三嶺

ウィキペディアから、無料の百科事典
三嶺
標高 1,894 m
所在地 高知県 香美市・徳島県 三好市
位置 北緯33度50分21.8秒 東経133度59分15.6秒 / 北緯33.839389度 東経133.987667度 / 33.839389; 133.987667座標: 北緯33度50分21.8秒 東経133度59分15.6秒 / 北緯33.839389度 東経133.987667度 / 33.839389; 133.987667
山系 剣山地 (四国山地)
三嶺の位置(徳島県内)
三嶺
三嶺
三嶺の位置(高知県内)
三嶺
三嶺
三嶺の位置(日本内)
三嶺
三嶺
プロジェクト 山
テンプレートを表示

三嶺(みうね/さんれい)[注釈 1] は、四国山地のうち、剣山地の中核部に位置する、標高 1894 mの山である [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 。

三嶺の山頂部は徳島県と高知県との県境部に位置しており、行政区画的には、山体の北側は徳島県 三好市(旧;東祖谷山村)に、山体の南側は高知県 香美市(旧;物部村)に属している [1] [4] 。

この山は、日本二百名山の一つに選定されている[9] [10] 。また四国百名山の一つにも選定されており [4] 、文献類によっては、「四国を代表する名山のひとつ」、とも呼ばれている [2] [3] [4] 。

概要・地理

四国山地の東部は、一般的には剣山地と呼ばれている。この三嶺は、剣山地の中核部に位置する山で、剣山地の主峰である剣山(標高 1955 m)からは直線距離にして西に約 12 kmの距離に位置する [1] 。

剣山地の山、及び徳島県の山としては、剣山地の主峰である剣山(標高1955 m)、ジロウギュウ(1930 m)[注釈 2] に次いで、第3位の標高である [1] 。また、高知県内の山としては最も標高が高い山でもあり [1] [3] 、四国全体でみても第8位の標高である [2] 。

地形的に見るとこの三嶺は、剣山からジロウギュウを経て西へと長く伸びた稜線上に位置している。この稜線は更に西へと続き、西熊山(1816 m)、天狗塚(1812 m)へと延びており、その稜線上には、剣山から三嶺を経て天狗塚まで縦走路が続いている [1] [2] [3] 。

三嶺の北側は、秘境とも呼ばれ、平家の落人伝承でも知られ、祖谷川上流部の深いV字谷が作る、奥祖谷地域に面しており、祖谷川からの比高は約1200 mに達する。その奥祖谷地域の深い谷をはさんだ北側には、矢筈山(1849 m)を始めとした「矢筈山系」とも呼ばれる、1600~1800 m台の山々が立ち並んで、この三嶺などと対峙している [1] [2] 。

一方、この山の南側は、太平洋へと注ぐ物部川の支流である、上韮生川(かみにろうがわ)の源流域であり、その北側に西熊山があることにちなみ、西熊渓谷と呼ばれている。このゾーンは、西側には綱付森(1643 m)、東側には白髪山(1730 m)があって、三方を山に囲まれており、人里離れた山深い地域となっている [1] [2] [3] 。

剣山が、八合目付近の見ノ越(約1500 m)と呼ばれる峠まで自動車道が通じ、さらに見ノ越から九合目付近まで登山用リフトがあるなど、やや観光地化され、ハイキングにも適した山であるのとは対照的に、この三嶺は、自動車道も山麓までしかなく、登頂するには徳島県側、高知県側いずれからも、1000 m以上の標高差を登る必要があり、本格的な登山に向いた山、とされている [2] [3] 。

この山は、剣山などと共にその大部分が、剣山国立公園の指定範囲に含まれている [11] [12] 。

また、この山の上部は、隣接する天狗塚、白髪山などの稜線部と共に、林野庁が指定した、三嶺風景林(面積;1511 ヘクタール(ha))[注釈 3] に含まれている [13] 。それとともに林野庁が指定した、四国山地 緑の回廊(剣山地区)の範囲にも入っている [14] 。

さらには、山頂部に広がる笹原は、西に位置する天狗塚付近も含め、「三嶺・天狗塚のミヤマクマザサ及びコメツツジ群落」という名称で、1994年に、国による天然記念物に指定されている [15] 。

これらの自然保護施策のおかげもあって、自然が比較的良く残されている山である。ただし後述のとおり、この山を含めた一帯は近年、シカによる食害が広範囲に広がり、かつての美しい自然風景が失われつつある(詳細は「シカによる食害」の項を参照のこと)。

この山は、剣山地の中でも標高が高いことや自然が豊かな点に加え、例えば、剣山あたりから望むと、やや尖った山頂部をもつ秀麗な姿をしている点もあって、登山者には人気の高い山である [2] [3] [4] 。

笹原となっている山頂部の一角に尖峰状の頂上があり、頂上からの展望は素晴らしいものがある。まず東には稜線が続いている剣山、ジロウギュウなどの、剣山地中核部の山々があり、北には深く刻まれた祖谷川上流部の谷を挟んで対岸に、塔丸(1712 m)があり、その奥には矢筈山(1849 m)を始めとした、「矢筈山系」とも呼ばれる剣山地北部の山々が立ち並んでいる。また西には峰続きにピラミダルな天狗塚や、その奥には四国山地の重層たる山々に加え、遠望が利く日には石鎚山脈の高峰群も望めるという。また南側は、白髪山や綱付森など、剣山地南部の山々が望め、遠望が利く日には、その山々の奥に、太平洋(土佐湾)までが望める [2] [3] [4] 。

山頂部には二等三角点が設置されている。三角点の公式名称は、山名と同じく「三嶺」、標高値は、1893.58 m(作業年月;2024年12月)となっている [16] 。

また山頂の近くには、三嶺ヒュッテという無人小屋があり、装備が十分なら泊ることができる。この小屋の近くには小さな池 [注釈 4] もある。山頂部の一帯は前述のとおり、三嶺・天狗塚のミヤマクマザサ及びコメツツジ群落という名称で、国による天然記念物に指定されており [15] 、山上の別天地のような景観となっている [2] [3] [5] 。

植生

「概要」の項で述べたように、三嶺の大部分は、剣山国定公園[11] [12] 、及び林野庁の指定による、三嶺風景林[13] などに指定されている為、後述のシカによる食害がひどくなる前までは、自然豊かな山として知られていた [4] 。

シカによる食害がひどくなる前の状況も交えての説明になるが、中腹部は、徳島県側、高知県側とも、ブナ、ミズナラ、リョウブ、ハリギリなどの落葉広葉樹や、ウラジロモミ(「ダケモミ」とも呼ぶ)、コメツガなどの常緑針葉樹などによる森となっており、標高1000 m以上になるとダケカンバも見られるような植生であった [4] [13] [17] 。

標高1500~1600 mより上部は、高木は少なくなり、クマザサ(ミヤマクマザサ)の生えた笹原の中に、灌木であるコメツツジが点在する、高原状の景観となる。ここは前述の、国指定の天然記念物になっているゾーンでもある。またこの草原の中には、夏季にはアザミ類、オトギリソウ(タカネオトギリ)、フウロソウ(イヨフウロ)、イブキトラノオ、マイズルソウ、コモノギク、ナンゴククガイソウ、ホソバヤマハハコなどの花々も見られた、という [4] [6] [13] [15] [17] 。

シカによる食害問題

2000年ころ以降、三嶺を含めた剣山地の広範囲で、シカ(ニホンジカ)による食害が広がっており、中腹部の樹林帯の下草や、天然記念物に指定されている稜線部の笹原や前述の草花、更には中腹部や稜線付近の高木も、樹皮をかじられて枯れてしまうなど、植生の大きな変化(衰退)が生じていて問題となっている。植生の衰退に伴い、特に南の高知県側では、裸地化した谷沿いに土砂崩れも頻発しており、山自体の荒廃も進んでいる [3] [18] 。

上記のように、シカによる食害の影響は大きく、林野庁、関連する各自治体、自然保護団体などが、調査、対策に乗り出しており、猟友会の協力も得たシカの駆除や、残された高木への保護ネット設置などが行われている [3] [19] [20] 。

なお、三嶺とその周辺における自然保護には、いくつかの自然保護団体も活動している。例えば、以下のような団体の活動がなされている。[注釈 5]

「三嶺を守る会」(1975年設立)[21]、「三嶺の自然を守る会」(2000年設立)、[22]、「三嶺の森をまもるみんなの会」(2007年設立)[23]。 

山名

「三嶺」(みうね)という名の由来は、見る方向によっては、山頂を含めた3つの小ピークが、「三つの畝(うね)」のように見えることから付いた山名、と推定されている [3] [6] [24] 。

この山に、「三嶺」(みうね)という名がつけられたのは、そう古くからではない。江戸時代の徳島側の文献類には「三嶺」という名はない。唯一、徳島藩の地誌である阿波志の付図には、「菅生山」(すげおいやま)という名称が記載されているが、これは、三嶺だけを示したものではなく、奥祖谷地域にある、菅生(すげおい)集落の南側にある山域全体を指し示した山域名、と推定されている [6] 。

時代が下って、大正4年に作成された、徳島県 美馬郡(現;美馬市)の地誌である美馬郡郷土誌には、『三嶺あるいは三頭山と呼ばれている』、との記載があり、この頃から「三嶺」という名称が定着しはじめた、と推定されている [6] 。

また三嶺は、「さんれい」とも呼ばれるが、山頂部の形状を表した「三つの畝(うね)」という山名の由来からして、「みうね」(あるいは転訛して「みむね」)が本来の読み方である。徳島県側だけでなく、高知県側の山麓部にあたる、旧;物部村(現;香美市)でも、地元の地誌である、物部村誌(1963年(昭和38年)発行)などによると、地元の人々は、「みうね」(あるいは(みむね))と呼んでいた、という [6] 。登山者が増えてきた昭和30年代(1950~1960年代に相当)ころから、高知県側では音読みの、「さんれい」という呼び方が広がった、と推定されている [3] [7] [17] 。

登山ルート

三嶺への登山ルートは、北の徳島県側、南の高知県側から、複数のルートがある。

徳島県側からでは、奥祖谷地域のうち、名頃(なごろ)集落から登る「名頃ルート」と、菅生(すげおい)集落から登る「菅生ルート」が、古くからよく使われている。「名頃ルート」で標高差が約1000 m、「菅生ルート」で標高差が約1200 mもあるが、比較的よく整備されている。ただし前述の「シカによる食害」の項に記載のように、樹林帯の下草がシカにより食べ尽くされて裸地化しており、登山道がどこかが解りにくくなっている [2] [4] [17] 。

高知県側からでは、物部川の支流である上韮生川(かみにろうがわ)の上流部、西熊渓谷と呼ばれる地域にある、「光石登山口」(ひかりいしとざんぐち)が登山口となっている。かつては、そこから三嶺の山頂部へと直登する沢沿いのルート(フヨスベリ谷ルート)が良く使われていたが [4] 、シカの食害の影響で、土砂崩れが頻発して登山道は荒れてしまっている [3] [17] 。その為、尾根沿いに、稜線の一角にある、カヤハゲ(標高 1720 m)と呼ばれるピークへ登ってから、北へと主稜線伝いに進み、三嶺の頂上へ至るルートや、天狗塚(1812 m)と西熊山(1816 m)の間の地点(おかめ岩)まで登ってから、主稜線沿いに東へと進み、三嶺の頂上へ至るルート(カンカケ谷ルート)、また林道を使って白髪山登山口に至り、そこからまず白髪山へと登り、さらに三嶺まで稜線上を進むルートなどが、最近では使われている [3] 。 

全体に高知県側からのルートは、シカの食害の影響により、荒れているルートが多い [3] [17] [20] 。

縦走路としては、三嶺から東へと延びる主稜線ぞいに、カヤハゲピーク(1720 m)、高の瀬ピーク(1741 m)、丸石ピーク(1684 m)といった小ピークを通り、ジロウギュウ(1930m)を経て、剣山(1955m)へと至る、長い縦走コースがある。途中の数か所には避難小屋もあり、剣山地の中でも数少ない、本格的な縦走ができるルートである。なお三嶺の山頂部から南へ下る進む箇所は、岩場(鎖場)や、「青ザレ」と呼ばれるザレ場となっており、注意が必要な箇所である [2] [4] [6] [17] 。

また、三嶺から西へ向かう主稜線ぞいにも縦走路があり、西熊山(1816m)を越え、天狗塚(1812 m)まで登山道が続いている [2] [17] 。

地質

この項では、三嶺とその周辺の地質構成について説明する。

まず四国の地帯(地体)構造のうち、重要な地質境界線である中央構造線より南側の地質構成を大まかにみると、北部には結晶片岩類などの高圧型変成岩類が分布する、三波川帯が東西走向に分布しており、中部にはジュラ紀の付加体などからなる、「広義の秩父帯」[注釈 6] がほぼ東西走向に分布しており、その南側には白亜紀から古第三紀にかけての付加体を主体とする、四万十帯が分布している、という地質構成となっている [25] 。

剣山地の全体は、三波川帯と、ここでいう「広義の秩父帯」にまたがっている。そのうち剣山地の中核部に位置するこの三嶺は、大部分が「広義の秩父帯」に位置しているが、地質構造はかなり複雑である。以下、北側山麓部から南へと順に説明する。

まず、奥祖谷地域とも呼ばれ、三嶺の北側山麓部にあたる祖谷川上流部の地質は、三波川帯に属する結晶片岩類分布域の南縁部にあたり、主に泥質片岩、苦鉄質片岩(緑色片岩)が分布している。奥祖谷地域からの登山口の一つ、菅生(すげおい)登山口付近は、この泥質片岩と苦鉄質片岩の両方が複雑に分布している [26] [27] 。

その奥祖谷地域には、北東 - 南西走向の地質境界線があり、それより南側、すなわち三嶺の北側斜面は、御荷鉾緑色岩類(みかぶりょくしょくがんるい)[注釈 7] と呼ばれる地質体の分布域となっている [26] [28] 。

この、三波川帯に属する結晶片岩類分布域と、御荷鉾緑色岩類分布域との地質境界線は、この地域では「京柱峠 - 菅生断層」(きょうばしらとうげ すげおいだんそう)とも呼ばれており、剣山地の中核部を斜めに切るように北東 - 南西走向に延びる、明確な地質境界線である [29] [30] 。ただし活断層ではない。

三嶺付近での御荷鉾緑色岩類は、北東 - 南西走向に細長く分布しており、南北の幅は約 3~ 4 kmしかなく、三嶺の山頂部付近まで分布している。また奥祖谷地域からの登山口のうち、名頃(なごろ)登山口付近も、この御荷鉾緑色岩類の分布域となっている [26] 。

御荷鉾緑色岩類は、変成玄武岩を主な構成要素としているが、この三嶺の北側斜面には、変成玄武岩に加え、変成ハンレイ岩の岩体も分布している [26] 。

この御荷鉾緑色岩類は、関東山地から四国地方まで、三波川帯の南側に沿うように、数百キロメートルもの長さで細長く分布している地質体であるが、その由来、履歴、帰属などについて不明な点が多く、古くから議論の多い地質体である [28] [注釈 8] 。

最近の研究による解釈としては、形成された時代はジュラ紀(もしくはそれ以前)で、海洋プレートで生じた火成活動によって海底に噴出した玄武岩類が原岩の大部分を占める、と推定されている [注釈 9] [31] 。その後、白亜紀に、海洋プレート沈み込み帯から沈み込んで、三波川帯の変成岩と同様の変成作用を受けて、変成玄武岩などとなっている、と考えられている。なお、この地域には前述のように、変成玄武岩以外に、変成ハンレイ岩体が分布しているが、その原岩であるハンレイ岩体の由来ははっきりしていない。四国の他の御荷鉾緑色岩類分布域にも、変成ハンレイ岩体が分布しており、それらの研究によると、前述の火成活動に関連して形成された玄武岩質マグマが地中で固化した深成岩体、という見方がなされている [28] [29] [30] [32]。

御荷鉾緑色岩類と、三波川帯を構成している結晶片岩類との大きな違いは、白亜紀に、変成作用は受けている点は同じであるが、変形作用をあまり受けてないことである。そのために結晶片岩類のような片理構造[注釈 10] [33] は、ほとんど見られない。その要因としての、三波川帯と御荷鉾緑色岩類との、沈み込み帯でのテクトニクス的な違いについては、未解明である。

三嶺の山頂部を横切るように、2つ目の、北東 ー 南西走向の明確な地質境界線がある。これは、御荷鉾緑色岩類分布域の南側を区切る境界線で、この地域では、「オトコヤコ - 名頃断層」[注釈 11] とも呼ばれている [29] [30] 。ただし活断層ではない 。

この地質境界線より南側には、変成チャート、泥質千枚岩、苦鉄質千枚岩、変成砂岩といった複数の地質体が複雑に分布している [26] 。

この地域の詳しい研究によると、三嶺の山頂部のうち、山名の語源となった、「畝」(うね)状の高まりは、このうち浸食に強い変成チャートからなっており、その間のやや低い部分は、泥質千枚岩や御荷鉾緑色岩類からなっており、地質構造と地形とが、ある程度対応している [29] 。

また、「登山ルート」の項で述べた、三嶺山頂部の南側にある岩場やザレ場は、このうち変成チャート、泥質千枚岩、変成玄武岩が、複雑に分布しているゾーンにあたる [26] 。

この地質体群は、三嶺の高知県側、つまり西熊渓谷まで分布しているが、西熊渓谷のうち、標高 600 m付近に、別の地質境界線がある。この地質境界線は、この地域では、「上韮生川断層」(かみにろうがわだんそう)とも呼ばれている。その地質境界線より南側は、ここでいう「広義の秩父帯」のうち別の構成要素である、非変成の、ジュラ紀の付加体の分布域となっている。具体的な地質体としては、メランジュ相の地質体、及び非変成の砂岩、チャートなどが、複雑に分布している [26] [29] [34] 。

三嶺の南側斜面から西熊渓谷にかけて分布している、前述の千枚岩類などの、弱く変成作用を受けた地質体群の位置づけは、必ずしも明確ではないが、最近の研究によると、泥質岩中の放散虫 [注釈 12] に基づく年代より、原岩は、「広義の秩父帯」のうち、ジュラ紀の非変成の付加体である秩父北帯と同じく、ジュラ紀の付加体であり、白亜紀後期に、三波川帯と同じ高圧型変成作用の影響を多少受けている地質体群、と考えられている [29] [30] [34] 。

ギャラリー

脚注

注釈

  1. ↑ 「三嶺」の読みは、一般的には「みうね」とする文献が多いが、高知県側では「さんれい」とも呼ぶことが多い、という。「山名」の項も参照のこと
  2. ↑ 「ジロウギュウ」は、漢字では「次郎笈」と表記するが、この記事では、文献類でもしばしば使用されているカタカナ表記の「ジロウギュウ」に統一する
  3. ↑ 林野庁 四国森林管理局の資料では、「三嶺風景林」という表記と、「三嶺自然休養林」という表記が混じっており、どちらが正式名称かは不明。この記事では「三嶺風景林」と表記する
  4. ↑ 三嶺の山頂付近にある小さな池は、登山ガイドブック類や地理院地図では、名前が記されていない
  5. ↑ 各自然保護団体の活動などについては、「外部リンク」の項の、各団体のホームページを参照のこと
  6. ↑ ここでいう「広義の秩父帯」とは、高圧型変成作用を受けた結晶片岩などの高圧型変成岩などからなる三波川帯と、白亜紀から古第三紀にかけての付加体からなる、四万十帯との間の地域に分布している、各種地質体をまとめた「地理的地帯」(分布域)を意味する用語として使用する。具体的な地質体としては、「狭義の秩父帯」(地体)としてのジュラ紀の付加体のほか、ペルム紀の付加体、「黒瀬川(構造)帯」などと呼ばれる古生代前期から中期の各種地質体群、トリアス紀~ジュラ紀に変成作用を受けた高圧型変成岩類、白亜紀の堆積岩層などを含む。この用語は、この項での説明の為のものであり、オーソライズされているものではない。「秩父帯」という地帯の定義が、研究が進むにつれ逆に不明確になっているため、このような表現とした
  7. ↑ 「御荷鉾」とは、関東山地にある御荷鉾山(みかぼやま)から取られたものであるが、日本の地質学界の慣習で、「みかぼ」ではなく「みかぶ」と呼ぶ
  8. ↑ 「御荷鉾緑色岩類」の帰属は、研究者、文献類によって見解が異なり、「三波川帯」の一部とするもの、「広義の秩父帯」の一部とするもの、あるいは「御荷鉾帯」という独立した「地帯」と位置付けるものなど、研究者、文献類によって見解が異なる。この記事では、「広義の秩父帯」に属する、とした
  9. ↑ 四国における「御荷鉾緑色岩類」のうち、「変成玄武岩」の岩石化学的分析によると、海洋プレートが生まれる場所である、「海嶺」で形成された玄武岩である、「MORB」型(“Mid Oceanic Ridge Basalt”)に類似している、という分析結果もあり、どこで火成活動が生じたのかは、はっきりしていない
  10. ↑ 「片理構造」(へんりこうぞう)とは、「片状構造」や単に「片理」とも呼ぶが、岩石を構成している鉱物結晶が、一定方向に配列して生じる、線状あるいは面状の構造を意味する学術用語である。結晶片岩類は、典型的な面状の片理構造を持つ変成岩類であり、雲母類、緑泥石(りょくでいせき)、緑簾石(りょくれんせき)などの鉱物結晶が面的に配列している。その為に結晶片岩類は、目視レベルでも、パイのような薄いシートが重なったような構造が明確に確認される。なおこの注釈は、出典に挙げた「地質事典」を参照して記載した
  11. ↑ 「オトコヤコ」とは、奥祖谷地域のうち、祖谷川の支流である、谷道川沿いにある地名である。「名頃」(なごろ)とは、奥祖谷地域のうち、祖谷川本流沿いの集落名である
  12. ↑ 「放散虫」とは、古生代(あるいはそれ以前)から現世まで存在する海生プランクトンの一種で、時代による形態の変化が顕著なため、主に堆積岩の形成時代を決定する「示準化石」として、地質学などの分野ではよく使われる

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 “地理院地図(電子国土WEB)”. 国土地理院. 2026年7月7日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 徳島県勤労者山岳連盟(著)「「概説徳島県の山:、「三嶺(1)・剣山(1)」、「三嶺(2)」、「天狗塚・三嶺(3)」の各項」『分県登山ガイド(35)徳島県の山』(2018年版)山と渓谷社、2018年7月30日、6-9,14-19,28-31,32-36頁。ISBN 978-4-635-02065-7。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 高知県勤労者山岳連盟(著)「「三嶺・天狗塚」の項」『分県登山ガイド(38)高知県の山』(2019年版)山と渓谷社、2019年3月1日、42-47頁。ISBN 978-4-635-02068-8。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 石川 道夫、清家 一明、谷山 省一郎、井本 淳作、ほか3名(共著)「「三嶺」の項」『四国百名山』山と渓谷社、2000年9月10日、118-121頁。ISBN 4-635-53028-0。
  5. 1 2 “「三嶺」”. 山と渓谷オンライン. 山と渓谷社 (2024年9月6日). 2026年7月7日閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 6 7 角川日本地名大辞典 編纂委員会 編「「三嶺」」『角川日本地名大辞典(36)徳島県』(2009年版)角川学芸出版社、2009年9月25日、660頁。ISBN 978-4-04-622953-3。
  7. 1 2 高知新聞 編集局 編『四国百山』高知新聞社、1987年4月24日、236-239頁。
  8. ↑ “三嶺”. 三好市ホームページのうち、三好市公式観光情報サイト;「大歩危・祖谷ナビ」. 三好市役所 (2018年). 2026年7月7日閲覧。
  9. ↑ 深田クラブ(編、著)『日本二百名山』昭文社、1987年。
  10. ↑ 石川 道夫(三嶺の項)、ほか19名「「三嶺」の項、「日本百名山、日本二百名山リスト」の項」『日本三百名山登山ガイド(下巻)』山と渓谷社、2001年1月15日、144-145,204-206頁。ISBN 4-635-53022-1。
  11. 1 2 “表「国定公園の概要」”. 環境省 (2026年4月10日). 2026年7月7日閲覧。
  12. 1 2 “日本の国定公園ウエブマップ”. Ranger-K (2026年4月10日). 2026年7月7日閲覧。
  13. 1 2 3 4 “三嶺(みうね)風景林”. 四国のレクリエーションの森の紹介. 林野庁 四国森林管理局. 2026年7月7日閲覧。
  14. ↑ “「四国山地 緑の回廊(剣山地区)」”. 「四国山地 緑の回廊について紹介します」. 林野庁 四国森林管理局. 2026年7月7日閲覧。
  15. 1 2 3 “「三嶺・天狗塚のミヤマクマザサ及びコメツツジ群落」”. 文化遺産オンライン. 文化庁. 2026年7月7日閲覧。
  16. ↑ “基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2026年7月7日閲覧。
  17. 1 2 3 4 5 6 7 8 森下 嘉晴 (2019年6月19日). “「四国の山々たんね歩記あるき(四国南東部)」;「三嶺山系」”. 四国森林管理局ホームページ. 林野庁 四国森林管理局. 2026年7月7日閲覧。
  18. ↑ 山城 考; 山城 明日香 (2007年7月). “剣山における大型草食獣の希少植物に対する 食害状況の把握”. 阿波学会紀要誌 (阿波学会) (第53号): 39-42.
  19. ↑ “平成22年度 四国山地緑の回廊(剣山地区)における ニホンジカの生息環境等 調査報告書”. 林野庁 四国森林管理局 (2011年7月). 2026年7月7日閲覧。
  20. 1 2 “「シカ食害で痛む 三嶺の森 — 再生への途と課題」のうち、「剣山系の概要とシカの食害」”. 「三嶺の森をまもるみんなの会」 ホームページ. 三嶺の森をまもるみんなの会 (2017年). 2026年7月7日閲覧。
  21. ↑ “三嶺を守る会の紹介”. 「三嶺を守る会」ホームページ. 2026年7月7日閲覧。
  22. ↑ “「三嶺の自然を守る会」;当会について”. 「三嶺の自然を守る会」ホームページ. 三嶺の自然を守る会. 2026年7月7日閲覧。
  23. ↑ “「三嶺の森をまもるみんなの会」ホームページ”. 三嶺の森をまもるみんなの会 (2026年6月16日). 2026年7月7日閲覧。
  24. ↑ 高木 金之助『四国山脈』毎日新聞社、1959年。
  25. ↑ 日本地質学会 編「第1-3章「四国の地体構造区分」、第1-4章「四国の各地帯の概要」」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、7-11頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  26. 1 2 3 4 5 6 7 “産総研「20万分の1日本シームレス地質図V2」”. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター (2026年5月10日). 2026年7月7日閲覧。
  27. ↑ 日本地質学会 編「第3部「(四国の)三波川帯」」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、51-88頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  28. 1 2 3 日本地質学会 編「第4部「(四国の)御荷鉾緑色岩類」」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、89-102頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  29. 1 2 3 4 5 6 村田 明広 (2014年). “四国中東部,三嶺 剣山地域の御荷鉾緑色岩類 秩父北帯の地質構造”. 徳島大学総合科学部 自然科学研究(誌) (徳島大学) 第28巻 (第4号): pp.55-63.
  30. 1 2 3 4 石田 啓祐; 西山 賢一; 中尾 賢一; 元山 茂樹; 高谷 精二; 香西 武; 小澤 大成 (2007年). “徳島県祖谷川上流域の御荷鉾帯の地質と地形”. 阿波学会紀要誌 (阿波学会) (第53号): pp.1-12.
  31. ↑ 地学団体研究会 新版地学事典編集委員会 編「「中央海嶺玄武岩」の項」『新版 地学事典』平凡社、1996年10月20日、826頁。ISBN 978-4-582-11506-2。
  32. ↑ 村田 明広; 前川 寛和 (2009年). “四国中央部,西石原地域における御荷鉾緑色岩類の地質構造”. 徳島大学総合科学部 自然科学研究(誌) 第23巻 (第3号): pp.77-85.
  33. ↑ 地学団体研究会 新版地学事典編集委員会 編「「片理」の項」『新版 地学事典』平凡社、1996年10月20日、1208頁。ISBN 978-4-582-11506-2。
  34. 1 2 日本地質学会 編「第5-2-1節 (四国の)秩父北帯」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、103-129頁。ISBN 978-4-254-16787-0。


関連項目

外部リンク

 (三嶺に関連する主な「自然保護団体」のホームページ)