定期運賃差額補助は名寄 - 下川間300万円、紋別 - 遠軽間1000万円を要した[50][51][52]。
また、基金所要額は15年間元金を取り崩さず、基金の利息(運用利率は年5.4%)で赤字を補填することを前提とした場合、名寄 - 下川間が16億円で、北海道8億円、名寄市と下川町で8億円の負担。紋別 - 遠軽間は31億円で、北海道15億5000万円、転換交付金から4億円、紋別市と湧別町、上湧別町、遠軽町で11億5000万円の負担が必要とされた[50][51][52]。
単年度の収支でも、名寄 - 下川間は初年度1億0600万円の赤字で法律補助により地元負担は5300万円、法律補助が無くなる6年目は9900万円の赤字、JRの人件費負担が無くなる8年目は1億1600万円の赤字。紋別 - 遠軽間は初年度2億1400万円の赤字で法律補助により地元負担は1億0700万円、6年目は1億9300万円の赤字、8年目は2億2900万円の赤字が見込まれた[50][51][52]。
政治折衝とは別に、JR北海道は名寄 - 遠軽間全線を第三セクター化した場合の収支試算を1988年9月5日の第3回特定地方交通線対策協議会に提示した[53][54]。列車本数は現行通り、要員は146人として中小民鉄並みに運営した場合、初年度で9億0500万円の赤字が出た。その後も毎年9億円から12億円前後の赤字となった。5年目まで赤字の半額は国が持つが、残りは20億0500万円の運営基金を取り崩すことになり、6年目で基金は底をつくとした。一方、バス転換した場合、現行列車ダイヤに見合った運行を続けるとして、初年度は5300万円の赤字、15年目は2億円の赤字となり、長期的に安定した経営ができるとした[53][54]。
その後も全線存続運動を進め、特に鉄道が全廃される西興部村、興部町は存続を強く主張してきたが[55][56]、これ以上の進展は望めないとして1988年10月15日、全線存続は断念した[57][28]。引き続き、部分存続が検討されたが、地元負担が重いことから鉄道としての存続は断念し[58][59][28](10月29日 名寄 - 下川間、11月1日 紋別 - 遠軽間)、1988年11月24日の第4回対策協議会でバス転換を正式決定した[60][28]。バス転換は当初1989年4月1日からの予定であったが[61][60]、転換日が雪の降る時期だと運行に支障が出るなどと地元側から延期の申し入れがあり[61][62]、1989年1月31日に開催された第5回対策協議会で1989年5月1日からバス転換することと決定し[61][63][28]、1989年4月30日の旅客営業を以って全線廃止となった[13][64][65][66][28]。
接続路線の事業者名・駅の所在地は、名寄本線廃止時点のもの[79]。名寄本線廃止以前に廃止された路線は、その路線の廃止時点のもの[85]。全駅北海道に所在。
| 駅名[6] | 営業キロ | 接続路線・備考 | 所在地 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 駅間 | 累計 | ||||||
| 名寄駅 | - | 0.0 | 北海道旅客鉄道:宗谷本線・深名線(1995年9月4日廃止)[86] | 上川支庁 | 名寄市 | ||
| 中名寄駅 | 5.8 | 5.8 | |||||
| 上名寄駅 | 3.9 | 9.7 | 上川郡 | 下川町 | |||
| 矢文駅 | 2.4 | 12.1 | |||||
| 岐阜橋駅 | 1.7 | 13.8 | |||||
| 下川駅 | 2.7 | 16.5 | |||||
| 二ノ橋駅 | 4.9 | 21.4 | |||||
| 幸成駅 | 3.6 | (25.0) | |||||
| 一ノ橋駅 | 2.9 | 27.9 | |||||
| 上興部駅 | 11.0 | 38.9 | 網走支庁 | 紋別郡 | 西興部村 | ||
| 西興部駅 | 6.3 | 45.2 | |||||
| 六興駅 | 3.6 | (48.8) | |||||
| 中興部駅 | 3.4 | 52.2 | |||||
| 班渓駅 | 3.1 | (55.3) | 興部町 | ||||
| 宇津駅 | 3.3 | 58.6 | |||||
| 北興駅 | 5.7 | 64.3 | |||||
| 興部駅 | 3.5 | 67.8 | 日本国有鉄道:興浜南線(1985年7月15日廃止)[87] | ||||
| 旭ヶ丘駅 | 1.3 | (69.1) | |||||
| 豊野駅 | 3.9 | 73.0 | |||||
| 沙留駅 | 4.7 | 77.7 | |||||
| 富丘駅 | 3.7 | (81.4) | |||||
| 渚滑駅 | 7.5 | 88.9 | 日本国有鉄道:渚滑線[6](1985年4月1日廃止)[87] | 紋別市 | |||
| 潮見町駅 | 3.0 | 91.9 | |||||
| 紋別駅 | 1.2 | 93.1 | |||||
| 元紋別駅 | 4.6 | 97.7 | |||||
| 一本松駅 | 4.9 | (102.6) | |||||
| 小向駅 | 3.3 | 105.9 | |||||
| 弘道駅 | 2.3 | (108.2) | |||||
| 沼ノ上駅 | 4.4 | 112.6 | |||||
| 旭駅 | 4.6 | 117.2 | 紋別郡 | 上湧別町 (現:湧別町) | |||
| 川西駅 | 2.1 | 119.3 | |||||
| 中湧別駅 | 2.6 | 121.9 | 北海道旅客鉄道:名寄本線(湧別方面) 日本国有鉄道:湧網線(1987年3月20日廃止)[87] | ||||
| 北湧駅 | 3.1 | (125.0) | |||||
| 上湧別駅 | 1.5 | 126.5 | |||||
| 共進駅 | 3.2 | 129.7 | |||||
| 開盛駅 | 3.9 | 133.6 | |||||
| 北遠軽駅 | 1.8 | 135.4 | 遠軽町 | ||||
| 遠軽駅 | 2.7 | 138.1 | 北海道旅客鉄道:石北本線 | ||||
この区間は全駅網走支庁紋別郡に所在。
| 駅名[6] | 営業キロ | 接続路線 | 所在地 | |
|---|---|---|---|---|
| 駅間 | 累計 | |||
| 中湧別駅 | - | 0.0 | 北海道旅客鉄道:名寄本線(名寄・遠軽方面) 日本国有鉄道:湧網線(1987年3月20日廃止)[87] |
上湧別町 (現:湧別町) |
| 四号線駅 | 3.0 | (3.0) | 湧別町 | |
| 湧別駅 | 1.9 | 4.9 | ||
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