塔丸

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塔丸
標高 1,713 m
所在地 徳島県 三好市
位置 北緯33度52分0.32秒 東経134度2分20.96秒 / 北緯33.8667556度 東経134.0391556度 / 33.8667556; 134.0391556座標: 北緯33度52分0.32秒 東経134度2分20.96秒 / 北緯33.8667556度 東経134.0391556度 / 33.8667556; 134.0391556
山系 剣山地(四国山地)
塔丸の位置(徳島県内)
塔丸
塔丸
塔丸の位置(日本内)
塔丸
塔丸
プロジェクト 山
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塔丸(とうのまる)は、四国山地のうち、剣山地の中核部に位置する、標高 1713 mの山である [1] [2] [3] [4] [5] 。

山名は、地理院地図 [1]では「塔丸」という表記であるが、登山ガイドブックなどいくつかの文献では、「塔ノ丸」と記載されている [2] [3] [5] 。またインターネット上では、「塔の丸」という表記も使われている。この記事では「塔丸」の表記に統一する。

行政区画的には、山頂部を含む大部分が、徳島県 三好市(旧;東祖谷山村)に属している。ただし登山口のある、夫婦池を含む北東側の一部は、美馬郡 つるぎ町(旧;一宇村)に属している [1] [3] 。

なおこの山は、四国百名山の一つに選定されている [3] 。

概要・地理

四国山地の東部は、一般的には剣山地と呼ばれている。この塔丸は、剣山(標高 1955 m)を中心とした剣山地の中核部に位置し、剣山の山頂からは、北西に直線距離にして約5.5 kmの場所に位置している。また稜線続きの丸笹山(1712 m)からは、西に直線距離にして約5 kmの場所に位置している [1] 。

地形的に見るとこの山は、東側に位置する丸笹山から続く、標高1500〜1700 m台の、東西方向に長く延びる稜線部の西端に位置しており、その南側は、祖谷川の最上流部を間にはさんで、剣山から三嶺(1893 m)へと東西に続く稜線と対峙している [1] 。

また、山頂部は、標高 約1600〜1700 mで、東西に約3 kmの長くてなだらかな稜線状となっていて、どこが頂上か一見して解りにくい地形となっている。 

この稜線部[注釈 1] の南側は、祖谷川の最上流部からの比高が約700 mの急な斜面となっており、横長の特徴的な山容をもつ山である。この稜線部の北側は、南側ほど急傾斜ではなく、緩斜面となっている場所には、かつてスキー場もあったが、最大比高は約700 mある。この稜線部の最も西側の地点が、標高が最も高く(標高 1713 m)、三角点も設置されているので、この塔丸の頂上[注釈 1] とされている [1] [2] [3] 。

この山は、南側の祖谷川最上流部から見ると大きな山体であり、また標高も1700 m台と、剣山地の中でも標高は高い方であるが、メインの登山口は、この稜線部の東端、標高 約1500 mの地点にある、夫婦池[注釈 2] 付近にあり、この山の頂上までの比高は200 m程度と小さく、またなだらかな道が続くので、初心者やファミリーハイクに向いた山、とされている [2] [3] 。

この稜線部は、所々に露岩が点在するなだらかな笹原となっており、全体に展望が良いが、その西端にある塔丸の頂上は特に展望に優れている。南側には、祖谷川の最上流部の作る深い谷を間にはさんで、剣山、ジロウギュウ(1930 m)から三嶺へと続く、剣山地中核部の山並みが、まじかに望める。また北西側から北側には、矢筈山(1849 m)を始めとした、「矢筈山系」とも呼ばれる剣山地北部の山々が望める。西側には、秘境とも呼ばれ、平家の落人伝承でも知られる祖谷川の上流部(奥祖谷地域)が、眼下に望める [2] [3] 。

この山は、剣山や隣接する丸笹山などと共に、中腹部以上は、剣山国定公園の指定範囲に含まれている [6] [7] 。また、この山の一部は、林野庁が指定した、剣山自然休養林に含まれている [8] [9] 。その為もあって、自然が比較的良く残されている山である(詳細は「植生」の項を参照)。

塔丸の頂上には、三等三角点が設置されている。三角点の公式名称は山名と同じく「塔丸」、標高値は、1713.22m(作業年月;2024年12月)となっている [10] 。

ところで、この塔丸の北側斜面にはかつて、剣山スキー場があった。標高1400 m付近の緩斜面を利用し、1976年に開業したもので、利用者の減少などによって、2007年に営業停止、2023年に完全閉鎖となっている [11] 。地理院地図[1] には、そのスキー場の場所がまだ表示されている。

山名

「塔丸」(とうのまる)という名前は、山の名前としては変わっているが、そのうち「塔」は、英語の(tower)の意味ではなく、峠を意味する「たお」という言葉がその語源とされる [3] [12] [注釈 3]。

江戸時代には、この山の南西側にあたる、祖谷川水系の奥祖谷地域から、この山の北側にあたる、貞光川水系の、旧)一宇村方面(現;つるぎ町)や、北東側にあたる、穴吹川水系の、旧)木屋平村方面(現;美馬市)へと行き来する場合は、この山の稜線部[注釈 1]の東側にあたる、夫婦池付近の、「池のたお」と呼ばれていた峠状の地点が通り道となっていた、という。その後、「たお」を漢字で表記する際に「塔」という文字が当て字として使われたもの、と推定されている [3] 。

なお「丸」(まる)に関しては、天神丸(1632 m)、旭ヶ丸(1019 m)など、徳島県内には、「○○丸」という山名の山が複数あり、山頂部がなだらかな(丸い)山容をした山を意味する用法、と推定されている [3] 。

一方、江戸時代に作られた徳島藩の地誌である、阿波志によると、この山から夫婦池付近までの山域の総称としては、塔丸ではなく、塩無山と呼ばれていた、という。塩無山という山名の意味や由来は不詳だが、大正期までは使われていて、昭和期になってから、塔丸、あるいは塔ノ丸という表記が一般的になった、という。また昭和前期(戦前)には、東祖谷山、という呼び方も使われていた、ともいう [3] [5] 。

植生

塔丸の植生としては、ここでいう稜線部 [注釈 1] に広がる、クマザサ(ミヤマクマザサ)を主体とした笹原が最も大きな特徴である。この笹原には、大きな露岩が点在していて天然の庭園のような風情があり、また露岩の脇や登山道脇などには、夏季にはフウロソウなど、初秋にはリンドウなど、笹に隠れるように咲く草花も多い [2] [3] [8] 。

一方で、夫婦池の登山口を含む、標高 約1500m以下の中腹部のうち、前述の、林野庁の指定による自然休養林や、剣山国定公園に指定されている範囲内は自然林となっており、ブナ、ミズナラ、ダケカンバ、ウラジロモミなどを主体とする森となっている [2] [3] [8] 。

なお、2000年頃以降、この塔丸も含め、剣山地の広範囲でシカの食害が広がっており、樹林帯の下草や笹原の笹、更に高木も樹皮をかじられて枯れてしまうなど、植生の大きな変化が生じていて問題となっている。植生の更なる荒廃が懸念されており、林野庁、自治体、自然保護団体などが対策に乗り出している[13] [14] [15] 。

登山ルート

塔丸への登山ルートは、一般的には夫婦池付近の登山口からの往復ルートが使われている。登山口から自然林の中を通る緩やかな登山道を進むと、標高 1600 m付近で笹原が広がる稜線部 [注釈 1] にでて、そこからは自然の庭園のような風景のなか、展望を楽しみながら稜線沿いに歩くと、この稜線部の西端、大きな露岩のある、塔丸の頂上へ至る [2] [3] 。

なお、現在はほとんど使われておらず、地理院地図 [1] にしかルートが記載されていないが、かつては、この山の南西側、奥祖谷地域の菅生(すげおい)集落からの登山道があった、という。このルートは、奥祖谷地域から、夫婦池、見ノ越を経由して剣山へと登る、信仰登山の時代からの古い参詣の道の一部である [5] [16] 。

地質

塔丸は、「概要」などの項で述べたように、笹原や樹林帯が広がる穏やかな山容の山で、岩場などはほとんどないが、ここでいう稜線部には、数メートルサイズの露岩が点在しており、この山を構成している地質の一端が、それらの露岩に現れている。

まず四国の地帯(地体)構造のうち、重要な地質境界線である中央構造線より南側の地質構成を大まかにみると、北部には結晶片岩類などの高圧型変成岩類が分布する、三波川帯が東西走向に分布しており、中部にはジュラ紀の付加体などからなる、ここでいう「広義の秩父帯」[注釈 4] がほぼ東西走向に分布しており、その南側には、白亜紀から古第三紀にかけての付加体を主体とする、四万十帯が分布している、という地質構成となっている [17]。

剣山地全体は、三波川帯と「広義の秩父帯」にまたがっているが、そのうち剣山地の中核部に位置するこの塔丸は、三波川帯と、ここでいう「広義の秩父帯」の境界部に位置しており、地質構造がやや複雑である。

まず、塔丸のうち、ここでいう稜線部[注釈 1]や、その北側斜面のうち標高約1100 m付近までは、御荷鉾緑色岩類(みかぶりょくしょくがんるい)[注釈 5] と呼ばれる地質体の分布域となっている [18] 。

前記の、稜線部に点在する数メートルサイズの露岩は、この御荷鉾緑色岩類に属する岩である。

御荷鉾緑色岩類は、関東山地から四国地方まで、三波川帯の南側に沿うように、数百キロメートルもの長さで細長く分布している地質体であるが、その由来、履歴、帰属などについて不明な点が多く、古くから議論の多い地質体である [注釈 6] 。最近の研究による解釈としては、形成された時代はジュラ紀(もしくはそれ以前)で、海洋プレート上部を構成していたと推定される玄武岩類が原岩であり、白亜紀に、三波川帯の変成岩と同じ変成作用を受けた、変成玄武岩が主体となっている、と考えられている[19] [20] [21] 。 三波川帯の結晶片岩類と違うのは、変形作用をあまり受けてないことで、結晶片岩類のような片理構造は、ほとんど見られない。

塔丸の南側斜面、標高 1400〜1500 m付近には、御荷鉾緑色岩類分布域の南側を区切る、北東 ー 南西走向の明確な地質境界線がある。登山口にもなっている夫婦池付近は、その地質境界線の南側にあたる。この地質境界線より南側は、祖谷川の作る谷から、更に対岸の剣山から三嶺をつなぐ稜線の中腹部まで、主に泥質千枚岩の分布域となっており、一部には変成チャートや石灰質片岩の岩体が含まれている。その南北幅は3〜4 kmである[18]。

塔丸を含むこの地域における、この地質境界線は、「オトコヤコ - 名頃断層」[注釈 7] とも呼ばれており、剣山地の中核部を斜めに切るように北東 - 南西走向に延びる、明確な地質境界線である。ただし活断層ではない [20] [21]。

この泥質千枚岩を主体とする地質体の位置付けは、必ずしも明確ではないが、最近の研究によると、泥質岩中の放散虫 [注釈 8] に基づく年代より、原岩は「狭義の秩父帯」(=秩父北帯)と同じく、ジュラ紀の付加体であり、白亜紀後期に、三波川帯を構成している結晶片岩類と同じ、高圧型変成作用の影響を多少受けている地質体、と考えられている [20] [21] [22] 。

一方で、この山の北側、標高 約1100 m付近には、御荷鉾緑色岩類分布域の北縁を区切る地質境界があり、それより北側にあたる山麓部や、小島峠と呼ばれる地点まで続く枝尾根は、三波川帯に属する結晶片岩類(主に泥質片岩)の分布域となっている [18] 。

塔丸を含むこの地域における、御荷鉾緑色岩類と三波川帯に属する結晶片岩類との地質境界線は、「京柱峠 - 菅生断層」(きょうばしらとうげ すげおいだんそう)とも呼ばれており、剣山地の中核部を斜めに切るように北東 - 南西走向に延びる、明確な地質境界線である。ただし活断層ではない [20] [21] 。

ギャラリー

脚注

注釈

  1. 1 2 3 4 5 6 「塔丸」は、東西に長い稜線部を持ち、その全体が山頂部とも言えるが、このゾーンをこの記事では、「稜線部」と呼ぶ。また最も標高の高く三角点のある地点を「頂上」と呼び、表記を使い分ける。これはオーソライズされた用語、用法ではなく、この記事の説明のためのものである
  2. ↑ 「夫婦池」の読みは、文献により「めおといけ」とするものと、「みょうといけ」とするものがある
  3. ↑ 山稜が「たわんでいる」所という意味で、現代日本語での「峠」のことを、「たわ」や「たお」と呼ぶのは、四国に限らず全国の広い範囲で使われていた呼び方である
  4. ↑ ここでいう「広義の秩父帯」とは、高圧型変成作用を受けてできた結晶片岩類などからなる、三波川帯と、白亜紀から古第三紀にかけての付加体を主体とする、四万十帯との間の地域に分布している、各種地質体をまとめた「地理的地帯」(分布域)を意味する用語として使用する。具体的な地質体としては、「狭義の秩父帯」(地体)としてのジュラ紀の付加体のほか、ペルム紀の付加体、「黒瀬川(構造)帯」などと呼ばれる古生代前期から中期の各種地質体群、トリアス紀〜ジュラ紀に高圧型変成作用を受けた変成岩類、白亜紀の堆積物層などを含む。この用語は、この項での説明の為のものであり、オーソライズされているものではない。「秩父帯」という地帯の定義が、研究が進むにつれ逆に不明確になっているため、このような表現とした
  5. ↑ 「御荷鉾」という名称は、関東山地にある「御荷鉾山」(みかぼやま)から取られたものであるが、日本の地質学界の慣習で、「みかぼ」ではなく「みかぶ」と呼ぶ
  6. ↑ 「御荷鉾緑色岩類」の帰属は、研究者、文献類によって見解が異なり、「三波川帯」の一部とするもの、「広義の秩父帯」の一部とするもの、あるいは「御荷鉾帯」という独立した「地帯」と位置付けるものなど、研究者、文献類によって見解が異なる。この記事では、「広義の秩父帯」に属する、とした
  7. ↑ 「オトコヤコ」とは、奥祖谷地域のうち、祖谷川の支流である、谷道川沿いにある地名である。「名頃」(なごろ)とは、奥祖谷地域のうち、祖谷川本流沿いの集落名である。
  8. ↑ 「放散虫」は、古生代から現世まで存在する海生プランクトンの一種で、時代による形態の変化が顕著なため、主に堆積岩の形成時代を決定する「示準化石」として、地質学ではよく使われる。詳細はウィキペディア内の「放散虫」の項も参照のこと

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 “地理院地図(電子国土WEB)”. 国土地理院. 2026年7月4日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 徳島県勤労者山岳連盟(著)「「塔ノ丸」の項」『分県登山ガイド(35)徳島県の山』(2018年版)山と渓谷社、2018年7月30日、40-43頁。ISBN 978-4-635-02065-7。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 石川 道夫、清家 一明、谷山 省一郎、井本 淳作、ほか3名(共著)「「塔ノ丸」」『四国百名山』山と渓谷社、2000年9月10日、128頁。ISBN 4-635-53028-0。
  4. ↑ “「塔丸」”. 山と渓谷オンライン. 山と渓谷社 (2023年8月29日). 2026年7月4日閲覧。
  5. 1 2 3 4 角川日本地名大辞典 編纂委員会 編「「塔ノ丸」の項」『角川日本地名大辞典(36)徳島県』(2009年版)角川学芸出版社、2009年9月25日、480頁。ISBN 978-4-04-622953-3。
  6. ↑ “表「国定公園の概要」”. 環境省 (2026年4月10日). 2026年7月4日閲覧。
  7. ↑ “日本の国定公園ウエブマップ”. 国定公園ウエブマップ. Ranger-K (2026年4月10日). 2026年7月4日閲覧。
  8. 1 2 3 “剣山自然休養林”. 四国のレクリエーションの森の紹介. 林野庁 四国森林管理局 (2008年). 2026年7月4日閲覧。
  9. ↑ “剣山自然休養林ガイドブック”. 剣山自然休養林等保護管理協議会 (2022年). 2026年7月4日閲覧。
  10. ↑ “基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2026年7月4日閲覧。
  11. ↑ “つるぎ町が「剣山スキー場」施設の解体、撤去を検討 県に費用負担求める方針 知事交代も着手後押し”. 徳島新聞デジタル版. 2025年4月26日.
  12. ↑ 新村 出 編「たわ」『広辞苑』(第5版)岩波書店、1999年5月31日、1684頁。ISBN 4-00-080111-2。
  13. ↑ “平成22年度四国山地緑の回廊(剣山地区)における ニホンジカの生息環境等調査報告書”. 林野庁 四国森林管理局 (2011年3月). 2026年7月4日閲覧。
  14. ↑ 山城 考、山城 明日香「剣山における大型草食獣の希少植物に対する 食害状況の把握」『阿波学会紀要誌』第53号、阿波学会、2007年、pp.39-42。
  15. ↑ “序 剣山山系・三嶺山域の特徴とニホンジカ食害の変遷”. 三嶺の森をまもるみんなの会 (2017年). 2026年7月4日閲覧。
  16. ↑ 角川日本地名大辞典 編纂委員会 編「「剣山」の項」『角川日本地名大辞典(36)徳島県』(2009年版)角川学芸出版社、2009年9月25日、469-470頁。ISBN 978-4-04-622953-3。
  17. ↑ 日本地質学会 編「第1-3章「四国の地体構造区分」、第1-4章「四国の各地帯の概要」」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、7-11頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  18. 1 2 3 “産総研「20万分の1日本シームレス地質図V2」”. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター (2026年5月10日). 2026年7月4日閲覧。
  19. ↑ 日本地質学会 編「第4部 (四国の)「御荷鉾緑色岩類」」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、89-102頁。ISBN 978-4-254-16787-0。
  20. 1 2 3 4 村田 明広「四国中東部,三嶺 剣山地域の御荷鉾緑色岩類 秩父北帯の地質構造」『徳島大学総合科学部 自然科学研究(誌)』第28巻第4号、徳島大学、2014年、pp.55-63。
  21. 1 2 3 4 石田 啓祐、西山 賢一、中尾 賢一、元山 茂樹、高谷 精二、香西 武、小澤 大成「徳島県祖谷川上流域の御荷鉾帯の地質と地形」『阿波学会紀要誌』第53号、阿波学会、2007年7月、pp.1-12。
  22. ↑ 日本地質学会 編「第5-2-1節 (四国の)秩父北帯」『日本地方地質誌 第7巻 四国地方』朝倉書店、2016年2月25日、103-129頁。ISBN 978-4-254-16787-0。

関連項目