| 松浪 健太 まつなみ けんた | |
|---|---|
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| 生年月日 | 1971年8月17日(53歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | 早稲田大学商学部 |
| 前職 | 産経新聞社記者 |
| 所属政党 |
(自由民主党→) (旧日本維新の会[注 1]→) (維新の党[注 1]→) (おおさか維新の会[注 1]→) 日本維新の会/大阪維新の会 |
| 称号 | 商学士 |
| 親族 |
伯父・松浪啓一(元大阪府議会議員) 叔父・松浪健四郎(元衆議院議員) 従兄・松浪武久(大阪府議会議員) |
| 公式サイト | 松浪ケンタ公式サイト |
| 選挙区 | 高槻市・三島郡選挙区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2019年4月30日 - 2023年4月10日 |
| 選挙区 |
(大阪10区→) (比例近畿ブロック→) (大阪10区→) 比例近畿ブロック |
| 当選回数 | 5回 |
| 在任期間 |
2002年10月29日 - 2003年11月10日 2005年9月12日 - 2017年9月28日 |
松浪 健太(まつなみ けんた、1971年8月17日 - )は、日本の政治家。大阪維新の会所属。
大阪府議会議員(1期)、衆議院議員(5期)、厚生労働大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、内閣府大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、(旧)日本維新の会国会議員団幹事長、同国会議員団総務会長兼選挙対策委員長、維新の党国会対策委員長、同幹事長代行、同選挙対策委員長、日本維新の会国会議員団代議士会長などを歴任。
元大阪府議会議員の松浪啓一は伯父。元衆議院議員の松浪健四郎は叔父。啓一の長男で、従兄にあたる松浪武久は大阪府議会議員、元泉佐野市議会議長。
1990年3月、清風高等学校を卒業[2]。1991年4月、早稲田大学商学部へ進学[2]。在学中に1年間休学し、オーストラリアのタスマニア州に赴き、小・中学校で日本文化を教えるインターンを経験した[2]。
1997年4月、産経新聞社に入社[2]。横浜総局、青森支局、整理部、社会部にて勤務した[2]。
2002年10月に退社し、辻元清美衆議院議員(社会民主党)の辞職(辻元清美秘書給与流用事件)に伴う大阪10区補欠選挙に自由民主党公認(公明党・保守党推薦)で出馬[2]。松浪を含め8人が立候補した混戦を制し、初当選[3]。党内派閥では、江藤・亀井派に所属[2]。当時の自民党では2番目に若い31歳だった[4]。
2003年の第43回衆議院議員総選挙では、大阪10区で民主党前職の肥田美代子に敗れ、比例復活もならず落選[2]。
2005年、第44回衆議院議員総選挙に大阪10区から自民党公認で出馬。社民党公認の辻元、民主党公認の肥田を破り、国政に復帰した(辻元は比例復活)[2]。
2007年8月、第1次安倍改造内閣で厚生労働大臣政務官に任命され、福田康夫内閣まで務める[2]。福田康夫改造内閣では内閣府大臣政務官に任命された[5]。麻生内閣でも再任されるが、2009年1月、衆議院本会議における第2次補正予算案の採決で、定額給付金への反対を理由に投票を棄権したため、内閣府大臣政務官を罷免された。
同年8月の第45回衆議院議員総選挙では、大阪10区で辻元に敗れたが、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活し、3選。
2010年4月、自由民主党中央政治大学院副学院長に就任[2]。5月、所属していた伊吹派を退会[要出典]。
2012年9月、日本維新の会の結党に参加するため、自民党に離党届を提出。これに対し、党大阪府連は10月27日の府連大会で「自民党に投票した有権者の思いを踏みにじる行為」だとして、松浪の議員辞職を求める宣言を採択した[6]。その後、維新に合流した松浪と谷畑孝衆議院議員に対し、除名処分が下った。
日本維新の会結党に伴い、国会議員団幹事長に就任(太陽の党の合流に伴い退任、後任は松野頼久)[2]。以降、一貫して橋下徹と行動を共にする。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、日本維新の会公認、みんなの党推薦で大阪10区から出馬。民主党前職の辻元を約6,000票差で破り、4選。
2013年10月15日、衆議院決算行政監視委員長に就任[2]。
2014年6月の日本維新の会分裂時、次世代の党に参加した藤井孝男に代わり、党国会議員団総務会長兼選挙対策委員長に就任。同年9月に維新の党が発足すると、国会議員団国会対策委員長に就任[2]。
2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では、維新の党公認で大阪10区から出馬。前回下した辻元に敗れたが、比例復活で5選[2]。その後の役員人事で党幹事長代行に就任[2]。
2015年10月の維新の党分裂時も、橋下とともにおおさか維新の会に参加する[2]。
2017年10月の第48回衆議院議員総選挙では、日本維新の会(おおさか維新の会が改称)公認で大阪10区から出馬したが、立憲民主党から出馬した辻元、自民党の大隈和英の後塵を拝し、比例復活もならず落選。
2019年4月、第19回統一地方選挙の一環として行われる大阪府議会議員選挙では、高槻市及び三島郡選挙区より立候補し[7]、トップ当選した[8]。
2022年9月、翌年の大阪市長選挙に向けて維新が行った候補者公募に応募した[9]が、11月4日に行われた二次選考で敗れた[10]。
2023年2月、大阪維新の会は同年4月の高槻市長選挙へ、松浪を擁立する方針を決定した[11]。同月13日に正式に立候補を表明した[12]。同年4月23日執行の市長選挙に立候補したが、現職の濱田剛史に敗れ落選した(濱田:99,816票、松浪:42,401票)[13]。
2011年6月13日、松浪が支部長を務める自民党大阪府第10選挙区支部が、暴力団との関係を理由に大阪府の公共工事の入札から2010年7月以降は排除されていた大阪府高槻市の建設会社から、2005年〜2010年までの5年間に合計約60万円の政治献金を受けていた事実が報道されている[26]。
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代 戸井田徹 加藤勝信 西村明宏 |
宇野治 並木正芳と共同 2008年 - 2009年 |
次代 岡本芳郎 宇野治 並木正芳 |
| 先代 菅原一秀 松野博一 |
伊藤渉と共同 2007年 - 2008年 |
次代 金子善次郎 戸井田徹 |
| 議会 | ||
| 先代 谷畑孝 |
2013年 - 2014年 |
次代 石関貴史 |
| 党職 | ||
| 先代 石関貴史 |
維新の党選挙対策委員長 第3代:2015年 |
次代 今井雅人 |
| 先代 小沢鋭仁 |
維新の党幹事長代行 第2代:2014年 - 2015年 |
次代 松木謙公 |
| 先代 (結党) |
維新の党国会議員団 国会対策委員長 初代:2014年 |
次代 馬場伸幸 (維新の党国会対策委員長に改組) |
| 先代 藤井孝男 |
日本維新の会国会議員団 総務会長兼選挙対策委員長 第3代:2014年 |
次代 (維新の党へ) |
| 先代 (新設) |
日本維新の会 国会議員団幹事長 初代:2012年 |
次代 松野頼久 |
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