工石山

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工石山
工石山を西北西から望む
高知県道・愛媛県道6号高知伊予三島線から撮影
標高 1,177 m
所在地 高知県 高知市・土佐郡 土佐町
位置 北緯33度40分12秒 東経133度30分21秒 / 北緯33.67000度 東経133.50583度 / 33.67000; 133.50583
山系 四国山地
工石山の位置(高知県内)
工石山
工石山
工石山 (高知県)
工石山の位置(日本内)
工石山
工石山
工石山 (日本)
プロジェクト 山
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この工石山(くいしやま)は、四国山地の南部に位置し、高知県 高知市(旧;土佐山村)と土佐郡 土佐町とにまたがる、標高 1177 mの山である [1] [2] [3] [4]。[注釈 1]

高知県内には、地理院地図において「工石山」という名称がついた山が2つある [1] 。混同を避けるため、一般的には、この山を単に「工石山」と呼び、高知県 本山町に位置する「工石山」(標高;1516 m)は、「奥工石山」(おくくいしやま)や「立川工石山」(たじかわくいしやま)、あるいは「奥工石」(おくくいし)と呼ばれている [2] [4]。

またこの山は、四国百名山の一つに選定されている [3] 。

概要

四国山地は、高知県、愛媛県、徳島県にまたがる大きな山地であるが、その南縁部は高知平野の近くまで達している [1] 。

この項の工石山は、四国山地の南部に位置しており、高知市の中心部にも近い位置にある [注釈 2] 。その為、高知市内の高いビルなどからも、山頂部が望め、高知市民にとっては馴染み深い山となっている [2] [3] [4] 。

この山の山頂部は、「北の頂」(きたのいただき)と「南の頂」(みなみのいただき)などと呼ばれる2つに分かれており、それぞれに「工石山山頂」の標識が建てられている。このうち「南の頂」には一等三角点が設置されている。三角点の公式名称は「工石山」、標高値は1176.44 m(作業年月;2024年12月)となっている [5] 。

 一方、「南の頂」から直線距離にして約130 m離れた「北の頂」には三角点は設置されていないが、標高値は 1177 mであり [5] 、わずか数十センチメートルではあるが南側の山頂より高く、この値をこの山の標高とすることも多い [2] [4] 。 ただし三角点のある「北の頂」のほう(1176 m)を、この山の標高とする文献もある [3] [6] [7] 。

どちらの山頂も展望は良く、「北の頂」からは石鎚山脈の高峰群を始めとした四国山地の重層たる山々や足元には土佐町の盆地が望め、その土佐町の盆地にはしばしば見事な雲海が見られる。また「南の頂」からは高知平野や高知市中心部、その先には土佐湾も望め、遠望が利く日には遥か、四国南東端の室戸岬や、四国南西端の足摺岬辺りまで望める、という[2] [4] [3] [6] [7]。

この山は高知県により、工石山陣ヶ森県立自然公園の一部に指定されている [8] [9] 。また高知県の指定による高知県民の森や、高知市により高知市民の森にも指定されており、管理・整備されている [2] [4] [6] 。それに関連し、登山口には、高知市が管理する、工石山青少年の家がある [6] [10] 。

さらには、この山の一帯は、林野庁が指定した、工石山自然休養林(面積;約278ヘクタール(ha))にもなっており、自然林が保護、管理されている [7] 。

山名

「工石山」(くいしやま)という山名はやや変わっているが、その由来は定かではない。高知県のうち、奥工石山(本山町)のほうは、いわゆる平家の落人伝承とからんだいくつかの山名に関わる説があるが、この山にはそういう伝承も知られていない。

自然・植生

この山の中腹部より下は、スギなどの人工林と化している。しかし登山口より上部は比較的自然林が残されており、特に標高900m以上では、モミ、ツガ、ブナ、天然ヒノキなどの冷温帯系の植物と、アカガシなどの暖温帯系の植物が入り混じった植生となっている。またシャクナゲ、アケボノツツジなどもあり、春から初夏にはそれらの花も楽しめる。自然保護されている地域では、約500種の植物があるという [2] [4] [3] [7] [9] 。

なお動物としては、賽の河原と呼ばれる山中の小沢に、小さいイシヅチサンショウウオが棲んでいるのが、特筆される [2] [3] [7] [9] 。(※ このイシヅチサンショウウオは、採取禁止である)

地形

この山は、地形的には、穏やかな山容の山で、登山道にも特に険しい場所はないが、所々に大岩や岩壁があるのが地形的な特徴といえる。登山道沿いには、「白鷲岩」(しらわしいわ;「八起白鷲岩」とも表記)、「トド岩」、「ヒノキ屛風岩」などと名前が付けられた大岩があり、良いアクセントとなっている。またそれらの大岩の上からは好展望が得られる[2] [3] [7]。

また山頂の南東側には、「妙体岩」という数十mの高度差がある岩壁がある。この岩壁の基部には小さな祠が祀られており、その少し下には鳥居があり石段が続いている。今はお参りする人も少なく全体が苔むしているが、ここは、工石神社あるいは奥工石神社と呼ばれる神社で、岩場自体がご神体とされている。また「妙体岩」はこの山の南東側にあるため、遥か土佐湾の船からも見え、江戸時代に、藩主 山内一豊公が、この岩を目印として、太平洋側から船にて土佐国(現;高知県)へ入った」、という伝承がある [7] 。

登山ルート

この山の登山口は、高知市内と土佐町とを結ぶ県道沿いにある。登山口には工石山青少年の家がある。そこから少し登ると、「杖塚」という広場状の分岐点があり、ここから「北回りコース」と「南回りコース」と呼ばれている、2つのコースに分かれる。どちらのコースも頂上に通じており、また両方ともよく整備されており、回遊コースとしても使える。

・ 北回りコースでは、「白鷲岩」(しらわしいわ)、「トド岩」といった大岩や、「天然ヒノキ風倒根(ふうとうこん)」(※「ヒノキ風倒木」とも呼び、樹齢200年と推定される天然ヒノキの巨木が、1960年代の台風により横倒しに倒れ、その巨大な根が残っている奇景)などが、コース沿いにある [2] [3] [7] 。

・ 南回りコースでは、その上部が「シャクナゲ尾根」とも呼ばれ、初夏にはシャクナゲの花が咲く。その他、途中の「賽の河原」(さいのかわら)と呼ばれる小沢には、前述のとおり、小さいイシヅチサンショウウオが生息しているほか、大岩に天然ヒノキの木が絡みついたような奇景 「ヒノキ屛風岩」もコース沿いにある [2] [3] [7] 。

・その他、前述の「妙体岩」は「南周りコース」からやや外れているが、登山道が通じている。信仰の対象となっていた大きな岩壁で、祠や鳥居が残っており、一見の価値がある。また上記のルートを繋ぐようなルートもあり、登山ルートがネットワーク状に整備されている[2] [7] 。 

また、この工石山から北東へ約2km離れた稜線上に、三辻山(みつつじやま;標高 1108m)という山がある。工石山から縦走してセットで登山することもでき、また前記の工石山青少年の家登山口から登ることもできる。三辻山も、チャートからなる大岩、岩壁があちこちにある山である [2] 。

地質

四国の地帯(地帯)構造区分のうち、地質境界線、活断層系でもある中央構造線より南側の構成を大まかに見ると、北側から順に、高圧型変成岩を主体とする三波川帯、ジュラ紀の付加体など様々な地質体を含んでいる「広義の秩父帯」[注釈 3] 、最南部には白亜紀~古第三紀の付加体よりなる四万十帯、という帯状の構成となっている [11] 。

四国山地南部にあたる、この工石山とその周辺は、ジュラ紀の付加体などからなる「広義の秩父帯」と、高圧型変成岩(主に結晶片岩類)を主体とする三波川帯との境界部(遷移ゾーン)となっており、地質構造やその位置付けは、やや複雑である [12] [13] [14]。

この山を構成する具体的な地質体としては、工石山の山頂部及びその北側は、変成チャートが広く分布している。その間の所々にリボン状に細長く、泥質千枚岩が分布している。これらの変成ピーク年代は、白亜紀前期のアルビアン期から、古第三紀のうち暁新世にかけて、とされており、北側に分布する三波川帯主要部を形成する結晶片岩類と、変成ピーク時代的には同じである [15] 。

但し、変成度が低いので、これらの地質体を三波川帯のメンバーと位置付けるのか、あるいは「広義の秩父帯」のメンバーと位置付けるかについては、議論がある。「20万分の1 地質図幅;高知」[13] や、その解説書 [14] では、この変成チャートなどの地質体を、ここでいう「広義の秩父帯」のうち、ジュラ紀末から白亜紀前期に形成された付加体が、白亜紀後期に三波川変成作用を受けたもの、と位置付けており、コンプレックスレベルでは「北部秩父帯の付加コンプレックス」に含むとし、ユニットレベルでは、そのうちの、「柏木(かしわぎ)ユニット」に位置付けている。

一方で、山頂部の少し南側に地質境界線があり、それより南側にはジュラ紀の付加体の分布域となっている。具体的な地質体としては、「メランジュ相」の付加体および(非変成の)チャートが分布している [15] 。「20万分の1地質図幅;高知」[13] では、これらの地質体はジュラ紀前期から中期の付加体で、コンプレックスレベルでは、「北部秩父帯の付加コンプレックス」に含まれるとし、ユニットレベルでは、そのうちの「上吉田(かみよしだ)ユニット」に位置付けている [14] 。[注釈 4]

この山には、登山道沿いのあちこちに、大岩や岩壁があるが、その大部分が変成チャート分布域にあり、岩種としては変成チャートと推定される。なお前述の「妙体岩」は、前記の地質境界より南側に位置しているので、非変成のチャートと推定される [13] [15] 。

なお説明が細かすぎることになるので内容の説明は省くが、この「工石山」の北側地域の5万分の1地質図として、「5万分の1 地質図幅;本山」[16]、およびその解説書「本山地域の地質」[17] が、2019年にリリースされている。

また工石山の南西側地域の5万分の1地質図として、「5万分の1 地質図幅;伊野」[18] およびその解説書「伊野地域の地質」[19]が、2007年にリリースされている。

ギャラリー

関連項目

外部リンク

脚注

注釈

  1. ↑ 後述のとおり、この山の山頂部は2つに分かれており、三角点のある「北の頂」と呼ばれる方の標高は、1176.44mである。ここでは、より標高の高い、「南の頂」と呼ばれるピークの、地理院地図での値である、1177mを、この山の標高とした
  2. ↑ 地理院地図(WEB版)によって測定すると、JR高知駅から工石山の山頂まで、直線距離で約12km
  3. ↑ ここでいう「広義の秩父帯」とは、白亜紀の高圧型変成岩からなる三波川帯と、白亜紀から古第三紀にかけての付加体からなる四万十帯との間にある、各種地質体をまとめた「地理的地帯」(分布域)を意味する用語として使用する。具体的な地質体としては、「狭義の秩父帯」(地体)としてのジュラ紀の付加体のほか、ペルム紀の付加体、「黒瀬川(構造)帯」と呼ばれる古生代の各種地質体群、トリアス紀~ジュラ紀の高圧型変成岩類、白亜紀の堆積物層などを含む。この用語は、この項での説明の為のものであり、オーソライズされているものではない。「秩父帯」という地帯の定義が、研究が進むにつれ逆に不明確になっているため、このような表現とした。
  4. ↑ 地質構造の階層区分において、近年では「コンプレックス」の下位区分として「ユニット」という区分が使われている。ただしその名称やその範囲は、文献によって異なっている。ここでは「20万分の1地質図幅:高知」(第2版)に従った

出典

  1. 1 2 3 “地理院地図(電子国土WEB)”. 国土地理院. 2026年5月20日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 高知県勤労者山岳連盟(著)「工石山の項」『分県登山ガイド (38) 高知県の山』山と渓谷社、2019年3月1日、95-97頁。ISBN 978-4-635-02068-8。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 石川 道夫、清家 一明、谷山 省一郎、井本 淳作、ほか3名(共著)『四国百名山』山と渓谷社、2000年9月10日、82-83頁。ISBN 4-635-53028-0。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 “工石山”. 山と渓谷オンライン. 山と渓谷社 (2023年8月29日). 2026年5月20日閲覧。
  5. 1 2 “基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2026年5月20日閲覧。
  6. 1 2 3 4 “工石山”. 高知市役所ホームページ(のうち「観光」のサイト). 高知市役所 (文化観光スポーツ部 観光魅力創造課) (2022年12月16日). 2026年5月20日閲覧。
  7. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “工石山自然休養林”. 四国森林管理局ホームページのうち、「レクリエーションの森」. 林野庁 四国森林管理局. 2026年8月27日閲覧。
  8. ↑ “工石山陣ヶ森県立自然公園の概要と見所”. 高知県立自然公園. 高知県庁 (林業振興・環境部 自然共生課) (2014年3月16日). 2026年5月20日閲覧。
  9. 1 2 3 角川日本地名大辞典 編纂委員会 編「「工石山陣ヶ森県立自然公園」の項」『角川日本地名大辞典 第39巻 高知県』角川学芸出版社、2009年9月25日、379頁。ISBN 978-4-04-622953-3。
  10. ↑ “高知市 工石山青少年の家”. 高知市 工石山青少年の家. 2026年5月20日閲覧。
  11. ↑ 日本地質学会 編「1-4章 四国の各地帯の概要」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年、8-11頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  12. ↑ 日本地質学会 編「5-1-2節 (四国の)「秩父北帯」の項ほか」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年、103-129頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  13. 1 2 3 4 “『20万分の1地質図幅;「高知」』”. 20万分の1地質図幅シリーズ (産業技術総合研究所 地質調査総合センター) ((管理番号)NI-53-28). (2018年).
  14. 1 2 3 原 英俊; 青矢 睦月; 野田 篤; 田辺 晋; 山崎 徹; 大野 哲二; 駒澤 正夫(共著) (2018年). “『20万分の1地質図幅「高知」(第2版) 解説書』”. 20万分の1地質図幅シリーズ (産業技術総合研究所 地質調査総合センター) ((管理番号)NI-53-28).
  15. 1 2 3 “「産総研「20万分の1日本シームレス地質図V2」”. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター (2025年7月18日). 2026年5月20日閲覧。
  16. ↑ “5万分1地質図幅;「本山」”. 5万分の1地質図幅シリーズ (産業技術総合研究所 地質調査総合センター) (管理番号;13-053). (2019年).
  17. ↑ 遠藤 俊祐; 横山 俊治(共著) (2019年). “5万分の1地質図幅;「本山地域の地質」解説書”. 地域地質研究報告;5万分の1地質図版シリーズ (産業技術総合研究所 地質調査総合センター) (管理番号;NI-53-28-6).
  18. ↑ “5万分の1地質図幅;「伊野」”. 5万分の1地質図幅シリーズ (産業技術総合研究所 地質調査総合センター) (管理番号;13-062). (2007年).
  19. ↑ 脇田 浩二; 宮崎 一博; 利光 誠一; 横山 俊二; 中山 昌治(共著) (2007年). “5万分の1地質図幅;「伊野地域の地質」解説書”. 地域地質研究報告;5万分の1地質図幅シリーズ (産業技術総合研究所 地質調査総合センター) ((管理番号)N-53-28-11).