赤星山

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赤星山
北西から望む
標高 1,453 m
所在地 愛媛県 四国中央市
位置 北緯33度55分8秒 東経133度27分28秒 / 北緯33.91889度 東経133.45778度 / 33.91889; 133.45778
山系 法皇山脈(石鎚山脈)
赤星山の位置(愛媛県内)
赤星山
赤星山
赤星山の位置(日本内)
赤星山
赤星山
プロジェクト 山
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赤星山(あかぼしやま)は、四国山地の一部である石鎚山脈[注釈 1] のうち、その東部の山並みである、法皇山脈に属する、標高 1,453 mの山である [1] [2] [3] [4] [5]。

行政区画的には、愛媛県 四国中央市(旧;宇摩郡 土居町 及び 旧)伊予三島市)に属する [1] [3]。

なおこの山は、四国百名山の一つに選定されている [3] 。

概要・地理

赤星山の属する法皇山脈とは、石鎚山脈[注釈 1] のうち、ちち山の東側から、あいだに銅山川のつくる深い谷を挟んで2列に分かれ、東西走向に並ぶ2つの山並みのうち、瀬戸内海に面した、北側の山脈を言う。一般的には石鎚山脈の一部と位置付けられる山脈である [6] [2] 。

この法皇山脈は、ちち山から東へと、西赤石山、東赤石山、二ッ岳と続き、この辺りまでは、標高が 1500 mを越える山々が立ち並んでいるが、二ツ岳の東側は急に高度が下がり、あいだに蛾蔵越(がぞうごえ)という峠を挟んで、その東側に、この赤星山が位置している [1] [2]。

またこの赤星山より東側には、徐々に標高を下げながらも法皇山脈の山並みが続いており、赤星山の東、直線距離にして約2 km の地点には、豊受山が位置している [1] [2]。

法皇山脈には、二ッ岳や東赤石山など、岩がちで険しい山容の山が多いが、この赤星山は富士山型の均整の取れた端正な山容をしており、遠方からも良く目立つ山である。またその山容から、伊予小富士という別名も持つ [2] [3] [5] [注釈 2] 。また北側の平野部には、かつては小富士という地名もあり[3]、その地域には、四国中央市立の小富士小学校がある[7]。

古くは、西行法師が、四国に来た折りに、この赤星山をたたえて以下の和歌を詠んだ、という [2] [4] [注釈 3]。

『忘れては 富士かとぞ思う これやこの 伊予の高嶺の 雪のあけぼの』 

なお、赤星山の山容は富士山型であるが、その北側斜面は急傾斜となっており、後述のとおり、皇子渓谷と呼ばれる、滝の多い渓谷がある [2] [3] [5] 。

一方でその南側も、北側ほどではないが、銅山川の作る深い渓谷へ向かって比較的急な斜面となっている[1]。赤星山の南側の銅山川は、富郷渓谷と呼ばれ、長さ約6kmに渡り、岩壁が多い深いV字谷となっており、景勝地となっている[1][8]。また、この富郷渓谷は、愛媛県が指定した、金砂湖県立自然公園の指定範囲に含まれている[9]。

この赤星山は、富士山型の山容なので、中腹部は急傾斜であるが、山頂部は比較的平坦で、草原状となっており、かん木のあいまから、西には二ッ岳などが、北側にはまじかに瀬戸内海の眺めが得られる [2] [5]。また山頂部には、二等三角点が設置されている。三角点の公式名称は、山名と同じく「赤星山」、標高値は、1453.09 m(作業年月;2024年12月)となっている [10] 。

ところで、法皇山脈のうち、この赤星山から東隣りの豊受山にかけての北側の平野部、旧)土居町(現;四国中央市)や、旧)伊予三島市(現;四国中央市)付近では、春から初夏にかけて、強い南風が法皇山脈から山を越えて吹く、やまじ風とよばれる強い局地風が、しばしば吹き下ろす場所である。このやまじ風は、日本三大局地風の一つ、とも言われている[5] [11] [12] 。

山名

赤星山という山名の由来に関しては、以下のような民間伝承がある。

一つには、『その昔、この地方(宇摩郡)の領主であった、越智 玉澄が、大山祇命を勧請する際に、乗っていた船が、瀬戸内海の赤星山沖で、強風により転覆しかかったため、豊受山(赤星山の東側の山)に祈ったところ、その西方の山(=赤星山)の頂に明るい流星が現れて、海を照らし、強風も収まったことにちなんで命名された』との伝承がある [3][7] [4] [5] 。[注釈 4]

また、『8月に、北側の麓から望むと、さそり座の一等星 アンタレスという赤い星が、山頂の真上に輝くことに由来する』という別の伝承もある [7] [13] 。

なお、山名と関連があると思われるが、赤星山の頂上から登山道沿いに南へと10分ほど下ったところに、赤い星のマークが刻まれた石の祠がある。文献によってはその祠のある場所は、赤星宮とも呼ばれている [13] 。

植生

法皇山脈の他の山々と同様に、この山も中腹より下は、スギなどの人工林となっているが、山頂部やその周辺にはヤマザクラなどを含めた自然林が残されており、山頂部南側の登山道沿いには、シャクナゲの群落がある。また山頂部付近に、カタクリの群生地もある [2] [3] [13]。

登山ルート

赤星山への主な登山ルートとしては、この山の北側のふもと、野田登山口から登る、皇子渓谷ルート(別称;赤星ライン、あるいは北ルート)と、南側の、銅山川の支流である中尾谷川の上部の、中尾地区から登るルート(通称;中尾コース、あるいは南ルート)がある。

このうち皇子渓谷ルートは、後述のとおり中小の滝が次々に現れる見どころの多いコースであるが、標高差が 約1100mもあり、登りで約4時間を要する健脚向けのルートである[2] [3] [5] 。なお、この皇子渓谷ルートの途中、標高700 m付近に分岐があり、そこから南東へと進むと、東に隣接する豊受山へと登ることができる[2]。 

また、南側から登る中尾コースは、中腹の登山口まで車でアクセスできるため、北側のルートよりはやや楽である[13]。 

その他、赤星山山頂から東へと、法皇山脈の主稜線をたどって、東隣りにある豊受山へ行き来することもでき、それを使うと、赤星山、豊受山を巡る回遊コースとなる[2]。

皇子渓谷

北側からの登山ルート沿いにある皇子渓谷(おうじけいこく)とは、赤星山の山頂部付近を源流域として、瀬戸内海に注ぐ大地川という小河川の上流部にあたり、登山道は途中まで、この沢沿いに続いている。皇子渓谷の主な滝としては、(下流から順に)機滝(はただき/はたたき)、紅葉滝、布引滝、稲妻滝、千丈滝が挙げられる。いずれの滝も落差はさほどでもないが、滝が連続し続くのが見どころとなっている。なおこの皇子渓谷は、赤星ラインとも呼ばれている [2] [3] [14] 。

地質・地形

地質

赤星山が属する石鎚山脈及びその一部である法皇山脈は、日本の地帯(地体)構造区分では、結晶片岩類などの高圧型変成岩の存在を特徴とする、三波川帯に属する[15]。

赤星山付近では、結晶片岩類のうち、泥質片岩、珪質片岩、苦鉄質片岩(緑色片岩)が、褶曲により複雑に分布している [注釈 5] 。また西側の中腹部と、北側の中腹部には、蛇紋岩の小さい岩体がある [16] [17] [18]。

これら三波川帯を構成している結晶片岩類の原岩は、付加体と考えられおり、海洋プレート沈み込み帯で付加体が形成されたのち、沈み込み帯に沿って地下深くに沈み込み、高圧型変成作用を受けたのち、何らかのメカニズムで地表へと上昇したものである。なお、小さな蛇紋岩の岩体は、沈み込むスラブの上盤側(hanging wall)の上部マントルを構成しているカンラン岩が原岩であり、その一部が断片となり、地中で水(H2O)と反応して蛇紋岩化した岩体、と推定されている[18] [19] 。

これら結晶片岩類の変成ピーク年代は、白亜紀後期ころと推定されている [16] [19] 。なお、その原岩は、ジュラ紀の付加体とする考えと、白亜紀の付加体とする考えがあり、古くから議論が多い [18] [19] 。

地形(断層地形)

法皇山脈の山麓部と平野部との境界は、明瞭な地形的境界であるとともに、地質境界線、活断層系でもある中央構造線が東西に伸びている。この赤星山の北麓にも、中央構造線がある。北麓の平野部から法皇山脈の山稜への斜面が急角度になっているのは、この中央構造線の影響が大きい [20] 。

この赤星山の北側山麓部にある、活断層系としての中央構造線は、石鎚断層[18]、あるいは石鎚活動セグメント[21]と呼ばれている。この石鎚活動セグメントは、石鎚山の北麓(愛媛県 西条市)付近を西端とし、法皇山脈の北麓の山地部と平野部との地形的境界線に沿って東へと延びており、この赤星山北麓を経て、翠波峰の北麓付近を東端とし、複数の並走する断層群として、ほぼ直線的に約 30 km の距離で伸びている活断層(群)である [21]。

北麓の平野部から、この赤星山を含む法皇山脈の山稜への斜面が急角度になっているのは、この中央構造線の活断層としての活動の影響が大きい。形成されているこの急斜面は石鎚断層崖と呼ばれ、地形学の分野ではよく知られている[20]。前述の皇子渓谷に多数形成されている滝は、この急斜面を川が流れていることで形成されている、と考えられている[5]。

この山麓部にあるこの中央構造線活断層系の石鎚活動セグメントが、活断層として活動する場合は、水平方向では右横ずれの活動センスを示すが、鉛直方向では南側上がり(北側下がり)の活動センスを持つ。従って、この赤星山を含む法皇山脈側が隆起することになり、法皇山脈を含めた石鎚山脈の隆起の大きな原動力となっている、と考えられている [20] [21]。

なお赤星山を含む法皇山脈の南側斜面も、比較的急な斜面となっているが、こちら側は銅山川の浸食(下刻)によるものであり、断層地形ではない。

ギャラリー

別名:伊予小富士


脚注

注釈

  1. 1 2 「石鎚山脈」の範囲については、文献類によってその範囲が異なるが、この項では「石鎚山脈」の範囲を、法皇山脈および、銅山川をはさんでその南側に並走する、「愛媛県/高知県の県境をなす山脈」を含めたものとし、東端を吉野川が山地を横切っている小歩危渓付近とする。また西側は、皿ヶ嶺連峰などと呼ばれる、松山平野の南側に立ち並ぶ山々を含めたものとし、西端は、三坂峠とする
  2. ↑ 「伊予小富士」という名前の山は、愛媛県松山市沖の、興居島にもある
  3. ↑ 西行法師は、出家後の西暦1168年(仁安3年)に、四国へと旅をしている。詳しくはウイキペディア内の、西行の項を参照のこと。またこの和歌での「伊予の高嶺」という呼び名は、石鎚山を指す場合もあり、赤星山を指しているかどうかは、自明ではない
  4. ↑ この民間伝承は、各文献によって多少の違いがあり、上空に現れたものについて、流星(群)、明るい星(星々)、赤い星、赤く輝く火の玉など、表現の違いがある。またこの出来事が起きた年代は明記していない文献が多いが、西暦720年(養老四年)とする文献が1つある。また、越智玉澄の役職を、宇摩郡の領主とするものと、伊予国の国司とするものがある。 なお赤星山ではなく豊受山へ向かって祈っているのは、豊受山は古くから、五穀豊穣の神様にして、風の神様のおわす神聖な山として信仰されていたことによる、と推測される。またどの山に大山祇命を勧請するつもりだったのかは不明である。ウイキペディア内の豊受山の記事も参照のこと
  5. ↑ 泥質片岩の原岩は泥岩類、珪質片岩の原岩はチャート、苦鉄質片岩の原岩は海洋プレート上部を構成している玄武岩、と推定されている

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 “地理院地図(電子国土WEB)”. 国土地理院. 2026年9月8日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 石川 道夫、西田 六助、豊田 康二、岡山 健仁『分県登山ガイド (38) 愛媛県の山』(2016年版)山と渓谷社〈分県登山ガイドシリーズ〉、2016年11月5日、66-67頁。ISBN 978-4-635-02067-1。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 石川 道夫、清家 一明、三谷 統一郎、谷山 省一郎、ほか3名(共著)「「赤星山」の項」『四国百名山』山と渓谷社、2000年9月10日、39頁。ISBN 4-635-53028-0。
  4. 1 2 3 角川日本地名大事典 編纂委員会 編「「あかぼしやま(赤星山)」の項」『角川日本地名大事典(38)愛媛県』(2009年版)角川学芸出版社、2009年2月25日、55頁。ISBN 978-4-04-622952-6。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 “「赤星山」”. 山と渓谷オンライン. 山と渓谷社 (2023年8月23日). 2026年9月8日閲覧。
  6. ↑ “「法皇山脈」”. コトバンク(原出典;「日本歴史地名体系」). ビジネスアーキテクト(Business Architect).. 2026年9月8日閲覧。
  7. 1 2 3 “「法皇山脈と赤星山」”. 小富士小学校ホームページのうち、「小富士の歴史と風景」の項. 四国中央市立 小富士小学校 (2018年). 2026年3月26日閲覧。
  8. ↑ “「富郷渓谷」”. 四国中央市観光協会ホームページのうち、「自然・花・公園」の項. 四国中央市観光協会. 2026年9月8日閲覧。
  9. ↑ “「金砂湖県立自然公園」”. 愛媛県庁ホームページのうち、「自然公園」の項. 愛媛県庁 (2023年7月25日). 2026年9月8日閲覧。
  10. ↑ “基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2026年9月8日閲覧。
  11. ↑ Toru Terao. “「やまじ風の研究情報」”. 中四国・瀬戸内の気象のページ. 香川大学. 2026年9月8日閲覧。
  12. ↑ “気象被害対策;やまじ風予報の防災無線体制”. 四国中央市ホームページ. 四国中央市役所 (2020年9月7日). 2026年9月8日閲覧。
  13. 1 2 3 4 石川 道夫、伊藤 玉男、丹下 一彦、豊田 康二、ほか3名(共著)「「赤星山」の項」『新・分県登山ガイド(37) 愛媛県の山』(2004年版)山と渓谷社〈新・分県登山ガイド シリーズ〉、2004年6月15日、24-25頁。ISBN 4-635-02337-0。
  14. ↑ “「機滝」(はたたき)”. 四国中央市観光協会ホームページのうち、「自然・花・公園」. 四国中央市観光協会. 2026年9月8日閲覧。
  15. ↑ 日本地質学会 編「第1-3章「四国の地質概要」、第1-4章「四国の地帯構造区分」」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2026年2月25日、7-12頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  16. 1 2 “産総研「20万分の1日本シームレス地質図V2」”. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター. 2026年3月26日閲覧。
  17. ↑ 青矢 睦月 ほか (2013年). ““5万分1地質図版;「新居浜」”. 5万分1地質図版シリーズ (産業技術総合研究所 地質調査総合センター) ((管理番号;13[高知]-040)).
  18. 1 2 3 4 青矢 睦月; 野田 篤; 水野 清秀; 水上 知行; 宮地 良典; 松浦 浩久; 遠藤 俊祐; 利光 誠一、etal. (2013年). 第1章「地形」、第2章「地質概説」、第3章「三波川変成コンプレックス(三波川帯)」、第9章「中央構造線」. “地域地質研究報告 解説書;「新居浜地域の地質」”. 地域地質研究報告 5万分1地質図版シリーズ (産業技術総合研究所 地質調査総合センター) 高知(13)第40号 (管理番号;NI-53-27-12 , 28-9): pp.1-109,141-147.
  19. 1 2 3 日本地質学会 編「第3部「(四国の)三波川帯」」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、51-81頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  20. 1 2 3 太田 陽子、ほか 著「6-5章 「石鎚山地北麓の中央構造線」」、太田 陽子、成瀬 敏郎、田中 眞吾、岡田 篤正(共編) 編『日本の地形 第6巻 近畿・中国・四国』東京大学出版会〈日本の地形シリーズ〉、2004年6月4日、264-269頁。ISBN 4-13-064716-4。
  21. 1 2 3 “起震断層・活動セグメント検索”. 活断層データベース. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター (2026年8月4日). 2026年9月8日閲覧。

関連項目