我拝師山
| 我拝師山 | |
|---|---|
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我拝師山と出釈迦寺奥の院 | |
| 標高 | 480.9 m |
| 所在地 | 香川県善通寺市 |
| 位置 | 北緯34度12分50秒 東経133度45分17秒 / 北緯34.21389度 東経133.75472度 |
| 種類 | ビュート |
我拝師山(がはいしさん/がはいしやま)は、讃岐平野のうち、香川県善通寺市にある、標高481メートルの山である[1][2][3]。
この項では、我拝師山を含めた、「善通寺五岳山」(ぜんつうじごがくざん)と呼ばれる山系に含まれる、周辺の山々についても説明する。
概要
この我拝師山は、「善通寺五岳山」(香色山・筆ノ山・我拝師山・中山・火上山)と呼ばれる山系の一つで、その中では標高が一番高い[1][2][3]。
この山の北麓には、四国八十八ヶ所第73番札所、出釈迦寺があり、その奥之院である禅定寺(標高 約368メートル)がこの山の中腹にある。なおこの山の北麓には、四国八十八ヶ所第72番札所である曼荼羅寺もある。
この山は、この山塊の東側に位置する、現在の善通寺市に生まれたという弘法大師(空海)が、若い頃にこの山で修業したという伝承でも知られている[3]。
我拝師山を主峰とした「善通寺五岳山」と呼ばれる山系の山としては、東側から順に、「香色山」(こうしきざん、標高 157メートル)、「筆ノ山」(ふでのやま、 標高 296メートル)、「我拝師山」(標高 481メートル)、「中山」(なかやま、標高 439メートル)、「火上山」(ひかみやま、標高 409メートル)が並んでいる[3][4]。
東西に4キロメートルほどの距離で立ち並んでいるこの「善通寺五岳山」は、屏風のように立ち並んでいる様から、かつては「讃岐国屏風浦」(さぬきこく びょうぶうら)とも呼ばれていたという[4]。
これらの山はそれぞれ、以下のような歴史的、宗教的な特徴がある[4]。
- 善通寺市の市街地の近くにある最東端の香色山には、四国霊場八十八ヶ所のミニチュア版としての「ミニ遍路コース」(「ミニ八十八ヶ所」とも)があり、遊歩道が整備されている。 なお、山頂部には平安時代の経塚が発見されている[3]。
- 最高峰の我拝師山は、前述のように、現在の観音寺市に生まれた弘法大師(空海)が、若い頃に厳しい修業をしたとの伝承がある。捨身ヶ嶽という頂上近くの岩場は、空海が身を投げるほどの厳しい修業をしたという伝承による名前である。
- 最西端にある火上山は、古代にはのろし台があったのが、その名前の由来とも言われる。また火上山とその東側の中山との間には、平安時代に建てられたと言われる山岳寺院「大窪寺」跡や、前方後円墳が残っており、古墳時代に遡る人と山との歴史がある。
これらの山々のうち、いくつかの山には三角点が設置されている。我拝師山の山頂部には三等三角点が設置されている。三角点の公式名称は「禅定山」、標高値は480.85メートル(作業年月;2024年12月)である[5]。筆ノ山の山頂部には四等三角点が設置されている。三角点の公式名称は「筆之山」、標高値は、295.64メートル(作業年月;2024年12月)である[5]。西端の火上山の山頂部には、四等三角点が設置されている。三角点の公式名称は「火上山」、標高値は、408.82メートル(作業年月;2024年12月)である[5]。
登山ルート
我拝師山の北麓から中腹の奥之院までは車で行くこともできるが(有料)、歩いて登る人も多い。麓から徒歩で約30 - 40分で標高約350メートルの奥之院に着く[3]。
登山道は、奥之院の本堂である根本御堂の床下を通過して進み、そこを過ぎると鎖が整備された岩場となる。岩場の上部は、弘法大師(空海)が若い頃、修業として飛び降りた、という伝承があり、稚児大師石像と護摩壇のある、捨身ヶ嶽行場(しゃしんがたけ ぎょうば)と呼ばれる地点である[3]。
そこからはさらに登山道を20分ほどで登ると我拝師山の山頂に着く[3]。山頂部はやや平坦で雑木林で覆われており、展望はほとんどない。
また、奥之院とは反対側(東側)の大阪峠(おおさかとうげ、標高 133メートル)には、約30分で下りる登山道もある。岩場は無いがやや急な道である[3]。
「善通寺五岳山」全体の登山道としては、前述の奥之院から西へと進む登山道があり、中山、火上山へとよく整備された道が続いている。逆に我拝師山の東側も、大阪峠の東へと登山道が続き、筆ノ山、香色山を通り、善通寺市まで登山道が続いている[3][4]。
地形
この我拝師山とその周辺の「善通寺五岳山」は、浸食によって形成された、残丘と呼ばれる地形である[6]。
讃岐平野には、ほかにも屋島、五色台、飯野山(讃岐富士)、大麻山(象頭山)のように、長い間の浸食によって形成された残丘が数多くある。この山とその周辺の一連の山々も、長い間の浸食によってこのような形の残丘型の山々となったと推定されている[6]。またこれらの山々は、基盤岩体が白亜紀後期の花崗岩類であり、その上に、新第三紀のうち中新世に生じた火山活動による火山岩類となっている、という共通点がある[6]。
地形学には残丘(モナドノック)[注釈 1]は、頂上部に平坦部を持つものをメサ、平坦部がなくやや尖った形状のものをビュートと分類するが、この我拝師山には平坦な部分がないので、ビュートにあたる。「善通寺五岳山」のほかの4峰も同様に頂上部に広い平坦部を持たないので、ビュートにあたる[7]。
我拝師山の地質
この我拝師山の地質は、大まかには2段構造になっている。地質図によると、麓から標高約150メートル付近までは讃岐平野の低山に多い、白亜紀後期の花崗岩類からなっている。それより上部は新第三紀のうち中新世中期に噴出したデイサイト質 - 流紋岩質の火山岩(溶岩、火砕岩)よりなっているとされている[8]。
詳しい研究によると、我拝師山を含む「善通寺五岳山」の上部を形成している火山岩類の構成は複雑で、我拝師山の場合は、まず火山活動により凝灰角礫岩層[注釈 2]が形成され、その後に貫入岩体として讃岐岩質安山岩[注釈 3]が貫入したものとされている[4][9]。
我拝師山のうち、奥の院付近の、捨身ヶ嶽と呼ばれている一帯は、火山岩からなる険しい岩場となっているが、これは上記の讃岐岩質安山岩類からなる岩場である[4][9]。
「善通寺五岳山」全域の地質
「善通寺五岳山」と呼ばれている山群のうち、我拝師山以外の山々の地質について、以下に解説する。また合わせて、これらの山々の大部分を構成している瀬戸内火山岩類と呼ばれる火山岩が形成された、瀬戸内火山活動についても概説する。
善通寺五岳山の地質概要
1)「香色山」(標高 157メートル)
「善通寺五岳山」のうち最も東側にある香色山は、流紋岩質の火山岩からなる。現在の香色山は、マグマが上昇・噴出した場所(火口の下へ続く部分)であり、相対的に浸食に強い火道部分が残存した、岩頸と呼ばれる部分が残っているとされている[4][9]。 ただし、標高が低いこともあって露頭は少ない。
2)「筆ノ山」(標高 296メートル)
我拝師山の東側にある筆ノ山は、我拝師山と同様に讃岐岩質安山岩と呼ばれる火山岩(貫入岩体)からなる[4][9]。
3)「中山」 (標高 439メートル)
我拝師山の西側に位置する中山は、我拝師山と同じく、凝灰角礫岩層がまず形成され、その後、讃岐岩質安山岩が貫入したものである[4][9]。ただし露頭が少ないので解りにくい。
4)「火上山」(標高 409メートル)
「善通寺五岳山」のうち、最も西にある火上山は、前述の凝灰角礫岩が噴出したのち、その上に噴出した讃岐岩質安山岩の層が乗っており、基盤岩体である花崗岩類を含めると、3段構造となっている。浸食に対して弱い凝灰角礫岩に比べて讃岐岩質安山岩層は浸食に対して相対的に抵抗性が強いので、この層がキャップロック(cap rock)となっている[4][9]。
なお「火上山」の北側斜面は、地形的には山崩れの跡が認められているが、凝灰角礫岩層と讃岐岩質安山岩層の両方が崩れ、北側斜面に堆積している[4][9]。
「瀬戸内火山岩類」と「瀬戸内火山活動」について
我拝師山を含む「善通寺五岳山」は全て上記のとおり、山体の上部は中新世中期の火山岩類からなる。
讃岐平野に点在する標高300 - 600メートル程度の低山や台地の多くは、その上部が中新世中期の火山岩類で形成されている。この15 - 12Ma頃[注釈 4]に生じた火山活動は、瀬戸内火山活動と呼ばれており、讃岐平野のほか、小豆島や近畿地方の一部にもみられる[10]。
この瀬戸内火山岩類を噴出した火山活動の要因としては、約20 - 15Ma[注釈 4]にかけて、元々はアジアの北東部に位置していた日本列島の元となる部分が、日本海の開裂とともに四国を含む「西南日本ブロック」[注釈 5]が南へと移動し、現在の四国にあたる地域は、まだ比較的温度が高かった当時のフィリピン海プレートの上に強制的に乗り上げる恰好となり、その結果としてプレート境界部付近でマグマが形成されたために、火山活動が起こった、と考えられている[11]。
ギャラリー
脚注
注釈
- ↑ 「残丘」のことを、英語では「モナドノック」(monadnock)と呼び、日本でも専門的には「モナドノック」という用語もよく使われる
- ↑ 「凝灰角礫岩」とは、火山灰由来の成分と、礫状の火山噴出物が混じった岩石である
- ↑ 「讃岐岩質安山岩」とは、火山岩の一種である安山岩のうち、香川県の山や台地に多い、岩石化学的にみて、通常の安山岩とは少し違う特性をもつ火山岩である。「サヌキトイド」とも呼ばれる。
- 1 2 ”Ma” は、百万年前を意味する単位である
- ↑ ここでいう「西南日本ブロック」とは、現在の中部地方にある「糸魚川静岡構造線」より西側の部分を指す。但し沖縄など「南西諸島」は含まない
- ↑ 2023年4月24日四国八十八ヵ所霊場会主催で弘法大師生誕1250年を記念して当山から香色山の三山縦走の行事が行われた
- ↑ この写真の、向かって左が我拝師山への道、向かって右が筆ノ山への道
出典
- 1 2 “地理院地図(電子国土WEB)”. 国土地理院. 2026年10月20日閲覧。
- 1 2 3 石川 道夫、清家 一明、三谷 統一郎、ほか4名(共著)『四国百名山』山と渓谷社、2000年9月10日、93頁。ISBN 4-635-53028-0。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 高松勤労者山の会(著)『分県登山ガイド (36) 香川県の山』(2017年版)山と渓谷社、2017年6月1日、83-85頁。ISBN 978-4-635-02066-4。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 “五岳山(讃岐ジオサイト)”. 今日のぜんつうじ. 善通寺市役所 (2015年1月14日). 2026年4月22日閲覧。
- 1 2 3 “基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2026年4月23日閲覧。
- 1 2 3 太田 陽子、成瀬 敏郎、田中 眞吾、岡田 篤正(共編)「5-3章「四国側の平野」のうち、「讃岐山脈北麓の扇状地平野」の項」『日本の地形 第6巻 近畿・中国・四国』東京大学出版会、2004年6月4日、232-235頁。ISBN 4-13-064716-4。
- ↑ 地学団体研究会 編「「メサ」、「モナドノック」(残丘)の各項」『新版 地学事典』東京大学出版会、1996年10月20日、1300,1316頁。ISBN 978-4-582-11506-2。
- ↑ ““産総研「20万分の1日本シームレス地質図V2」”. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター (2025年7月18日). 2026年4月21日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “(24) 善通寺五岳山”. 讃岐ジオサイト. 善通寺市役所. 2026年4月21日閲覧。
- ↑ 日本地質学会 編「7-3章「瀬戸内火山岩類」の項」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方 』朝倉書店、2016年、249-250,258-264頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
- ↑ 日本地質学会 編「7-4章 「西南日本外帯および瀬戸内火山活動の成因論」の項、ほか」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年、266-267、249-250頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
