土佐矢筈山
| 土佐矢筈山 | |
|---|---|
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| 標高 | 1,607 m |
| 所在地 | 徳島県 三好市・高知県 香美市 |
| 位置 | 北緯33度48分16.69秒 東経133度53分35.26秒 / 北緯33.8046361度 東経133.8931278度 |
| 山系 | 剣山地(四国山地) |
土佐矢筈山(とさやはずやま)は、四国山地のうち、剣山地の南西部に位置する、標高 1607 mの山である [1] [2] [3] [4] [5] [6] 。
この山の本来の山名は「矢筈山」であるが、剣山地の北部にある同名の「矢筈山」(やはずやま、標高 1849 m)と区別するため、通称として「土佐矢筈山」と呼ばれている [4]。なお地理院地図には、山名は表記されていない [1]。
行政区画的には、高知県と徳島県との県境部に位置しており、山体の北側が、徳島県 三好市(旧;東祖谷山村)に属し、山体の南側が、高知県 香美市(旧;物部村)に属している [1] [4]。
概要・地理
四国山地の東部は、一般的には剣山地と呼ばれている。この土佐矢筈山は、剣山地のうち中核部に位置している天狗塚(標高 1812 m)付近から派生し、南西方向へと長く延び、一部は徳島県/高知県の県境となっている尾根上に位置している山である [1]。
剣山地の主峰である剣山(標高 1955 m)から見ると、西南西方向に直線距離にして約19 kmの位置にあり、前述の天狗塚からは、直線距離にして約5 kmの位置にある。またこの山の東側 直線距離にして約4 kmの位置には、あいだに矢筈峠(やはずとうげ、約1250 m)をはさんで、四国百名山の一つでもある、綱附森(1643 m)が位置している [1]。
この山の北側は、紀伊水道へと流れ下る四国第一の大河である吉野川の支流である、祖谷川水系であり、秘境とも呼ばれる奥祖谷地域に面している。またこの山の南側は、土佐湾へと流れ下る物部川水系である。従って、土佐矢筈山を含むこの尾根は、四国内でも第一級といえるような分水嶺(分水界)となっている [1]。
この山は、地理院地図には山名がないものの、登山対象として古くから親しまれている山である。また山頂部やその周辺は高原状のササ原となっており、展望が優れていることで知られている [2] [3] [4] [5] [6] 。(※ 詳細は「植生」、「山名」、「登山ルート」の各項も参照のこと)
山頂部は、尖った山を連想させる、矢筈という山名には似合わず、比較的穏やかな山容となっている。また山頂部には、三等三角点が設置されている。三角点の公式名称は「矢筈山」、標高値は 1606.60 m(作業年月;2024年12月)となっている [7] 。
山名
「土佐矢筈山」という山名のうち、矢筈とは、弓矢に関連する一部分を指す用語であり[8]、山頂部が尖った山や、山頂部がM字型をしている山の名前として付けられている場合が多い。剣山地の北部にも同名の矢筈山(やはずやま、1849m)があり、その矢筈山は山頂部が尖った姿をしている。一方、この項の土佐矢筈山の場合は、周辺の山々から望んでも、さほど山頂部が尖ったようには見えないが、ふもとから望むと、見る方向によっては少し尖った山に見えることから付けられた山名ではないか、と推定されている [4] 。
また、本来はこの山の山名は「矢筈山」であり、文献類でも「矢筈山」とするものもあるが [5] [6]、前述のとおり、同じ剣山地の北部に同名の「矢筈山」があることから、混同を避けるため、主に登山ガイドブック類では「土佐矢筈山」と呼ばれている [2] [3] [4]。ただし「概要・地理」の項で説明した通り、この山は、高知県と徳島県との県境部に位置しており、「土佐」とはいうものの、高知県(旧;土佐国)だけに属しているわけではない [1]。
植生
この山の山麓部から中腹部にかけては、剣山地のほかの山々と同様に、ほとんどがスギなどの人工林と化している。ただし中腹部の一部や、土佐矢筈山、小檜曽山の山頂部付近を含む一帯は、林野庁により、土佐矢筈山風景林(指定面積;324 ヘクタール(ha))に指定され、保護・管理されている[9]。
中腹部のうち自然林が残っている場所では、ブナ、ミズナラ、モミなどからなる針広混交林がある。また、この山の南東側の中腹部には、ハリモミ(「バラモミ」ともいう)の群落がある[9]。
一方でこの山の山頂部やその周辺には、ミヤマクマザサからなるササ原が広くひろがっている。またその中に、ミツバツツジ類、コメツツジ、ドウダンツツジなどのかん木が点在しており、高原のような景観を作っている [2] [3] [4] [6] [9] 。
また初夏から夏季にかけては、ササ原のなかに、フウロソウ、タカネオトギリ、イブキトラノオなどの草花が咲き、また秋季には、リンドウ類、ヤマハハコ、ヤマラッキョウ、アキノキリンソウなどの花も見られる。また晩秋には、ミツバツツジ、コメツツジなどのかん木が紅葉し、彩りを添える [4] 。
ただし、2000年ころ以降、この山を含めた剣山地では、広範囲でシカ(ニホンジカ)による食害がひどくなり、かつての豊かな植生は失われつつある [10]。
この山も、ササ原が完全に無くなってはいないが、シカによる食害が生じる前よりは、ササ原は衰退しており、またミツバツツジなどのかん木類も、樹皮をかじられて枯れ死するなどの被害が及んでおり、更なる植生の荒廃が懸念されている [3] [10]。
登山ルート
この山は1600 m級の山ではあるが、下記の2つの登山口の標高が1000 mを越えている為、標高の割には比較的楽に登れる山として知られている。
一つの登山ルートは、この山の東側にある、矢筈峠(やはずとうげ、標高 約 1250 m)から登るルートである。ここからササ原のなかの、やや急な登山道を1時間程度登ると、土佐矢筈山の山頂に至る [3] [4]。なお登山口となっている矢筈峠は、かつては「アリラン峠」と呼ばれていて、古い文献類では「アリラン峠」と書かれているものがある。
もう一つの登山ルートは、この山の北西側にある、京柱峠(標高 約1150 m)から、尾根沿いに縦走する比較的長いルートで、片道で約3時間のルートである。このルートは距離は長いが、なだらかな稜線歩きで、途中、小檜曽山(こびそやま、1525 m)の山頂部付近を経由する [2] [5]。[注釈 1]
たどり着いた山頂部は、周辺のササ原から少し突出した、自然の展望台のような場所であり、展望が優れている。北東側には剣山地中核部の、天狗塚(1812 m)や三嶺(1894 m)などが望め、条件が良ければその奥に、剣山地の主峰である、剣山(1955 m)が小さく望める。また東側には、矢筈峠を隔てて、どっしりとした山容の綱附森(1643m)がまじかに望める。また南西側は、物部川流域の平野部や、梶ヶ森(1400m)などが望める。西側は四国山地の重層たる山々があり、遠望が利く日には、はるかに石鎚山脈の山々も望める、という[2] [3] [4] [5] 。
また、この山と、前述の小檜曽山とをつなぐ稜線部も、一面のササ原のなかを歩くルートであり、歩きながらもこれらの好展望が得られ、高原ハイキングのような好ルートである[2] [3] [4] 。
地質
まず四国の地帯(地体)構造のうち、重要な地質境界線である中央構造線より南側の地質構成を大まかにみると、北部には結晶片岩類などの高圧型変成岩類からなる、三波川帯が東西走向に分布しており、中部にはジュラ紀の付加体などからなる、「広義の秩父帯」[注釈 2]がほぼ東西走向に分布しており、その南側には、白亜紀から古第三紀にかけての付加体を主体とする、四万十帯が分布している、という地質構成となっている [11] 。
剣山地の南西部に位置するこの土佐矢筈山は、大部分が、ここでいう「広義の秩父帯」に含まれるが、大きく分けて2つの地質グループからなる。
土佐矢筈山の山頂部や矢筈峠付近を含む、この山の東側、南側斜面は、泥質千枚岩、変成チャート、変成砂岩、苦鉄質千枚岩など、弱く変成作用を受けた地質体が分布している [12] 。
これらの、千枚岩類や変成チャートなどの、これら弱く変成作用を受けた地質体群の位置づけは、必ずしも明確ではないが、最近の研究によると、泥質岩中の放散虫 [注釈 3] に基づく堆積年代より、原岩は、「広義の秩父帯」のうちジュラ紀の非変成の付加体である秩父北帯と同じく、ジュラ紀の付加体であり、白亜紀後期に、三波川帯と同じ高圧型変成作用の影響を多少受けている地質体群、と考えられている [13] [14] [15]。
なおこのゾーンには、ちょうど矢筈峠付近を通る、北東 - 南西走向の活断層があることが確認されている [16] 。この活断層は、「綱付森活動セグメント」(あるいは「綱付森断層」)という名称がつけられており、剣山地のうち、天狗塚付近から南西方向に約11 km延びている活断層である [16]。
この土佐矢筈山の山頂部近くには、北東 - 南西走向の地質境界線がある。この地質境界線は、北東延長部は三嶺の山頂部付近を通り、剣山地を斜めに縦断するように長く伸びている。この地質境界線は、文献によっては、「オトヤトコ - 名頃断層」[注釈 4] とも呼ばれている。これは断層とは言っても、活断層とは見なされておらず、かなり古い時代に形成された地質境界線である。この地質境界線より北側から北西側にかけては、御荷鉾緑色岩類 [注釈 5] 、と呼ばれる地質体の分布域となっており、前述の小檜曽山の山頂部や、京柱峠からの登山ルートの途中までは、この地質体の分布域に含まれる。具体的な地質体の種類としては、変成玄武岩である [12] [17]。
御荷鉾緑色岩類とは、関東山地から四国地方まで、三波川帯の南側に沿うように、数百キロメートルもの長さで細長く分布している地質体であるが、その由来、履歴、帰属などについて不明な点が多く、古くから議論の多い地質体である [注釈 6] 。
最近の研究による解釈としては、形成された時代はジュラ紀(もしくはそれ以前)で、海洋プレートで生じた火成活動によって海底に噴出した玄武岩類が原岩の大部分を占める、と推定されている。その後白亜紀に、海洋プレート沈み込み帯から沈み込んで、三波川帯を構成している変成岩と同じ変成作用を受けて、変成玄武岩などとなっている、と考えられている [14] [15] [17] 。
ギャラリー
- 広大な山頂部
- 頂上
脚注
注釈
- ↑ この「京柱峠」からの縦走路は、「小檜曽山」の山頂を通っていないが、「小檜曾分岐」などと呼ばれている稜線上の小ピークから南へと分岐している登山道を進むと、直線距離にして約350 m、歩行時間にして片道約15分の地点に、「小檜曽山」の山頂がある。「土佐矢筈山」に登るついでに、「小檜曽山」にも登るような登山コースを案内している登山ガイドブック類も多い
- ↑ ここでいう「広義の秩父帯」とは、結晶片岩類などの高圧型変成岩からなる三波川帯と、白亜紀から古第三紀にかけての付加体からなる四万十帯との間の地域に分布している、各種地質体をまとめた「地理的地帯」(分布域)を意味する用語として使用する。具体的な地質体としては、「狭義の秩父帯」(地体)としてのジュラ紀の付加体のほか、ペルム紀の付加体、「黒瀬川(構造)帯」などと呼ばれる古生代前期から中期の各種地質体群、トリアス紀~ジュラ紀に変成作用を受けた変成岩類、白亜紀の堆積岩層などを含む。この用語は、この項での説明の為のものであり、オーソライズされているものではない。「秩父帯」という地帯の定義が、研究が進むにつれ逆に不明確になっているため、このような表現とした
- ↑ 「放散虫」とは、古生代(あるいはそれ以前)から現世まで存在する海生プランクトンの一種で、時代による形態の変化が顕著なため、主に堆積岩の形成時代を決定する「示準化石」として、地質学ではよく使われる
- ↑ 「オトヤトコ」とは、奥祖谷地域にある地名、「名頃」(なごろ)とは、奥祖谷地域にある集落名
- ↑ 「御荷鉾」とは、関東山地にある御荷鉾山(みかぼやま)から取られた名称であるが、日本の地質学界の慣習で、「みかぼ」ではなく「みかぶ」と呼ぶ
- ↑ 「御荷鉾緑色岩類」の帰属は、研究者、文献類によって見解が異なり、「三波川帯」の一部とするもの、「広義の秩父帯」の一部とするもの、あるいは「御荷鉾帯」という独立した「地帯」と位置付けるものなど、研究者、文献類によって見解が異なる。この記事では、「広義の秩父帯」に属する、とした。
出典
- 1 2 3 4 5 6 7 “地理院地図(電子国土WEB)”. 国土地理院. 2026年8月19日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 徳島県勤労者山岳連盟(著)「「土佐矢筈山」の項」『分県登山ガイド(35)徳島県の山』(2018年版)山と渓谷社、2018年7月30日、37-39頁。ISBN 978-4-635-02065-7。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 高知県勤労者山岳連盟(著)「「土佐矢筈山・小檜曽山」の項」『分県登山ガイド(38)高知県の山』(2019年版)山と渓谷社、2019年3月1日、52-53頁。ISBN 978-4-635-02068-8。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 石川 道夫、清家 一明、谷山 省一郎、井本 淳作、ほか3名(共著)「「土佐矢筈山」の項」『四国百名山』山と渓谷社、2000年9月10日、112-113頁。ISBN 4-635-53028-0。
- 1 2 3 4 5 “「矢筈山」(やはずやま)”. 山と渓谷オンライン. 山と渓谷社 (2024年9月6日). 2026年8月19日閲覧。
- 1 2 3 4 “「物部町の登山情報」;「矢筈山」”. 香美市ホームページのうち、「 観光・イベント情報」 > 「観光スポット・観光施設」 > 「自然・景勝地 」. 香美市役所 (2026年6月16日). 2026年8月19日閲覧。
- ↑ “基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2026年8月19日閲覧。
- ↑ “「矢筈」の項”. コトバンク(原出典;「デジタル大辞泉」、「精選版 日本国語大辞典」. Business Architect (ビジネスアーキテクト). 2026年8月19日閲覧。
- 1 2 3 “「土佐矢筈山(とさやはずやま)風景林」”. 四国森林管理局ホームページのうち、「 四国のレクリエーションの森」. 林野庁 四国森林管理局. 2026年8月20日閲覧。
- 1 2 “平成22年度 四国山地 緑の回廊(剣山地区)における ニホンジカの生息環境等 調査報告書”. 林野庁 四国森林管理局 (2011年3月). 2026年8月19日閲覧。
- ↑ 日本地質学会 編「第1-3章「四国の地体構造区分」、第1-4章「四国の各地帯の概要」」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、7-12頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
- 1 2 “産総研「20万分の1日本シームレス地質図V2」”. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター (2026年5月10日). 2026年8月19日閲覧。
- ↑ 日本地質学会 編「第5-2-1節 (四国の)秩父北帯」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、103-129頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
- 1 2 村田 明広. “四国中東部,三嶺 剣山地域の御荷鉾緑色岩類 秩父北帯の地質構造”. 徳島大学総合科学部 自然科学研究(誌) (徳島大学) 第28巻 (第4号): pp.55-63.
- 1 2 石田 啓祐; 西山 賢一; 中尾 賢一; 元山 茂樹; 高谷 精二; 香西 武; 小澤 大成 (2007年). “徳島県祖谷川上流域の御荷鉾帯の地質と地形”. 阿波学会紀要誌 (阿波学会) (第53号): pp.1-12.
- 1 2 “起震断層・活動セグメント検索”. 活断層データベース. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター (2026年8月14日). 2026年8月19日閲覧。
- 1 2 日本地質学会 編「第4部「(四国の)御荷鉾緑色岩類」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、89-102頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
